ポッドキャストをやめるTBSラジオ、新事業でラジオの未来を拓けるか

ポッドキャストをやめるTBSラジオ、新事業でラジオの未来を拓けるか

2016.06.23

「2016年6月30日をもって、サービスの提供を終了させていただくこととなりました―」。2016年6月6日、毎週の恒例として、TBSラジオの深夜番組「JUNKバナナマンのバナナムーンGOLD」のポッドキャスト(月曜配信)を聴こうとすると、冒頭のアナウンスに驚かされた。人気コンテンツを多く抱えるTBSラジオが、ポッドキャスト配信から手を引くと発表していたからだ。ポッドキャストのコンテンツについては、新サービス「TBSラジオクラウド」でのストリーミング配信に切り替えるとする同社。音声配信の収益化に挑戦する同社の新サービスは成功するのだろうか。

ラジオとポッドキャストは相性抜群

ポッドキャストは誰でも音声や動画を配信できる仕組みだが、豊富な音声コンテンツを有するラジオ放送局とは特に相性が良いサービスだといえる。本業のラジオ放送が音声コンテンツの宝庫であるため、ラジオ放送局は本放送を切り出すだけでも上質なポッドキャスト番組を制作可能だからだ。ラジオ放送局によるポッドキャストは実際に人気を集めており、ダウンロードランキングではラジオ番組に関連するコンテンツが上位を占めている。

TBSラジオのポッドキャスト一覧には、本放送に連動した人気番組が並ぶ(画像はTBSラジオHPより)

TBSラジオがポッドキャスト終了の理由として挙げている要素は2つある。1つは、「ラジオの面白さを多くの人に知ってもらう」という目的で始まったポッドキャストが、「ラジコ」の登場により一定の役割を終えたこと。もう1つは、サーバー負担などの維持費用の増大だ。配信サーバーを自前で用意する必要があるポッドキャストでは、番組が人気を獲得し、ダウンロード数が増えれば増えるほどコストもかかる仕組みになっている。

人気が出るほど費用がかさむポッドキャスト

ポッドキャスト配信にかかるTBSラジオの費用的負担はどのくらいか。同社インターネット事業推進室 兼 営業統括局事業部の萩原慶太郎氏に聞いてみると、「1つの番組が10MB程度(かそれ以上の大きさ)で、それが月間5,000万~6,000万ダウンロード」とサーバーの規模を説明したうえで、その維持・管理に大きなコストが掛かっていることを明かしてくれた。サーバーや回線費だけでもコストは年間数千万円に達するとのこと。維持・管理費や人件費など、そのほかにもコストが発生していることは想像に難くない。

ポッドキャストの収益化は困難

本来であれば、TBSラジオは2010年のラジコ登場時点でポッドキャストを終了する予定だった。しかし、その頃にはポッドキャストは多くのリスナーを獲得した状況にあったため、同社はポッドキャストで配信しているコンテンツをリスナーに提供し続ける道がないかと模索を始めた。

無料では配信を続けていくのが難しい以上、ポッドキャストを広告媒体として収益化しようと努力したTBSラジオだが、現実は厳しかった。萩原氏によると、インターネットを広告媒体として活用する多くの企業は、聴取者の属性を把握し、ターゲット設定を明確にしたうえで広告を出稿するのが一般的。ところがポッドキャストは、聴取者の属性を掴めないどころか、ダウンロードした人が番組を実際に聞いたかどうかについても知る術がないのだ。月間5,000万件のダウンロード数を人気の証拠として示しても、聴取者の属性について説明することができないままでは、企業から広告を獲得するのは難しいのだという。

人気サービス終了の危機を救ったTBSラジオクラウド

いくら人気があっても、収益化の見込みが立たないようではポッドキャストを続けることができない。有料コンテンツ化など、「マネタイズの方法を必死に探していた」(萩原氏)というTBSラジオだが、既存サービスを継続させたまま、費用的負担をカバーできるほどの方策は見つけられなかった。

終了予定だったポッドキャストを収益化し、定着したリスナーに対する音声コンテンツの配信を続けようとしたTBSラジオだが、上手くいかない。この現状を検討し、考え方を切り替えて立ち上げたのが新サービス「TBSラジオクラウド」だ。TBSラジオはポッドキャストのような音声配信を維持するため“だけ”に新サービスを始めるわけではない。TBSラジオクラウドは、音声配信の収益化を模索する新たな挑戦なのだ。

TBSラジオクラウドのトップページ。お昼のワイド番組「たまむすび」など、ポッドキャストで聴けるコンテンツは新サービスでも引き続き聴取可能だ(画像はTBSラジオクラウドHPより)

ストリーミングで聴く過去番組

TBSラジオクラウドは、これまでポッドキャストで配信していた番組を、PCやスマートフォンのウェブブラウザを通じてストリーミング配信する新サービス。配信する番組の内容は制作サイドの判断となるが、基本的にはポッドキャスト時代と大きく変わらない見込みのようだ。

TBSラジオクラウドで配信される最新の番組はユーザー登録なしで聴くことが可能。ユーザー登録すれば過去の配信分を聴取できるほか、よく聴く番組をMYページとしてコレクションする機能も利用可能になる。

ストリーミング配信であるため、ネットに繋がる環境であればどこでも聴くことができるTBSラジオクラウドだが、たとえばwi-fiに接続できる環境で番組をスマートフォンにダウンロードしておき、通勤時などに番組を聴くといったポッドキャストのような使い方はできなくなる。スマートフォンの場合、ポッドキャストであればアプリを立ち上げて簡単に目当ての番組を聴くことができるのだが、TBSラジオクラウドの場合はウェブブラウザを開き、ウェブサイトにログインしたうえで番組を聴くことになるので手間が増えたような感じも受ける。

この辺りも含めて「不便になった」とする声もあがっている模様だが、萩原氏は「使い勝手を良くすべく努力していく」と語る。同社はTBSラジオクラウドを近い将来にアプリ化する方針も示しているため、今後は利便性が向上していくものとみてよいだろう。

マネタイズに挑戦できる土壌は整った

TBSラジオがポッドキャストを始めた2005年には、ウェブ経由でラジオを聴く方法は存在しなかった。ポッドキャストは「ラジオ離れ」の状態にある1人でも多くの人に、ラジオの魅力を伝えるための「試供品」(萩原氏)のようなツールとして導入したのがそもそもの始まりだ。開始当初、ここまで人気が出るとは考えていなかったという。

TBSラジオクラウドの登場で重要なのは、ポッドキャストでは不可能だった音声コンテンツ配信サービスの収益化が可能になるかもしれないという点だ。新サービスではサイトを訪れるユーザーのcookie情報やユーザー登録情報により、一定の範囲内ではあるが聴取者の属性を把握できる。広告媒体として考えた場合、聴いている人がどんな人か、全く分からないのと一部分でも分かるのとでは価値が大きく違ってくる。

TBSラジオクラウドが広告を獲得できるかどうかは今後の話だが、少なくとも「マネタイズに挑戦できる」(萩原氏)土壌が整った部分は大きな前進とみてよいだろう。ポッドキャストでもストリーミング配信でもコストと労力はかかるが、おなじ労力を音声配信サービスの「維持」から収益化への「挑戦」に振り向けたことにTBSラジオの決断の本質的な意味がある。

音声コンテンツ配信の収益化に挑むTBSラジオ

新たな広告手法がラジオの未来を拓く?

TBSラジオは「プログラマティックオーディオアド」という広告手法をTBSラジオクラウドの収益化に活用する方針を示している。これは聴いている人の属性に応じた音声CMを配信する仕組みで、広告を出稿する企業は狙い通りの聴取者に情報を届けることができる。

米国などではインターネットラジオが一般的なものとなっている。聴取者は数多くの放送局の中から、自分好みの放送を選んで無料で聴くことができる。インターネットラジオの無料放送を可能としている仕組みの1つがプログラマティックオーディオアドだ。TBSラジオクラウドは日本に革新的な音声広告手法を根付かせるきっかけとなるかもしれない。

ラジオの広告費はピーク時に比べると半分程度に減っており、現状のままでは以前の規模に戻る見込みも薄い。TBSラジオクラウドは、ラジオ広告に新たな可能性を提示する画期的な取り組みといえる。TBSラジオが“ラジオの未来”のための挑戦と位置づける新サービスは成功するか。今後の行方に注目したい。

日本の掃除機市場を変革した元外交官、日本市場への本格参入を語る

モノのデザイン 第53回

日本の掃除機市場を変革した元外交官、日本市場への本格参入を語る

2019.04.25

シャークニンジャ日本法人の社長 ゴードン・トム氏に直撃

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者が語る参入秘話

日本向けの製品カスタム、消費者ニーズの取り入れ図る

全米ナンバーワンの掃除機ブランド「シャーク」。日本では、長年スチームクリーナーのメーカーとして知られていたが、2017年6月に日本法人が設立され、翌2018年夏に日本市場に本格参入した。

第1弾として、同年8月にコードレススティッククリーナーの「EVOFLEX」を発売。翌9月にはハンディクリーナー「EVOPOWER」、10月にはスチームモップ3製品、ロボット掃除機「EVOROBOT」と精力的に新製品を日本市場に投入している。

そこで今回は、シャークニンジャ日本法人の社長を務めるゴードン・トム氏を直撃。同社の日本市場への本格参入の意図と、今後の戦略や日本の掃除機市場や消費者について伺った。

シャークニンジャ日本法人の社長のゴードン・トム氏。英国の元外交官で、20年前にダイソンの掃除機を日本に広め、現在の業界の発展につながる市場の開拓の礎を築いた人物だ

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者

ゴードン・トム氏と言えば、日本の掃除機市場の変革者と呼んでも過言ではない人物。もとはイギリスの外交官として来日。赴任中の1990年代にダイソンの日本法人の初代社長に抜擢された(編集注:イギリスの外交官には副業を認める制度がある)。

当時国内メーカーの寡占状態であった日本の掃除機市場に“吸引力が落ちない”の謳い文句で同社のサイクロン掃除機を展開し、「ダイソン」ブランドの地位確立の礎を築いた。

ダイソンを退いた後は、エレクトロラックス日本法人の社長に就任し、キャニスター型に代わり、現在日本の掃除機市場において主流となった“コードレススティッククリーナー”の人気を定着させた。

外国人でありながら、日本の掃除機市場を知り尽くした“業界のマシュー・ペリー”的存在のトム氏だが、今度は全米ナンバーワンの掃除機メーカーの日本法人の社長として日本に再上陸したのは、どういった経緯なのだろうか。

「2014年にエレクトロラックス社を退職して、以降はマーケティングのコンサルタントの仕事をしていましたが、2016年の9月ごろにシャークから連絡がありました。当時のシャークの売上は北米が95%、イギリスが5%ほど。中国法人を立ち上げ、代理店経由でメキシコにも進出するなど本格的な国際化戦略を進めており、日本も大事な市場の1つと考えていました。そんな中、私のところに相談があり、翌2017年の1月くらいにボストンの本社へ出向き、エンジニアやデザイナーに会って話をし、3~4月ぐらいに日本に展開する商材や現地法人の設立、取引・流通事情、マーケティング戦略の提案をしました」

日本法人の設立にあたっては、最終的にはトム氏自らが初代社長に就任することになり、これまでの経験をもとに、オフィスの設置場所や人材集めなども自ら担ったとのことだ。

参入にあたり日本向けにカスタム

次に着手したのは、日本市場に投入する商材の選定。氏曰く「これまでで最高の掃除機に出会えた」と評する同社の製品で、日本市場参入第1弾に選ばれたのは、「EVOFLEX」。本国では2017年秋に発売され、ボタン1つでパイプを90°曲げて掃除ができるという独特のギミックで注目を集めた製品だが、日本で発売するにあたっては多くが日本向けにカスタマイズされたという。

日本市場への本格参入の第1弾として2018年8月に発売されたコードレススティッククリーナー「EVOFLEX」。本国でおよそ1年前に発売された製品(左)を、サイズからモーター、操作性に至るまで、日本向けに大幅にカスタマイズした上で登場し

「本国で開発された最初の試作機は、私の目から見たら全然ダメでした。まず、大きすぎて日本人の身体にも家にもマッチしていませんでした」

パイプ部分が90°曲がって家具の下にも潜り込みやすいという、製品のアイデンティティーとも言える独自性はそのまま継承しつつも、パーツの着脱をしやすくするためにボタンの改良が施されるなど、日本のユーザーに受け容れられるよう細かい部分にまで配慮がなされた

そこで実際に、試作機を用いて日本の家庭50世帯で6週間のテストを3回行い、その結果、日本向けの「EVOFLEX」は、原型は同じでありながらも本国の製品とは見た目も中身もかなり異なる製品に仕上がった。「例えば、ヘッドブラシは、畳や木材などが多い日本家屋の床に合わせて柔らかいローラーにしました。ダストカップも中身が見える透明な素材で、中のメンテナンスがしやすいように角を丸くしています」とトム氏。

それ以外にも、高音域のモーター音を好まない日本のユーザーのために音を低減したり、高性能なHEPAフィルターの採用や、取り外しやすいメッシュフィルターを採用してサイクロン部の手入れをしやするなど、掃除機の本質性能だけでなく、操作性やメンテナンス性にこだわった改良が多数施された。

こうした改良点について、トム氏は日本とアメリカの掃除機に対する消費者の根本的な考え方や流通ルートの違いを明かす。

「日本の場合には、掃除機や家電製品の購入は、家電量販店が主流ですが、米国の場合にはウォルマートなどの巨大スーパーで購入するケースが一般的です。そこでは日本のように実際に製品に手で触れて試してみるという機会がありません。そのため、製品への信頼度が重要で、ブランド力というのはとても大事なのです」

日本でも昨秋発売された同社のロボット掃除機。本国ではそのおよそ1年前に発売されているが、ほぼアイロボット社の独占市場であったアメリカのロボット掃除機市場において、初めてアイロボット以外で2桁のシェアに躍り出ている。

2018年10月発売のロボット掃除機「EVOROBOT」。掃除機メーカーとしてのブランドへの信頼性と、十分な機能・性能と消費者が受け入れやすい価格帯で、アイロボットの「ルンバ」以外で初めて10%を超えるシェアを獲得したという

さらに、米国の消費者は「掃除機が必要」という需要があった上で、その用途を満たすための機能と予算を照らし合わせて製品を選ぶというのが購入の意思決定。ゆえに、デザインやメンテナンスといった要素は日本人ほど重視されず、むしろ「さまざまなユーザー層の需要に応えるために、価格によって付属品を選べることが重要なのです」と話す。

20年前の日本市場は「つまらなかった」

一方、約20年前に日本の掃除機市場に乗り込み、「日本の掃除機は紙パックのキャニスター式ばかりで個性がなく、つまらなかった」と当時を振り返るトム氏。業界の“エバンジェリスト”として、日本市場においてシャークブランドのプレゼンスをどのように高めていくのかに注目される。

そこで目を向けたのが、昨年9月に発売された「EVOPOWER」だ。本国での発売後、日本向けにカスタマイズして上陸した「EVOFLEX」とは異なり、日本をメインマーケットとして、日本の消費者のニーズを多く取り入れて開発されたハンディクリーナーで、その後に英国でも発売されているとのこと。

さらに、今年1月には長崎県の無形文化財である「臥牛窯」とコラボレーションし、「EVOPOWER」に絵付けを施した限定商品を発売するなど、"日本発"の掃除機を送り出している。今後もこうした商品展開や戦略を積極的に進めていく方針なのだろか。最後に、シャークニンジャの展望について訊ねてみたところ、次のように語ってくれた。

2018年9月発売の「EVOPOWER」。コンパクトで部屋に設置しやすくサッと使える機動力のよさと、生活感を感じさせない外観でインテリアにもなじみ、部屋に常設しやすいと好評だ
「臥牛窯」とのコラボレーションで生まれた限定の「EVOPOWER」。プロモーションというよりも、どちらかと言うと日本の伝統工芸贔屓のゴードン社長の“趣味”で作られたようだが、今後も相性がよいものがあれば実現していきたいとのこと

「シャークの掃除機は、あくまでユーザーの使い勝手が最優先です。ゆえに、EVOPOWERも持ちやすく、どこにでも置いて使いやすいサイズ・形状を追求したハンディクリーナーですが、空間に置かれた時のこともイメージし、見た目のデザインにもこだわって開発された、これまでになかった商品だと思います。そういう意味ではEVOPOWERのデザインはまさに"機能美"と言えます。臥牛窯は、単に私が好きだと言う理由でやりました(笑)。積極的にとまでは言えませんが、伝統工芸が好きなので、実現できれば個人的には今後もコラボ商品を展開してみたいですね」

ダイソンで日本の掃除機市場に風穴を開け、エレクトロラックスで新たな掃除スタイルを日本に定着させたゴードン・トム氏。掃除機メーカーとして全米で絶対的なブランド力を誇るシャークニンジャを率い、今度はどのような手腕を奮うのか楽しみである。

長年の経験・知見を武器にした"掃除機"を通じた外交で、日本と諸外国をつないで、今後も世の中の掃除・家事スタイルやあり方を変えていってくれることへの期待が寄せられる、ゴードン・トム氏
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「情報」と「経験」はお金にならない?

2019.04.25

私は文房具関連のイベントに出演させていただくことがあるのだが、いつも不思議に思うことがある。それは、ほとんどのイベントが入場無料であることだ。

文房具の世界において、イベントは主にトークイベント、実演販売、ワークショップの3種類に分かれているのが定番だが、いずれにしても入場(参加)無料であることが多いのである。

どのイベントでも、来てくれた方が新たな情報や経験を得て帰っていくことは間違いない。それなのに無料ということは、情報や経験はあくまで販促にしか使えない、つまりお金にならないものだと、文房具界が考えているということだろうか?

リアルの逆襲

おそらくどの業界でもあることだと思うが、昨今はモノを売ろうとするとインターネット販売vsリアル店舗、という構図が存在する。文房具界も同じだ。

インターネットでは店頭よりも安く文房具を買えることが多いし、外出の手間もかからない。また、売る側にとっては万引きの心配が要らない(文房具店の万引き被害は深刻なのだ)。そういう事情から、文房具店は数を減らしていている。ネットに押されているわけだ。

しかし、店舗だけが持つ価値も、もちろんある。実際に商品を手に取ることができるし、ウィンドウショッピングで思わぬ出会いもあるかもしれない。どちらもお客様にとっては大きなメリットだし、その価値が認められているからこそ文房具店が消えていないのだろう。

そして、リアル店舗だけの強みをさらに打ち出そうと文房具店(やメーカー、代理店など)が近年力を入れているのが、冒頭で述べたイベントだ。

イベントなど「場」への回帰は、文房具業界に限らない近年の流行りともいえるし、そういったイベントから私に声がかかるのは非常に光栄なのだが、さて、どうして「入場無料」なのだろうか。

情報と経験は価値になる

入場無料の背景には、イベントでの直接的な利益ではなく、間接的な利益を狙っているということがある。たとえばイベントに足を運んでくださるお客様が店で買い物をしてくれることや、イベントをきっかけに店のリピーターになることだ。

そのため、「(入場料を取ることで)お客様が来ないと困るから」というイベント主催者側の不安が先に立ち、無料となる。まったく同感だ。私も集客の恐怖はよく知っている。その根底には、具体的なモノを手に入れられないならお金はもらえない、という発想がある(その証拠に、少ないながら行われる有料のイベントは、お土産つきの場合が多い)。

だが、よく考えるとこの発想は変だ。コンサートや映画、著名人の講演は有料なのが普通だが、そこでは情報や経験に値段をつけている。映画が有料だと言って文句を言う人はいないだろう。

なぜ文房具界には情報や経験を売るという発想がないのだろうか?

「情報」を売ったことがない文房具界

思うに、文房具界はモノを売って生きてきた業界だから、情報を売ってきたコンテンツ業界並にとは言わないにしても、情報に価値があることに気づけていないのではないだろうか。

しかし、ネットvsリアルという普遍的な構図の中では、情報や経験の価値こそが鍵を握る。単にモノを売るだけならネットには敵わないからだ。

文房具は実に楽しい。だが、その楽しさの何割かは文房具そのものではなく、その周囲にある、新しい使い方や楽しみ方といった情報・経験なのだ。文房具の楽しさは、文房具というモノを超えていく。だから、店舗やイベントにはお金を払うような価値があるのだと、改めて考えてみるべきだと思うのだ。

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