黒船来航でハンバーガー戦争勃発! 迎え撃つ老舗モスバーガーの戦略は

黒船来航でハンバーガー戦争勃発! 迎え撃つ老舗モスバーガーの戦略は

2016.06.20

日本マクドナルドが業績不振に陥る一方で、シェイクシャックやカールスジュニアといった海外の専門店が次々に上陸を果たす日本のハンバーガー業界。老舗と新興勢力が顧客獲得でしのぎを削る有様は、“ハンバーガー戦争”とでも形容したくなるほどだ。風雲急を告げる業界にあって、日本勢はどのような戦略を描いているのだろうか。モスバーガーを運営するモスフードサービスで話を聞いた。

成熟市場ならではの混戦模様

なぜ今、日本でハンバーガー戦争が起こっているのか。その背景として、“食”に関する成熟した市場の存在を挙げるのは、モスフードサービス執行役員・総合企画室長の千原一晃氏だ。

モスフードサービスの千原氏とモスバーガーのマスコットキャラクターであるモッさん

モスの1号店がオープンした1970年代には、まだ珍しい食べ物だったであろうハンバーガー。マックとモスが競い合うように店舗網を拡大した結果、いつしかハンバーガーは当たり前のメニューとなり、ある意味でありふれた存在となっていった。その成熟市場に商機ありとみたのが、続々と乗り込んできている海外グルメバーガー勢力だと千原氏は分析する。

味、素材、ボリューム、バーガーショップの雰囲気など、ハンバーガーが持つ本質的な価値に焦点を当て、その魅力を再認識させるような戦略で日本市場に打って出たグルメバーガー勢力。商品の値段は総じて高めだが、その価格設定の裏には「既存のハンバーガーとは違う」という自信が透けて見える。日本の成熟市場は、高級・高品質路線のハンバーガーを展開する海外勢の出店に敏感に反応した。

高品質バーガーの市場は「決してニッチではない」

グルメバーガー勢の日本事業は総じて好調な様子。ニューヨーク発のバーガーショップであるシェイクシャックとベアバーガーは、両社とも2016年に入って日本2号店を開業した。2016年3月に秋葉原に1号店をオープンし、18年ぶりの日本再上陸を果たしたカールスジュニアは、今後10年で150店舗まで事業を拡大するという方針を打ち出している。

従来のハンバーガーに飽き足らず、もう少しプレミア感があり、ボリュームのある商品を望む層はかなりいるとの見方を示すカールスジュニアジャパンの渡邉氏。(2016年5月10日のAKB48ブランド大使就任式にて撮影)

以前お話をうかがったカールスジュニアジャパンの渡邉雅人代表取締役社長は、日本におけるグルメバーガー市場を「決してニッチとは呼べない」大きさだと表現した。マックとモスが拡大に努めたてきたハンバーガー市場は、多種多様なメニューが存在する日本の外食業界にあっても、品目別に見ると最大級の規模だ。高価格のグルメバーガーに手を伸ばすのが一部のバーガーファンに限られるとしても、分母が大きいぶん、その顧客層は市場規模としてみた場合決して小さくないというのが同氏の見立てだ。

グルメバーガー勢の侵攻を日本の老舗企業はどう捉えているのだろうか。前出の千原氏は、市場の活性化につながる昨今の動きは「脅威というより大歓迎」と話す。仮に品質にこだわらない激安バーガーショップが海外から乗り込んできたのであれば、日本におけるハンバーガーのブランド価値は低下し、既存バーガーチェーンにも悪影響が及ぶおそれがあった。高級店の上陸とともにグルメバーガーブームが到来し、ハンバーガーの魅力が見直されるような流れは、品質重視の姿勢を堅持してきたモスにとっても歓迎すべき事象だったのだ。

モスの強みはぶれない姿勢

注文を受けてから商品を調理する「アフターオーダー方式」や、国内の協力農家で農薬や化学肥料に極力頼らない栽培方法で育てる「モスの生野菜」など、品質重視の取り組みがモスの特徴だ。コストと手間がかかっても品質を優先する同社の姿勢を千原氏は「愚直」と表現する。効率や価格ではマックに差をつけられ、結果的に売上高や店舗数といった面でも同社の独走を許しているモスだが、安易な価格競争に走らず、品質重視を貫いたことが、結果的に他社との差別化につながり、顧客からの評価に結び付いているという側面がありそうだ。

筋の通ったぶれないメニュー開発からもモスの独自性が感じられる。2016年4月、「アボカドチリバーガー」などの新商品発表会に登壇した同社商品本部長の太田恒有氏が、商品開発のポイントの1つとして挙げたのが「医食同源」というキーワード。ハンバーガーのパティを大豆でできたものに変更できる「ソイパティ」、バンズの代わりにレタスを使用した「菜摘」、そしてアボカドを用いた商品といったように、モスが提示してくる新商品群は、栄養バランスへの強いこだわりを感じさせるものばかりだ。

ソイパティのモス野菜バーガー(写真左)と菜摘(写真右)。定番バーガーをカスタマイズし、医食同源の考え方を落とし込んだ商品展開だ(以下、写真提供はモスフードサービス)

品質重視の姿勢こそ不変だが、顧客の嗜好が変わってきたとみれば定番メニューに手を加えることもいとわない。主力商品「モスバーガー」などに使用されているミートソースであっても、味は時代に合わせて変えている。モスフードサービス広報・IRグループの森野美奈子氏によれば、創業当時のレシピで作ったミートソースは今よりも塩気が強く、現代の顧客の好みにはマッチしない味なのだという。

定番のモスバーガー。おなじみのミートソースも時代に合わせて味が変化している

季節によって野菜の仕入先が変わるため、時期によっても味が微妙に変化するモスの商品群。味の変化は顧客を飽きさせず、リピーターをつなぎとめるという結果も生んでいると千原氏は語る。

グルメバーガー勢は競合相手にあらず

品質を重視する姿勢はグルメバーガー勢も前面に打ち出しているところ。ターゲット層がバッティングするモスバーガーと海外勢の間では、激しい顧客争いが起こっているものと想像していると、千原氏から聞くことができたのは意外な現状分析だった。

「(これから食事に行く人が)今日はモスにする?シェイクシャックにする?とは言わない」。千原氏はシェイクシャックら海外勢を非日常、モスを日常と分類したうえで、両者の間に激しい顧客の奪い合いは起こらないとの考え方を示した。店舗数、利用シーン、利用者の属性など、両者の間には様々な違いがあるため、顧客を食い合うような自体は起こりにくいのだという。品質重視は一緒でも、「モスは日常のなかの高品質を目指す」(千原氏)というのが同社の基本姿勢だ。

グルメバーガーブームに呼応する上位ライン展開

それでは、モスは「グルメバーガー勢を相手にせず」と高をくくっているのだろうか。その問いに対する答えとなりそうなのが、2015年11月に東京の千駄ヶ谷でオープンした「モスクラシック」の存在だ。

「大人のためのハンバーガーレストラン」を標榜するモスクラシックは、1個1,000円を超えるハンバーガーやアルコールなどを取り揃えるモスの新業態。モスは以前、この手の店舗を神楽坂に出店したことがあるが、当時のテナントは面積が狭く、大きなグリドル(鉄板)を中心とするオープンキッチン型の店舗作りには不向きだったことから、テナント契約を更新せず、別物件への移転を検討していたという経緯がある。今回の再出店は、グルメバーガーブームを捉えた素早い対応だといえる。

日本発祥のバーガーショップであるモスに、高価格帯の上位ラインを求める声は株主からも上がっていたという。神楽坂のモスクラシックを知る顧客からも、もう一度食べてみたいという意見は出ていたそうだ。千原氏によると、千駄ヶ谷店の手応えは上々の様子。地元住民を含む幅広い客層を獲得できており、「(ランチタイムのみならず)夕方から再びピーク」がくるという、ファーストフード店とは違った盛り上がりもみせているそうだ。千駄ヶ谷店の反応を見つつ、6大都市への展開も考えるという方針にも変わりはないようだ。

総武線の千駄ヶ谷駅から徒歩3分のモスクラシック(外観は写真左)。店内はゆったりと座れるソファと落ち着いた照明が特徴だ(写真右)。席についてから注文し、帰りに会計を済ませるレストラン形式の店舗で、顧客に「くつろいでもらえる空間」(森野氏)を提供することを目指している

外食戦争に巻き込まれるハンバーガー業界

日常のモスバーガーと非日常のモスクラシックで2正面作戦を展開するモスフードサービスだが、主戦場となるのはやはり日常の部分だろう。そうなると、モスの競合相手として強力なのは、他のバーガーショップというよりもむしろ他の外食産業だ。

ラーメンやうどんはもちろんのこと、最近では低価格の回転寿司チェーンなども勢力を拡大している。コンビニエンスストアをはじめとする中食ビジネスの伸張も脅威だ。海外勢の上陸により、日本で勃発したハンバーガー戦争も、実際のところは“外食戦争”という大きな流れのなかで起きた局地戦に過ぎないのかもしれない。

マクドナルドが失った売上高は業界内で還流せず

日本マクドナルドの業績をみると、2011年12月期から2015年12月期までの5年間で全店売上高が1,600億円弱の減少となっている。この5年でマックが失った巨額のハンバーガー代は、いったいどこへ消えたのだろうか。モスフードサービスの業績をみると、2011年度からの5年間はおおむね右肩上がりに売上高を伸ばしているものの、増加額は100億円弱に過ぎない。マックの受け皿はモスだけではないが、マックから離れた1,000億円を超えるハンバーガー代が、全て同業に流れたとは考えにくい。「マック離れ」を起こした顧客の多くは、おそらく他の外食産業に流れているのだろう。

マクドナルドの全店売上高は急激に減少。モスバーガーは右肩上がりだ(グラフは両社の発表資料から筆者作成)

日本フードサービス協会の調べによると、外食産業市場は2011年から2014年にかけて右肩上がりで拡大している。一方、日本フランチャイズチェーン協会の調査によれば、ここ数年でハンバーガーチェーン全体の売上高は大きく減少している。

もちろんハンバーガーを取り扱っている個人商店も多いので、チェーン店に限った調査結果を使っても正確な分析は困難なのだが、こうして2つの統計を比較してみると、消えたハンバーガー代が他の外食産業に取り込まれているとの推測もあながち間違っていないような気がしてくる。モスフードサービスの千原氏が、「(昔のマックと)同じような(家族連れがシェアして食事するという)光景を某うどんチェーン店で見かけるようになった」と感想を漏らしていたのも印象的だった。

外食産業の市場規模が徐々に拡大しているのに対し、ハンバーガーチェーン全体のの売上高は落ちている(グラフは日本フードサービス協会と日本フランチャイズチェーン協会の発表資料から筆者作成)

ハンバーガー再評価のチャンス、試されるモスの愚直な姿勢

日本マクドナルドの業績不振により、外食戦争では厳しい戦いを強いられているハンバーガー業界だが、海外勢の参入が相次ぎ、グルメバーガーブームが起こっている現在の状況は、業界を活性化させる大きなチャンスでもある。「道ばたのバーガースタンド」を志向するシェイクシャック、「セクシーでエッジー」というブランドイメージを打ち出し、若いバーガーファンの需要を開拓しようと目論むカールスジュニア、「BurgerLove」(バーガーラブ)路線で再びヒット商品を連発し始めたマックなど、多様なプレイヤーが独自のカラーを打ち出して勝負している現状は、ありふれたメニューになりつつあったハンバーガーの復権を図る好機だ。

ぶれないメニュー開発と品質へのこだわりから感じられるモスの「愚直さ」は、群雄割拠のハンバーガー市場において同社最大の武器となる。作り置きをしないことや、1つ1つの野菜を店舗で仕込むといった一見すると非効率的な手法こそ、業界の中で同社を特別な存在にしている要因だ。「思いつきで変わった商品を出すのが差別化だとは考えていない」という千原氏の言葉が、同社の考え方を端的に表している。グルメバーガーブームのなかにあっても、品質重視の愚直な姿勢を貫いていくことこそがモスバーガーの戦略だといえるだろう。

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

2018.11.12

オリパラの裏側には、さまざまな最新技術が隠れている

パラアスリートを支える、ブリヂストンの「タイヤ技術」って?

義足用ソールの開発に挑む研究者らに話を聞いた

東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催まで2年を切った。自国開催ということもあり、現地で観戦しようと考えている人も多いだろう。そこで1つ提案したいのが、オリンピック・パラリンピックを「技術」の視点で見ることだ。

2018年の平昌オリンピック・パラリンピックでは世界初の5Gの実証実験サービスが行われ、開会式ではインテルがドローンによる光のパフォーマンスが行われた。このような派手なものに限らず、大会の裏にはいくつもの技術が隠れている。パラアスリートが用いる器具などがその典型的な例と言える。

そこで本稿では、「ワールドワイドパラリンピックパートナー」であるブリヂストンによる、自社技術の活用によってパラアスリートを支援する取り組み「パラアスリート技術支援プロジェクト」に注目。東京2020を支える技術の裏側に迫る。

タイヤ技術でパラアスリートを支えよ! 

パラアスリート技術支援プロジェクトは、同社のオリンピック・パラリンピックのパートナー契約締結を機に『タイヤやゴムの技術をアスリートのために活かせないか』という想いから発足したという。ではその技術で何を作っているのかというと、1つの例が義足用の「ソール」(地面に接する部分、靴底)だ。

今回話を聞いた、ブリヂストン 先端企画本部 先端技術推進部 先端技術企画推進第1ユニット 主任部員の小平美帆さん(左)とオリンピック・パラリンピックマーケティング推進部 アクティベーション推進ユニット 課長 鳥山聡子さん(右)

「当社では、パラトライアスロン選手の秦由加子さんの義足用ソールを開発しました。現在も定期的に本人と話し合いの場を設けながら、当社の技術でサポートできる部分はないか、ということを模索しています」(鳥山さん※以下、鳥山)

秦由加子 選手。1981年生まれ。千葉県出身。3歳から10歳まで水泳を習う。13歳で骨肉腫を発症し、右足の大腿部切断を余儀なくされたが、2007年に障がい者水泳チームで水泳を再開。2013年にパラトライアスロンに転向した。大腿部切断でパラトライアスロンを行っている唯一の日本人選手だ

なぜ同社がソール部分に注目するようになったかというと、「タイヤ技術との親和性の高さ」が理由だと小平さんは語る。

「もともと当社では、タイヤはもちろん、ゴルフシューズや農業機械用のゴムクローラなど、『地面と接する部分』の製品開発に強みを持っております。ソールも同じく、地面と接するモノ。そこで当社の持つ技術との親和性が高いと感じ、注目するようになりました」(小平さん※以下、小平)

さらに、ソールの素材はゴムと高分子の複合体であり、これは同社の製品でもよく使われる素材であった。タイヤ製品で培った技術を活用することで、選手をサポートできるのではないか? と考え、新ソールの開発を始めたというわけだ。

義足イメージ。ランニングシューズの底のように、特有なパターン(模様)の入っている部分が、ブリヂストンの開発したソール

「ランニングシューズを切って、義足に貼る」が当たり前?

そもそも、義足用のソール開発に力を入れている企業というのはグローバルで見ても少ない。義足を必要とする人は多くいる一方で、切断箇所や筋肉量の違いなど、個人個人によってのニーズが異なるために、高ロットでの生産ができず、なかなかビジネスとして成り立たないことが原因だという。では、秦選手の使用していたソールには具体的にどのような課題があったのか。

「これは秦さんに限らず、ほとんどのパラアスリートに当てはまることなのですが、それぞれが個人に最適化されたツールを使えていないという課題がありました。もともと、多くの種類が市場に出回っているわけではないので、パラアスリート向けの『高品質な製品』自体が少なく、モノによっては、開発されて数十年経っている”最新モデル”もあります」(鳥山)

驚くべきことに、世界大会で活躍する秦選手のような人であっても、ランニングシューズを買って、ソール部分を切り取り、義足に貼り付けて使っていたのだとか。そのように「売られているものを転用して使う」というパラアスリートは少なくないそうだ。

「当たり前ですが、ランニングシューズのソールは、義足を必要とする人向けに開発されたものではありません。地面と接触した際にかかる力は違うし、耐摩耗性が求められる箇所も異なります。秦さんは以前、雨の中でのレースで、『滑るのが怖くて、思い切って走ることができなかった』という経験をしたそうです。そうした意見を聞き、どんな状況であっても安心して走れるようなソールを開発したい、と考えるようになりました」(小平)

タイヤ開発のノウハウを詰め込んだソール開発

しかし、いくら「地面と接するモノ」だからといって、タイヤとソールで求められる技術が一緒だとは思えない。どのようにブリヂストンの持つノウハウをソール開発に適応させたのか。

「はじめはゼロからの挑戦でした。そもそも、『義足のソールに求められることって何? 』という疑問からのスタートなんです。勉強の日々でしたね。どうにか当社の技術を活用できないか、と考え、まずは走る際にかかる力を測るために、タイヤ開発に使用する測定器を使って圧力測定を行いました」(小平)

圧力測定時の様子。ランニング時、ソールへの力のかかり方がどう変化するかを調査した

ほかにも、使用した後の摩耗部分の分析などを行い、グリップ力を上げつつ摩耗を抑えられるソールはどのようなゴム材料・溝形状にすればよいかをひたすら考えたそう。

さまざまなデータから見えた課題に対して「どうブリヂストンの技術を適応させれば良いか」と考え、試行錯誤を重ねた後に、ようやくソールを開発。2017年4月、初めて秦選手に新ソールをつけた義足で走ってもらうことになった。

「私たちのソールで走ってみた秦さんには『全然違う! 』と、すぐに気に入っていただきました。その1カ月後には早速、新ソールで大会にも出場していただきました。その大会もあいにくの雨だったのですが、確実に滑りにくくなっているとのフィードバックをいただき、手応えを感じました」(小平)

小平さんや鳥山さんは、秦選手と密にコミュニケーションを取りながら、フィードバックを元にソールの改良を続けた

さまざまな領域での技術活用も視野

そのレース以来、秦選手は変わらずブリヂストンが開発したソールを使い続けている。現在のソールは2代目で、2017年に開発したモデルから、パターンと材質を変更しているそう。

しかし、いくら製品の改良を実現したと言っても、事業化につなげられなければ、同社の「パラアスリート支援」は一過性のものになってしまう。同社は今後、この取り組みをどのように続けていく予定なのか。

「秦さんとの協力によって生まれた技術が将来、当社製品のブレイクスルーにつながる可能性はあると考えています。将来的には、さまざまな領域での技術の活用も視野に入れております。ですが、何よりこの取り組みは、当社がグローバルメッセージとして掲げる『CHASE YOUR DREAM』を体現するもの。

CHASE YOUR DREAMとは、ブリヂストンが、さまざまな困難を乗り越えながら「夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えていく」という想いを表現したメッセージ

そのため、必ずしも『将来的なリターン』を求めてこの活動をやっている訳ではありません。私たちの取り組みが社内外に広がり、当社の『夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えたい』という想いに触れていただき、一緒にオリンピック・パラリンピックを応援してくれる仲間を広げていくことを目指しています」(鳥山)

「2020東京」まで1歩ずつ、2人3脚で

現在、すでに秦選手用の最新ソールは完成しているそうだが、まだまだブリヂストンの挑戦は続く。

「最新モデルは、秦さんの要望を満たし、かつさまざまなデータから考えられる問題点を解決した自信作。しかし、パラリンピックまではまだ時間があります。今後も本人のフィードバックをもとに、より改良を続けていきたいです」(小平)

パラアスリートと一緒に夢を追い続けるブリヂストン。今回紹介したのは、同社の秦選手との取り組みだけだが、それに限らず、ほかにも多くのアスリートを支援しているそうだ。

オリンピック・パラリンピックでもっとも日の目を浴びるのは選手。しかし、その周りには、選手たちを支えている多くの人たちがいる。来る2020年、パラリンピックでは、選手の義足や車椅子などにも注目し、そこに隠れた技術の背景を想像してみるのも楽しみ方の1つだ。

ブリヂストンと秦選手の挑戦をこれからも応援したい