世界最大規模の原発、柏崎刈羽原子力発電所を見学してきた

世界最大規模の原発、柏崎刈羽原子力発電所を見学してきた

2016.06.23

福島第一原子力発電所の事故を受けて、日本に17カ所(解体中、廃止はのぞく)ある原発のうち現在稼働しているのは、鹿児島県の川内原発のみだ。あとは停止中、もしくは点検中とされ、原子炉は稼働していない。そんな中、東京電力が保有する柏崎刈羽原発を見学する機会を得た。日本最多となる7基の原子炉を擁する原発の姿をつぶさに見てきた。

柏崎刈羽原発の1~4号機。これらは柏崎市側にある

柏崎刈羽原発は、その名のとおり新潟県・柏崎市と刈羽村の境界にまたがる原発で、7基の原子炉合計で821.2万kWの発電出力を誇る世界最大規模の原発だ。原発稼働の是非はさておき、貴重な体験だったのでレポートさせていただく。

柏崎刈羽原発は、上越新幹線・長岡駅から西にクルマでおよそ40分の位置にある。水量豊かな信濃川をわたり、青々とした新苗がまぶしい“米どころ”ならではの風景を抜けた先の海岸線に、約420万平方メートルという広大な敷地を使って立地している。

まず、案内されたのは、柏崎刈羽原発の敷地に隣接する「サービスホール」だ。ここには、1/5スケールの原子炉模型などが設置され、原発の仕組みや安全対策などについて一般公開されている。ここで発電所内の見学についてのガイダンスを受け、用意されたバスで柏崎刈羽原発の敷地内へと進んだ。

サービスホール最上階から原発方面をのぞむ。鬱蒼とした防潮林により送電線や排気筒の姿しか確認できない。左端にうっすらと見える紅白の鉄塔は避雷針だ
サービスホール内に展示されている原子炉建屋とタービン建屋の断面模型

電源車や消防車を自前で用意

目を見張るのが、入所時における厳格なチェックだ。詳しくは触れないが、多くの警備員が立ち複数のバリケードが入場門に用意され、不測の事態に備えている。案内役の東京電力のスタッフは、「この入場門は撮影禁止です。そのほかにも撮影してはならない場所が数多くあるので留意してください」と念を押す。

空冷式ガスタービン発電車の1台。2台が1セットになって4,500キロボルトアンペアの発電が行える

バスが最初に止まった場所は、敷地内にいくつも設置された駐車場のひとつだった。ここには緊急時に電源を確保できる「空冷式ガスタービン発電機車」や、電源がない場合でも原子炉などへの注水が可能な消防車、原子炉の熱を海水に逃せる特殊車両が駐車されていた。ちなみにガスタービン発電車が3セット(2台1セット、計6台)、消防車が42台、海水に熱を逃す車両が7台、電源車が25台と、数多くの車両が敷地内に用意されている。万が一、外部からの電源が確保できず、しかも予備発電施設に支障があっても対応できる体制を整えている。

柏崎刈羽原発の副所長 林勝彦氏は「それでも何が起こるかわからない。可能な限り、あらゆる事態を想定した準備を整えなくてはならない」と、福島原発事故からの教訓を話す。

続いて敷地内のもっとも北側、つまり原発と海岸の境界線へとバスは進んだ。福島原発事故発生は、想定以上の高さの津波が堤防を越え、予備発電施設が浸水し機能を失ってしまったのが主因だった。海と発電施設の“境”がどのようになっているのか、至極気になるところだ。

そこには見上げるほどの防潮堤が築かれていた。この防潮堤は海抜15mの高さになっており、津波による浸水を防ぐ。20~50mの深さまで杭を打つことで強い水圧にも耐える設計だというが、それでも津波が越した場合、防潮堤下部の排水口から海水を排出できる仕組みが採用されている。

海抜15mにまで達する防潮堤。深さ50mまで杭を打ち強度を確保している
分厚い鉄板による排水口

これ以外にも、沖合数百メートル先に防波堤が存在していたが、こちらは発電所に隣接する港湾機能を確保するためのもの。津波を防ぐための設備ではないとする。

中越沖地震後に進められた免震重要棟の建設

福島原発事故の際、耳目を浴びたのが「免震重要棟」という施設だ。これは緊急時に司令塔として使えるように、震度7クラスの地震が発生しても揺れを1/3~1/4ほどに低減できるようになっている。中越沖地震を受けて建設され始めたもので、福島原発事故の際、この施設がなかったら事態はもっと悪化していただろうといわれている。柏崎刈羽原発にも事務所に隣接する形で設置されている。

柏崎刈羽原発の免震重要棟。周囲は鉄筋コンクリートで囲われ、放射性物質を少しでも遮る仕組みになっている

この免震重要棟の中核となるのが緊急対策室だ。正面に200インチのモニター2台がかけられ、発電プラントの情報を視認できる。中央の一部にはガラス張りの本部室が設置され、緊急時の対策について意志決定する。

緊急対策室には「ホットライン室」が隣接され、柏崎市や刈羽村、柏崎警察署などといった関係各署と意思疎通が行えるようになっている。各連絡先にはメタル回線による直通電話、衛星による無線電話が用意され、不通になることを防ぐ体制を整えていた。さらに、アクシデント時の手引き書も保管され、不測の事態が発生した際に対応できるようにしている。

発電プラントの情報を表示するモニター
ホットライン室には防災無線や緊急速報の機材もある
5~7号機。こちらの建屋は刈羽村側にある

刈羽村側にある5号機、6号機、7号機原子炉建屋の見学もさせてもらった。6号機と7号機の建屋に入るには、6・7号機を連結するサービス建屋を経由するのだが、こちらのチェックも厳重だった。まず、携帯電話のような通信機器の持ち込みは厳禁。入り口には金属探知機が設置され、所持品が検められる。そのうえでIDカードをリーダーにかざし、公正だと認められなければゲートが開かない。幾重ものチェックを受けなければ、建屋内部には足を踏み入れられないセキュリティ体制だ。

原子炉停止以前のヒューマン・リソースを維持

中央制御室のイメージ

建屋内で最初に案内されたのは中央制御室前だ。“前”ということは入り口付近ということで中央制御室は拝見できなかったが、写真パネルでイメージを確認できた。制御室では18人一組で作業にあたるが、福島原発事故以前は10人一組だったという。前出の林副所長は「不測の事態が生じた際、何より頼れるのが“マン・パワー”」と前置きし、「たとえば、普段は制御室に詰めているスタッフでも、所内の消防車を扱える訓練を行っている。複数の作業に対応できる個人個人がチームを組めば、予想外の事態に対応しやすい」と、増員の理由を語る。

ちなみに現在、原子炉は停止しているが、そのことによりヒューマン・リソースを削減していないそうだ。協力企業の職員を含め6,000人以上のスタッフが、柏崎刈羽原発で働いている。

そして、いよいよ原子炉へ。まず案内されたのが原子炉上部を確認できるガラス部屋だ。現在、原子炉は停止しているので、炉最上部のフタがはずされており、なみなみに注水されている状態が確認できた。原子炉横の使用済み燃料プールも満水だった。

この原子炉を覆う建屋についてだが、中越沖地震後に耐震強化が施されたそうだ。屋根部分は鉄骨を増やし、クレーンのレールも耐震性を高める工夫がしてある。さらに「原子炉建屋水素処理設備」が建屋内に多数設置されている。技術的な解説は省略するが、これは発生した水素を再結合して水に戻す装置。福島原発事故の際、水素爆発により建屋の屋根が吹き飛んでしまったが、その教訓から導入された設備だそうだ。

注水された原子炉
原子炉建屋水素処理設備

つまり、柏崎刈羽原発は、中越沖地震と東北地方太平洋沖地震、2つの大震災の教訓により準備が進められているといってよい。このあと、「原子炉格納容器」内の見学もさせていただいたが、そこにも制震装置が数多く見られた。

原子炉格納容器内の様子。原子炉から4本のパイプが伸び、タービンに蒸気を送る
原子炉を支える部分にも制震装置が目立った。黄色のマークは、中越沖地震後に設置されたことを示している

「最後は人」……人の力を高めることが大切

最後にタービン建屋に案内された。原子炉で生み出した蒸気がタービンを回転、約70mの軸棒を回し、その動力が発電機に伝わり電力を生む仕組みだ。以前、LNG火力発電を見学させていただいたが、それよりもひとまわり大きなタービンという印象を受けた。ちなみに見学させていただいた6号機、7号機は135.6万kWの発電能力があり、1~5号機は110万kWとなっている。

見学のあいだ、林副所長が随時付き添ってくださったが、「あらゆる場面を考えて」という表現が目立った。2016年の電力小売自由化にともない、東京電力職員の話を聞くことが増えたが、多くの人が似たような表現を使う。“安全神話”はもう東電には巣くっていないのだなと感じた。そして林副所長の「最後は人、人の力が重要」という言葉が強く印象に残った。

約70mの軸棒を回すタービン。写真では見えないがこの奥に発電機がある
東京電力ホールディングス 柏崎刈羽原子力発電所 副所長 林勝彦氏
折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

2019.01.24

スマホ普及の一方で、バッテリー発火事故件数は年々増加

安全なモバイルバッテリーを実現する全固体電池に注目

ソフトバンクと吉田カバンがコラボした全個体電池バッグとは?

今や仕事でもプライベートでも欠かせないモバイルバッテリー。

安全面に何の疑いもなく使っている人は多いと思いますが、モバイルバッテリーの事故件数は年々増加しています。独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の発表によると、ノートパソコン、モバイルバッテリー、スマートフォンに搭載されたリチウムイオンバッテリーに関する事故は、平成24~28年度の5年間で274件(ノートパソコン110件、モバイルバッテリー108件、スマートフォン56件)あり、そのうちの約7割が火災などの拡大被害(製品および周囲が焼損などしたもの)に該当するそうです。

こういった状況を受け、2018年2月1日に経済産業省が「電気用品の範囲等の解釈について(通達)」を改正し、ポータブルリチウムイオン蓄電池(いわゆるモバイルバッテリー)を電気用品安全法の規制対象(PSE法)に含めると発表しました。これにより、2019年2月1日よりPSEマークがついていないモバイルバッテリーの製造・輸入および一切の販売ができなくなります

このような流れから、今後は今まで以上にモバイルバッテリーの安全面に注目が集まると予想されます。そこで、リチウムイオンバッテリーより安全性が高く「釘を刺しても、オーブンにいれても、火の中にいれても爆発しない」という次世代バッテリー「Power Leaf (パワーリーフ)」を開発しているソフトバンク コマース&サービスに話を聞きました。

全固体電池だから発火も爆発もしない

話を伺ったソフトバンク コマース&サービス コンシューマー事業本部事業本部の工藤英樹さん(写真左)と鈴木礼子さん(写真右)

―― Power Leafは次世代モバイルバッテリーと謳っています。どういったところが次世代なのでしょうか?

鈴木:Power Leafは、セラミックバッテリーを採用しています。セラミックバッテリーは、従来のリチウムイオンバッテリーに比べて、曲げや衝撃に強く、切断しても発火や液漏れが発生しない特性を持っており、その点で次世代バッテリーと呼んでいます。

―― なぜ発火や液漏れが発生しにくいのでしょうか?

鈴木:セラミックバッテリーが全固体電池だからです。そもそも、リチウムイオンバッテリーがなぜ発火をするのかというと、リチウムイオンバッテリーは、正極(プラス)と負極(マイナス)を電子が行き来することで電流を生み出します。正極と負極のあいだは液体の電解質で満たされているのですが、この電解質に可燃性があります。故障、経年劣化、強い衝撃などが原因で過充電やショートが起こり、異常発熱をして発火にいたります。

それに対してセラミックバッテリーは、電解液をセラミックで固めているため発火もしませんし爆発もしません。

工藤:こちらが、Power Leafです。名刺サイズの大きさで100mAhあります。これを、折り曲げたり、はさみで切ったり、釘を打ち込んだり、オーブンで加熱したり、火の中にいれたりしても、発火・爆発はしません。正確にいうと一瞬だけショートはするのですが、そこから発火につながることはないので、非常に安全性が高いバッテリーになっています。

―― なるほど。それにしても薄いし、触ってみるとやわらかいですね。

工藤:やわらかいですよね。湾曲した状態でも使用できるので、パイプのような円柱形のものにも組み込めます。

―― Power Leafはどれくらい前から開発に取り組まれているのでしょうか?

鈴木:4年ほど前ですね。Power Leafは、はじめて全個体電池の製品化に成功した、台湾のプロロジウム テクノロジー社と開発を続けてきた製品です。2017年7月にネームタグ型バッテリー「Tag」を発表し、同年11月にiPhone X用の手帳型バッテリーを発売しました。

吉田カバンとコラボした肩掛けタイプの「PORTER SLING SHOULDER BAG × Power Leaf」

そして、第3弾製品として、吉田カバンとコラボしたPower Leaf搭載バッグを開発しました。

苦節2年。吉田カバンとイチからつくったバッグ

―― では、吉田カバンとコラボした背景を教えてください。

鈴木:Power Leafは「常に持ち歩ける」をテーマに商品開発をおこなっています。まずはバッグにつけられるタグをつくって、次に皆さんが必ず持ち歩かれるスマートフォンのケースをつくりました。次はなにをつくろうか考えたときに、「バッテリーを常に持ち歩けるようにバッグをつくろう」と決まりました。そこで、吉田カバンさんに声をかけさせていただいたのです。

―― 吉田カバンとは付き合いが深かったのですか?

鈴木:いえ。深かったわけではないんですけど、別の部門でたまたまお付き合いがあり、そこから「一緒に面白い商品をつくりませんか?」と提案しました。吉田カバンさんは、こういったテクノロジーとのコラボをほとんどしたことがなく新鮮に感じてくれたようで、共同開発がはじまりました。

そこから約2年かけてやっと商品化にこぎつけた形になります。

―― 2年……。ということは既存製品をベースにしたとかではなくイチから?

工藤:はい。イチからつくっています。

―― イチから手がけられたなかで、どんな点に苦労しましたか?

工藤:そもそも僕らはアパレル系のアイテムをつくったことがなかったので、イチからつくることでさまざまな苦労がありました。ショルダーに設置したコントローラー部分。そもそもどの場所につけたほうが良いとか、どういう風につければバッテリーとコントローラーを繋ぐケーブルが邪魔にならないかなど、吉田カバンさんとともに試行錯誤を繰り返しました。

ショルダーバッグに関しては、肩当てのパット部分を普通のバッグより長くしています。パッドが通常の長さだとコントローラーが肩のあたりにきてしまい操作しにくいので、細かく調整してもらいました。

鈴木:リュックに関しては、右利き左利きどちらも操作しやすいように、左右どちらにもコントローラーがつけれるようになっています。これは吉田カバンさんのこだわりです。

―― Power Leafもバッグにあわせて調整をしているのでしょうか?

鈴木:ショルダーバッグもリュックも、3,550mAhの容量を搭載しているのですが、大容量にするにあたって、いかに薄くするかに焦点を絞って調整しました。その結果、世界でも最薄レベルを実現できたと自負しています。

薄く広くしているのと、面積比で考えると軽いこともあり、バッグを背負ってもバッテリーの存在感もそんなに感じないと思います。

Power Leafから話はそれますが、こだわりの部分でいうと、弊社が発売しているスマートトラッカー「tile」専用のポケットも作ってもらいました。キーホルダーみたいにつけるわけでもなく、tileを入れてることすら忘れてしまうような状態にしていただいて、例えば、酔ってバッグをどこかに忘れてしまった、というような事態でもすぐに見つけられるようにしています。

―― 今回は吉田カバンとコラボしてバッグを発売されていますが、この先も他業種とのコラボをしていくのでしょうか?

工藤:そうですね。まだ具体的にはなっていないんですけど、身につけるものだけではなく、例えばソーラーであったりEVであったり、そういった方面への進出もしていきたいと思います。

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

2019.01.24

フリマアプリを運営するメルカリが新聞折り込みチラシを配布

なぜリアル店舗のようなチラシ広告を出したのか

理由を聞いていくなかで同社のマーケティング戦略が見えてきた

問:次のアイテムのなかから、フリマアプリ「メルカリ」で販売されたことのあるものを選びなさい。

・ダウンジャケット
・ヒト型ロボット
・トイレットペーパーの芯
・クルマ
・イヤホンの左側

おわかりいただけただろうか。答えは「すべて」である。現時点では売り切れかもしれないが、上記はすべてメルカリで販売された実績のあるアイテムだ。

さまざまな商品が売買されているメルカリとはいえ、まさか「トイレットペーパーの芯」が売られているとは、よほどのヘビーユーザーでなければ知らないのではないだろうか。

もちろん筆者も知らなかったが、2018年12月12日に配布された1枚の新聞折り込みチラシが、その事実を教えてくれた。それは、メルカリが北海道と愛知県で計192万部配布した広告チラシだ。

紙面上では、トイレットペーパーの芯やクルマがメルカリで売られていたことを紹介していたのだが、東京在住の筆者は配られたチラシを直接見たわけではない。「メルカリが新聞折り込みチラシを配布している」という意外性がSNSで話題を呼び、仕事中Twitterをいじくりまわして遊んでいた筆者の元にも情報が届いたのである。

はたして、アプリ上でサービスを展開するメルカリが、なぜリアル店舗のような折り込みチラシを配布したのだろうか。

メルカリが配布した新聞折り込みチラシの例。まるでアパレル広告のようだ
裏面には、初心者でも使えるようにアプリのマニュアルが紹介されている

「スタンダードからいかに離れるか」が、おもしろさを生む

「端的に言えば“お茶の間の会話”を増やしたいと考えたためですね」

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏は、新聞折り込みチラシを配布した理由について、そう話す。

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏

2013年7月にサービスを開始したメルカリのアプリダウンロード数は、世界合計で1億超。また、累計流通額は1兆円を超えており、全国レベルでその名を轟かせている。

「ただ、月間のユニークユーザー数は1100万程度。ダウンロード数を考えるとまだまだ伸びしろがあるはずなのです。そのため、まだ取り切れていない、シニアを中心とするユーザーを取り込むためのアプローチを実施することに決めました」

アプリの存在は知っているが、普段からメルカリを使っているわけではない。そんな、シニアをはじめとする“お茶の間ユーザー”を取り込むべく企画されたのが「新聞折り込みチラシ」だった。さまざまなマーケティングを行っている同社ではあるが、新聞折り込みチラシの配布は今回が初めて。そのため、まずはテストマーケティングとして、限られたエリアでの配布が行われた。

だが、シニアへのアプローチは何も折り込みチラシに限らない。テレビCMはもちろん、街頭配布やポスティングなど、ほかにも宣伝手法はあったはずだ。なぜ折り込みチラシにこだわったのだろうか。

「1つのコンテンツとして完結しているところがポイントでした。新聞は、自ら購読して情報を取得する非常にポジティブな媒体。毎日目にするそのコンテンツにメルカリの折り込みチラシを入れることで、“違和感”を生み出したかったのです」

また村田氏は、チラシだからこそ違和感を生み出せたのだと話す。

「今の時代、いかにSNSで話題にしてもらえるかが大事です。そのためには普通とは違うことをやらなければなりません。違和感は、多くの人が認識する“スタンダード”がなければ作れないと考えています。いかに基準から大きな振れ幅があるか。それが驚きやおもしろさにつながるのではないでしょうか。そういう意味で、折り込みチラシには基準があります。『医薬品系だったらこんなチラシ』『スーパーのチラシはこんなもの』というイメージが、多くの人のなかで醸成されているからこそ、イメージからかけ離れたクリエイティブは一層際立つはずだと、新聞の折り込みチラシを実施したのです」

例えば街頭配布であれば、コスプレをしたり、奇抜な宣伝車で商品サンプルを配ったり、アメニティを同封したりと、工夫されているものが多く、普遍的な基準のようなものが思い浮かびにくい。あえて一般的な街頭配布の例を挙げるとすれば、ポケットティッシュと答える人が多いだろうか。だが、ポケットティッシュ以外のものを配っていたら、それだけで大きな話題を呼ぶかと言えば、おそらく難しいはずだ。

つまり、スタンダードがあるからこそ、違和感を与えて記憶に残るような手法を実施できると、数あるアプローチのなかから村田氏は折り込みチラシを選んだというわけだ。

そもそも、実店舗を持たないメルカリが折り込みチラシを配布するというだけで、1つの違和感を与えられるだろう。そして「徒歩0分! スマホの中でオープン!」といった目を引く謳い文句が、違和感をますます際立たせる。

「違和感を与えるために、コピーや商品ラインアップは工夫しましたね。今回、3タイプのチラシを作成したのですが、“メルカリだからこそできるラインアップ”をあえて出すようにしました。例えば、意外性のあるものでは、トイレットペーパーの芯やクルマ。実際にメルカリで売られていたことがあるんです」

今回作成されたチラシは「ファッション」「家電」「スーパー」の3タイプ。意外性のある商品ラインアップに加えて、北海道では日本ハムファイターズのユニフォーム、愛知県では中日ドラゴンズのユニフォームなど、地域に根付いた商品も掲載しており、そのような遊び心も、SNSで話題になるために必要なのかもしれない。

家電パターンのチラシ。「徒歩0分! ~」のコピーが目立つ
「トイレットペーパーの芯」を掲載したパターンのチラシ。2つのチラシをよく見比べると、ユニフォームで使われている写真が違う。なお、北海道と愛知県を選んだ理由は、「地場新聞の影響力が強いエリア」だからだという

結果として、違和感を覚えた消費者は、Twitterにチラシの画像を投稿。狙い通り、SNSでバズらせることに成功した。

しかし、SNSで話題になっても、ターゲットにしているシニア層にはあまり関係がないのではないだろうか。

「シニアや中高年の方々でSNSをやっている人は意外と多いんですよ。積極的に発信をしている人はあまり多くないですが、情報収集として活用している人は少なくないですね」

ちなみに、肝心の折り込みチラシの効果は、「すべての数字の集計が終わっているわけではありませんが、チラシを投下したエリアでは、いい成果が出ています」とのこと。データとしても、チラシの影響を確認できたという様子だった。

攻める姿勢が生み出したもう1つの広告

今回のようなアプローチは、SNSが普及した今だからこそ可能な新しいマーケティングだ。そして、メルカリではSNSでのバズを狙った取り組みがもう1つ。2019年1月1日からスタートした『#はじメル』だ。

はじメルは、「三日坊主でもいいから、とにかく新しいことをはじめる人を応援する」というコンセプトで展開しているキャンペーン。特設サイトを開設し、1月3日には新聞の一面広告を、1月5日からはテレビCMを放送開始した。

そのなかで、一体なにがSNSで話題になったのかというと、これまたアナログな「新聞広告」である。

「一般的に1つのクリエイティブで進める新聞広告を、あえて3タイプ制作し、首都圏・東日本・西日本で分けて配布しました。3枚の新聞広告をつなげるとメルカリの『m』が浮かび上がるというデザインなのですが、1枚だけ見ても、“つなげたら何か起きそう”なデザインにすることで、それを発見した人がTwitterに思わず投稿したくなるような仕組みを作っています」

新聞広告を3枚並べると「m」の文字が浮かび上がる

思わせぶりなデザインにするという“ヒント”を提供しておき、あとは何も言わずにユーザーの反応を待つ。離れたエリアの新聞を手に入れるのは難しいので、ほかのデザインが気になった場合は、自然とオンライン上での情報収集が開始されるだろう。そうして、SNSで活発なやり取りが発生するというわけだ。

「最初はもっと控えめのデザインだったのですが、それじゃダメだと言いましたね」

穏やかな口調ではあったが、村田氏の言葉からはクリエイティブに対してのこだわりを強く感じた。

「折り込みチラシのときもそうですが、守りに入ったら企業は終わると考えているので、常に攻め続けたいと考えています」

クリエイティブに対して攻めの姿勢を崩さない村田氏。それを象徴するエピソードとして、折り込みチラシのプロジェクトのキックオフ時には、「私をクビにする覚悟で仕事をしてほしい」とメンバーに伝えたのだという。

「もちろん、ほんとうにヤバいときは止めますよ。ただ、メンバーがリスクを考えてしまうと、どうしても“置きにいく”ようなアイデアになりがちです。責任なら私が取るので、どんどん攻めてほしいというメッセージですね」

置きにいくクリエイティブでは、SNSでバズらない。メンバーが自由にアイデアを出せる環境整備こそ、尖ったクリエイティブを生み出すのに必要なことなのだろう。

2019年はメルカリの内面を伝える年に

今回、折り込みチラシと新聞一面広告で、SNSでバズらせるマーケティングを実施したメルカリ。折り込みチラシに関していえば、まだテストマーケティングが終わった段階である。今後は全国的に折り込みチラシの配布を行うのだろうか。

「明確な方針はまだ決まっていませんが、折り込みチラシについては、読み物としてお客さまから期待されるコンテンツにしていきたいと考えています」

ただし、「今日は○○が特売」「○○が新発売」といったように、新聞チラシは日々情報が更新されるから読み物として成立する。タイムリーな情報をチラシで打ち出せないメルカリは、どのようなコンテンツにしていくのだろうか。

「今回折り込みチラシで意識したことの1つに、商品をたくさん入れるという点がありました。実際にメルカリで何が売られているかまでは知らない人が意外と多いんですね。そのような人からすると、トイレットペーパーの芯が売れることは1つの発見になるでしょうし、自分の家にある家電がいくらで売れるかということも新しい発見です。そのように、ほかにも、まだまだ知られていない情報があるので、継続的にチラシをやると決まったら、もっとメルカリの内側を知ってもらう情報を提供していきたいですね」

メルカリの内側を知ってほしいと話す村田氏。実は、はじメルにも同様の意図があったという。

「メルカリを使えば『新しい趣味を始める』ことへのハードルを下げられると伝えたかったのです。例えば、ゴルフを始めようと考えたら、ゴルフクラブのセットを購入する必要がありますよね。それが仮に10万円であれば、『ちょっとやってみようかな』程度に思っている人からすると、やはりハードルは高い。しかし、メルカリを使うことで、まずゴルフクラブを5万円で買える可能性があるのです。そのうえ、5万円で売られているのであれば、それに近い金額で売却できることも意味します」

5万円でゴルフクラブを買ってみたはいいものの「あまりおもしろくないな」と感じた場合、4万5000円で売却できれば、5000円の出費でゴルフを体験できるわけだ。

「また、メルカリにはバーコード出品と呼ばれる機能があって、バーコードを読み取るだけで商品情報を自動入力してくれるんです。値段も提案してくれるので出品が楽なのですが、最近では本を買うときにまずはバーコード出品を行う人が多いようですね。ちょうど読み終わったくらいに売却できて便利なんです。期限を決めることで、読まないといけないというプレッシャーにもなりますし、2000円の本を1500円で売却できれば、500円で本が読めるわけです」

何か買うときに、メルカリでまずいくらで売れるかをチェックする。そして、使わなかったり、一度使って満足したりすると、メルカリで売却するという消費行動が増えているのだ。その結果、購入のハードルが下がるので、二次流通が一時消費を活性化させる可能性もあるだろう。

「このような使い方の訴求は、継続してやっていきたいなと。そしてゆくゆくは、メルカリをライフインフラのようにしたいですね」

村田氏は展望を語る。

「認知はすでに獲得しました。次はメルカリの内面をもっと外に出していくフェーズです」

2018年には株式を上場し、気流に乗るメルカリ。決して“置きにいかない”同社のマーケティング戦略から、次はどんなアイデアが飛び出すのだろうか。2019年も同社の尖った広告が、SNSを騒がせるかもしれない。