増える電気自動車、使用済みバッテリーはどこへ向かうのか(前編)

増える電気自動車、使用済みバッテリーはどこへ向かうのか(前編)

2018.04.26

クルマの電動化が進む今、考えたいのは使用済みとなったバッテリーをどうするかだ。まだ使える電池をゴミにしないためには再利用が不可欠だが、中古バッテリーのビジネスには難しい部分も多そうだ。そんな難題に挑むフォーアールエナジーの牧野英治社長に話を聞いたので、前編・後編に分けてお伝えする。

電気自動車の使用済みリチウムイオンバッテリー(画像)をどうするか、フォーアールエナジーで聞いた(画像提供:フォーアールエナジー)

初代「リーフ」発売前に誕生したフォーアールエナジー

日産自動車が51%、住友商事が49%を出資し、2010年9月に創業したのがフォーアールエナジーだ。同社は、電気自動車(EV)で使用済みとなったリチウムイオンバッテリーを再利用(Reuse)/再販売(Resell)/再製品化(Refabricate)/リサイクル(Recycle)するための会社であり、その頭文字をとって社名(4つの「R」でフォーアールエナジー)とした。

同社の誕生は、日産のEV「リーフ」が発売される3カ月も前のこと。その前年に三菱自動車工業が法人向けEVの発売を開始したばかりで、世の中にまだほとんどEVの存在しない頃であった。

日産の初代「リーフ」(画像提供:日産自動車)

日産が自社のEVを売り出す前に、その使用済みバッテリーを事業基盤とする会社が立ち上がったのはなぜか。フォーアールエナジー代表取締役社長の牧野氏は次のように語る。

「日産の先進技術の担当部長として北米に赴任し、EVはもちろん、燃料電池車(FCV)やハイブリッド車(HV)の実証実験、あるいは他社とのパートナーシップに関わっていた折、現地では試作車の『アルトラEV』(日本名:ルネッサEV)に乗っていました。帰国後、短期間インドでの生産工場の立ち上げに関わったあと、日産のトップマネージメントに呼ばれ、『EVをやれ』と下命があったのです」(以下、発言は牧野氏)

「北米でEVに乗っていた経験から、EVの普及へ向けて良いクルマを開発するのは自動車メーカーとしてもちろんですが、いずれは使い終わった大量のリチウムイオンバッテリーをなんとかしなければいけないとの思いがありました」

フォーアールエナジーの牧野社長

「日産のトップマネージメントも『従来のクルマであれば良い新車を開発して売るだけだが、EVはそれだけでは売れない。充電器など周辺の社会基盤を整える部署が必要だ』といって、車両開発責任者とは別に、私がそのEV普及のための責任者になったのです」

日産が踏み込んだ初めての領域

日産は、自動車メーカーがやってこなかったクルマづくり以外の新たな事業に、おそらく世界で初めて足を踏み入れたのである。牧野氏がまず取り組んだのは、海外の政府や他業種の企業と、EV導入へ向けた合意形成をすることだった。日産はポルトガルを皮切りに、国内外を含めた政府、自治体、企業と、ゼロエミッションモビリティ実現のためのパートナーシップ協定を2008年から次々に結んでいった。

「これまで経験したことのない業務でしたので、当初は協定が成立するものなのかと思いましたが、地球温暖化に対する政府や企業の意識は高く、ことに中国では、経済発展の中で石油消費が増えれば輸入依存度が高くなっていくので、エネルギー安全保障の観点からの関心が高かったです」と牧野氏は振り返る。

定置型バッテリーに市場はあるのか

そして、いよいよ使用済みバッテリーの「4つのR」(再利用/再販売/再製品化/リサイクル)の取り組みとなる。とはいえ、使用済みリチウムイオンバッテリーが市場に出てくるまでには、リーフが発売されてから時間を要する。そこで、フォーアールエナジーは新品のリチウムイオンバッテリーを使った製品開発から始めた。その理由を牧野氏は次のように説明する。

「EV(車両)としてリチウムイオンバッテリーがどのように使われるかは、自動車メーカーの日産で想定が成り立ちます。しかし、定置型のバッテリーに対し、どのような市場があるのか、あるいは市場の要求が何であるかは全く分かりません。新品のリチウムイオンバッテリーを使った製品を出すことで、市場の状況を学びました」

フォーアールエナジーが取り扱っている家庭用リチウムイオンバッテリーシステム「エネハンド蓄電池」(画像提供:フォーアールエナジー)

「産業用バッテリーは2011年から、家庭向けバッテリーでは2012年から製品を販売しています。その上で、2014年の大阪・夢洲(ゆめしま)の実証実験から、中古バッテリーを導入していきました」

自治体との共同実証に住友商事の協力も

大阪市此花区にある人工島の夢洲では、再生可能エネルギーとして太陽光発電を導入した。住友商事が主導するプロジェクトに参画し、その充放電の変動に応じて出力を安定させるバッテリーに、フォーアールエナジーの中古リチウムイオンバッテリーを使ったのだ。具体的には日産リーフ16台分の使用済みリチウムイオンバッテリーパックを設置した。これは、世界初の使用済みバッテリーによるマネージメントシステムとなった。

夢洲における実証実験の様子(画像提供:フォーアールエナジー)

フォーアールエナジーは翌2015年、沖縄や鹿児島県薩摩川内市の上甑島(かみこしきしま)における実証実験に参加している。沖縄は島嶼型エネルギー基盤技術研究事業のプロジェクトで、小型蓄電池システムへの中古リチウムイオンバッテリーの可能性を探ることを行った。

上甑島で使用した使用済みリチウムイオンバッテリーは、夢洲同様リーフ36台分だが、夢洲での知見を活用し、性能や信頼性の向上に取り組んだ。また、九州電力による系統との接続や、太陽光の他に風力発電における変動の対応など、将来的な検証も含まれていた。

こうした自治体ごとの実証実験に参加できた要因として、同社が日産と住友商事との合弁会社であることが機能している。「住友商事はビジネス、日産は技術というすみ分けがうまく機能しています」と牧野氏は話す。

また同2015年には、日産の先進技術センター「NATC」(神奈川県厚木市)にリーフ24台分の使用済みリチウムイオンバッテリーを設置し、ピークカット(需要最大時の電力消費の削減)による電力料金の抑制と、ピーク以外の時間帯における電力の有効利用を探った。この試みは、自社内の省エネルギーと電気料金の低減という経済性だけでなく、システム網につながる他の設備にも電力を融通して有効活用を図る社会システムとして、バーチャル・パワー・プラント(VPP)の実現性を模索する実証実験にもなった。

日産「リーフ」の思想を受け継ぐ「防爆設計」

これらの実証実験を通じ、フォーアールエナジーが得た知見の1つは、日産がリーフに用いるリチウムイオンバッテリーと制御システムの安全・信頼性が高いと再認識したことだった。

「EV用に開発されたリーフのリチウムイオンバッテリーと、それを搭載するバッテリーパックはショート(短絡)が起きないよう設計されていますが、万に一つのショートが起きたとしても、発火しないような設計が追加されています。バッテリーパック内が万一の際に酸欠となる設計がされていることにより発火しない、いわゆる『防爆設計』というものです」

「リーフは世界累計で30万台ほど販売されていますが、リチウムイオンバッテリーに関する事故ゼロが続いています。弊社では、その日産の安全思想を受け継ぎ、家庭用バッテリーにおいても防爆設計としているので安全です。ただし、定置型バッテリーとしての容量、出力、価格の面で、競合他社に比べやや損をしている面があるかもしれませんが…」

フォーアールエナジーは定置型バッテリーに防爆設計を施している(画像提供:フォーアールエナジー)

クルマとは違う使い方に苦労も

安全性の面で特徴的なのは、クルマの場合、駐車すれば必ず1日に1回はメインスイッチがオフになるので、そこでおかしなメモリーなど、デジタル制御機器における不安要素を取り除く設計がなされている。一方、ことに産業用や家庭用などでは、何日も何カ月も連続して使い続ける場合が多いため、1日1回のオン・オフを行うことが面倒であったり、それを厭う顧客があったりするのも事実だ。もちろん、オン・オフは自動で行われるが、「その間も充放電をしたいとか、その分を価格の安さに振ってほしい」との声もあるようだ。

しかしながら、産業用であれ家庭用であれ、万が一にも火災が生じれば事態は深刻になる。人命に関わるかもしれない。それは、各地で起こる災害も同じだ。災害時の電力確保としてもバッテリーの需要は高まっており、安全性・信頼性はこれからのエネルギー保障において重要項目と言える。目先の安さだけで済まされない問題だ。

それぞれに違うセルの劣化状況

大量の中古バッテリーを製品化するため、フォーアールエナジーは使用済みリチウムイオンバッテリーの品質検査技術を構築してきた。

「リーフには、搭載される1パックのバッテリーに48のモジュールが収められています。このバッテリーパックの中で、一つ一つのモジュールがバラバラの性能に劣化しています。それらを一つ一つ確認し、性能の高いものから順に3つのグレードに分け、それぞれ用途に合った使い方に適用していきます」

「そのためには、まずそれぞれのバッテリーセルの劣化状況を確認することから作業が始まります。1モジュールの性能を充放電しながら検査するのに従来は8時間かかっていました。それではリーフ1台分の48モジュール全ての検査を終えるまでに16日掛かってしまいます。これでは次々に持ち込まれる中古バッテリーの検査が追いつきません。そこで弊社では、1モジュールにつき約4時間で検査を済ませ、性能を把握できるようにしました。これで初めて、中古バッテリーの事業が動き出せます」

「加えて、中古バッテリーが3つのレベル別にそれぞれ、例えば5年後にはどれくらいの容量、出力、充放電性能を保持しているか、温度差など使用環境の変化も加味しながら、将来の性能を推定するツールの開発も行いました。この2つの柱となる技術ができあがったことで、初めて中古バッテリーの事業を開始できたのです。これには日産の支援が欠かせませんでしたし、世界を走る全てのリーフのバッテリー情報がビッグデータ化され、確認できる状況にあることも不可欠です」

日産の2代目「リーフ」

8年近い歳月をかけバッテリー再利用に道筋

3グレードに分類された中古バッテリーの内、最も性能のよい製品はリーフの交換用再生電池として販売される。中程度のグレードは、フォークリフトなどで利用される。グレードの低いバッテリーは、工場における電源のバックアップ用などで再利用の道がある。

「2010年の創業から8年近くの歳月をかけ、ようやく弊社の主力事業であるEVで使用済みになったリチウムイオンバッテリーの再利用と再販売に至りました。この事業は、そう簡単に誰にでもできるものではありません」と、牧野氏は感慨深げに語る。

様々な試行錯誤を積み重ねながら、使用済みEV用リチウムイオンバッテリーの再利用と事業化に向けた取り組みを進めてきたフォーアールエナジー。「EVシフト」との言葉も聞かれるようになった今、2018年3月には福島県の浪江町に新工場も開所し、いよいよ同社のビジネスは軌道に乗りそうに見える。今後の展開について牧野氏は何を思うのか。そのあたりは後編でお伝えしたい。

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

2019.01.24

スマホ普及の一方で、バッテリー発火事故件数は年々増加

安全なモバイルバッテリーを実現する全固体電池に注目

ソフトバンクと吉田カバンがコラボした全個体電池バッグとは?

今や仕事でもプライベートでも欠かせないモバイルバッテリー。

安全面に何の疑いもなく使っている人は多いと思いますが、モバイルバッテリーの事故件数は年々増加しています。独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の発表によると、ノートパソコン、モバイルバッテリー、スマートフォンに搭載されたリチウムイオンバッテリーに関する事故は、平成24~28年度の5年間で274件(ノートパソコン110件、モバイルバッテリー108件、スマートフォン56件)あり、そのうちの約7割が火災などの拡大被害(製品および周囲が焼損などしたもの)に該当するそうです。

こういった状況を受け、2018年2月1日に経済産業省が「電気用品の範囲等の解釈について(通達)」を改正し、ポータブルリチウムイオン蓄電池(いわゆるモバイルバッテリー)を電気用品安全法の規制対象(PSE法)に含めると発表しました。これにより、2019年2月1日よりPSEマークがついていないモバイルバッテリーの製造・輸入および一切の販売ができなくなります

このような流れから、今後は今まで以上にモバイルバッテリーの安全面に注目が集まると予想されます。そこで、リチウムイオンバッテリーより安全性が高く「釘を刺しても、オーブンにいれても、火の中にいれても爆発しない」という次世代バッテリー「Power Leaf (パワーリーフ)」を開発しているソフトバンク コマース&サービスに話を聞きました。

全固体電池だから発火も爆発もしない

話を伺ったソフトバンク コマース&サービス コンシューマー事業本部事業本部の工藤英樹さん(写真左)と鈴木礼子さん(写真右)

―― Power Leafは次世代モバイルバッテリーと謳っています。どういったところが次世代なのでしょうか?

鈴木:Power Leafは、セラミックバッテリーを採用しています。セラミックバッテリーは、従来のリチウムイオンバッテリーに比べて、曲げや衝撃に強く、切断しても発火や液漏れが発生しない特性を持っており、その点で次世代バッテリーと呼んでいます。

―― なぜ発火や液漏れが発生しにくいのでしょうか?

鈴木:セラミックバッテリーが全固体電池だからです。そもそも、リチウムイオンバッテリーがなぜ発火をするのかというと、リチウムイオンバッテリーは、正極(プラス)と負極(マイナス)を電子が行き来することで電流を生み出します。正極と負極のあいだは液体の電解質で満たされているのですが、この電解質に可燃性があります。故障、経年劣化、強い衝撃などが原因で過充電やショートが起こり、異常発熱をして発火にいたります。

それに対してセラミックバッテリーは、電解液をセラミックで固めているため発火もしませんし爆発もしません。

工藤:こちらが、Power Leafです。名刺サイズの大きさで100mAhあります。これを、折り曲げたり、はさみで切ったり、釘を打ち込んだり、オーブンで加熱したり、火の中にいれたりしても、発火・爆発はしません。正確にいうと一瞬だけショートはするのですが、そこから発火につながることはないので、非常に安全性が高いバッテリーになっています。

―― なるほど。それにしても薄いし、触ってみるとやわらかいですね。

工藤:やわらかいですよね。湾曲した状態でも使用できるので、パイプのような円柱形のものにも組み込めます。

―― Power Leafはどれくらい前から開発に取り組まれているのでしょうか?

鈴木:4年ほど前ですね。Power Leafは、はじめて全個体電池の製品化に成功した、台湾のプロロジウム テクノロジー社と開発を続けてきた製品です。2017年7月にネームタグ型バッテリー「Tag」を発表し、同年11月にiPhone X用の手帳型バッテリーを発売しました。

吉田カバンとコラボした肩掛けタイプの「PORTER SLING SHOULDER BAG × Power Leaf」

そして、第3弾製品として、吉田カバンとコラボしたPower Leaf搭載バッグを開発しました。

苦節2年。吉田カバンとイチからつくったバッグ

―― では、吉田カバンとコラボした背景を教えてください。

鈴木:Power Leafは「常に持ち歩ける」をテーマに商品開発をおこなっています。まずはバッグにつけられるタグをつくって、次に皆さんが必ず持ち歩かれるスマートフォンのケースをつくりました。次はなにをつくろうか考えたときに、「バッテリーを常に持ち歩けるようにバッグをつくろう」と決まりました。そこで、吉田カバンさんに声をかけさせていただいたのです。

―― 吉田カバンとは付き合いが深かったのですか?

鈴木:いえ。深かったわけではないんですけど、別の部門でたまたまお付き合いがあり、そこから「一緒に面白い商品をつくりませんか?」と提案しました。吉田カバンさんは、こういったテクノロジーとのコラボをほとんどしたことがなく新鮮に感じてくれたようで、共同開発がはじまりました。

そこから約2年かけてやっと商品化にこぎつけた形になります。

―― 2年……。ということは既存製品をベースにしたとかではなくイチから?

工藤:はい。イチからつくっています。

―― イチから手がけられたなかで、どんな点に苦労しましたか?

工藤:そもそも僕らはアパレル系のアイテムをつくったことがなかったので、イチからつくることでさまざまな苦労がありました。ショルダーに設置したコントローラー部分。そもそもどの場所につけたほうが良いとか、どういう風につければバッテリーとコントローラーを繋ぐケーブルが邪魔にならないかなど、吉田カバンさんとともに試行錯誤を繰り返しました。

ショルダーバッグに関しては、肩当てのパット部分を普通のバッグより長くしています。パッドが通常の長さだとコントローラーが肩のあたりにきてしまい操作しにくいので、細かく調整してもらいました。

鈴木:リュックに関しては、右利き左利きどちらも操作しやすいように、左右どちらにもコントローラーがつけれるようになっています。これは吉田カバンさんのこだわりです。

―― Power Leafもバッグにあわせて調整をしているのでしょうか?

鈴木:ショルダーバッグもリュックも、3,550mAhの容量を搭載しているのですが、大容量にするにあたって、いかに薄くするかに焦点を絞って調整しました。その結果、世界でも最薄レベルを実現できたと自負しています。

薄く広くしているのと、面積比で考えると軽いこともあり、バッグを背負ってもバッテリーの存在感もそんなに感じないと思います。

Power Leafから話はそれますが、こだわりの部分でいうと、弊社が発売しているスマートトラッカー「tile」専用のポケットも作ってもらいました。キーホルダーみたいにつけるわけでもなく、tileを入れてることすら忘れてしまうような状態にしていただいて、例えば、酔ってバッグをどこかに忘れてしまった、というような事態でもすぐに見つけられるようにしています。

―― 今回は吉田カバンとコラボしてバッグを発売されていますが、この先も他業種とのコラボをしていくのでしょうか?

工藤:そうですね。まだ具体的にはなっていないんですけど、身につけるものだけではなく、例えばソーラーであったりEVであったり、そういった方面への進出もしていきたいと思います。

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

2019.01.24

フリマアプリを運営するメルカリが新聞折り込みチラシを配布

なぜリアル店舗のようなチラシ広告を出したのか

理由を聞いていくなかで同社のマーケティング戦略が見えてきた

問:次のアイテムのなかから、フリマアプリ「メルカリ」で販売されたことのあるものを選びなさい。

・ダウンジャケット
・ヒト型ロボット
・トイレットペーパーの芯
・クルマ
・イヤホンの左側

おわかりいただけただろうか。答えは「すべて」である。現時点では売り切れかもしれないが、上記はすべてメルカリで販売された実績のあるアイテムだ。

さまざまな商品が売買されているメルカリとはいえ、まさか「トイレットペーパーの芯」が売られているとは、よほどのヘビーユーザーでなければ知らないのではないだろうか。

もちろん筆者も知らなかったが、2018年12月12日に配布された1枚の新聞折り込みチラシが、その事実を教えてくれた。それは、メルカリが北海道と愛知県で計192万部配布した広告チラシだ。

紙面上では、トイレットペーパーの芯やクルマがメルカリで売られていたことを紹介していたのだが、東京在住の筆者は配られたチラシを直接見たわけではない。「メルカリが新聞折り込みチラシを配布している」という意外性がSNSで話題を呼び、仕事中Twitterをいじくりまわして遊んでいた筆者の元にも情報が届いたのである。

はたして、アプリ上でサービスを展開するメルカリが、なぜリアル店舗のような折り込みチラシを配布したのだろうか。

メルカリが配布した新聞折り込みチラシの例。まるでアパレル広告のようだ
裏面には、初心者でも使えるようにアプリのマニュアルが紹介されている

「スタンダードからいかに離れるか」が、おもしろさを生む

「端的に言えば“お茶の間の会話”を増やしたいと考えたためですね」

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏は、新聞折り込みチラシを配布した理由について、そう話す。

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏

2013年7月にサービスを開始したメルカリのアプリダウンロード数は、世界合計で1億超。また、累計流通額は1兆円を超えており、全国レベルでその名を轟かせている。

「ただ、月間のユニークユーザー数は1100万程度。ダウンロード数を考えるとまだまだ伸びしろがあるはずなのです。そのため、まだ取り切れていない、シニアを中心とするユーザーを取り込むためのアプローチを実施することに決めました」

アプリの存在は知っているが、普段からメルカリを使っているわけではない。そんな、シニアをはじめとする“お茶の間ユーザー”を取り込むべく企画されたのが「新聞折り込みチラシ」だった。さまざまなマーケティングを行っている同社ではあるが、新聞折り込みチラシの配布は今回が初めて。そのため、まずはテストマーケティングとして、限られたエリアでの配布が行われた。

だが、シニアへのアプローチは何も折り込みチラシに限らない。テレビCMはもちろん、街頭配布やポスティングなど、ほかにも宣伝手法はあったはずだ。なぜ折り込みチラシにこだわったのだろうか。

「1つのコンテンツとして完結しているところがポイントでした。新聞は、自ら購読して情報を取得する非常にポジティブな媒体。毎日目にするそのコンテンツにメルカリの折り込みチラシを入れることで、“違和感”を生み出したかったのです」

また村田氏は、チラシだからこそ違和感を生み出せたのだと話す。

「今の時代、いかにSNSで話題にしてもらえるかが大事です。そのためには普通とは違うことをやらなければなりません。違和感は、多くの人が認識する“スタンダード”がなければ作れないと考えています。いかに基準から大きな振れ幅があるか。それが驚きやおもしろさにつながるのではないでしょうか。そういう意味で、折り込みチラシには基準があります。『医薬品系だったらこんなチラシ』『スーパーのチラシはこんなもの』というイメージが、多くの人のなかで醸成されているからこそ、イメージからかけ離れたクリエイティブは一層際立つはずだと、新聞の折り込みチラシを実施したのです」

例えば街頭配布であれば、コスプレをしたり、奇抜な宣伝車で商品サンプルを配ったり、アメニティを同封したりと、工夫されているものが多く、普遍的な基準のようなものが思い浮かびにくい。あえて一般的な街頭配布の例を挙げるとすれば、ポケットティッシュと答える人が多いだろうか。だが、ポケットティッシュ以外のものを配っていたら、それだけで大きな話題を呼ぶかと言えば、おそらく難しいはずだ。

つまり、スタンダードがあるからこそ、違和感を与えて記憶に残るような手法を実施できると、数あるアプローチのなかから村田氏は折り込みチラシを選んだというわけだ。

そもそも、実店舗を持たないメルカリが折り込みチラシを配布するというだけで、1つの違和感を与えられるだろう。そして「徒歩0分! スマホの中でオープン!」といった目を引く謳い文句が、違和感をますます際立たせる。

「違和感を与えるために、コピーや商品ラインアップは工夫しましたね。今回、3タイプのチラシを作成したのですが、“メルカリだからこそできるラインアップ”をあえて出すようにしました。例えば、意外性のあるものでは、トイレットペーパーの芯やクルマ。実際にメルカリで売られていたことがあるんです」

今回作成されたチラシは「ファッション」「家電」「スーパー」の3タイプ。意外性のある商品ラインアップに加えて、北海道では日本ハムファイターズのユニフォーム、愛知県では中日ドラゴンズのユニフォームなど、地域に根付いた商品も掲載しており、そのような遊び心も、SNSで話題になるために必要なのかもしれない。

家電パターンのチラシ。「徒歩0分! ~」のコピーが目立つ
「トイレットペーパーの芯」を掲載したパターンのチラシ。2つのチラシをよく見比べると、ユニフォームで使われている写真が違う。なお、北海道と愛知県を選んだ理由は、「地場新聞の影響力が強いエリア」だからだという

結果として、違和感を覚えた消費者は、Twitterにチラシの画像を投稿。狙い通り、SNSでバズらせることに成功した。

しかし、SNSで話題になっても、ターゲットにしているシニア層にはあまり関係がないのではないだろうか。

「シニアや中高年の方々でSNSをやっている人は意外と多いんですよ。積極的に発信をしている人はあまり多くないですが、情報収集として活用している人は少なくないですね」

ちなみに、肝心の折り込みチラシの効果は、「すべての数字の集計が終わっているわけではありませんが、チラシを投下したエリアでは、いい成果が出ています」とのこと。データとしても、チラシの影響を確認できたという様子だった。

攻める姿勢が生み出したもう1つの広告

今回のようなアプローチは、SNSが普及した今だからこそ可能な新しいマーケティングだ。そして、メルカリではSNSでのバズを狙った取り組みがもう1つ。2019年1月1日からスタートした『#はじメル』だ。

はじメルは、「三日坊主でもいいから、とにかく新しいことをはじめる人を応援する」というコンセプトで展開しているキャンペーン。特設サイトを開設し、1月3日には新聞の一面広告を、1月5日からはテレビCMを放送開始した。

そのなかで、一体なにがSNSで話題になったのかというと、これまたアナログな「新聞広告」である。

「一般的に1つのクリエイティブで進める新聞広告を、あえて3タイプ制作し、首都圏・東日本・西日本で分けて配布しました。3枚の新聞広告をつなげるとメルカリの『m』が浮かび上がるというデザインなのですが、1枚だけ見ても、“つなげたら何か起きそう”なデザインにすることで、それを発見した人がTwitterに思わず投稿したくなるような仕組みを作っています」

新聞広告を3枚並べると「m」の文字が浮かび上がる

思わせぶりなデザインにするという“ヒント”を提供しておき、あとは何も言わずにユーザーの反応を待つ。離れたエリアの新聞を手に入れるのは難しいので、ほかのデザインが気になった場合は、自然とオンライン上での情報収集が開始されるだろう。そうして、SNSで活発なやり取りが発生するというわけだ。

「最初はもっと控えめのデザインだったのですが、それじゃダメだと言いましたね」

穏やかな口調ではあったが、村田氏の言葉からはクリエイティブに対してのこだわりを強く感じた。

「折り込みチラシのときもそうですが、守りに入ったら企業は終わると考えているので、常に攻め続けたいと考えています」

クリエイティブに対して攻めの姿勢を崩さない村田氏。それを象徴するエピソードとして、折り込みチラシのプロジェクトのキックオフ時には、「私をクビにする覚悟で仕事をしてほしい」とメンバーに伝えたのだという。

「もちろん、ほんとうにヤバいときは止めますよ。ただ、メンバーがリスクを考えてしまうと、どうしても“置きにいく”ようなアイデアになりがちです。責任なら私が取るので、どんどん攻めてほしいというメッセージですね」

置きにいくクリエイティブでは、SNSでバズらない。メンバーが自由にアイデアを出せる環境整備こそ、尖ったクリエイティブを生み出すのに必要なことなのだろう。

2019年はメルカリの内面を伝える年に

今回、折り込みチラシと新聞一面広告で、SNSでバズらせるマーケティングを実施したメルカリ。折り込みチラシに関していえば、まだテストマーケティングが終わった段階である。今後は全国的に折り込みチラシの配布を行うのだろうか。

「明確な方針はまだ決まっていませんが、折り込みチラシについては、読み物としてお客さまから期待されるコンテンツにしていきたいと考えています」

ただし、「今日は○○が特売」「○○が新発売」といったように、新聞チラシは日々情報が更新されるから読み物として成立する。タイムリーな情報をチラシで打ち出せないメルカリは、どのようなコンテンツにしていくのだろうか。

「今回折り込みチラシで意識したことの1つに、商品をたくさん入れるという点がありました。実際にメルカリで何が売られているかまでは知らない人が意外と多いんですね。そのような人からすると、トイレットペーパーの芯が売れることは1つの発見になるでしょうし、自分の家にある家電がいくらで売れるかということも新しい発見です。そのように、ほかにも、まだまだ知られていない情報があるので、継続的にチラシをやると決まったら、もっとメルカリの内側を知ってもらう情報を提供していきたいですね」

メルカリの内側を知ってほしいと話す村田氏。実は、はじメルにも同様の意図があったという。

「メルカリを使えば『新しい趣味を始める』ことへのハードルを下げられると伝えたかったのです。例えば、ゴルフを始めようと考えたら、ゴルフクラブのセットを購入する必要がありますよね。それが仮に10万円であれば、『ちょっとやってみようかな』程度に思っている人からすると、やはりハードルは高い。しかし、メルカリを使うことで、まずゴルフクラブを5万円で買える可能性があるのです。そのうえ、5万円で売られているのであれば、それに近い金額で売却できることも意味します」

5万円でゴルフクラブを買ってみたはいいものの「あまりおもしろくないな」と感じた場合、4万5000円で売却できれば、5000円の出費でゴルフを体験できるわけだ。

「また、メルカリにはバーコード出品と呼ばれる機能があって、バーコードを読み取るだけで商品情報を自動入力してくれるんです。値段も提案してくれるので出品が楽なのですが、最近では本を買うときにまずはバーコード出品を行う人が多いようですね。ちょうど読み終わったくらいに売却できて便利なんです。期限を決めることで、読まないといけないというプレッシャーにもなりますし、2000円の本を1500円で売却できれば、500円で本が読めるわけです」

何か買うときに、メルカリでまずいくらで売れるかをチェックする。そして、使わなかったり、一度使って満足したりすると、メルカリで売却するという消費行動が増えているのだ。その結果、購入のハードルが下がるので、二次流通が一時消費を活性化させる可能性もあるだろう。

「このような使い方の訴求は、継続してやっていきたいなと。そしてゆくゆくは、メルカリをライフインフラのようにしたいですね」

村田氏は展望を語る。

「認知はすでに獲得しました。次はメルカリの内面をもっと外に出していくフェーズです」

2018年には株式を上場し、気流に乗るメルカリ。決して“置きにいかない”同社のマーケティング戦略から、次はどんなアイデアが飛び出すのだろうか。2019年も同社の尖った広告が、SNSを騒がせるかもしれない。