ブランド再建から“スマボ”まで、木村社長に聞くボルボの今(後編)

ブランド再建から“スマボ”まで、木村社長に聞くボルボの今(後編)

2018.03.16

ボルボ・カー・ジャパンの木村社長は、販売面で新たな施策を次々に仕掛ける自称“企画屋”だ。クルマをスマホのように所有する「スマボ」など、日本の商習慣に挑戦する新たな手法もうまくいっている様子。技術革新によりクルマのコモディティ化を心配する声も聞かれる中、ボルボは“幸せな時代”を迎えると木村社長は語る。本企画の前編はこちら

自らを“企画屋”と称したボルボ・カー・ジャパンの木村社長

日本の商習慣は異常? クルマのリース販売を増やすボルボ

接客以外に、顧客満足を高めていくための販売手法についても木村社長は手を打っている。その1つが「スマボ」(SMAVO)だ。「スマートにボルボを購入する」の意味を持ち、スマートフォンのスマホを連想させる命名である。いわゆるリース販売であり、webサイトでは「おまとめ定額プラン」として案内されている。

「1987年のトヨタ入社から30年近く自動車業界で働いてきて、日本の商慣習と世界との間に差があると実感しています。その1つが個人リースです。米国では個人リースが自動車販売の30~40%に及ぶのに対し、日本はわずか1%でしかなく、その差が異常に思えます」

「理由として、日本では所有することが望まれているからなど、いろいろと言い訳はしますけれども、今日ではスマホの利用と同じように、(端末の)販売価格は知らなくても、月々の支払い料金で判断するといったことが当たり前になってきているのではないでしょうか。クルマもスマホと同じように利用できた方が、心地よいと感じるお客様もいらっしゃるはずです。『スマボ』の導入により、ボルボのリース比率は20%を超えるようになっています」

ボルボ・カー・ジャパンでは個人リースの比率が増えているという(画像はボルボスタジオ青山に展示してあった「XC60」)

ブリッジ・スマボなら大胆なクルマ選びも可能?

さらに、「ブリッジ・スマボ」という販売方法も編み出した。そのシステムが効果を発揮したのは、新型「XC60」の販売に際してディーゼルエンジン車の導入が遅れ、ディーゼル車を希望する顧客が待たされる事態となったことだ。

「日本には車検制度があって、ディーゼル車導入までに車検が来てしまうと、クルマが無くなるといった状況が生じます。車検を更新して間もなく新型に乗り換える無駄を省き、前型にはなりますが未登録の新車に数カ月お乗りいただき、その間も利用料金としてリース料をお支払いいただく。そして新型が届いたら、スムーズに移行していただくという乗り方です」

「『XC60』の前型のディーゼル車はもうなくなりましたが、『V60』や『V60 クロスカントリー』でブリッジ・スマボをご利用いただくことはできます。これの良いところは、どうせ短期間しか乗らないのであれば、普通は選ばない派手な車体色に乗ってみようか、といった楽しみ方ができることです。現在はスマボが10%、ブリッジ・スマボが10%の計20%というリース比率になっています」

ブリッジ・スマホであれば、自分では選ばないような色のボルボ車にも気軽に乗ってみることができそうだ(画像はパッションレッドの「S60」、画像提供:ボルボ・カー・ジャパン)

日本でなかなか定着しなかったリース販売が、工夫次第で顧客満足につながる例である。

貸し倒れはほとんどなし! 優良顧客もボルボの武器

顧客満足向上の取り組みは、自動車保険でも行われている。

「自動車保険など金融商品は、差別化できないと言われています。しかし、ボルボのディーラー網はボルボを中心に扱う店が多く、またボルボには優良なお客様が多いので、自動車保険でも、他のプレミアムブランドと差をつけることができます」

ボルボの所有者向けに提供されているボルボオリジナル自動車保険に加入すると、付帯サービスとして提供されてきた内容が、従来の4項目から10項目へ、2015年7月から拡大された。以前のサービスで契約していた顧客も、「インテリガード10」と呼ばれる新しい付帯サービスへ自動的に移行される。

優良な顧客基盤を有することもボルボの強みと木村社長は語る(画像はボルボスタジオ青山の店内)

インテリガード10の内容は、飛び石などによるウインドウスクリーン補償(フロントおよびリア)、キー補償、タイヤ補償までが従来の4つの補償で、これに新しく、スモールリペア補償(いたずら/落書き)、レンタカー補償(3日間、スモールリペアセット)、チャイルドシート補償、愛犬アクセサリー補償、歩行者エアバッグ補償(V40のみ)が追加となる。ただし、1保険年度につき、いずれか1つを1回限りの条件が付く。

他に残価設定ローンのアクティブローンや、個人リースのスマボを利用して新車や中古車を購入した場合、3年以上の支払い期間の契約では、ボルボ交通傷害保険が最長で3年間無料で付帯される。その内容は、交通事故や交通乗用具の火災によるケガの入院、手術、通院を補償する。

「ボルボにお乗りのお客様は、貸し倒れになる方がほとんどいらっしゃらないので、ファイナンス会社に還元できることがあるのではないかということから実現しました」

ボルボの顧客は貸し倒れが少ないという(画像はボルボスタジオ青山の店内)

人のけがなどに対する手厚い補償であるとともに、インテリガード10では小さな傷を無料で直してクルマをきれいに保てたり、クルマを預けた間も足を確保できたりと快適にクルマを利用できる環境が補償され、まさに顧客志向の気遣いが感じられるサービスの提供といえる。

古くて四角いボルボが好きな人も多い

ブランド自体の強化策となるのが、クラシック・ガレージの開設や、古いクルマの博物館への寄贈、ボルボスタジオ青山の開店といった取り組みである。

クラシック・ガレージは2016年8月に、東京・町田市に開設した古いボルボ車のための整備や修理を行う拠点だ。「ボルボを所有されるお客様は良いものを永くお使いになる方が多いので、古いクルマの保守管理を提供する拠点づくりをしました」。木村社長はボルボ所有者の特性をいかす取り組みの一環であると説明する。

古いクルマを復刻するレストアとはやや意味を異にするが、スウェーデン本社には旧型の部品も残されている物が多く、かなり古い年式の車種でも日常的に利用可能な水準に整備したり、外観を補修したりできる体制が整えられた。木村社長自身、1971年型のボルボ「P1800E」を所有し、催しなどの折に乗ってくる。

古いクルマに長く乗り続ける顧客も多いというボルボ。町田市にあるボルボ・カーズ東名横浜には、そういったクルマのリフレッシュ作業を請け負う「KLASSISK GARAGE」(クラシック・ガレージ)を開設した(画像は木村社長が所有する「P1800E」で伊勢志摩のラリーイベントに参加した時の様子、提供:ボルボ・カー・ジャパン)

他に、クラシック・ガレージで引き取った古い車種を整備し、中古車として販売することも行っている。クラシック・ガレージの拠点は町田の1店舗のみだが、国内各地のボルボサービス工場での修理や補修の相談にものってくれる。

博物館への寄贈では、世界で初めて3点式シートベルト(肩からと腰にベルトを付ける今では一般的な方式)を標準装備したボルボ「PV544」を昨2017年12月にトヨタ博物館へ届けた。

世界で初めて3点式シートベルトを標準装備したボルボ「PV544」(画像提供:ボルボ・カー・ジャパン)

「3点式シートベルトを開発したのはボルボであり、その特許を公開することで今日、全てのクルマが安全装備の基本として装備するようになったことをご存知の方は多いと思いますが、トヨタ博物館にはボルボが1台も展示されておらず、それならば意味のあるクルマを展示して頂こうと、スウェーデンの本社へ交渉しました。また、現在のトヨタ博物館の館長がかつての同僚でしたので、話もうまくまとまりました。後日、トヨタ時代の先輩から、3点式シートベルトのことを当時は『ボルボ式』と呼んでいたといった話を聞くこともできました」

世界で2番目のコンセプトストアが日本に

同年10月には、東京・港区の北青山に、世界で2番目となるコンセプトストアのボルボスタジオ青山を開店した。

「スウェーデン本社のホーカン・サムエルソン社長兼CEOに、こういうことをやるべきと直訴した際、ちょうど世界的にダウンタウンストアをやろうと考えていたところだったようで、その1つに東京を指名してもらいました」

2017年10月には世界で2カ所目となるコンセプトストアの「ボルボスタジオ青山」を開店

「この青山通りを『オートモービル銀座』と私は呼んでいるのですが、プレミアムブランドのディーラーなどが数多く集まっています。それらのほとんどは販売店として開いているとか、あるいは自動車メーカーの展示場で、展示するだけでしたら博物館と同じだと、私は言っています(笑)」

「一方、ボルボスタジオ青山は、お茶を飲みながら、ボルボがスウェーデンのクルマであることを感じて頂ける空間として開設しました。しかし、それだけでは博物館で終わってしまうので、独自の販売方法も取り入れています」

“オートモービル銀座”こと青山通りにあるボルボスタジオ青山

1つは、受注生産の導入である。内外装の色や注文装備を自分の好みで選んで発注する、eコマースによる販売だ。この方式で注文してスマボによるリース契約を結ぶと、車両保証やメンテナンスパッケージ、保険、消耗品の交換などが付帯される仕組みとなっている。月々の支払い以外に、クルマを利用する上で必要となる費用負担を別途で強いられることなく、自分独自の仕様のボルボに乗れる嬉しさや気軽さがある。「同じ青山通りにあっても、他のメーカーとは違う独創的な空間なのでは」と木村社長は話す。

想像力から始まる独創的な経営

社長就任からわずか3年半の間に、次々に展開される木村氏の独創的な発想の原点は、どこにあるのか。

「ビジネスで最も大事なのは、想像力をつないでいくことだと思います。もちろん、現場が大切なのは承知しています。しかし、常に現場にいたり、そこで意見を交わしたりできるわけではありません。ですから、自分が顧客になったつもりで、状況をちょっと見ただけでもそれらをつなぎあわせ、本質を見極めることのできる力が一番大事だと思うのです。お客様第一と皆が言いながら、実は業界の慣習が優先され、お客様第一になっていないところがあります。そこにビジネスチャンスがたくさんあると考えています」

では、本質とは何か。それは、前編の冒頭から木村社長が掲げた「お客様第一と会社最適の両立」である。その実現へ愚直に突き進もうとすれば、おのずとなすべきことが見えてくるということだろう。

想像力を原点とし、真の顧客第一主義とは何かを追求するのが木村社長の経営手法だ

ここまで、3年半の取り組みについて聞いてきた。では、今後の課題は何か。

「就任した2014年7月からの半年は、いわば敗戦処理投手みたいな状況で、その後3年間の実績は、対2014年比で2017年には販売で2割増し、売り上げでは4割増しでしたので、プレミアムブランドとして生き残る道筋は付けることができたのではないかと思っています」

「一方で、歯がゆい思いでいるのは、スピードが足りないことです。やるぞ、変えるぞと言っても、日本はなかなか動きません。5年間勤めた東南アジアは、日本の2倍の速度で物事が動きます。行動のスピードが速ければ、例え失敗しても結論が早く得られるので、修正して向上・発展させていくことができます。『スピードではトヨタに勝て』と社内でいっています」

「CASE」で激変の自動車業界、ボルボの考えは

電動化や自動運転の導入、あるいはカーシェアリングの普及で、ディーラー経営が危うくなるのではないかとの懸念も世の中でささやかれはじめている。Connected(つながるクルマ)、Autonomous(自動運転)、Shared & Service(カーシェアリングなど)、Electric Drive(クルマの電動化)という4つの言葉の頭文字をとってダイムラーが「CASE」と呼び始めた技術革新は、ディーラー経営にどんな影響を与えるのか。

「CASEについては、つい最近、ディーラーの方々へプレゼンテーションしたところです。プレミアムブランドになりますと、共有(カーシェア)とは距離があり、自分のクルマだという喜びが大切になってきます。今後は二極分化していくだろうと思っていて、もう一方は軽自動車です。こちらは、日常の利便性のためカーシェアリングやライドシェアリングに関わってくるでしょう」

「電動化については、電気自動車(EV)となればサービス項目が減るかもしれませんが、プラグインハイブリッド車(PHV)では逆に、エンジンとモーターというように部品点数が増えるので、オーナーとのつながりを強化すれば、サービスでも売り上げを伸ばすことができます」

スウェーデンのボルボ・カーズは、2019年から全モデルを電動化すると発表済み。グループのパフォーマンス・カー部門である「ポールスター」については、独立したブランドとしてグローバルな高性能エレクトリック・カー専業とする方針を示している(画像は2019年半ばの発売を予定するポールスターのファーストモデル「Polestar 1」、提供:ボルボ・カー・ジャパン)

増え続ける輸入車販売、「所有したいクルマ」は生き残る

「国内における2017年の輸入車販売は久しぶりに30万台を突破し、このうち66%の20万台がプレミアムブランドです。世界的な潮流として、プレミアムブランド比率は上がっており、国内でも5年後に輸入車販売が40万台に達し、このうちプレミアムブランドが70%まで高まると予測すると、28万台という数字になります」

「この試算からすれば、現在のプレミアムブランド20万台の40%増へと市場が拡大するのですから、プレミアムブランドのクルマを扱うディーラーにとっては、幸せな時代を迎えるといいました」

プレミアムブランドにとっては、顧客が「自分のものにしたい」と強く思うようなクルマを用意し続けられるかがますます重要となってくる(画像は「XC90」、提供:ボルボ・カー・ジャパン)

「次に、国内のボルボの保有台数を見ると18万5,000台で、このうちボルボディーラーに帰ってくるのが約11万5,000台です。ということは、正規ディーラーにいらしていないお客様がまだある、取りこぼしがあることになります。そこに成長の余地が残っています」

「新規のお客様の来店回数が減っているとはいえ、一度ボルボとつながりを持っていただいたお客様は、整備などを含め再度来店していただけるようになるので、CSナンバーワンをしっかりやっていけば、まだまだディーラービジネスはやっていけます。前向き、上向きに、(ディーラーの方々には)積極的にビジネスをやっていきましょうと話しました」

一連の話は、データを見極めながら想像力をつないでいくことで見えてくる戦略と展望である。最後に、「自動車会社の経営は楽しい」と木村社長は笑顔を見せた。その活力が、国内でのボルボ販売や存在感、将来への見通しに現れている。

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2019.05.21

2018年度のM&A件数は830件、取引総額は12兆7,069億円

「武田薬品のシャイアー買収」は日本企業最高金額に

日本企業が積極的に海外での地盤固めに動いた様子が見られた

平成最後の年度となる2018年度(2018年4月-2019年3月)は、日本の上場企業によるM&A(企業の合併・買収)が活発だった。

国内の高齢化が進み、中小企業の後継者不在の問題はますます深刻になっている。大手企業でも国際競争が激しくなる中で、規模を拡大したり、「選択と集中」で経営を効率化したりする動きが活発だ。こうした経済環境の中で、多くの企業はM&Aに注目し、自社の成長の手段の1つとして積極的に活用し始めている。

M&A仲介サービス大手のストライクが東京証券取引所の適時開示情報を基に構築したデータベースによると、2018年度のM&A件数は830件、金額(株式取得費用と一部アドバイザリー費用を合わせた取引総額)は計12兆7,069億円となり、いずれも2009年度以降の10年間で最高に達した。

2009年度から2018年度にかけてのM&A件数の推移。ストライクが東京証券取引所の適時開示情報を基に構築したデータベースで集計したもの。※経営権が移動するものを対象とし、グループ内再編は対象に含まない。金額などの情報はいずれも発表時点の情報
2009年度から2018年度にかけてのM&A金額の推移。 ※同上

日本企業最高金額となった「武田薬品のシャイアー買収」

2018年度に注目されたのが取引金額の拡大だ。

武田薬品工業がアイルランドの製薬会社シャイアーの買収に投じた6兆7,900億円は、日本企業が実施したM&Aとしては過去最高額となった。さらに同年は、1,000億円を超える案件がこの10年で最高であった2017年度と並ぶ18件に達するなど、国際競争が激しくなる中で、日本企業がクロスボーダー(国際間案件)のM&Aを活発化させた様子が見てとれる。

武田薬品のシャイアー買収は2018年5月8日に発表され、2019年1月8日に成立した。巨額の買収金額が経営に与える影響を懸念して、創業家一族ら一部の株主が買収に反対したことも話題になったが、臨時株主総会での武田薬品株主の賛成率は9割近くに達した。

武田薬品に次ぐ大型の案件は、ルネサスエレクトロニクスによる米半導体メーカー・インテグレーテッド・デバイス・テクノロジー(IDT)の買収であった。買収金額は日本の半導体メーカーとして過去最高となる7,330億円に達した。自動運転やEV(電気自動車)などの進化に伴い、車載向け半導体の需要拡大が見込まれており、ルネサスエレクトロニクスはIDTの買収によってこの分野の開発力強化や製品の相互補完を目指す考えだ。

それに次ぐ大型の案件は、日立製作所によるスイスABBの送配電事業の買収であり、その金額は7,140億円に達する。日立製作所はABBから2020年前半をめどに分社される送配電事業会社の株式の約8割を取得して子会社化したあと、4年目以降に100%を取得し、完全子会社化する予定だ。再生可能エネルギー市場の拡大や新興国での電力網の整備に伴い、送配電設備に対する需要は一層高まると予想されており、日立製作所は買収により送配電事業で世界首位を目指す。

2018年度(2018年4月1日-2019年3月31日)の取引総額上位10ケース。※金額は株式取得費用と一部アドバイザリー費用を合わせた取引総額 (ストライク調べ)

2019年度も活況続くか

先述したように、金額が1,000億円を超える大型のM&Aは18件あり、武田薬品など金額上位3社のほかに、大陽日酸、三菱UFJ信託銀行、大正製薬ホールディングス、東京海上ホールディングス、JTといった大企業が名を連ねた。

これら18件中17件はクロスボーダーであり、かつ2018年度のM&A件数中、こうしたクロスボーダーは185件(構成比22.3%)に達しており、日本企業が積極的に海外での地盤固めに動いた様子が浮かび上がった。

かつて、日本で企業の投資といえば、研究開発や設備投資が大半を占めていた。しかし、最近の状況を受けて、ストライクの荒井邦彦社長は「全体の成長率が低迷する中で、こうした投資の効果は思うように高まらず、事業戦略としてのM&Aが日本企業でも定着してきている」と分析する。

なお同氏は、2019年度のM&A市場の動向についても「日銀による金融緩和が企業の資金調達環境を改善させており、活況が続きそうだ」と予測している。

出展:M&A online データベース

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大津の園児死亡事故で炎上した「マスコミ」批判

カレー沢薫の時流漂流 第43回

大津の園児死亡事故で炎上した「マスコミ」批判

2019.05.20

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第43回は、大津の痛ましい事故で炎上した「マスコミ」問題について

滋賀県・大津市で散歩中の園児の列に軽乗用車が突っ込み、園児二名死亡、多くの負傷者を出す、という事故が起った。

池袋のプリウス事故の衝撃が冷めやらぬまま、また痛ましい事故が起ってしまった。池袋の事故では「高齢者の自動車運転問題」「上級国民疑惑」が大きく注目されたが、今回の事故では全く別のものが炎上した。

マスコミ問題である。

マスコミが保育園を追求したのは視聴者のため?

事件が起こった当日夕方、被害者の園児が通っていた「レイモンド淡海保育園」が記者会見を行ったのだが、そこで質問をした記者の血が青とか紫とかほとんど寒色系じゃないかと、大きく批判された。

記者会見が、どのような内容だったかというと「危険な場所という認識はあったのか?」「保育士が道路側にいたのか?」という、何としてでも保育園側に批があったようにしたくてたまらない質問、「園児たちの様子は普段と変わらなかったのか?」という意図のわからない質問、 「散歩したのは園に庭がないからか?」という「園に庭さえあればこんなことには…」という「ニ兆円さえあれば」に匹敵する、壮大なたられば論などが挙げられ、質問を受けた園長は号泣、それを記者がバッシャバッシャ撮影するという地獄絵図だったそうだ。

記者会見を見た多くの人が「何を食ったらそんな質問ができるんだ」と思っただろうが、この記者会見は、たまたまその場にプラスチックを食って育った選りすぐりのサイコパッシャーが大集結してしまったという、悪い意味でのアベンジャーズだったワケではないと思う。

記者が何故あのような質問をしたかというと、決して趣味ではなく、おそらく「視聴者の見たい画」「聞きたい言葉」を引き出そうとした結果なのではないか。もちろん「あんなもの見たくなかった」という人が大半だと思う。

しかし、池袋プリウス事故で加害者が即逮捕されないことが大きく批判されたことからも、現在の我々視聴者に「悪が一刻も早く、俺たちの目に見える形で処されるところが見たい」という「ニーズ」が少なからずあることが分かっているのだ。

つまり「お客様に一秒でも早く悪が吊るされる様をお届けします!」というニーズに応えようとする企業努力が、「悪くもない保育園をとりあえず悪にして即斬る」という、完全に間違った「悪・即・斬」になってしまったのではないだろうか。

「マスゴミ」問題は視聴者の問題?

しかし、「被害者側への無配慮な取材はいらん」というのも、今回の件だけではなく、視聴者側が何度も言い続けている「ニーズ」である。

何故それが無視されてこのような会見が行われるかというと、被害者の声まではいらなくても、やはり我々が平素「センセーショナル」な物を求めてしまっているからではないだろうか。よって記者たちは「とにかく刺激的なものを撮ってこい」と言われ続け、感覚がマヒし、本来配慮が必要なはずの取材にすら「センセーショナルさ第一」で臨んでしまい、まるで不倫記者会見のようなノリの質問が飛ぶことになってしまったのではないだろうか。

やはり報道というのは「視聴者が何を見たがっているか」が反映されるものだ、需要がなければ供給はなくなる。このような記者会見が行われなくするためには、何度でも我々が「こういうのはいらんのや、見んし、お前らの雑誌買わんわ」と言い続けるしかないだろう。

ところで、「質問をした記者を特定して処してやろう」という動きも当然のように起こったらしい。やはり我々の「悪を処したい」「処されるのを見たい」という気持ちは根深い物があるのだ。

ちなみに、今回の事故では当初、車を運転していた52歳と62歳の2人が逮捕された。「また高齢者か」という声も上がったが、この年齢で高齢者と呼べるかは微妙なところだ。結局「車を運転する以上誰でも事故を起こす可能性がある」ということである。

車を運転しない人は「歩道を歩いていて車が突っ込んでくるなんてどうしようもない」という被害者観点から絶望したと思うが、車を運転する人は加害者観点でも恐怖したと思う。

もちろん安全運転に越したことはないが、人間には「限界」と「不測の事態」があることでおなじみである。持病もないのに運転中に突然何らかの発作が起こる可能性だってあるのだ。「どうしようもないこと」で被害者になることもあるが、加害者になることもあるのである。

つまり、車がないと生活できない土地で、私が週一ぐらいしか外出せず、引きこもり続けているのは、近隣住民の命を守る草の根活動でもあるのだ。しかし、それは無職だからできる事業なので、多くの人が、少なからずリスクを負って車を運転しなければいけない。

そのリスクを減らすには、運転者が気をつけることはもちろんだが、何せ限界がある。つまり、人間がこれ以上、進化することなく、むしろ高齢化で退化する一方だとしたら、無機物の方を整備していくしかない。

事故が起りにくい道路作り、そして車だ。

現に、車の事故防止機能はどんどん進化しており、自動運転化の開発も進んでいるという。自動運転が本当に安全なのか不安もあるが、少なくとも老が運転するよりは確実に安全になるだろう。

しかし、今のところそういった事故防止機能がついた車を買うか否かは、任意である。そして、そのような機能がついた車は高くなる。よって私の車は金銭的問題で、タイヤとハンドルがついているぐらいであり、運転手がミスったら、そのミス通り事故を起こしてくれる、素直な仕様である。

現在でも事故防止機能のある車を購入した場合、補助がもらえることもあるようだが、導入が任意な以上、つけない人はつけないだろう。これからの車には、タイヤ、ハンドル、事故防止機能を、もう屋根ぐらい忘れても良いから義務付けるべきではないだろうか。

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