「良いオフィスづくり」のために用意された、180枚のカードの意味

「良いオフィスづくり」のために用意された、180枚のカードの意味

2018.03.01

オフィス環境の設計などを手がける文祥堂。会社としてはこれまで、JXグループやエーザイといった企業のオフィス作りにも携わってきた。同社 クリエイティブプランニング室 室長代理の山川 知則氏は、さまざまなオフィスづくりに携わる中で、「良いオフィスを造りたいけど、良いオフィスとは何か、改めて考えた」と話す。

これまでのオフィス設計は、プロの手にすべてを委ねるケースが多かった。それはもちろん、専門性の高い建築士という特殊な作り手を必要とするからでもあるのだが、「人間の根幹を成す『衣食住』のうち、衣食は個人の感覚で簡単に選べる。だけど、住はその現場にいるユーザーが『場作り』に参加できない。それがもどかしかった」と山川氏は指摘する。

では、改めて「いいオフィス環境」とは何か。それは、業種・業態を問わずすべてに通じる共通の価値観が存在するというわけではなく、あくまで働く人たちが求めるオフィス環境が最良である、というものだ。ただしそれでは、山川氏らがビジネスとして顧客に価値提案できない。

そこで開発したものが「成果行動カード」だ。さまざまな企業の成果が出ているチームに山川氏らがインタビューし、どのような行動が成果に繋がっているかと自己分析してもらった上で、それらに共通する項目を180件抽出し、まとめた。そのカードをクライアントの社員に選んでもらった上で、「その会社にとって最適なオフィス」を見出す。

オフィスづくりワークショップで利用する「成果行動カード」

変えてはいけないコアを見つける大切さ

ソフトバンクの子会社で、流動人口データを活用したビッグデータ分析・データ販売を行う「Agoop」は、その成果行動カードを活用した「オフィスづくりワークショップ」の最初のクライアントとなった。

Agoopの取締役 兼 CTO/技術本部 本部長の加藤 有祐氏は当初、「木を利用したオフィスづくり」を最優先に考えていたが、それはあくまでオフィスの雰囲気を「ベンチャーっぽく明るいものにしたいだけで、オシャレな感じというイメージでストップしていた」(加藤氏)という。

(左から)Agoop 取締役 兼 CTO/技術本部 本部長 加藤 有祐氏、Agoop 代表取締役社長 兼 CEO 柴山 和久氏、文祥堂 クリエイティブプランニング室 室長代理 山川 知則氏

ワークショップでは、オフィスで働く社員全員が一人3枚、カードを選んで「私が働きたいオフィス」の理想像を見出す。とは言え、文祥堂が用意したカードの内容は「しゃべらないコミュニケーション」「数字、結果に貢献する」といった、オフィスとは一見無縁なものも多くある。

「カードを選んだら、なぜそれを選んだのか、なるべく普段は話さない社員同士でインタビューし合ってもらいました。オフィスを構成する要素は、インテリアやモノ、制度などで、インタビュー後にアイデアを全員で出していきます。選ばれたカードを元に膨らませたアイデアを、具体的にに落とし込んでいく、という作業です」(山川氏)

例えば、「ビジョンや理念を共有する仕組みが必要」というアイデアに対しては、オフィスの中央の柱にビジョンを書き込めるよう、ホワイトボードを全面的に貼り付けた。「経営メンバーと現場のコミュニケーションの活性化」というお題目に対しては、Agoop 代表取締役社長 兼 CEOの柴山 和久氏のデスクの裏に本棚を設置して、"頭の中を覗ける"ようにしたほか、掘りごたつ式の会議スペースをデスクの横に配置した。

中央の柱に貼り付けたホワイトボードには、Agoopの理念を書き込んでいる
デスクの前方にもホワイトボードを用意、気軽かつ簡単にアイデアを書き込めるようにした
柴山氏のデスクの奥に本棚を配置。誰でも本を手に取れるようにした
掘りごたつ式のミーティングスペース

「当初は長机や椅子がいくつというだけで良いと思っていたが、このオフィスづくりのプロセスで気付いたことは、『考え方を意識することは大切』だということ。変えてはいけないコアを見つけることで、根幹がぶれないし、全員が求めるオフィスになった」(加藤氏)

文祥堂はカード制作にあたって、「イケてるオフィス」を最優先するITベンチャー企業よりも、富士通やリクルート、ワコール、オムロンといった長年の老舗日本企業の成果を残しているチームにフォーカスしてインタビューした。その中で見えてきたものは、能力の高さよりも「当たり前をこなす姿勢」だったという。

「もちろん、みなさん凄いことをやってるとも思うんですが、それ以上に人間的に素晴らしくて、『やって当たり前』を着実に履行しているんです。その中でも一番共通していたポイントは『良いチームは、お客さんに関するコミュニケーションが多い』ということ。クライアントやユーザーに対して何を実現するのか、営業と企画、エンジニアが一体となって前へ進める。そんなオフィスが重要なんだなと」(山川氏)

山川氏は、オフィス設計でクライアントからの要望について「スターバックス風やロンハーマン風、西海岸風という依頼が多い」と苦笑いする。もちろん、雰囲気が仕事に対するマインドを変える要素はあるだろう。だが、それはあくまで副次効果であって本質ではないし、あくまで本質を捉えた後の「最後に決めるべきスタイルだ」と山川氏は話す。

例えば社員のコミュニケーションを増やすことを考えて会議室を増やしたいといった要望がある。だが、それが成果に繋がるのかと言えば箱を無駄に増やすだけで、むしろ「普段からコミュニケーションを容易に、多様なメンバーで議論できる立ち会議の場を作った方がいい」(山川氏)。

イケてるオフィス、はあくまで最後の味付けだ

Agoopはビッグデータの解析・販売という「クライアントが求めるデータ加工・分析」が重要になる。そのため、営業とエンジニアの距離が可能な限り近くで顧客目線を貫かなくてはならない。

「移転前は、(親会社の)ソフトバンクのオフィスで仕事する営業が多かったんですが、移転後はメンバーみんながオフィスに集うようになりました(笑)。我々は機械的な営業・技術であってはいけない。一緒に話してちゃんと顧客に寄り添って改善を続けないといけない。移転して2カ月弱ですが、顧客課題に対して、技術的にフィットしたものをより一層出せるようになってきたという手応えはありますね」(加藤氏)

立ちながらミーティングする加藤氏ら。カジュアルに議論できる場があるからこそ、コミュニケーションが活性化できると話す

文祥堂がワークショップで描いたオフィスのイメージ、実はコンペで他社にも共有されていた。「そこは公平にやらなくてはいけないですから」と山川氏は語るが、そうやすやすとできるものでもない。ただ、文祥堂としては手応えがあった。それは「オーナーシップ」だ。

「最終的に、Agoopさんの満足度は、これまでで一番高いものでした。何故かというと、自分たちで作り上げたオフィスだから。文祥堂としても、『文祥堂の提案』ではなく、『文祥堂とAgoopの提案』として捉えていた。オフィスづくりの正解を知っているのはデザイナーや設計ではなく、お客さま。そのお客さま自身が自分たちの手で作り上げたイメージだから、良いものが出来上がるんだなと」(山川氏)

Agoopの加藤氏も、その意見に賛同した上で、「コンペで他社に見せたレポートですが、やはり最終的なアウトプットは、共に作り上げてきた文祥堂さんと大きく異なるものでした。フォーカスすべきポイントを握っていることは、Agoop、文祥堂の双方にとって大きかった」と話す。

Agoopのオフィスでは、最初に加藤氏らが望んだ通り、木の素材をふんだんに利用することになった。国産木材を利用して、机は高知四万十のひのき、床が岡山西粟倉村の杉、照明には福島の杉を利用した。顧客の要望をうまく抽出するのみならず、大命題も叶える。単なる「オフィスづくり」の枠を超えた「働き方改革」を実現する文祥堂の取り組みは、緒に就いたばかりだ。

文祥堂は、国産木材をふんだんに利用したオフィス家具も手がけている
メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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