ソフトバンク孫代表、悩みに悩んで米スプリントの経営権を手放した理由

ソフトバンク孫代表、悩みに悩んで米スプリントの経営権を手放した理由

2018.05.10

ソフトバンクグループ子会社の米通信会社スプリントがT-Mobile USに経営権を手放す形で合併することで合意したが、ソフトバンクグループの孫代表が今回の決断を下すには、複雑な思いがあったようだ。

米スプリント合併の経緯に言及した孫正義代表

三度目の正直で合併に合意

ソフトバンクグループが米業界4位の通信会社スプリント買収を発表したのは2012年。孫代表によると、当初は業界3位のT-Mobile USも同時に買収することで動いていたという。孫氏が考えていたのは、両社を買収・合併させ、ベライゾン、AT&Tと伍する力を持ち、米通信業界ナンバー1を目指すことだった。

しかし、この計画は米政府の許認可を得られずに頓挫した。結果的にスプリントの買収にとどまり、同社の経営再建を進めてきた。

スプリント買収後もT-Mobile USと交渉し、合併を試みたが、条件面で折り合わなかった。障壁になったのはスプリントの経営権の行方だった。孫氏は過去を振り返る。「(スプリントの)経営権を手放すべきではない、せめて対等の権利を持つべきだと。結果、破談になった」としており、どちらが主導権を握るかで折り合いがつかず、物別れに終わった。

そして三度目の今回、孫氏がこだわっていたスプリントの経営権を手放す形で、合意にいたった。

合併後の社名はT-Mobile USとなり、スプリントが傘下におさまる。合併にあたり、ソフトバンクグループはT-Mobile USの株式を27.2%保有し、14人からなる取締役会に4名を送り込むものの、筆頭株主は41.7%を持つドイツテレコムとなり、スプリントの経営権を手放す形だ。

合併により新会社T-Mobile USの持分は27.2%に

孫氏は「恥ずかしいとわかりつつ、それを飲み込んだ」とし、忸怩たる思いを明かす。しかし、続けて「一時的な恥だが、大きな意味での勝利を取れるなら、恥じるべきではない」とし、合併を承諾したというのだ。

孫氏が話す"大きな勝利"とは一体何なのか。

合併に妥協した理由

孫氏が話す理由は次のようなものだ。

「群戦略が基本戦略として鮮明になったから。ソフトバンク・ビジョン・ファンドが素晴らしい立ち上がりを始め、関心が群戦略に移ったこと。それが重要な要因であろうと。大きな目標に小さな妥協はあってもいいのではないかと。恥やプライド、こだわりを飲み込み、より大きな成果のために受け入れてもいいのではないかと考えた。この1、2カ月のことです。大人になったんです」(孫氏)

群戦略とは、300年成長を続ける企業グループを生み出すために孫氏が考案した組織論だ。群戦略の群とは様々な業界におけるナンバーワン企業の連合体のこと。巨額ファンドのソフトバンク・ビジョン・ファンドを中核に、有望なユニコーン企業へ出資し、強固な連合体を作り上げていくという考え方だ。

ナンバーワン企業の連合体でシナジーを出していくのが群戦略となる

ナンバーワン企業への出資比率は20-30%程度であることが特徴で、一部の例外を除き、過半数株式は持たない。この考えをスプリントに当てはめれば、スプリントの経営権にこだわる必要もなくなる。

ソフトバンク・ビジョン・ファンドの投資先

そして現在、この群戦略はうまくいっているという評価だ。2017年度連結決算におけるソフトバンク・ビジョン・ファンド事業により計上した営業利益(評価益)は3030億円。今年度についても「イメージとしては少なくともこの額を上回る。大きく上回るだろうと。ソフトバンク・ビジョン・ファンドを始めてから月を追うごとに自信は深まっている」とする。

今回の合併を機に、スプリントが連結子会社から抜けることで、ソフトバンクグループのバランスシートが改善され、米国における5Gへの移行に向けて、巨額のコスト圧縮効果を見込むこともできる。

合併による財務改善
合併によるシナジーの試算

これらも、合併の効果として大きなものだが、発表会で語られたのは、群戦略がソフトバンクグループの基本戦略であり、その基本に立ち返ったということに尽きる。様々な物事の見方があるだろうが、孫氏の発言を正面から受け止めるなら、ソフトバンク・ビジョン・ファンドの推進こそが、現時点における注力テーマであり、これまで以上に同事業が加速していきそうだ。

NewsInsight 更新終了のお知らせ

NewsInsight 更新終了のお知らせ

2019.06.17

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放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu