人よりうまく運転できる? もしもAIがドライバーだったら

清水和夫の自動運転ソシオロジー 第6回

人よりうまく運転できる? もしもAIがドライバーだったら

2017.06.20

前回の連載ではAI、機械学習、ディープラーニングについて簡単に触れたが、今回はさらに詳しくレポートしてみたい。

AIをドライバーと考えられるか

2015年11月12日、グーグルから米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)に対し、ある質問が出された。簡単に言うと、「ドライバーがいない完全自動運転車の場合、安全基準における運転者とは何を指すのか」という問いだった。この質問の背景には、AIが人間に代わってクルマを運転する時代に、AIをドライバーとして認めるのかどうか、という論点がある。

答えに困ったNHTSAは、レベル5(自動運転のレベリングについてはこちらを参照)で規定するグーグルの完全自動運転車に限って、「人でないものがクルマを運転し得るのであれば、それが何であれ、運転者とみなして安全基準を解釈するのが妥当」と答えている。さらにNHTSAは、「今までの安全基準は自然人(人間)が運転することを前提として作られているので、AIもドライバーとなり得るなら、安全基準を改正しないと無人運転車の基準にはなり得ない」とも述べた。

つまり、AIが運転する無人自動運転車の時代に向けては、安全基準の見直しが必要ということなのかもしれない。グーグルとNHTSAとのやり取りを聞いて、「ドライバーがいない無人運転車を政府が容認する」と理解するのは早計だろう。あくまでも無人運転車について、クルマの安全基準をどう解釈したらよいのかという例を示したにすぎない。この点については、まだ具体的な議論が始まっていないが、今後AIを擬人化する考えが広まるかもしれない。

この話は「AIはドライバーになり得るのか」というちょっとSF的な内容であるが、AI研究に熱心なグーグルなどの企業には、「AI=運転手」と政府に認めてもらいたいという思惑がある。つまり、AIは自然人や法人と同じように擬似人として社会が受け入れるべきだと考えているわけだ。

AIをドライバーとして受け入れられるかどうかが問われる

AIは1950年代から考えらえてきたアイディアであるが、いま第3次ブームと言われているのは、超高速CPUとグラフィック処理ユニット(GPU:Graphics Processing Unit)によって処理可能な、ディープラーニング(深層学習)と呼ばれるアルゴリズムに注目が集まっているからだ。グーグル子会社のディープマインド(DeepMind)が作ったソフトウェア「アルファ碁(AlphaGo)」は、その象徴と言っていいだろう。これを受けて、ディープラーニングは医療からエネルギーまで幅広い分野で活躍が期待されるようになった。

個人的には少しAIブームが過熱し過ぎている気もするが、車載センサーによって得られる膨大なデータを処理するのはAIの仕事だろう。

さて、これまでのクルマは人間だけが運転することを前提に設計されてきた。シート、ペダル、ハンドル、インパネ、視界性能などなど、クルマのパッケージは人間が運転するために基本アーキテクチャーがデザインされてきたわけだが、AIが運転手なら、クルマのデザインは根本的に変わるかもしれない。もっと広い視点で考えると、AI時代は街や都市のデザインにまで影響を及ぼすはずだ。この自動運転と都市デザインの関係は個人的にもすごく興味があるテーマなので、別の機会にレポートするつもりだ。

ディープラーニングと人の経験値を比べると

ここで、アルファ碁の場合を考えてみる。従来の囲碁ソフトは、膨大な棋譜のデータベースと目の前の盤面とを照らし合わせ、展開のロジックを先読みし、次の指し手を決めていたが、完璧に人間を超えることはできなかった。ところが、アルファ碁では莫大な計算能力を背景に、人間が設定した訓練アルゴリズムに対して自分自身とも対戦し、対局データを重ね、勝利のための最善手を自ら創発的に選ぶことができるようになった。これにより、プロ棋士に勝利を収めることができたのである。

これを自動運転に当てはめてみるとどうなるか。いま世界には、約9億台のクルマ(バス・トラックも含めて)が存在する。すべてのクルマが日夜走っているわけではないが、そのクルマからクラウドを介して膨大なデータを収集できて、その判断をディープラーニングによって処理できるわけだ。

だが、人間がクルマの運転を習うときは、その手順や操作法を暗記するのではなく、基本情報を経験した上で、運転の実体験から直感的に多くのことを学んでいる。上手なドライバーに成長するには、とにかく経験が必要なのだ。だからこそ、どんなクルマに乗り換えても、未知の土地でも、交通ルールが違っても、天候や道路状況が変化しても、対応できる。人間の脳がそれらの違いを吸収し、運転することができるわけだ。しかし、いくらAIが進化しても、この無限の人間の能力を超えられるとは思えないのだ。

メルセデス・ベンツのアレキサンダー・マカンスキー(AI&社会学者)は、「AIは人間を超えられないし、AIを人間がどう使うのかが大切」と語っている。しばらくはAIと人間の知能バトルが続くだろう。

著者略歴

清水和夫(しみず・かずお)
1954年、東京都生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースで活躍する一方、モータージャーナリストとして活動を始める。自動車の運動理論や安全性能を専門とするが、環境問題、都市交通問題についても精通。著書は日本放送出版協会『クルマ安全学のすすめ』『ITSの思想』『燃料電池とは何か』、ダイヤモンド社『ディーゼルこそが地球を救う』など多数。内閣府SIP自動走行推進委員の構成員でもある
NewsInsight 更新終了のお知らせ

NewsInsight 更新終了のお知らせ

2019.06.17

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最後になりますが、改めて皆様に感謝いたしますとともに、引き続き、マイナビニュースにてご愛顧いただけましたら幸いです。

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu