シリコンバレーで7年、KDDIが培ってきたモノ

シリコンバレーで7年、KDDIが培ってきたモノ

2018.05.15

前回の記事では、KDDIがなぜ、シリコンバレーで活動するのかを、KDDI Investment Teamの傍島 健友氏に尋ねた。傍島氏は、KDDIが統合した3社(DDI、KDD、IDO)のうち、DDIに入社した。セルラーのインフラ部隊に所属して、現行の通信規格である4G(LTE)の前身の3G(CDMA-2000)の立ち上げなどに技術者として関与していたという。

その後、法人ソリューションサービスの企画部門に携わり、そして前回触れたKDDI Open Innovation Fundなどのチームへと籍を移すことになる。そのチームでは、「KDDI ∞ Labo」と呼ばれるベンチャー支援プログラムが2011年より行われている。ラボに携わる中で「やはりシリコンバレーに行きたい」という思いを強くしたと傍島氏は振り返る。

KDDI Investment Team 傍島 健友氏

文化の違いを肌身で体感

サンフランシスコ拠点は2011年に立ち上げ、メンバーはわずか2名だった。

「当然ながら、こちらの人は『KDDI』と言われても、誰も知らない。ゼロからの立ち上げで当時の担当者は相当苦労しました。2011年に初めて、こちらのベンチャーキャピタル(VC)を呼んでパーティーをしたんです。当時の社長である田中や、現社長の髙橋も来て、経営陣が一体となって『一緒にやっていきましょう』と。そんなスタートだったんです」(傍島氏)

傍島氏自身の赴任は2015年から。

シリコンバレーとはどういう場所なのか、ある程度想像していたようだが、「生活して初めてわかることが本当に多かった」という。もちろん、日本でも知らない土地に引っ越せば、ある程度の空気感の違いはある。ただ、言語やビジネスの商慣習などを含め、傍島氏にとって身につけなければならない感覚はあまりにも多かったようだ。

「子供が2人いるのですが、学校に行ってどういう生活をしているのかと思ったら、小学生からパワーポイントでプレゼンテーションしているんですよ。それも小学校2、3年生の子供たちが。どう相手に伝えるのか、どうしたら伝わるのか、それに対して多くの質問をぶつける、その訓練をそんな小さい頃からやっている。だから、コミュニケーション力の地力があるのだなと感じましたね」(傍島氏)

子供の話で言えば、アメリカは日本と比べて治安が悪い。そのため、子供だけを公園で遊ばせるわけに行かず、共働き夫婦であっても早々に学校へ迎えに行かなくてはならない。さらに言えば、日本の都市部と異なり市域が非常に広いため、移動に手間がかかる。そうした事情から、車で運転しながらの電話会議や、ご飯を食べながらの会議は日常茶飯事だという。

「こちらの人は、確かに皆、家族の時間を大切にします。ですが、働き盛りの子育て世代は、日本と同じでずっと働いています(笑)。一方で、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを日本は重要視しますが、こちらは移動も大変なので、ある程度割り切っています。歩きながら電話会議をする人もいるように、とにかく空き時間を減らすことで、効率よく仕事しているのです」(傍島氏)

日本の感覚を忘れずに、メルマガの意味

前回で触れた傍島氏のミッションは、スタートアップへの投資と、投資先製品・サービスの日本進出支援だが、それとは別に大切な業務がある。それが「メルマガ」だ。

「社長以下、1500名以上に『オフィス カルフォルニア』というメールマガジンを送っています。アメリカで起こった大きな出来事と"チョキスタ"と呼ぶ『ちょっと気になるスタートアップ』、そしてコラムの三章立てです(笑)。このメルマガで大切にしていることは、いかに日本にいるKDDIグループの社員に現地での肌感覚を伝え、また日本の肌感覚を拾えるか。こちらで付き合いのあるメンバーの感覚だけでは、意見が偏ってしまう。ITにちょっと自信のない社員からの返信は、とても大切にしています」(傍島氏)

傍島氏のメルマガは、経営陣も返信するなど好評だという。だからこそ、ITの先端の地の最新の生の声をどう届けるか、そしてダイレクトに返ってくる「お客さまに近い声」を感じることで、日々の業務に還元していく循環を、傍島氏は意識している。もちろん、一番の狙いは、日本にどう影響を与えたいか。

「私がメルマガを書き続ける一番の理由は、最先端に近い情報に触れることで、『考えるきっかけ』を作ってほしいのです。一人ひとりの『こういう意見』が、経営戦略部門から事業戦略、サービス、バックオフィスまで、色々な部門で生まれるきっかけを提供したい。もしそれぞれの担当者がアクションを起こすきっかけになると、私一人ができる仕事の数十倍、数百倍の価値があると思うのです」(傍島氏)

シリコンバレーで起こっていること自体は、アメリカのテクノロジー系メディアを見れば、ある程度情報を収集できるようにも思う。だが、傍島氏からすれば「メディアや調査会社など、お金を使って色々な情報は集められると思います。でも本質的な"体験"をしないことには、その価値を伝えられない」という。「価値を知るからこそ、本当に良いものを日本に持ち込めるのです」(傍島氏)。

筆者自身、今回の取材で初めてシリコンバレーに降り立ったが、日本ではお試しの1回しか利用したことのなかったライドシェアアプリのUberが、なぜ流行ったのかを体感した。

これはあくまで"にわか"な筆者の感想だが、日本においてUberアプリは、ただのタクシー配車アプリでしかなく、しかも町中を流しのタクシーが絶えず走っている。この環境でアプリをわざわざ使う理由に乏しく、せいぜい現金やカードをその場でやり取りしなくても良いという程度のものだろう。

一方のアメリカでは、「ライドシェア」としてマイカー所有者が自分の余暇時間にUberでお小遣い稼ぎをやっている。利用者側の選択肢としても、相乗りの「Uber Pool」や、大通り間の乗車で割り引く「Uber Express Pool」など、さまざまな料金設定がある。ましてや、ちょっと駅近くの商店街まで歩いて……と思ったら、30分以上かかるような土地柄、「だからUberが流行るのだ」とようやく納得できたものだ。

UberとLyftの掛け持ちドライバーも少なくないシリコンバレー

もちろん、傍島氏はこんな程度の低い感想ではなく、むしろVCとの意見交換などを通して、数年先の会社のビジョンとスタートアップを結びつける、さながら事業家の感性で「本質的な体験」を必要としているのだろう。

傍島氏は「私自身も本質的な部分は、まだまだわかっていない」とも語るが、それは「グローバルを体感できる環境で育っていない部分が大きい」と自己分析する。そもそもスタートアップを立ち上げる連続起業家のサービスの組み立て方が、日本人とは大きく異なるがゆえ、そこの理解に苦労する部分があるといったイメージだろうか。

7年があるからこそ、今がある

サンフランシスコ拠点ができてからの7年は、短いようで長く、そして大切な年月と傍島氏は話す。

「日本でも同じですけれど、雑談で『良い情報教えてよ』と軽く話しても、本当に良い情報は普通教えませんよね(笑)。それと同じで、KDDIの社員自身が7年前から根ざしてやってきた、ローカルにコミットした活動が、大切だなと。VCと話すと、日本人の多くは転勤族だからか、『何年こっちにいるの?』『いつ帰るの?』と聞かれます。それは、1年で帰ってしまう人間と仲良く出来ないってことですよね」(傍島氏)

スタートアップとの会話の中には、「日本には興味あるのだけど、あまりよくわからない」という言葉もよく聞くようだ。これに対して傍島氏は、KDDI ∞ Laboで培ってきた、ベンチャー支援の枠組みを通して「KDDIを使い倒して、一緒にやろう」と声をかけていると言う。

「日本では我々が持っているアセットは本当にたくさんあります。そして私たちの仕事は、『日本のお客さまに良いものを届ける』こと。アメリカで成功しても日本でうまくいかないという事例も多々ありますが、『日本にもチャンスがあるのだ』という空気を伝えたい。私たちはレベニューシェアでアプリベンダーさまに収益を還元する『auスマートパス』をいち早くスタートさせましたが、そのビジネスモデルはこちらでもかなりの好感触ですし、そうしたものと組み合わせて成功モデルを作りたい。」(傍島氏)

「スタートアップ」は、どれも眩しく、そして暗い未来が待ち構えている可能性もある。ITの先端を行くシリコンバレーの地であっても、「本当の価値」をいかに見出すかは、長期間に渡る「目利き力」の磨きと、「関係性構築」の作業が必要なようだ。

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

2019.01.24

スマホ普及の一方で、バッテリー発火事故件数は年々増加

安全なモバイルバッテリーを実現する全固体電池に注目

ソフトバンクと吉田カバンがコラボした全個体電池バッグとは?

今や仕事でもプライベートでも欠かせないモバイルバッテリー。

安全面に何の疑いもなく使っている人は多いと思いますが、モバイルバッテリーの事故件数は年々増加しています。独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の発表によると、ノートパソコン、モバイルバッテリー、スマートフォンに搭載されたリチウムイオンバッテリーに関する事故は、平成24~28年度の5年間で274件(ノートパソコン110件、モバイルバッテリー108件、スマートフォン56件)あり、そのうちの約7割が火災などの拡大被害(製品および周囲が焼損などしたもの)に該当するそうです。

こういった状況を受け、2018年2月1日に経済産業省が「電気用品の範囲等の解釈について(通達)」を改正し、ポータブルリチウムイオン蓄電池(いわゆるモバイルバッテリー)を電気用品安全法の規制対象(PSE法)に含めると発表しました。これにより、2019年2月1日よりPSEマークがついていないモバイルバッテリーの製造・輸入および一切の販売ができなくなります

このような流れから、今後は今まで以上にモバイルバッテリーの安全面に注目が集まると予想されます。そこで、リチウムイオンバッテリーより安全性が高く「釘を刺しても、オーブンにいれても、火の中にいれても爆発しない」という次世代バッテリー「Power Leaf (パワーリーフ)」を開発しているソフトバンク コマース&サービスに話を聞きました。

全固体電池だから発火も爆発もしない

話を伺ったソフトバンク コマース&サービス コンシューマー事業本部事業本部の工藤英樹さん(写真左)と鈴木礼子さん(写真右)

―― Power Leafは次世代モバイルバッテリーと謳っています。どういったところが次世代なのでしょうか?

鈴木:Power Leafは、セラミックバッテリーを採用しています。セラミックバッテリーは、従来のリチウムイオンバッテリーに比べて、曲げや衝撃に強く、切断しても発火や液漏れが発生しない特性を持っており、その点で次世代バッテリーと呼んでいます。

―― なぜ発火や液漏れが発生しにくいのでしょうか?

鈴木:セラミックバッテリーが全固体電池だからです。そもそも、リチウムイオンバッテリーがなぜ発火をするのかというと、リチウムイオンバッテリーは、正極(プラス)と負極(マイナス)を電子が行き来することで電流を生み出します。正極と負極のあいだは液体の電解質で満たされているのですが、この電解質に可燃性があります。故障、経年劣化、強い衝撃などが原因で過充電やショートが起こり、異常発熱をして発火にいたります。

それに対してセラミックバッテリーは、電解液をセラミックで固めているため発火もしませんし爆発もしません。

工藤:こちらが、Power Leafです。名刺サイズの大きさで100mAhあります。これを、折り曲げたり、はさみで切ったり、釘を打ち込んだり、オーブンで加熱したり、火の中にいれたりしても、発火・爆発はしません。正確にいうと一瞬だけショートはするのですが、そこから発火につながることはないので、非常に安全性が高いバッテリーになっています。

―― なるほど。それにしても薄いし、触ってみるとやわらかいですね。

工藤:やわらかいですよね。湾曲した状態でも使用できるので、パイプのような円柱形のものにも組み込めます。

―― Power Leafはどれくらい前から開発に取り組まれているのでしょうか?

鈴木:4年ほど前ですね。Power Leafは、はじめて全個体電池の製品化に成功した、台湾のプロロジウム テクノロジー社と開発を続けてきた製品です。2017年7月にネームタグ型バッテリー「Tag」を発表し、同年11月にiPhone X用の手帳型バッテリーを発売しました。

吉田カバンとコラボした肩掛けタイプの「PORTER SLING SHOULDER BAG × Power Leaf」

そして、第3弾製品として、吉田カバンとコラボしたPower Leaf搭載バッグを開発しました。

苦節2年。吉田カバンとイチからつくったバッグ

―― では、吉田カバンとコラボした背景を教えてください。

鈴木:Power Leafは「常に持ち歩ける」をテーマに商品開発をおこなっています。まずはバッグにつけられるタグをつくって、次に皆さんが必ず持ち歩かれるスマートフォンのケースをつくりました。次はなにをつくろうか考えたときに、「バッテリーを常に持ち歩けるようにバッグをつくろう」と決まりました。そこで、吉田カバンさんに声をかけさせていただいたのです。

―― 吉田カバンとは付き合いが深かったのですか?

鈴木:いえ。深かったわけではないんですけど、別の部門でたまたまお付き合いがあり、そこから「一緒に面白い商品をつくりませんか?」と提案しました。吉田カバンさんは、こういったテクノロジーとのコラボをほとんどしたことがなく新鮮に感じてくれたようで、共同開発がはじまりました。

そこから約2年かけてやっと商品化にこぎつけた形になります。

―― 2年……。ということは既存製品をベースにしたとかではなくイチから?

工藤:はい。イチからつくっています。

―― イチから手がけられたなかで、どんな点に苦労しましたか?

工藤:そもそも僕らはアパレル系のアイテムをつくったことがなかったので、イチからつくることでさまざまな苦労がありました。ショルダーに設置したコントローラー部分。そもそもどの場所につけたほうが良いとか、どういう風につければバッテリーとコントローラーを繋ぐケーブルが邪魔にならないかなど、吉田カバンさんとともに試行錯誤を繰り返しました。

ショルダーバッグに関しては、肩当てのパット部分を普通のバッグより長くしています。パッドが通常の長さだとコントローラーが肩のあたりにきてしまい操作しにくいので、細かく調整してもらいました。

鈴木:リュックに関しては、右利き左利きどちらも操作しやすいように、左右どちらにもコントローラーがつけれるようになっています。これは吉田カバンさんのこだわりです。

―― Power Leafもバッグにあわせて調整をしているのでしょうか?

鈴木:ショルダーバッグもリュックも、3,550mAhの容量を搭載しているのですが、大容量にするにあたって、いかに薄くするかに焦点を絞って調整しました。その結果、世界でも最薄レベルを実現できたと自負しています。

薄く広くしているのと、面積比で考えると軽いこともあり、バッグを背負ってもバッテリーの存在感もそんなに感じないと思います。

Power Leafから話はそれますが、こだわりの部分でいうと、弊社が発売しているスマートトラッカー「tile」専用のポケットも作ってもらいました。キーホルダーみたいにつけるわけでもなく、tileを入れてることすら忘れてしまうような状態にしていただいて、例えば、酔ってバッグをどこかに忘れてしまった、というような事態でもすぐに見つけられるようにしています。

―― 今回は吉田カバンとコラボしてバッグを発売されていますが、この先も他業種とのコラボをしていくのでしょうか?

工藤:そうですね。まだ具体的にはなっていないんですけど、身につけるものだけではなく、例えばソーラーであったりEVであったり、そういった方面への進出もしていきたいと思います。

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

2019.01.24

フリマアプリを運営するメルカリが新聞折り込みチラシを配布

なぜリアル店舗のようなチラシ広告を出したのか

理由を聞いていくなかで同社のマーケティング戦略が見えてきた

問:次のアイテムのなかから、フリマアプリ「メルカリ」で販売されたことのあるものを選びなさい。

・ダウンジャケット
・ヒト型ロボット
・トイレットペーパーの芯
・クルマ
・イヤホンの左側

おわかりいただけただろうか。答えは「すべて」である。現時点では売り切れかもしれないが、上記はすべてメルカリで販売された実績のあるアイテムだ。

さまざまな商品が売買されているメルカリとはいえ、まさか「トイレットペーパーの芯」が売られているとは、よほどのヘビーユーザーでなければ知らないのではないだろうか。

もちろん筆者も知らなかったが、2018年12月12日に配布された1枚の新聞折り込みチラシが、その事実を教えてくれた。それは、メルカリが北海道と愛知県で計192万部配布した広告チラシだ。

紙面上では、トイレットペーパーの芯やクルマがメルカリで売られていたことを紹介していたのだが、東京在住の筆者は配られたチラシを直接見たわけではない。「メルカリが新聞折り込みチラシを配布している」という意外性がSNSで話題を呼び、仕事中Twitterをいじくりまわして遊んでいた筆者の元にも情報が届いたのである。

はたして、アプリ上でサービスを展開するメルカリが、なぜリアル店舗のような折り込みチラシを配布したのだろうか。

メルカリが配布した新聞折り込みチラシの例。まるでアパレル広告のようだ
裏面には、初心者でも使えるようにアプリのマニュアルが紹介されている

「スタンダードからいかに離れるか」が、おもしろさを生む

「端的に言えば“お茶の間の会話”を増やしたいと考えたためですね」

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏は、新聞折り込みチラシを配布した理由について、そう話す。

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏

2013年7月にサービスを開始したメルカリのアプリダウンロード数は、世界合計で1億超。また、累計流通額は1兆円を超えており、全国レベルでその名を轟かせている。

「ただ、月間のユニークユーザー数は1100万程度。ダウンロード数を考えるとまだまだ伸びしろがあるはずなのです。そのため、まだ取り切れていない、シニアを中心とするユーザーを取り込むためのアプローチを実施することに決めました」

アプリの存在は知っているが、普段からメルカリを使っているわけではない。そんな、シニアをはじめとする“お茶の間ユーザー”を取り込むべく企画されたのが「新聞折り込みチラシ」だった。さまざまなマーケティングを行っている同社ではあるが、新聞折り込みチラシの配布は今回が初めて。そのため、まずはテストマーケティングとして、限られたエリアでの配布が行われた。

だが、シニアへのアプローチは何も折り込みチラシに限らない。テレビCMはもちろん、街頭配布やポスティングなど、ほかにも宣伝手法はあったはずだ。なぜ折り込みチラシにこだわったのだろうか。

「1つのコンテンツとして完結しているところがポイントでした。新聞は、自ら購読して情報を取得する非常にポジティブな媒体。毎日目にするそのコンテンツにメルカリの折り込みチラシを入れることで、“違和感”を生み出したかったのです」

また村田氏は、チラシだからこそ違和感を生み出せたのだと話す。

「今の時代、いかにSNSで話題にしてもらえるかが大事です。そのためには普通とは違うことをやらなければなりません。違和感は、多くの人が認識する“スタンダード”がなければ作れないと考えています。いかに基準から大きな振れ幅があるか。それが驚きやおもしろさにつながるのではないでしょうか。そういう意味で、折り込みチラシには基準があります。『医薬品系だったらこんなチラシ』『スーパーのチラシはこんなもの』というイメージが、多くの人のなかで醸成されているからこそ、イメージからかけ離れたクリエイティブは一層際立つはずだと、新聞の折り込みチラシを実施したのです」

例えば街頭配布であれば、コスプレをしたり、奇抜な宣伝車で商品サンプルを配ったり、アメニティを同封したりと、工夫されているものが多く、普遍的な基準のようなものが思い浮かびにくい。あえて一般的な街頭配布の例を挙げるとすれば、ポケットティッシュと答える人が多いだろうか。だが、ポケットティッシュ以外のものを配っていたら、それだけで大きな話題を呼ぶかと言えば、おそらく難しいはずだ。

つまり、スタンダードがあるからこそ、違和感を与えて記憶に残るような手法を実施できると、数あるアプローチのなかから村田氏は折り込みチラシを選んだというわけだ。

そもそも、実店舗を持たないメルカリが折り込みチラシを配布するというだけで、1つの違和感を与えられるだろう。そして「徒歩0分! スマホの中でオープン!」といった目を引く謳い文句が、違和感をますます際立たせる。

「違和感を与えるために、コピーや商品ラインアップは工夫しましたね。今回、3タイプのチラシを作成したのですが、“メルカリだからこそできるラインアップ”をあえて出すようにしました。例えば、意外性のあるものでは、トイレットペーパーの芯やクルマ。実際にメルカリで売られていたことがあるんです」

今回作成されたチラシは「ファッション」「家電」「スーパー」の3タイプ。意外性のある商品ラインアップに加えて、北海道では日本ハムファイターズのユニフォーム、愛知県では中日ドラゴンズのユニフォームなど、地域に根付いた商品も掲載しており、そのような遊び心も、SNSで話題になるために必要なのかもしれない。

家電パターンのチラシ。「徒歩0分! ~」のコピーが目立つ
「トイレットペーパーの芯」を掲載したパターンのチラシ。2つのチラシをよく見比べると、ユニフォームで使われている写真が違う。なお、北海道と愛知県を選んだ理由は、「地場新聞の影響力が強いエリア」だからだという

結果として、違和感を覚えた消費者は、Twitterにチラシの画像を投稿。狙い通り、SNSでバズらせることに成功した。

しかし、SNSで話題になっても、ターゲットにしているシニア層にはあまり関係がないのではないだろうか。

「シニアや中高年の方々でSNSをやっている人は意外と多いんですよ。積極的に発信をしている人はあまり多くないですが、情報収集として活用している人は少なくないですね」

ちなみに、肝心の折り込みチラシの効果は、「すべての数字の集計が終わっているわけではありませんが、チラシを投下したエリアでは、いい成果が出ています」とのこと。データとしても、チラシの影響を確認できたという様子だった。

攻める姿勢が生み出したもう1つの広告

今回のようなアプローチは、SNSが普及した今だからこそ可能な新しいマーケティングだ。そして、メルカリではSNSでのバズを狙った取り組みがもう1つ。2019年1月1日からスタートした『#はじメル』だ。

はじメルは、「三日坊主でもいいから、とにかく新しいことをはじめる人を応援する」というコンセプトで展開しているキャンペーン。特設サイトを開設し、1月3日には新聞の一面広告を、1月5日からはテレビCMを放送開始した。

そのなかで、一体なにがSNSで話題になったのかというと、これまたアナログな「新聞広告」である。

「一般的に1つのクリエイティブで進める新聞広告を、あえて3タイプ制作し、首都圏・東日本・西日本で分けて配布しました。3枚の新聞広告をつなげるとメルカリの『m』が浮かび上がるというデザインなのですが、1枚だけ見ても、“つなげたら何か起きそう”なデザインにすることで、それを発見した人がTwitterに思わず投稿したくなるような仕組みを作っています」

新聞広告を3枚並べると「m」の文字が浮かび上がる

思わせぶりなデザインにするという“ヒント”を提供しておき、あとは何も言わずにユーザーの反応を待つ。離れたエリアの新聞を手に入れるのは難しいので、ほかのデザインが気になった場合は、自然とオンライン上での情報収集が開始されるだろう。そうして、SNSで活発なやり取りが発生するというわけだ。

「最初はもっと控えめのデザインだったのですが、それじゃダメだと言いましたね」

穏やかな口調ではあったが、村田氏の言葉からはクリエイティブに対してのこだわりを強く感じた。

「折り込みチラシのときもそうですが、守りに入ったら企業は終わると考えているので、常に攻め続けたいと考えています」

クリエイティブに対して攻めの姿勢を崩さない村田氏。それを象徴するエピソードとして、折り込みチラシのプロジェクトのキックオフ時には、「私をクビにする覚悟で仕事をしてほしい」とメンバーに伝えたのだという。

「もちろん、ほんとうにヤバいときは止めますよ。ただ、メンバーがリスクを考えてしまうと、どうしても“置きにいく”ようなアイデアになりがちです。責任なら私が取るので、どんどん攻めてほしいというメッセージですね」

置きにいくクリエイティブでは、SNSでバズらない。メンバーが自由にアイデアを出せる環境整備こそ、尖ったクリエイティブを生み出すのに必要なことなのだろう。

2019年はメルカリの内面を伝える年に

今回、折り込みチラシと新聞一面広告で、SNSでバズらせるマーケティングを実施したメルカリ。折り込みチラシに関していえば、まだテストマーケティングが終わった段階である。今後は全国的に折り込みチラシの配布を行うのだろうか。

「明確な方針はまだ決まっていませんが、折り込みチラシについては、読み物としてお客さまから期待されるコンテンツにしていきたいと考えています」

ただし、「今日は○○が特売」「○○が新発売」といったように、新聞チラシは日々情報が更新されるから読み物として成立する。タイムリーな情報をチラシで打ち出せないメルカリは、どのようなコンテンツにしていくのだろうか。

「今回折り込みチラシで意識したことの1つに、商品をたくさん入れるという点がありました。実際にメルカリで何が売られているかまでは知らない人が意外と多いんですね。そのような人からすると、トイレットペーパーの芯が売れることは1つの発見になるでしょうし、自分の家にある家電がいくらで売れるかということも新しい発見です。そのように、ほかにも、まだまだ知られていない情報があるので、継続的にチラシをやると決まったら、もっとメルカリの内側を知ってもらう情報を提供していきたいですね」

メルカリの内側を知ってほしいと話す村田氏。実は、はじメルにも同様の意図があったという。

「メルカリを使えば『新しい趣味を始める』ことへのハードルを下げられると伝えたかったのです。例えば、ゴルフを始めようと考えたら、ゴルフクラブのセットを購入する必要がありますよね。それが仮に10万円であれば、『ちょっとやってみようかな』程度に思っている人からすると、やはりハードルは高い。しかし、メルカリを使うことで、まずゴルフクラブを5万円で買える可能性があるのです。そのうえ、5万円で売られているのであれば、それに近い金額で売却できることも意味します」

5万円でゴルフクラブを買ってみたはいいものの「あまりおもしろくないな」と感じた場合、4万5000円で売却できれば、5000円の出費でゴルフを体験できるわけだ。

「また、メルカリにはバーコード出品と呼ばれる機能があって、バーコードを読み取るだけで商品情報を自動入力してくれるんです。値段も提案してくれるので出品が楽なのですが、最近では本を買うときにまずはバーコード出品を行う人が多いようですね。ちょうど読み終わったくらいに売却できて便利なんです。期限を決めることで、読まないといけないというプレッシャーにもなりますし、2000円の本を1500円で売却できれば、500円で本が読めるわけです」

何か買うときに、メルカリでまずいくらで売れるかをチェックする。そして、使わなかったり、一度使って満足したりすると、メルカリで売却するという消費行動が増えているのだ。その結果、購入のハードルが下がるので、二次流通が一時消費を活性化させる可能性もあるだろう。

「このような使い方の訴求は、継続してやっていきたいなと。そしてゆくゆくは、メルカリをライフインフラのようにしたいですね」

村田氏は展望を語る。

「認知はすでに獲得しました。次はメルカリの内面をもっと外に出していくフェーズです」

2018年には株式を上場し、気流に乗るメルカリ。決して“置きにいかない”同社のマーケティング戦略から、次はどんなアイデアが飛び出すのだろうか。2019年も同社の尖った広告が、SNSを騒がせるかもしれない。