星野リゾートが青森・奥入瀬で9年ぶりに冬季営業を再開したワケ

星野リゾートが青森・奥入瀬で9年ぶりに冬季営業を再開したワケ

2018.03.03

青森県の十和田湖は国内有数の湖として有名だが、そこから太平洋へと水を運ぶ奥入瀬渓流(奥入瀬川)をご存知だろうか? 十和田八幡平国立公園内に位置しており、国の特別名勝、天然記念物に指定されている。ちなみに奥入瀬は「おくいりせ」と読みたくなるが、「おいらせ」と読む。

その渓流の側に、唯一建つホテルが星野リゾート 奥入瀬渓流ホテルだ。星野リゾートと言えば、長野県の総合リゾート企業として有名だが、青森には青森屋、界 津軽とあわせ3軒の施設を構える。北海道のトマムや長野県など、「スキーリゾート」のイメージもある星野リゾートだけに、豪雪地帯であり、本州最北端という土地柄からあまり連想できない地域に3軒は意外とも言える。

星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル

実際、奥入瀬渓流のある十和田市はこれまで、冬季観光シーズンで苦戦を強いられてきた。12月~3月の冬季4カ月における全国平均の宿泊率はおよそ31%。これに対して十和田市の割合は14%まで落ち込む。奥入瀬渓流ホテル自体は、夏季営業期間は「宿泊率は8割程度」(星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル 総支配人 宮越 俊輔氏)と非常に高い。

ただ、2005年に星野リゾート傘下入りしてから2008年まで、冬季期間は十和田市の平均宿泊率に近い惨状で、実に9年もの間、冬季営業を取りやめていた。同じく、十和田市の焼山・八甲田・十和田湖地区における宿泊22施設のうち、4割弱の8施設が休業しており、十和田市としては市内経済を考える上でも低宿泊率・冬季休業がダブルパンチとなっていた。

インバウンド客を取り込め

実際、十和田市 観光商工部 観光推進課 観光企画係 係長の小泉 和也氏は、「冬季期間は観光資源の問題があり、エリア全体で観光客が落ち込んでしまっていた」と話す。夏季は避暑地として自然豊かな環境を堪能できるが、冬は寒さが何よりも全面に出る。実際、取材した2月半ばも最高気温が氷点下と、関東地方在住の身からすれば非常に堪える寒さだ。

星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル 総支配人 宮越 俊輔氏
十和田市 観光商工部 観光推進課 観光企画係 係長 小泉 和也氏

ただ、政府目標が毎年のように改定されたように、訪日外国人のインバウンド需要は本州最北端の地でも急伸している。平成28年に3万2000人だった十和田市のインバウンド客は、平成29年に5万人、平成30年もさらなる需要を見込んでいる。また、JR東日本の冬季キャンペーン「冬のごほうび」にも選ばれており、国内外の需要が増えつつある今こそ、と十和田市は捉えているようだ。

十和田市現代美術館
B1グランプリで優勝を果たしたバラ焼きでも有名な十和田

そこでスタートしたのが、「奥入瀬渓流氷瀑ツアー」だ。夏季は美しい滝や岩壁として見る者を楽しませてくれる奥入瀬渓流だが、冬季はこれが氷爆や氷柱に変化する。昼でも綺麗……なのだが、これだけではインパクトが足りない。そこで十和田市と星野リゾートが協力し、夜間のナイトツアーをこの1月からスタートした。

実はおよそ20年以上前、十和田市(当時・十和田湖町)は平成4~8年の5年に渡ってナイトツアーを実施していた。しかし、当時の照明器具は低消費電力のLEDではなくHIDのもので多くの電力を必要とする。すなわち発電機が必要となり、国立公園である以上、環境面での配慮が必要となり「渋滞による排ガス問題も重なり、終わってしまった」(小泉氏)。

しかしそれから20年が経ち、低消費電力のLED投光器が普及。特に、山形県酒田市の「玉簾の滝」のライトアップで実績のあったパナソニックの協力もあり、車に投光器を載せる形で今回のナイトツアーを実現した。

パナソニックのLED投光器を搭載した車でライトアップ

パナソニックの下支え

20年の歳月は技術革新の歴史でもある。HIDからLEDに変わったことは、単に低消費電力化を進めただけではない。水銀灯ランプなどは固定色になるが、LEDは三原色を利用出来るため、プログラミングによってさまざまな色合いを再現できる。

ナイトツアーでは全7箇所(星野リゾート、十和田市で個別ルートがあるため、それぞれすべてを回れるわけではない)それぞれにテーマを設定した。「雲井の滝」では「浮世絵」、「双白髪の滝」では「樹海」といったように、そのテーマに合う色合いを映し出す。雪の白はLED投光器の色をすべて受け入れるため、滝それぞれの個性に新たな性格を与えてくれる。

パナソニック エコソリューションズ社 ライティング事業部 エンジニアリングセンター 照明エンジニアリング部 東北ECの籠谷 葵氏は、「こういった色を使いたいという要望があれば、グループ会社(パナソニック ES エンジニアリング)のエンジニアが、1つずつ調光・調色、メンテナンスする」と話す。その道のプロフェッショナルが調光・調色することで、最高の色合いを出すというのが狙いだ。

例えば、東京・有楽町にある東急プラザ銀座やJR新宿ミライナタワー、京都タワーといった建築物の常用点灯でもさまざまなカラーリングでライトアップをパナソニックとして手がけてきた。こうした調色によるダイナミックな"演出"は事例が増えており、2020年の東京五輪に向けて特に関東地区では採用例も増えるとみられる。

パナソニック エコソリューションズ社 ライティング事業部 エンジニアリングセンター 照明エンジニアリング部 東北EC 籠谷 葵氏
LED投光器によってライティングの在り方が変わった

「ただし、車の上部に投光器を設置して、というのはパナソニックでも初めての試みです。施設に設置する場合は光の角度などを厳密に定義できますが、奥入瀬は国立公園ですからライトを現場に固定できず、車を移動させるため、毎回同じ角度、場所とはいかず、見え方が変わってしまう。GPSの位置情報をマッピングしたり、到着位置の景色を写真撮影しておいて、それを見て"身体で覚える"ということをやっていただいています」(籠谷氏)

今回の事例ではもう一つ課題があった。例えば低消費電力のLEDといえども、投光器ともなれば家のLED電球とは話が違う。今回のライトアップで利用された「ダイナペインター」は、スペック表の数字を合わせると1000Wを超える。一般家庭でよく利用される50/60W電球20個分を、発電機ではなく電池で賄わなくてはならない。

ただ、そこは総合家電メーカーであるパナソニック。テスラ向け車載電池の大幅減収があったばかりだが、すでに稼働し始めているテスラのみならず、トヨタまでもが大規模な協業を視野に入れている。そうした技術力も背景に、デスク・ラック程度の大きさの蓄電池を用意して、最大8時間の投光を可能にした。20年前には成し得なかった光の彩り、そして環境面の配慮を同時にパナソニックの技術が乗り越えたのだ。

中央下部に見えるのが蓄電池。パナソニックの二次電池事業は世界トップクラスの技術力だ

一般的に、自治体は固定費をかけることを嫌がる。短期レンタル、あるいはリースという形で設備導入するケースが多いが、十和田市はこのLED投光器を3セット"購入"した。それだけ、冬の十和田の素晴らしさを知ってもらおうという期待の現れであり、いかようにも使えるようにしたことで、夏季期間でもなんらかのイベントごとに活用できるだろう。

1月10日にスタートしたこの冬のナイトツアーには600名以上が参加しており、3月中旬までのツアー期間で700名以上を見込む。集客力のある星野リゾート 奥入瀬渓流ホテルに1セット(1台)貸し出して無料のツアーを、市としてはツアーを運行するためのバス運賃代として2000円を徴収している。

1度宿泊すれば、それだけで数万円が各宿泊施設に落ちてくる。飲食代を含めれば、この冬だけでもそれなりのインパクトがあることがわかる。奥入瀬渓流ホテルの宮越氏も、「Instagramで『氷瀑』と検索すると、奥入瀬のようすが多く出てくる。これだけの氷瀑を見られるスポットはなかなかない。スキーやスノーボードといったアクティブなスポーツをせず、寒い思いもすることなく、冬の絶景を、自然が守られた国立公園で楽しめる場所はない。それが実際に評価として上がってきているんだと思う」と話す。

とはいえ、再チャレンジ初年度。正直なところでは「なかなか難しいと思った」と宮越氏は苦笑いする。設備環境など複数の要因もあるが、稼働させている部屋は6割で、それでもなお空室があるという。

「冬の青森旅行はもともと難しいと感じていた。何を魅力に感じてもらうか、売りを見つける作業を2年前に始めてからここまで来た。赤字は赤字で、冬季休業していたときよりも赤字になりかねない。でもそこは星野リゾートとして、培ってきたノウハウがある。ライトアップは特にインバウンドの外国人の方の反応がいい。海外で影響力のあるインフルエンサーの方などに知ってもらい、特に雪に馴染みのないアジア人にスキーだけではない雪の地域の魅力を訴求していきたい」(宮越氏)

星野リゾートが作り上げた「トマム」というブランドは、かつて一度地に墜ちたものを再生したものだ。「売りがない」だけの地の十和田であれば、もっとスポットライトを浴びてもいい。十和田市と星野リゾート、それぞれが奥入瀬渓流に思いを抱いてナイトツアーを作り上げたが、成功への道筋を照らせるかどうかは、両社がこうした企画を継続して打ち出せるかどうかにかかっている。

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

モノのデザイン 第46回

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

2018.11.13

バルミューダ初の照明機器「BALMUDA The Light」

子供にターゲットを絞り、目の健康を追い求めた

デザイン家電ブームの火付け役が挑んだ新領域での苦労とは

バルミューダから10月26日に発売された「BALMUDA The Light」。これまで扇風機、スチームトースター、オーブンレンジなど、デザイン性と革新性を両立させた独自の製品を世に送り出してきた同社だが、照明器具の発売はこれが初めて。空調家電、調理家電に次ぐ“第三のカテゴリー”への市場参入を目論む第一弾のプロダクトだ。

“子どものため”と明確に謳ったこのLEDデスクライトは、これまでにはない思想で開発された。業界で異彩を放つ新製品の設計・機構から外観に至るまで、広義での"デザイン"について、開発チームのメンバーである同社マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏に聞いた。

バルミューダが新たに挑む製品カテゴリーである"照明"の第1弾として発売された「BALMUDA The Light」。"子どものため"のデスクライトとして、最新のテクノロジーのみならず、開発陣の思想や想いが想像以上に込められた商品だ

子どもウケデザインではない、子どものためのライト

冒頭で述べたとおり、本製品はデスクライトとして"子ども向け"を謳った商品。だが、その方向性は、見た目だけを子どもウケするようなデザインにしたものとは本質的に大きく異なる。

子ども向け="子どもの姿勢や視力への影響を配慮したもの"であり、製品の発表会では、「大人に比べて視界が狭い子どもは、机に向かっているうちにいつの間にか前のめりになってしまい、うつぶせのような姿勢になってしまう」と、寺尾玄社長自らがご子息と対峙して気づいたことが、開発の経緯になったことを明かしていた。

一般的なデスクライトの難点は、このように真上からの照明で、手元に影ができやすいことだ
光源が目に直接入ることも従来のデスクライトの問題点

高荷氏によると、初期の段階ではまったく異なるコンセプトで研究開発していたそうだ。しかし、「そのコンセプトでは商品化のめどが立たず、"集中"とか"目"が開発の方向性のキーワードになっていきました」と話す。

お話を伺った、バルミューダ マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏

BALMUDA The Lightは、同社が"フォワードビームテクノロジー"と呼ぶ、光をミラーで一度反射させてから手元に当てることで、光が瞳に直接入らない点が特長の1つである。反射板を使うことで机全体を照らすことができるという仕組みは、開発の初期段階から検討されており、デスクライトに応用することも考えていたそうだ。

バルミューダが考えた、デスクライトとしての理想的な光のイメージ。手元に影を作らず、光が直接目に入らない解決方法が検討された
BALMUDA The Lightの光源部分。ミラーによって光を反射させてから手元に当てることで、光が直接目に入らず、影もできない。光源には3灯の太陽光LEDが使われている

手術灯メーカーとの出会いで開発が加速

バルミューダがデスクライトの開発に着手したのは2014年ごろ。実は2015年に発売され大ヒットした「BALMUDA The Toaster」の発売前から構想自体はスタートしていたというが、商品化に向けて大きく動き出したのは2年ほど前とのこと。高荷氏は「でも、拍車がかかったのは、去年(2017年)の頭ぐらい。社長自らが山田医療照明の増田社長と出会ったところからなんです」と振り返る。

山田医療照明は、手術灯など医療用照明を手掛ける、業界では国内トップのメーカーだ。バルミューダが開発途中で考えていた照明の仕組みが手術灯に似ていることに気付いた寺尾社長が自らネットで検索し、探り当てたのが山田医療照明だった。これが、後の"フォワードビームテクノロジー"につながっていくことになる。

すぐさま寺尾社長はショールームへ乗り込んで行った。山田医療照明は手術灯でグッドデザイン賞を受賞するなど、デザインに対する意識も高く、製品開発の考え方にも近いものがあると感じたという。直接会いに行った同社の社長ともすぐさま意気投合したそうだ。

高荷氏は「実は山田医療照明の増田社長がバルミューダのファンで、弊社のほぼ全商品を持っていらっしゃったんです」と、共同開発にたどり着いたエピソードを笑いながら語った。

フォワードビームテクノロジーのヒントになった、山田医療照明の手術灯

2017年春からは、2社共同のプロジェクトとして再始動した、BALMUDA The Light。もう1つの技術的な特長として、光源に"太陽光LED"を採用していることも挙げられる。

太陽光LEDとは、太陽による自然光に近い波長(スペクトル)を持ったLED。一般的なLEDに比べてブルーの波長が低く、目にストレスを与えにくいといい、山田医療照明が手掛ける手術灯にも数年前から採用されている。

だが、目に優しい反面、太陽光LEDは価格が高いのが難点。一般的なLEDの10倍ほど高価なために、民生用の機器で採用されている例はほとんどないという。それをBALMUDA The Lightではなんと3個も搭載しているのだ。

BALMUDA The Light、一般的な白色LEDライト、太陽光の光の波長の違い。BALMUDA The Lightのブルーライトは、一般的な白色LEDライトに比べると太陽光に近い波長で、目が疲れにくい特性を持つ

太陽光LEDが民生用機器に採用されない理由は他にもある。「太陽光LEDは、光の質がよい代わりに発熱しやすく、放熱をいかに行うかがかなり大変なんです。放熱対策をせずに電流を流すと100℃を超えることもあり、そのままだとすぐに壊れてしまいます」と高荷氏。

そこで、BALMUDA The Lightではさまざまな放熱技術を検討していった。「フォワードビームの反射構造と放熱を両立させる設計を行い、1日中ライトをつけっぱなしにしていても、ほのかに温かいと感じる程度にまで抑え込みました。しかし、放熱のための解決策をやればやるほど本体が重くなっていき、倒れやすくなってしまったんです」と話す。

カサの部分に複数設けられた穴の部分は、放熱の機能も兼ねている

「形に合わせた開発」の苦労

以前、「BALMUDA The Range」の取材の際に、「バルミューダのデザインの神髄は、形はベーシックでありながら、オリジナリティーを追求することにある」と語られていたように、開発チームには、形を変えないままで中身を改良していくことが要求された。

「開発部門としては、あと5ミリ厚くできれば放熱と倒れにくさを両立できるのに……というせめぎ合いが何度かあったのですが、弊社の商品はデザイン性もブランドアイデンティティーの1つ。デザイン性は優先課題とされるため、"形ありきで、そこに技術をどうやってはめていくか?"という考え方で、光源部分の試作を毎週繰り返して、最終的にはコンマミリサイズで調整を続けました」と苦悩を明かす。

そのほかにも、暗くする際にチラつきが出やすく、それが目にストレスを与えてしまうという問題を電流の量で微調整する制御を行い、最小限に抑えたという。

一方、外観上のデザインに関しては、"パッと見はシンプル"というバルミューダ共通のデザイン意匠を踏襲しつつも、意識されたのは"テック感"だ。

「光源が見えない時、表側はシンプルでやさしい印象ですが、カサの内側の光源がある部分は複雑な造形にし、一部をクローム調にすることでシャープな印象に仕上げました。ポリゴン状の反射板も、光学的に有利かつテクノロジーを感じるデザインを意識したものです」と高荷氏。

それ以外にも、"子ども用"を謳う商品として、耐久性はもちろん、転倒しないように重さを調整した。"長くずっと机にいる相棒"として長年愛用できるように、デコレーション用に付属するシールが貼りやすい一方で傷や指紋が付きにくく、手入れをしやすいマット塗装やコーティングが施されている。

本製品のもう1つユニークな点は、"音"の仕掛けだ。BALMUDA The Rangeと同様に、デスクライトにもスイッチのダイヤルを回すと音を奏でるギミックが採用されている。前回のレンジはギターやドラムだったが、今回はアナログピアノの音が選ばれている。しかも、スタインウェイのグランドピアノを使って、スタジオでプロのミュージシャンが演奏した生音を音源にするというこだわりだ。

「いろいろ試した中で、光の明るさと諧調に親和性があったのがピアノの音でした。クラシカルなピアノの旋律はノスタルジックで、子どものイメージに合致しながらも、子どもっぽすぎるということもなく、長く愛用するのにふさわしい。ピッタリとハマりましたね。鍵盤の押し方とか、音の余韻までちゃんと表現されているんですよ」

製品に同梱されている取説。「子どものクリエイティビティや好奇心が掻き立てられるように」と、あえて設計図のようなデザインに仕立てたとのこと

コーポレイトアイデンティティーの1つとして"クリエイティビティ"を掲げるバルミューダ。今回の製品にも「クリエイティブであれ!」という子どもたちへのメッセージが込められている。そのために、デザインはあえて90%の完成度にし、残りの10%は使用する子ども自身の手で作り上げて欲しいという思いから、自由に組み合わせて貼れるステッカーが4シートも付属しており、本体の根本部分はペンスタンドにもなっている。

ダイヤル部分を回すと、ピアノの音階を奏でる。バルミューダらしい"遊び心"ある仕掛けに、子どもも大人も心が躍る

単に子どもたちの"目を守る"という使命だけでなく、自らの手で自分のものにした喜びや体験がモノへの愛着を生み、新たなクリエイティビティにつながっていく。いや、つなげてほしいという、同社の"意志"が大いに込められた商品だ。「デスクライトでどうやって体験を伝えるかはチャレンジングでした」と最後に語った高荷氏の言葉からも、その思いが伝わってきた。

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。