レベル3が分岐点に? 押さえておきたい「自動運転のレベリング」

清水和夫の自動運転ソシオロジー 第3回

レベル3が分岐点に? 押さえておきたい「自動運転のレベリング」

2017.05.15

前回レポートしたロボットカーは地域限定のシティ・コミューターとして期待されるが、そのユースケースは限定的だ。それでは、一般公道や高速道路を走る乗用車や商業車の自動運転はどのように進んでいるのだろうか。それを理解するため、まずは自動化のレベリングの話をしておきたい。

現状はレベル2が上限

自動車メーカーが開発している自動運転車は、段階的に技術を積み上げて実現すると思うが、現状で実用化されているクルマは、「ドライバーが責任を持って運転するレベル2」が上限だ。レベル1は前後の動き(加速と減速)が自動化、レベル2は「操舵が加わる」と理解してもいい。

仮に自動でハンドルが操作されても、ドライバーが前方を監視し、安全運転の責任を持つならレベル2なのだ。だから、クルマが完全自動運転しても、「ドライバーが責任を持つ」とされるならレベル2になってしまう。レベリングは自動化を段階的に定義したものであり、責任問題を含めた自動運転車の運用を規定したものではない。

レベル3で問題になる“責任の所在”

ここでは、もう少し詳しくレベリングについて説明したい。「自動運転を定義するレベリング」は当初、米国政府が定めた4段階を日本政府も使っていたが、より細分化が必要だという認識のもと、アメリカ政府はSAE(Society of Automotive Engineers)が定めた5段階の定義を使うようになった。日本政府も2017年5月頃には5段階のレベリングを使うことになるはずだ。従って、本稿で使うレベリングはSAEの5段階を前提として話を進めることにする。

SAEによる5段階のレベリング(経済産業省 ビジネス検討会で公開された資料より)

従来のレベリングは4段階だった。5段階になったのは、半自動運転のレベル3を条件付き自動運転のレベル4と定義し直した結果だと理解できる。レベル5は条件なしの完全自動運転だ。

新しいレベリングでもレベル3は非常に難しい。というのは、運転責任がシステムと人の間を行き来するからだ。システムがドライバーに運転を移譲する際、運転に関与していなかったドライバーが、すぐに運転できるとは限らない。何秒前にハンドオーバー(人に運転を移譲すること)すればよいのか、人それぞれ対応が異なるので、権限移譲の時間を規定するのは難しいだろう。現在は、HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)という人とシステムの関係についての研究が進んでおり、その中で権限委譲の時間を模索している段階だ。

メルセデス・ベンツが2015年の東京モーターショーで発表したコンセプトカー「Vision Tokyo」。完全自動運転、つまりはレベル5の世界観を表現したクルマだ

レベル3が難しいから一気にレベル4を目指しつつ、まずは高度に進化したレベル2を実現することが現実的だという意見も少なくない。自動化定義のレベリングにとらわれずに、安全運転の責任を明確にしながら、システムを進化させていくのが自動車メーカーの考えではないだろうか。

著者略歴

清水和夫(しみず・かずお)
1954年、東京都生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースで活躍する一方、モータージャーナリストとして活動を始める。自動車の運動理論や安全性能を専門とするが、環境問題、都市交通問題についても精通。著書は日本放送出版協会『クルマ安全学のすすめ』『ITSの思想』『燃料電池とは何か』、ダイヤモンド社『ディーゼルこそが地球を救う』など多数。内閣府SIP自動走行推進委員の構成員でもある
NewsInsight 更新終了のお知らせ

NewsInsight 更新終了のお知らせ

2019.06.17

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放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu