EVシフトの反動? なぜ自動車メーカーがエンジンを語り始めたのか

EVシフトの反動? なぜ自動車メーカーがエンジンを語り始めたのか

2018.03.26

ここ最近、自動車メーカーからクルマのエンジンに関する発表が相次いでいる。トヨタ自動車は「パワートレーン技術説明会」と題して新しいエンジンについて語り、メルセデス・ベンツは3月に新開発のエンジンを発表。フォルクスワーゲンは20年ぶりに日本市場でディーゼルエンジンを復活させるとし、その技術について詳細な説明を行った。

クルマは遅かれ早かれ電動化していくとの見方がある中で、各社が今、エンジンについて語り始めたのはなぜなのか。新開発のエンジンを積んだメルセデス・ベンツ「S450」に乗る機会があったので考えてみた。

新開発のエンジンを積んだメルセデス・ベンツ「S450」に試乗

クルマの電動化は進むのか、エンジン復権か

2017年は、世界の自動車メーカーが電動化へ大きく舵を切る決断を行った年だった。いつ新しい電気自動車(EV)が登場してくるのかと期待は高まる。

一方で、今年2月に入って以降、まずフォルクスワーゲンが最新のディーゼル技術を投入した「パサートTDI」を日本市場に導入した。またトヨタも、パワートレーン技術説明会と称し、エンジンや無段変速機(CVT)の技術発表を行っている。3月には、メルセデス・ベンツ日本が新技術説明会と銘打ち、新開発のエンジンを紹介した。

エンジンに関する発表が相次いだことから、クルマは電動化するのか、それともエンジンの復活かと疑問が頭に渦巻いた人もあったかもしれない。

メルセデス・ベンツ日本は「S450」のデビューにあわせて新開発エンジンについて詳しく説明した

しかし、クルマの電動化はもう後戻りしない。世界的にCO2(二酸化炭素)排出規制は強まる方向にあり、自動車の市場動向と関係なく、各国の政策にも対策が織り込まれている。気候変動の影響も顕在化し、海水温度が上昇することで世界の気象が異常な状況になっている。

ただし、EVへと全面的に移行するまでには、時間を要する。なぜなら、EVの車種がすぐには出そろわないという選択肢の不足だけでなく、顧客の意識の問題もあるからだ。

EVの航続距離についてドイツの考えは

例えばドイツの場合、速度無制限区間のあるアウトバーンが整備されていることにより、200キロの距離を1時間で移動できてしまう交通環境がある。1時間の移動なら、日本でも電車通勤している人が当たり前に費やしている時間ではないだろうか。そういう日常の時間感覚のなかで、片道200キロを日帰りで往復すれば、400キロの行程をドイツではクルマでこなすことができ、途中で寄り道をすることもあるなら、500キロは走れる余裕が欲しくなるだろう。

例えば電気自動車(EV)のBMW「i3」(画像)は、充電1回あたりの航続距離の目安として390キロという数値を提示している。これだけ走れば街中で乗るには十分だし、遠出も可能のように思えるが、日本と異なる交通環境のドイツでは、また別の考え方があるのかもしれない

米テスラのEV「モデルS」は、1回の充電で500キロ以上の走行性能を備えるが、ドイツ人の中には、500キロを1日で走ってしまう人もいる。そういった人達は、予定外の移動も視野に入れて、1,000キロは走れる能力を欲しがる傾向が強いようだ。だが、それに対処できるEVはまだ存在しない。航続距離を倍増させるためにはバッテリー搭載量を2倍にすればよいかというと、バッテリー重量が増えれば航続距離も減ってしまうので、そう単純な話でもない。

EVの選択肢が増え、消費者がEVを志向するようになるまでには、やはり時間がかかる。その間、自動車メーカーは、電動化とエンジン存続の両方を行わなければならない辛さがある。なおかつ、燃費向上によるCO2排出量削減は待ったなしだ。さらに、自動車メーカーにはエンジン生産設備があり、エンジン開発や生産に携わる従業員がいるので、新興のEVメーカーのように、今日から全面EV化というわけにもいかないのである。

EV時代へ徐々に軟着陸させるにはどうしたらいいか。自動車メーカーの苦悩がうかがえる。

直列6気筒エンジンが復活

そうした中で、メルセデス・ベンツが発表した新エンジン技術からは、トヨタやフォルクスワーゲンが語るエンジンの効率化だけでない、パワーユニットをシステムで構築する新たな構想を見てとることができる。

メルセデス・ベンツの新エンジンは、直列6気筒の基本骨格を採用する。直列6気筒とは6つのシリンダーが直線的に並んだ形式で、エンジンの中では最もバランスが良く、振動が少なく、また高回転まで滑らかに回るエンジンとして知られている。かつて1960年代から70年代頃の日産「スカイラインGT」や「GT-R」、「フェアレディZ」、トヨタ「2000GT」など、往年のGTカーやスポーツカーはいずれも、直列6気筒エンジンを採用してきた歴史がある。

「S450」のエンジンは直列6気筒だ

海外ではBMWが直列6気筒エンジンにこだわり、英国のジャガーも直列6気筒や、それをV字に組み合わせたV型12気筒エンジンを使ってきた。そのように、高性能車や高級車の証ともいえるのが、直列6気筒エンジンであった。「シルキーシックス」とも呼ばれるこのエンジンは、絹のような滑らかさで回転すると称えられてきた。もちろん、メルセデス・ベンツも直列6気筒を主流としていた。

ところが、1990年代以降は衝突安全性能の向上が求められ、ことに前面衝突において、フロントバンパーと客室の間に衝撃の緩衝部分として十分な空間が必要になった。エンジンは硬い金属の塊であるため、エンジンルーム内でできるだけ小さい寸法であることが空間の確保には望ましい。そこで、同じ6気筒エンジンでもV型にしてエンジン全長を短くすることが行われ、メルセデス・ベンツからも、1997年で直列6気筒エンジンは姿を消している。

1度は姿を消した“直6”を復活させたメルセデス・ベンツ

将来的に生き残り可能な多気筒エンジンを

ダイムラーは直列6気筒エンジンを採用するにあたり、電動技術を追加した。モーター機能付き発電機の意味を持つ「ISG」(Integrated Starter Generator)という仕組みだ。ISGはエンジン始動、アイドリングストップからの再始動、加速の補助力として働くほか、減速時の回生も担う。

「S450」の運転席(左ハンドル)

新エンジン開発の目標について、メルセデス・ベンツ日本の広報は、将来的に生き残ることが可能な多気筒エンジンを目指すこと、そしてエンジンの欠点であるトルク(回転力)の立ち上がりの遅れや振動を補うことの2点を示した。

エンジンとモーターの融合

将来的に生き残ることが可能な多気筒エンジンを目指すという目標を達成するには、新しい発想が求められる。20世紀の設計のままでは、馬力は出せても燃費を両立させるのが難しい。生き残るためには、馬力と燃費の両立が欠かせないのだ。

多気筒エンジンの生き残りを図るため、設計の見直しは不可欠だった(画像は「S450」)

では、トルクの立ち上がりの遅れや振動を補うとはどういうことか。まずエンジンは、アクセルペダルを踏み込んでから力が出るまでに、ある程度まで回転が上がらないと威力を発揮できない。ことに低回転からの発進加速では、エンジンの振動が車体に伝わりやすく、アイドリング時にはブルブルと振動が出る。対するモーターは、アクセルペダルを踏み込んですぐに大きな力を出せるのが特徴で、スタートダッシュが効く上、振動はほとんどない。高性能車や高級車の条件として、エンジンよりモーターの方が圧倒的に優れているのだ。

エンジンの中ではバランスが良く、振動の少ない直列6気筒エンジンと、モーター技術を使うISGを組み合わせることにより、高度なシステムとして設計されたのが、メルセデス・ベンツの新しいエンジンなのである。

直列6気筒と「ISG」の組み合わせで新たなエンジンが生まれた

なおかつ、アウトバーンを時速200キロ以上で安定して走れて、そこからの追い越しでも力溢れる加速を実現するため、排気を利用する過給機のターボチャージャーも、このエンジンは装備する。またターボチャージャーは、燃焼を終えたガスが十分に排気されてからでないと過給が機能しないため、エンジン回転数に関わりなく、吸気を過給できる電動スーパーチャージャーも装備した。

低燃費だけではないハイブリッドの捉え方

あらゆる技術を総動員し、それらの長所をつなぎあわせ、高性能かつ高効率で燃費が良く、さらに静かで振動の少ない総合システムとしてメルセデス・ベンツが開発したのが、この新エンジンなのである。いうなればハイブリッドなのだが、これまでのハイブリッドは燃費重視で開発される傾向にあった。ターボチャージャーや電動スーパーチャージャーを加えた高性能なハイブリッドとしたところに、総合システムとしてのメルセデス・ベンツの狙いがある。

このエンジンのシリーズ名は「EQブースト」という。EQとはメルセデス・ベンツの電動化技術を表す象徴的なアルファベットであり、「Electric Intelligence」を意味する。今回の動きが、単に新しいエンジンの登場ではなく、あくまで電動化の一環であることを示している。

新エンジンの誕生も電動化の一環と見ることができる(画像は「S450」)

「最善か無か」で開発した新エンジン

クルマの電気系は、従来ずっと12ボルト(V)のバッテリーを使う電源に頼ってきた。また、エンジン冷却のウォーターポンプや、空調(エアコンディショナー)のコンプレッサー、過給のスーパーチャージャーなどは、エンジン回転から動力を得て駆動してきた。

それらに対し新エンジンは、バッテリー電圧を高めること、および補器類を電動化することにより、ベルト駆動をなくし、全長の短縮を行っている。既成概念であった12V電源や、補器の駆動はベルトによるといった考え方を取り払い、どういう仕組みが目的に対して最適かと考えた開発姿勢を見ることができる。

電動化によりベルトレスなエンジンを作った

ダイムラー(メルセデス・ベンツを製造する会社)の起業哲学に、「最善か無か」の言葉がある。開発する新車や新技術が、最善策で作られているかを問う言葉だ。例えば原価低減のため、目的通りの性能を追求できないとしたら、それは最善ではないので、同社にとって無に等しいという意味だ。

そうした厳しい企業姿勢が、EV普及までの時代をつなぐ最善策としてのエンジン開発に向かわせたのだろう。もちろん、最善を求める設計思想は、メルセデス・ベンツのようなプレミアムブランドの高額商品でなければ、企業活動の採算に合わなくなる可能性がある。しかしそれも、歴史に裏打ちされた永年のブランディングの成果であるといえるのではないか。

ガソリンエンジン車を生み出した自動車メーカーとして

もう1つ、今回の開発で興味深いのは、責任者が元F1のエンジン開発者であったという経歴である。

量産市販車でエンジンは心臓部と言われ、主役となる重要部品である。しかし、F1を含むレースの世界では、軽量な車体や空力性能の優先順位が高く、その条件に合わせるため、エンジンは徹底的な小型化が求められる。とはいえ、馬力が足りなくては勝負にならない。

「S450」が積む新エンジンにはF1のノウハウも生かされている

制約の中で、いかに競争相手に勝てる高性能なエンジンを開発できるか。そうした経験が、あらゆる既存技術をゼロから検証し、長所を最大限に生かして小さく作るという、今回のエンジン開発に役立ったのではないかと思われる。実際、メルセデス・ベンツ「S450」に搭載されたエンジンは見るからに全長が短く、衝突安全のための空間がエンジンルーム内にしっかり確保されていた。衝突安全性能という弱点のため数を減らしていった直列6気筒エンジンを、メルセデス・ベンツが復活させられた理由だ。

エンジン単体の効率を高めたり、変速機の効率を高めたりする要素ごとの進化ではなく、システムとして総合性能を極める21世紀型の開発の仕方に、さすがガソリンエンジン車を世界で初めて生み出したメルセデス・ベンツだと同社の誇りを感じるのである。

「S450」は衝突安全のための空間をエンジンルーム内に確保している

なおかつ昨年、フランスや英国の政府が表明した、2040年にエンジン車の販売を禁止する政策を視野に、この先20年は持ちこたえる動力としての素養を満たした最後の高性能エンジンとの印象も受ける。20年という年月を考えれば、ゼロから発想したというエンジンの開発費も、十分に採算が合うはずだ。

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。