静かに広がりをみせる「クアオルト」を体験してきた

静かに広がりをみせる「クアオルト」を体験してきた

2018.04.03

以前、クアオルトについての概要を伝えたが、実際にどのようなものなのかは体験していなかった。だが、クアオルトの先進自治体といわれる山形県・上山市から体験の案内をいただいたので、試してきた。

まず、クアオルトだが、ドイツ語で“治療・療養・保養のための滞在”を表す「クア」と、“場所・地域”を意味する「オルト」を組み合わせた言葉だ。つまり、健康増進や保養のために滞在する地域を表す。クアオルトはドイツで発祥し、10年ほど前から日本でも実施されるようになった。現在は大分県・由布市、和歌山県・田辺市、山形県・上山市、石川県・珠州市、新潟県・妙高市、島根県・太田市、秋田県・三種町、群馬県・みなかみ町、兵庫県・多可町などで取り組まれている。

左:山形新幹線も停車する「かみのやま温泉」駅。右:駅前に新設された「かみのやま温泉観光案内所」。取材時はまだオープンしていなかった

温泉町・城下町・宿場町の顔を持つ上山市

その中でも、もっとも先進的といわれているのが、山形県・上山市だ。同市は開湯から約560年を誇る温泉街。それだけでなく、津軽地方や蝦夷貿易の拠点となった酒田港と江戸を結ぶ羽州街道の宿場町、清和源氏である土岐氏の城下町として栄えた。これほど多様な顔を持つ街はそうそうない。

そして、上山市はクアオルトと相性がよい土地柄だ。まず、前述したとおり、伝統のある温泉街であること。健康増進を考えた際、良質な温泉は必須だろう。そして、農畜産物生産量が高いという利点がある。健康を考えた場合、温泉そして食品は基本となる。さらに、里山にアプローチしやすいというメリットが大きい。

クアオルトでは気候性地形療法が採られる。これは、予防医学や健康増進のために行われる健康づくりの取り組みで、「無理なく歩く」というのが大きな柱となっている。本格的な登山ではなく、自分に合ったペースで歩くには、里山のような地形が最適なのだ。ちなみに上山市には、クアオルトの本場、ドイツ・ミュンヒェン大学から認定された気候性地形療法コースが8コースある。

さて、クアオルトの体験レポートに移ろう。上山市は山形新幹線で2時間30分強のところにある「かみのやま温泉駅」で下車する。今回は体験取材ということで上山市クアオルト推進室の職員の方が迎えてくれた。9時頃の東京発新幹線を利用したので、かみのやま温泉駅に到着したのは、昼食時だった。そこで早速、職員の方に案内されたのが、昼食場所だった。

もちろん、ラーメンや肉料理を提供する店ではない。「クアオルト膳」を提供する店で、カロリーが控えめである。しかも、案内されたのは「楢下宿 こんにゃく番所」というお店。名前のとおり、こんにゃくづくしの料理を提供する店で、こんにゃくを使った懐石料理を提供してくれる。もちろん、こんにゃくなので、カロリーはほとんどない。

「こんにゃくか~」と思った読者の方もいらっしゃるだろうが、何せ懐石料理だ。味や見た目が異なる料理が次々と運ばれてくる。これまで、煮物や汁物に入ったこんにゃくぐらいしか食べてこなかった筆者は、「よくこれだけのバリエーションがあるものだ」と正直に思った。品数が多いので、すべては掲載しきれないが、一部の画像を掲載するので、見た目を楽しんでほしい。

左上:こんにゃく懐石が楽しめるこんにゃく番所。右上:おみやげ用にこんにゃく製品が購入できる。左中:懐石の八寸(約24㎝の盆)。中右:彩り豊かなこんにゃくの造り。左下:ホタテの貝柱風のこんにゃく。右下:フカヒレのように調理されたこんにゃく

クラシック音楽への取り組みも盛ん

上山城の多目的ホールで行われたチェロのレッスン

昼食のあと、国内外で活躍するチェリスト、中木健二さんの公開レッスンに案内された。場所は上山城内にある多目的ホール。残念ながら上山城は改修中でシートに覆われており外観は確認できなかったが、天守閣内の施設は利用できる。実は取材中に「上山音楽祭~ル・シャトーかみのやま2018~」が開催されており、そのためレッスンに案内された。

そしていよいよ気候性地形療法のウォーキングに移る。今回案内されたのは全長約3.1kmの西山コース。もちろん、ミュンヒェン大学の認定コースだ。コース自体は若干のアップダウンはあるものの、「キツイ」と感じることはなかった。むしろ、蔵王連峰の景色を眺めながら、楽しんでウォーキングできた。クアオルト ウォーキングガイドの栗原さんに案内され、無理なく歩けるのがポイントだ。

コースは多少のアップダウンがある。蔵王連峰を眺めながらウォーキングを楽しめる

ウォーキングが終わったあと、宿泊宿へ。案内されたのは上山温泉にある「彩花亭時代屋」。時代屋という名前のとおり、いにしえの雰囲気を醸し出す外観だが、清潔感あふれる館内だ。もちろん、この宿はクアオルト構想に協力する施設で、クアオルト膳や温泉を提供している。

早速、夕食をいただいたが、前述したとおりクアオルト膳はカロリーを控えている。夕食の場合、だいたい500~700kcalに抑えてある。このカロリーでは食べ応えがないと感じるかもしれないが、それは大きな間違い。品数が豊富でローストビーフやお刺身も楽しめた。ご飯は雑穀米なのでヘルシー、デザートにフルーツまで提供される。正直、これで低カロリーなのかと疑ってしまうほどのボリュームだ。塩分もかなり抑えめで薄味だったが、かえって素材の味を楽しめた。

左上:時代屋の外観。名前のとおり、いにしえの雰囲気がある。右上:若竹汁。取材時はちょうどタケノコの時期で、季節に合わせたメニューとなる。左下:庄内豚のタジン鍋。右下:山形牛ローストビーフ。低カロリーといえども、肉料理が楽しめる

温泉でリラックス

夕食後、温泉へ。貸し切り露天風呂付きの部屋もあるらしいのだが、内湯と露天風呂からなる大浴場へ向かった。坪庭を眺めながら入浴でき、リラックスした時間を過ごせた。この日は、お酒を飲み、早めに就寝した。というのも、ある理由があるからだ。

時代屋の内湯と露天風呂

翌朝、5時に起床し、朝風呂へ。そして6時40分に宿のロビーに向かう。それは、クアオルトのプログラムのひとつ、早朝ウォーキングに参加するためだ。案内してくださるのは、時代屋のご主人、冨士重人さん。上山市温泉クアオルト協議会の会長も務める人物だ。6時50分に宿を出ると、そこに多くの方が集まってきた。クアオルト構想に参加するほかの宿からのお客などの集合場所になっており、12~13名の集団になった。

早朝ウォーキングで利用したのは、約2.6kmの葉山コース。温泉街からすぐにアクセスできるコースだ。コースの途中に展望台があり、上山市全体を見下ろせる眺望に優れている点が特徴。早朝なので空気が澄んでおり、爽快感が味わえた。ただ、お気づきの方もいらっしゃるだろうが、実は朝食前だ。空腹という“意外な敵”との戦いもある。ただ、この空腹での早朝ウォーキングが、ある賜物を生み出す。そう、朝食のおいしさが一層きわだつのだ。

左上:ほかの宿の方や時代屋のご主人と早朝ウォーキング。右上:コースの途中にある展望台。左下:早朝ウォーキングの終わりには、ストレッチで体をほぐす。右下:朝食の一部。おなかが減っているので食が進む

その後、宿をあとにし、ヴィンヤード(ブドウ農園)&ワイナリー見学へ。これまで、ワインの記事を数多く書いてきただけに、楽しみがふくらんだ。ワイン生産といえば山梨県や長野県を想像するが、実は神奈川がナンバーワン。ただ、これは輸入ワインおよび原料をボトリングする工場があるからだ。国産ワインということでみれば、山梨県が1位、長野県が2位となる。山形県も5本の指に数えられるほどワイン生産が盛んだ。

残念ながらブドウ栽培の時期ではなかったので、ヴィンヤードにブドウがたわわに実った風景はなかったが、蔵王ウッディファームのワイナリーの見学をさせていただいた。近年、和食が世界文化遺産に登録されたことで、和食に合う日本産ワインの人気が上がっている。ただ、日本でのブドウ生産量は少なく、ワインを大々的に輸出するまでには至っていない。ただそれだけに伸びしろがあると考えられ、将来に期待がかかる。

左:ワイナリーの醸造樽。右:ウッディーファームのワイン

最後に上山市で営業する「さくら亭」にて、クアオルト弁当をいただいた。低カロリー、栄養バランス、塩分等に配慮し四季折々の季節感を味わえる内容となっている。低カロリーとはいえども食べ応えがあり、山形県名物のいも煮もいただくことができた。こうしてクアオルト体験は終了した。

左:さくら亭のクアオルト弁当。右:山形名物のいも煮

さて、クアオルトを巡っては、企業の視線が集まり始めている。2016年に太陽生命保険が「上山型温泉クアオルト活用包括的連携に関する協定書」を締結したのを皮切りに、2017年には損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険が健康経営の一環としてクアオルトの活用を発表した。

東京海上日動もクアオルトを活用

そしてさらに、2018年に東京海上日動が上山型温泉クアオルト活用包括的連携協定を締結した。山形銀行が立会人となり、経済産業省・環境省が後押しするという布陣だ。ちなみに東京海上火災は健康経営銘柄認定企業で、こうした企業と上山市の連携は初となる。

締結式に臨む(左から、東京海上日動 専務執行役員 財部剛氏、山形県上山市長 横戸長兵衛氏、山形銀行 取締役頭取 長谷川吉茂氏

こうした保険を扱う企業がクアオルトに熱視線を送るのはなぜか。それは顧客の健康を扱う業務を主体とするからだ。生命保険といえば、契約者が疾病したり万が一のことがあったりした際に保険金が支払われる仕組みだが、健康でいることに越したことはない。生命保険の社員がクアオルトに参加することで健康への意識を高め、それを顧客に伝えようという意図だ。東京海上日動は損害保険のイメージが強いが、生命保険にも参入している。しかも同社は最大手で、1万7,000人以上の従業員を抱える。そうした従業員がクアオルトを利用することは、健康だけでなく地域経済の活性化にもつながる。

さらに、保険業は個人だけではなく法人にも商品提案をする立場。保険商品の提案時にクアオルトの話題に触れれば、福利厚生として興味を持つ人事・総務担当者が出てくる可能性も考えられる。クアオルトが日本に導入されておよそ10年。これまでは、知る人ぞ知る健康療法だったが、ここにきて潮目が変わってきたといえよう。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

これまでの記事一覧ページはこちら