なぜ日本のフェラーリ販売店が世界一に? 店舗訪問で背景を探った

なぜ日本のフェラーリ販売店が世界一に? 店舗訪問で背景を探った

2018.03.01

港区六本木にあるフェラーリの正規ディーラー「ロッソ・スクーデリア」が2016年の「グローバル・トップ・ディーラー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。世界に186の正規ディーラーがある中、創業から10年にも満たない同社が世界一を獲得できたのはなぜか。実際に店を訪れて背景を探った。

六本木は飯倉片町の交差点にあるロッソ・スクーデリア。創業は2009年と歴史は浅いながら、世界62の地域に広がる186のフェラーリ正規ディーラーの世界一に上り詰めた

フェラーリの市場としては世界4位の日本

そもそも、フェラーリのグローバル・トップ・ディーラー・オブ・ザ・イヤー選考の仕組みは独創性にあふれている。

この賞は年間を通じ、セールス、マーケティング、アフターセールスの3つの領域において、最も優秀な成績を収めたディーラーに贈られるものだ。フェラーリにとって最も大きな市場は米国であり、英国、ドイツに次いで、日本は4番目の市場となっている。販売台数の優劣を競うのであれば、大都市にあり、富裕層がひしめく住宅地近隣のディーラーが最優秀を勝ち取ることは想像しやすい。しかし、それでは世界一の称号が与えられるディーラー競争において、世界に点在する186のディーラーが均等に実績を競ったことにはならない。

六本木のショールームがオープンしたのは2014年のこと。展示車は頻繁に入れ替わるそうだが、ロッソ・スクーデリアを訪問した2018年2月15日には、1階にF1マシン「F2005」のレプリカが飾られていた

そこでフェラーリは、独自の基準と計算式から導き出されるスコアによって、全てのディーラーが等しく世界一を競える仕組みを考え出した。その全容を明らかにするには情報量が膨大であり、簡単ではないようだが、概要を次に見ていく。

細分化された項目で達成率を競う仕組み

冒頭にも掲げた3つの領域、セールス、マーケティング、アフターセールスの各部門において、各ディーラーは複数の項目で個別に年次目標を課せられ、その達成率で競う。

例えば、年間100台を売るという目標が課せられた場合、1年間で100台売れば100%の達成率となる。90台で終われば達成率は90%だ。小さなディーラーで、年間20台の販売が目標であったとしよう。その場合、20台を販売できれば同じく達成率は100%となる。こうして、ディーラー規模の大小を問わず、目標をいかに達成したかでセールス部門の順位が決まっていく。

ロッソ・スクーデリアは5階建てで、延べ床面積1,468㎡強はアジアの正規ディーラーで最も広いフロア面積だという

では、マーケティングについてはどうか。例えば顧客情報(Customer Relationship Management)に基づき、新車を納入した客が新規か既存かによって、与えられる点数が違ってくるケースがある。なおかつ、単に客が新規か既存かの区別だけでなく、販売する車種が、新規客向けであるか既存客向けであるかといったように、その商品性と実際に売った客の属性の組み合わせにより、点数が違ってくることもある。このあたりの評価は、フェラーリの販売戦略と連動することになる。

アフターセールスでは、納車後に実施するフェラーリ独自の保守管理の件数や、部品販売の金額などによって点数が与えられる。

評価項目は他にもあるそうだが、以上のように、販売台数だけでなく、一見すると数値化が難しそうに思われる、マーケティングやアフターセールスの業務に関しても、仕事の成果を達成率で数値化し、成績を評価する。

エレベーターで2階に上がると、まずはゆったりと話ができるスペースが目に入る

徹底的な数値化はモータースポーツのDNA?

情緒的評価が排され、世界のディーラーが一目瞭然の数値によって判断されるので、公平さは保たれる。また、その年の勝者に対しても、皆が納得づくで賞賛することができる。それはあたかも、ルールの下で勝敗を競うスポーツのようである。この点についてフェラーリ・ジャパンは、そもそもフェラーリとはモータースポーツを発祥とするメーカーであり、その遺伝子に基づいた顕彰の仕組みだと説明する。

とはいえ、フェラーリ独創の仕組みがあったとしても、何十年もフェラーリの販売実績を持つ伝統あるディーラーではなく、新興ともいえるロッソ・スクーデリアが、なぜ世界一になることができたのか。

共通目標の設定で一体感を醸成

フェラーリ・ジャパンの見解は、世界一は正しい経営によってもたらされたものであろうというものだ。新車販売に直結したセールス部門だけが強いのではなく、アフターセールスやマーケティングにおいても、世界一を目指そうとする一体感のある経営が、ロッソ・スクーデリアでは行われたというのである。

ロッソ・スクーデリアの2階には「Ferrari 488 GTB」(中央の黒い車体)などのクルマが並んでいた

ロッソ・スクーデリアのサービス工場は目黒区碑文谷にあり、港区六本木のショールームとは地理的に約8キロの隔たりがある。離れた立地だと、一般的にいえば日々の意思疎通は図りにくい。その点、同社では物理的距離の遠さを、世界一を目指すという具体的な共通目標で突破した。

ロッソ・スクーデリアの松原隆文ゼネラル・マネージャー(GM)は、「この会社が目指すのは、老舗ディーラーのライバルであることではなく、2020年までに日本一のディーラーになることであるとすべての社員に徹底しました」(以下、発言は松原GM)と語る。

ロッソ・スクーデリアの松原GM

余力を残さない受注が奏功、達成率が向上

では、日本一とは具体的にどのような姿なのか。「まずフェラーリ・ジャパンの業績評価指標(KPI:Key Performance Indicator)で1位になること」、それがグローバル・トップ・ディーラー・オブ・ザ・イヤーの受賞にもつながるのだが、加えて松原GMは、「顧客満足度と従業員の満足度においても日本一になることを目指しています」と説明する。

「ことに2016年は、年間目標達成が見込まれた段階でも、新車を受注し、登録し続けました。それによって、日本一になることができました」。こうして、年間達成率は100%超えとなり、グローバル・トップ・ディーラー・オブ・ザ・イヤーの獲得へ大きく前進したことになる。

2階ではシートやブレーキキャリパーなどの品ぞろえを見ることができる

「あとは世界のディーラーという相手があることですから、世界一になれるかどうかの結果は、年次総会での表彰式を待たなければなりませんでした」

高級な嗜好品を売るディーラーとしての心構え

顧客満足度で日本一になるために行ったことは、「フェラーリ・ジャパンの顧客満足度調査で1位になることに加え、ミステリーショッピングでも1位を目指しました」と松原GMは振り返る。ミステリーショッピングとはミシュランガイドのような覆面調査で、調査員が顧客を装い、店の雰囲気や営業の対応を調査するものだ。

なおかつ松原GMは、「『フェラーリを買うならロッソ・スクーデリアで』という評判を得ることを目指しています。ただし、弊社は後発ディーラーで一朝一夕にはいきませんから、2020年を目標にしました。なおかつ、後発ディーラーらしい洗練を求め、都会的で革新的な特色あるディーラーとして、失敗を恐れずいろいろなことに挑戦しています。例えば、お客様と一緒にハロウィンパーティーを楽しみ、社員も自由に仮装して会場を盛り上げました」と語る。

「輸入車ビジネスの7割はブランドで決まる」とも語った松原GM

伝統や格式を重んじるだけでなく、新しい魅力を発信しながら、フェラーリの神髄に触れてほしいというわけである。

「はじめて来店されるお客様も、やや敷居の高いディーラーへ扉を開け入って来てくださっているのですから、例えすぐ成約につながらなくても、購入の可能性のあるお客様です。また、ショールームの外から(店内やクルマの)写真を撮っている少年も、ファンの1人であり、将来のお客様になるかもしれないので、裾野を広く大事にすることがブランドであるとの考えで営業活動をしています。クルマは嗜好品であり、ましてやスポーツカーはその最たるものです。したがって、お金があるからといって買って頂ける商品ではなく、クルマ好きな方の中で、資金に余裕のある方がフェラーリを選んでくださるという捉え方をしています」

認定中古車を置く3階には「Ferrari California T」などが所狭しと並ぶ

従業員にはフェラーリファミリーとしての実感を

では、従業員の満足で日本一になるとは、どういうことなのだろうか。松原GMは以下のように語る。

「働く喜びを感じることのできる職場であることです。簡単に言えば働きやすく、有給休暇をきちんと取得できて、ハラスメントの無い職場にする。ハラスメントでは、普段の何気ない言葉にも気を遣い、また部下に対して怒鳴らないといったことにも、私自身が気を付けています」

「加えて、フェラーリに勤めている実感を持てるよう、大きなイベントの際には店を閉めてでも全員で対応し、当日の現場で特に役割が無い人にも、雰囲気を味わってもらっています。ほかに、年末年始やゴールデンウィーク、夏休みなどには、社有車を社員に貸し出しています。自らフェラーリを実体験することで、扱う商品を深く理解するとともに、家族や友人にもフェラーリで働いていることを理解していただくためです」

フェラーリでは新車を注文すると納車までに平均で1年くらいの時間を要する。新車が届くまでの間に乗るクルマとして、ロッソ・スクーデリアでは認定中古車を顧客に勧めることがあるそうだ。このような提案が可能なのは、フェラーリの中古車価格があまり下落しないからこそ。つまり、新車が届くまで別のフェラーリに乗っておいて、納車の時には売ればいいというわけだ

以上のようなロッソ・スクーデリアの取り組み全てが、グローバル・トップ・ディーラー・オブ・ザ・イヤー受賞による世界一に、実はつながっているともいえるのではないか。会社が一丸となり、士気を高めながら、顧客満足度を向上させていくことで、それらが達成率という数字に反映し、業績にもつながっていくことになる。

では、フェラーリ本社にとって、グローバル・トップ・ディーラー・オブ・ザ・イヤーの仕組みと、それによる世界一のディーラー表彰は、どのような効果を生み出しているのだろうか。

統一ルールで競う世界のディーラー、トップの知見はシェア

セールス、マーケティング、アフターセールスの各部門における成績が、すべて数値で明らかにされ、その結果、世界一のディーラーが決まる仕組みであることによって、世界一になったディーラーが、それをどのように実現したかが具体的に明らかとなる。この知見は、他のディーラーが今後の業務改善に役立てることができる。それにより、フェラーリ正規ディーラー全体として、質の向上や発展につながっていくのである。結果、フェラーリが目指す「オール・フォー・エクセレンス」が強化されることになる。

フェラーリ独創のグローバル・トップ・ディーラー・オブ・ザ・イヤーの取り組みには、冒頭で紹介したように、モータースポーツが母体のスポーツカーメーカーであるという特色が背景にある。自動車レースも、ルールに基づき均等な条件の下で勝敗を競う。そのためのルール作りには多大な英知がつぎ込まれる。そのルールは、一方的な勝負が生じた際には改訂され、再び均等な条件をもたらされる。そうした仕組みをスポーツカー販売の現場にそのまま反映したのが、この賞なのである。

「グローバル・トップ・ディーラー・オブ・ザ・イヤー」を受賞するロッソ・スクーデリアの松原GM。右隣で拍手しているのはフェラーリ会長兼CEOのセルジオ・マルキオンネ氏だ(画像提供:フェラーリ・ジャパン)

従業員もフェラーリと共にある人生を楽しむ

表彰式は、場所や装飾、あるいは会食の仕方などが毎年、異なる演出によって催されるという。均等な条件で純粋に競い合い、その勝者へは惜しみない賞賛を送るという、あたかもオリンピック競技を見るかのような表彰式が展開されている。

単に金儲けのためではなく、仕事も人生を楽しむ時間の1つであるという価値観がそこにあるのではないだろうか。人生50年とかつては言われ、いまでは100歳まで生きると言われるが、それでも人の一生は時が限られている。フェラーリと共にある人生は、顧客のみならず、ディーラーも従業員も楽しくあるべきというイタリア人の生き様が、正規ディーラーを顕彰する仕組みに遺憾なく盛り込まれているのかもしれない。

フェラーリと共にある人生は楽しくあるべき。そんな考え方がディーラーの顕彰に盛り込まれているようだ(画像はフェラーリ70周年を記念して2017年10月に開催されたイベント「Driven by Emotion」にて編集部撮影)

ちなみに日本からは、1976年にフェラーリのインポーターを開始した歴史あるコーンズ・アンド・カンパニー・リミテッドの大阪ショールームが、2014年にグローバル・トップ・ディーラー・オブ・ザ・イヤーを受賞している。

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LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

2019.04.25

携帯3社が「+メッセージ」の機能拡充を発表

LINEと比較した強みは「信頼性」

金融サービスと連携し、住所変更手続きが容易に

NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの携帯大手3キャリアが「+メッセージ」(プラスメッセージ)の機能拡充を発表した。

国内大手3キャリアが「+メッセージ」の機能拡充を発表

サービス開始から1年が経過した「+メッセージ」だが、広く普及した印象はない。「メッセージならLINEで十分」との声も多い中で、普及する可能性はあるのだろうか。

「LINE」とは異なる可能性を秘めた「+メッセージ」

2018年5月に大手3キャリアがサービスを開始した「+メッセージ」は、2019年4月までに利用者が800万人を突破したという。だが「使ったことがない」とか、そもそも「名前を知らなかった」という人もいるのではないだろうか。

+メッセージの利用者は800万人に

「+メッセージ」とは、国際規格のRCSに準拠したメッセージサービスだ。従来のSMSを置き換えるサービスとして、短いテキストだけでなく長文や画像、スタンプを送れるのが特徴だ。

「+メッセージ」はSMSを置き換える上位サービス

一方、日本国内ではLINEが普及しており、月間利用者数は7900万人、そのうち毎日使うユーザーは6600万人もいるという。日本のほとんどのスマホにLINEは入っており、日常的なメッセージ需要はLINEが十分に満たしている状態だ。

だが、どんなにLINEが普及してもSMSがなくなることはない。サービスのID登録やログイン時など、本人確認を必要とする多くの場面でSMSは使われている。SMSは契約時に身分証明書で本人確認を済ませており、信頼性が高いのが特徴だ。

一般に「+メッセージ」は大手キャリアのLINE対抗策と認識される傾向にあるものの、その性質はやや異なる。「+メッセージ」がSMSの延長にあるという特性を活かせば、SMS認証のような本人確認はもちろん、企業と個人の間でのさまざまな手続きに活用できるはずだ。

こうした背景を踏まえて3キャリアが発表したのが、新サービスの「公式アカウント」や、金融各社と連携する「共通手続きプラットフォーム」だ。

仕組みの共通化やMVNO対応など、課題は山積

2019年5月以降に始まる「+メッセージ」の公式アカウントは、企業向けのアカウント機能だ。利用例としては銀行やレストラン、携帯会社を挙げ、登録住所の変更やレストランの予約、問い合わせといったサービスを実現できることを示した。

「+メッセージ」の「公式アカウント」機能

こうした機能はアプリでも提供されているが、スマホにアプリを入れていないユーザーも多く、パスワードを入れてログインするのは煩雑だ。だが「+メッセージ」なら電話番号だけでユーザー本人とつながり、チャットで手続きができるので便利というわけだ。

銀行やレストラン、携帯会社による利用例

だが、サービス提供に向けた課題は多い。公式アカウントの開設は、大手3キャリアが個別に営業をかけ、各社の基準で審査する方式となっている。一見すると無駄な仕組みだが、独占禁止法への抵触を避けるため、3社が競争している建前になっているという。

3キャリア以外への対応として、ワイモバイルなどのサブブランドやMVNOでは利用できない状況が続いている。サービス開始時から指摘されていた問題だが、1年が経過して何の進展もないのは理解に苦しむところだ。

iPhone対応にも課題がある。アプリを入れることで「+メッセージ」は使えるものの、SMSを送受信する標準のメッセージアプリを置き換えるものではない。ここに手を加えるのはiPhoneの基本的なユーザー体験に影響するため、アップルの判断次第になりそうだ。

また、今後の構想として、金融5社を横断した「共通手続きプラットフォーム」も打ち出された。住所変更手続きなど、各社の競争に直接関係しない事務手続きを共通化し、顧客の利便性向上を図るのが狙いだ。

金融5社と「共通手続きプラットフォーム」に向けた検討を開始

最近、フィンテックやキャッシュレスの新サービスが増え、新たに住所や電話番号を登録して口座を作る機会は多くなった。しかし、それに伴い変更の手間も増している。そこで+メッセージを利用したオープンな事務手続きプラットフォームが実現すれば、1回の手続きで全社に情報が伝播するというわけだ。

「+メッセージ」は、携帯市場で競合する大手3キャリアが共通サービスの整備を進めなければならない。その中で「電話番号でつながる」強みを活かした独自の活用法が、ようやく見えてきたといえそうだ。

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日本の掃除機市場を変革した元外交官、日本市場への本格参入を語る

モノのデザイン 第53回

日本の掃除機市場を変革した元外交官、日本市場への本格参入を語る

2019.04.25

シャークニンジャ日本法人の社長 ゴードン・トム氏に直撃

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者が語る参入秘話

日本向けの製品カスタム、消費者ニーズの取り入れ図る

全米ナンバーワンの掃除機ブランド「シャーク」。日本では、長年スチームクリーナーのメーカーとして知られていたが、2017年6月に日本法人が設立され、翌2018年夏に日本市場に本格参入した。

第1弾として、同年8月にコードレススティッククリーナーの「EVOFLEX」を発売。翌9月にはハンディクリーナー「EVOPOWER」、10月にはスチームモップ3製品、ロボット掃除機「EVOROBOT」と精力的に新製品を日本市場に投入している。

そこで今回は、シャークニンジャ日本法人の社長を務めるゴードン・トム氏を直撃。同社の日本市場への本格参入の意図と、今後の戦略や日本の掃除機市場や消費者について伺った。

シャークニンジャ日本法人の社長のゴードン・トム氏。英国の元外交官で、20年前にダイソンの掃除機を日本に広め、現在の業界の発展につながる市場の開拓の礎を築いた人物だ

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者

ゴードン・トム氏と言えば、日本の掃除機市場の変革者と呼んでも過言ではない人物。もとはイギリスの外交官として来日。赴任中の1990年代にダイソンの日本法人の初代社長に抜擢された(編集注:イギリスの外交官には副業を認める制度がある)。

当時国内メーカーの寡占状態であった日本の掃除機市場に“吸引力が落ちない”の謳い文句で同社のサイクロン掃除機を展開し、「ダイソン」ブランドの地位確立の礎を築いた。

ダイソンを退いた後は、エレクトロラックス日本法人の社長に就任し、キャニスター型に代わり、現在日本の掃除機市場において主流となった“コードレススティッククリーナー”の人気を定着させた。

外国人でありながら、日本の掃除機市場を知り尽くした“業界のマシュー・ペリー”的存在のトム氏だが、今度は全米ナンバーワンの掃除機メーカーの日本法人の社長として日本に再上陸したのは、どういった経緯なのだろうか。

「2014年にエレクトロラックス社を退職して、以降はマーケティングのコンサルタントの仕事をしていましたが、2016年の9月ごろにシャークから連絡がありました。当時のシャークの売上は北米が95%、イギリスが5%ほど。中国法人を立ち上げ、代理店経由でメキシコにも進出するなど本格的な国際化戦略を進めており、日本も大事な市場の1つと考えていました。そんな中、私のところに相談があり、翌2017年の1月くらいにボストンの本社へ出向き、エンジニアやデザイナーに会って話をし、3~4月ぐらいに日本に展開する商材や現地法人の設立、取引・流通事情、マーケティング戦略の提案をしました」

日本法人の設立にあたっては、最終的にはトム氏自らが初代社長に就任することになり、これまでの経験をもとに、オフィスの設置場所や人材集めなども自ら担ったとのことだ。

参入にあたり日本向けにカスタム

次に着手したのは、日本市場に投入する商材の選定。氏曰く「これまでで最高の掃除機に出会えた」と評する同社の製品で、日本市場参入第1弾に選ばれたのは、「EVOFLEX」。本国では2017年秋に発売され、ボタン1つでパイプを90°曲げて掃除ができるという独特のギミックで注目を集めた製品だが、日本で発売するにあたっては多くが日本向けにカスタマイズされたという。

日本市場への本格参入の第1弾として2018年8月に発売されたコードレススティッククリーナー「EVOFLEX」。本国でおよそ1年前に発売された製品(左)を、サイズからモーター、操作性に至るまで、日本向けに大幅にカスタマイズした上で登場し

「本国で開発された最初の試作機は、私の目から見たら全然ダメでした。まず、大きすぎて日本人の身体にも家にもマッチしていませんでした」

パイプ部分が90°曲がって家具の下にも潜り込みやすいという、製品のアイデンティティーとも言える独自性はそのまま継承しつつも、パーツの着脱をしやすくするためにボタンの改良が施されるなど、日本のユーザーに受け容れられるよう細かい部分にまで配慮がなされた

そこで実際に、試作機を用いて日本の家庭50世帯で6週間のテストを3回行い、その結果、日本向けの「EVOFLEX」は、原型は同じでありながらも本国の製品とは見た目も中身もかなり異なる製品に仕上がった。「例えば、ヘッドブラシは、畳や木材などが多い日本家屋の床に合わせて柔らかいローラーにしました。ダストカップも中身が見える透明な素材で、中のメンテナンスがしやすいように角を丸くしています」とトム氏。

それ以外にも、高音域のモーター音を好まない日本のユーザーのために音を低減したり、高性能なHEPAフィルターの採用や、取り外しやすいメッシュフィルターを採用してサイクロン部の手入れをしやするなど、掃除機の本質性能だけでなく、操作性やメンテナンス性にこだわった改良が多数施された。

こうした改良点について、トム氏は日本とアメリカの掃除機に対する消費者の根本的な考え方や流通ルートの違いを明かす。

「日本の場合には、掃除機や家電製品の購入は、家電量販店が主流ですが、米国の場合にはウォルマートなどの巨大スーパーで購入するケースが一般的です。そこでは日本のように実際に製品に手で触れて試してみるという機会がありません。そのため、製品への信頼度が重要で、ブランド力というのはとても大事なのです」

日本でも昨秋発売された同社のロボット掃除機。本国ではそのおよそ1年前に発売されているが、ほぼアイロボット社の独占市場であったアメリカのロボット掃除機市場において、初めてアイロボット以外で2桁のシェアに躍り出ている。

2018年10月発売のロボット掃除機「EVOROBOT」。掃除機メーカーとしてのブランドへの信頼性と、十分な機能・性能と消費者が受け入れやすい価格帯で、アイロボットの「ルンバ」以外で初めて10%を超えるシェアを獲得したという

さらに、米国の消費者は「掃除機が必要」という需要があった上で、その用途を満たすための機能と予算を照らし合わせて製品を選ぶというのが購入の意思決定。ゆえに、デザインやメンテナンスといった要素は日本人ほど重視されず、むしろ「さまざまなユーザー層の需要に応えるために、価格によって付属品を選べることが重要なのです」と話す。

20年前の日本市場は「つまらなかった」

一方、約20年前に日本の掃除機市場に乗り込み、「日本の掃除機は紙パックのキャニスター式ばかりで個性がなく、つまらなかった」と当時を振り返るトム氏。業界の“エバンジェリスト”として、日本市場においてシャークブランドのプレゼンスをどのように高めていくのかに注目される。

そこで目を向けたのが、昨年9月に発売された「EVOPOWER」だ。本国での発売後、日本向けにカスタマイズして上陸した「EVOFLEX」とは異なり、日本をメインマーケットとして、日本の消費者のニーズを多く取り入れて開発されたハンディクリーナーで、その後に英国でも発売されているとのこと。

さらに、今年1月には長崎県の無形文化財である「臥牛窯」とコラボレーションし、「EVOPOWER」に絵付けを施した限定商品を発売するなど、"日本発"の掃除機を送り出している。今後もこうした商品展開や戦略を積極的に進めていく方針なのだろか。最後に、シャークニンジャの展望について訊ねてみたところ、次のように語ってくれた。

2018年9月発売の「EVOPOWER」。コンパクトで部屋に設置しやすくサッと使える機動力のよさと、生活感を感じさせない外観でインテリアにもなじみ、部屋に常設しやすいと好評だ
「臥牛窯」とのコラボレーションで生まれた限定の「EVOPOWER」。プロモーションというよりも、どちらかと言うと日本の伝統工芸贔屓のゴードン社長の“趣味”で作られたようだが、今後も相性がよいものがあれば実現していきたいとのこと

「シャークの掃除機は、あくまでユーザーの使い勝手が最優先です。ゆえに、EVOPOWERも持ちやすく、どこにでも置いて使いやすいサイズ・形状を追求したハンディクリーナーですが、空間に置かれた時のこともイメージし、見た目のデザインにもこだわって開発された、これまでになかった商品だと思います。そういう意味ではEVOPOWERのデザインはまさに"機能美"と言えます。臥牛窯は、単に私が好きだと言う理由でやりました(笑)。積極的にとまでは言えませんが、伝統工芸が好きなので、実現できれば個人的には今後もコラボ商品を展開してみたいですね」

ダイソンで日本の掃除機市場に風穴を開け、エレクトロラックスで新たな掃除スタイルを日本に定着させたゴードン・トム氏。掃除機メーカーとして全米で絶対的なブランド力を誇るシャークニンジャを率い、今度はどのような手腕を奮うのか楽しみである。

長年の経験・知見を武器にした"掃除機"を通じた外交で、日本と諸外国をつないで、今後も世の中の掃除・家事スタイルやあり方を変えていってくれることへの期待が寄せられる、ゴードン・トム氏
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