お酒市場で存在感を強める日本産ワイン

お酒市場で存在感を強める日本産ワイン

2018.05.25

2012年頃から続くワインブームに、新たな動きが見え始めてきた。日本産ワインがその存在感を強めているのだ。

そもそも現在まで続く第7次ワインブームのきっかけはチリ産ワインだった。EPA(経済連携協定)が日本とチリの間に結ばれ、経済面でさまざまな協力が行われた。ワインもそうした経済連携の項目のひとつ。購入しやすい価格でコンビニに並ぶようになり、ワインブームが訪れた。

こうした安価なワインは確かに市場の牽引役として、人気が続いている。だが、ここにきて新たな動きもみられ始めた。日本産ワインの存在感が増しているのだ。

こうした日本産ワインの人気をさらに沸き立てようと、各お酒メーカーが仕掛け始めた。なかでも積極的なのが、キリン傘下のメルシャンだ。

セミナーで甲州ワインの解説を行う、メルシャン 営業本部 マーケティング部 尾谷玲子氏

まず、ゴールデンウィークの直後、メディア向けのワインセミナーが開催された。このセミナーで紹介されたのは、フラッグシップブランド、シャトー・メルシャン。しかもすべてが「甲州」というブドウ種から醸造されたワインだ。

甲州は古くから日本にあるブドウ種で、約1,000年前に甲州市勝沼付近で発見された(約1,500年前との説もある)。ワインが日本で作られるようになったのは約140年前なので、長いこと生食用と親しまれたことになる。そして日本でワインが醸造され始めた際、古くからある品種であることから、この甲州が使われた可能性が高いといわれている。

OIV登録で拓けた甲州ワインの輸出

そして2010年、甲州がOIV(国際ブドウ・ワイン機構)に品種登録された。実はこのOIVに品種登録されていないと、甲州という名前でワインを欧州で販売することができない。つまり、OIVへの登録により、ワインの本場への扉が開いたといえる。ちなみに甲州のほか、マスカット・べーリーAという日本の黒ブドウ種が、OIVに品種登録されている。

だが、知名度でいえば、やはり甲州に分があるだろう。山梨の旧名、甲斐の国を表す甲州という名前は、産地をイメージしやすい。しかも、コンビニや飲食店で甲州ブドウを使ったワインが取り扱われることが多く、なじみ深いということもある。さらに世界文化遺産に登録された和食に合うという特色がある。甲州で作られたワインは、著名なワイン評論家、ロバート・パーカーも「日本食に適している」と評価したほどだ。

今回、メルシャンが甲州ワインのみのセミナーを開催したのは、このあたりに理由があるといえる。

左からシャトー・メルシャン 山梨甲州 2016、甲州きいろ香 2016、甲州グリ・ド・グリ 2016。甲州グリ・ド・グリがオレンジがかっているのは、赤ワインのように皮や種を圧搾しているため

ただ、日本産ワインには、もうひとつの潮流がある。それはメルローやカルベネ・ソーヴィニヨン、シラー、シャルドネといった欧州系ブドウ種を日本で育て、それを醸造して日本産ワインとする方向だ。

ただ、こうした欧州系ブドウは日本の高温多湿な気候での栽培が難しいとされてきた。以前、国立科学博物館で開催されたワイン展を見学したことがあるが、相当な紆余曲折の末、ワイン用ブドウに育て上げた経緯を垣間見た。また気候だけでなく、太平洋戦争といった国難も日本産ワイン醸造に影響を与えた。

明治時代からヴィンヤード(ブドウ農園)はあったが、本格的にワイン用ブドウ生産が軌道に乗るのは1980年頃からだと思う。古くからあるサントリー登美の丘や、メルシャン桔梗ヶ原といったヴィンヤードで収穫されたブドウから醸造したワインが、メキメキとブランド力を上げてきた。

そして2015年、国税庁によって「国産ぶどうのみを原料とし、日本国内で製造した果実酒」を「日本ワイン」とすると定義された。上記の条件を満たすワインには日本ワインの表示ができるようになった。そして食の多様化とともに日本ワインの人気は向上。おもに飲食店などで楽しむワインファンが増えた。

ブドウの収穫量向上がカギ

ただ、問題もある。それは、日本でのワイン用ブドウの生産力が脆弱なこと。前述したが文化遺産になった和食が海外でも楽しまれるようになった。当然、和食と日本ワインの組み合わせを求めるファンが海外にも増えたが、大々的に輸出するまでには至っていない。今は少しでもヴィンヤードの面積を増やし、数年後の収穫につなげるフェーズともいえる。

そうしたなか、メルシャンはボランティアやメディアを招待してブドウの植樹イベントを行った。場所は長野県上田市鞠子。ここは20ヘクタールの広さを誇る、メルシャンの主要ヴィンヤードだ。ヴィンヤードだけでなく、ワイナリーの建設も予定されており、日本ワインの生産力向上をねらう同社のシンボルともいえる。

左上:浅間山が遠望できるパノラマ。右上:20ヘクタールの広大なヴィンヤード。左下:ヴィンヤードの一画にワイナリーができる予定。右下:ボランティアによる植樹の様子

筆者もこのイベントで、計4本のシラーの植樹を行った。何年後かに、自分が植えたブドウから醸造されたワインを飲めるかもしれないと思うと、感慨深いものがある。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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