観光輸送に力を入れ始めた西鉄の思惑

観光輸送に力を入れ始めた西鉄の思惑

2018.01.08

西日本鉄道(西鉄)は2017年4月、「2018年度末に、本格的な観光列車を導入する」と発表した。インテリアには沿線地域の素材を取り入れ、さらに地元の食材を活用した料理を提供し「地域」を感じさせる列車を目指すという。いわゆる「レストラントレイン」である。

導入の目的は、利用客の沿線地域での消費、地域の店舗・企業などの販売拡大支援や、あるいは情報発信による観光客の増加、沿線イメージ向上による居住人口の増加などへの期待だ。

車両は既存の電車の改造。天神大牟田線(西鉄福岡〜大牟田間)での運行が予定されており、2017年度中には設計を固め、2018年度に車両改造を実施するとしている。ほどなく、車両のイメージやネーミングが発表されよう。

2本の観光列車「旅人」「水都」

西鉄が観光客をターゲットとした列車を投入するのは、これが初めてではない。

2014年にまず、太宰府の観光活性化を目的として「旅人(たびと)」を8000形電車の改造でお目見えさせた。8000形は2人掛けの転換式クロスシートを備えた天神大牟田線の特急用電車で、都市間輸送や通勤輸送に活躍したタイプだ。

改造内容は大規模なものではない。車体は太宰府をイメージさせるイラストでフルラッピング。車内の化粧板も各車ごとに異なる和文様柄に変更し、6両編成中1両の一部座席を撤去して、観光PRコーナーを設けるといったものであった。

この「旅人」は太宰府を訪れる観光客にアピールしたが、観光専用でもない。西鉄福岡(天神)~太宰府間の急行や、西鉄二日市〜太宰府間の普通へ重点的に運用されたものの、他の8000形と同様、従来通りの通勤・通学列車にも使われている。

「旅人」に続いて、2015年には同じく8000形の改造で「水都」も登場した。これは水郷として知られる柳川への観光をアピールするための列車で、デザインは柳川にふさわしいものとされたが、基本的な改造の方針は「旅人」と同じ。車内設備的に、通勤・通学列車に充当しても差し支えないようにされ、実際には特急中心に運用されている。

左:「水都」車内に設けられた観光PRコーナー。柳川の文化財のレプリカや特産品、パンフレットなどが置かれている。右:天神大牟田線を走る「水都」。主に特急に使われる

ただ8000形は、全部で6両編成6本があったうち、「旅人」「水都」へ2本が改造された頃には、後継車への完全な置き換えがすでに検討されていた。観光列車そのものは好評であったため、3000形に引き継ぐことになり、2017年7月には新「水都」、同9月には新「旅人」が登場している。

いずれも、改造の方向性は8000形と同じ。充当される列車は西鉄の公式サイトで公表されているが、やはり観光専用ではなく、通勤・通学列車にもそのまま使われている。

なお、「旅人」「水都」ともに、西鉄の一般特急列車と同じく、特別な料金や予約は必要なく、乗車券だけで自由に乗車できる。

都市間輸送の伸びは期待できず

西鉄天神大牟田線は、鹿児島本線に対抗し、福岡市と久留米市、大牟田市を結んで電車を高速・高頻度で運転して、ビジネス客のシェアを奪おうと1939年に全通した路線だ。戦後も一貫して、8000形のような長距離輸送に向いた快適な特急用電車を投入してきた。

左:大牟田駅で発車を待つ「水都」。この駅から乗る日中の利用客は、決して多くはない。右:橋上駅化が完成し、面目を一新した西鉄柳川駅は観光拠点として機能

太宰府天満宮がある太宰府への支線を建設したり、鹿児島本線のルートから外れた柳川を経由したりするなど、独自の経営施策も採られた。しかし、基本的には福岡県内の都市間輸送、および福岡市などへの通勤・通学輸送を担う鉄道として機能してきている。

ただ、肝心の都市間輸送が、最近かげりを見せ始めている。特に産業都市大牟田の衰退は著しく、10年前には約13万人あった人口も11万人台にまで落ちこんできており、10万人以上の都市としては、全国的に見ても人口減少率、高齢化率が高い。西鉄大牟田駅の1日平均乗降客数も、10年間で約9500人から約8500人に落ちこんだ。

久留米市の人口は約30万人で推移してきているが、町の中心部にある西鉄久留米駅は、JR久留米駅と比べて立地条件が良いにもかかわらず、1日平均乗降客数が10年で約4万人から約3万3000人と、比率で言えば大牟田駅以上に落ちこんでいる。九州新幹線が開業し所要時間では圧倒的に有利になったことや、となりの花畑駅周辺が再開発され、同駅に利用が分散したことなどが要因として考えられる。

観光輸送に活路を見出す?

太宰府駅は、観光地としての装いを整えている

こうした事情が、西鉄をして、それまであまり顧みてこられなかった観光輸送へ目を向けさせたと考えられよう。幸い、九州へのインバウンド客の入れ込みは好調で、太宰府や柳川では外国人観光客の姿が非常に目立つようになった。

太宰府は太宰府天満宮を模した駅舎で、記念撮影スポットとして人気の的となっている。西鉄柳川駅も2015年に橋上駅化が完成し、観光案内所や「川下り船」の乗船券売り場などが入って、観光客を迎え入れる体制を整えた。両駅とも、1日平均乗降客数は微増微減を繰り返しており、まず堅調と言えよう。

2018年度末に登場予定の「新・観光列車」は「旅人」「水都」とは異なり、特別料金を必要とする観光専用列車となることが予想される。列車1本で運べる旅客数は多くはないとは言え、観光地を内外へアピールする効果は大きいだろう。

先行例としては、西武鉄道の「西武 旅するレストラン 52席の至福」が挙げられる。そちらも地元の食材を活かした料理を提供する「レストラントレイン」で、秩父への観光をアピールする存在として、人気を集めていると聞く。

首都圏と九州とでは事情が少々異なり、西鉄の新・観光列車のメインターゲットは、やはり「近場」の海外からの観光客となろうか。「旅人」「水都」の車内には、英語、中国語、ハングルなどで書かれた観光パンフレットが完備されているなど、対応はすでに十分と見た。

左:「旅人」の車内。特急用電車から、大きくは改造されていない。右:太宰府線を走る「旅人」。普通にも充当される

どのような列車がデビューするのか。発表を楽しみに待ちたい。

80年ぶりとなるチョコレートの新カテゴリ「ルビー」登場、その味わいは?

80年ぶりとなるチョコレートの新カテゴリ「ルビー」登場、その味わいは?

2018.09.20

ミルク、ダーク、ホワイトに続くチョコレートの新カテゴリ「ルビー」

着色料なし、天然のピンク色が特徴

9月下旬から店頭にルビーのスイーツが続々登場

ダーク、ミルク、ホワイトに続く新しいカテゴリのチョコレートが登場した。

「ルビーチョコレート」

それが第4のチョコレートの名である。

バリーカレボー社の発売する「ルビーチョコレートRB1」(製菓材料)のパッケージ

スイスに本社を置くグローバルチョコレートメーカー・バリーカレボー社が生産し、10月3日から日本でも業務用として発売。すでにパートナー企業ではルビーチョコレートを使用した新商品が開発されており、9月から順次、先行発売される。

9月18日、そんなルビーチョコレート「RB1」のお披露目がANAインターコンチネンタルホテル東京で行われた。

発表会の場では、ルビーチョコレートを使ったさまざまなスイーツが披露された。詳細は記事下部にて 

発表会にはバリーカレボージャパン 代表取締役社長、パスカル・ムルメステール氏が登壇。ルビーチョコレートの発売は「ここ数十年のチョコレート業界でもっともエキサイティングな出来事」と語った。

ムルメステール氏によると、ルビーチョコレートの特徴は甘さが控えめでかすかな酸味があること。これまでにない新しいコンセプトで生み出された商品とのことで、「日本のような洗練された消費者には必ず喜んでもらえるはず」と自信をのぞかせた。

今回、バリーカレボーが発売するルビーチョコレートは業務用で、内容量は1.5kg、価格は5,400円(税込)となる。前田商店を始めとする従来の卸店、または楽天市場のカレボー公式オンラインショップで購入することができる。

ルビーチョコレートとペアリングできるさまざまなもの。定番のコーヒー・紅茶だけでなく、ロゼシャンパンやビール、ハーブ、塩気のある食べ物ともマッチする

同社グルメセールスダイレクターの押切一浩氏によると、ルビーチョコレートは10年以上をかけて開発したとのこと。ルビーカカオになりうる成分を持つカカオ豆を選別し、特別な加工を施して美しいピンク色に仕上げている。もちろん、着色料や香料は一切使用していない。

バリーカレボージャパンはルビーチョコレートをダーク、ミルク、ホワイトに続く「第4のチョコレート」に位置づけ、幅広く活用されることを期待しているという。特に相性が良いのはチーズやスパイス、ナッツ類。爽やかな酸味を生かして、塩味の料理にも合わせられるという。

ルビーチョコレート「RB1」だけをチョコレート原料とした製品に付加される専用ロゴ

バリーカレボージャパンは、原材料のうち、チョコレートに関してこの「RB1」のみを原料に使用した商品に対し、専用ロゴの使用を認めている。ロゴがパッケージに表示されていれば、その商品のピンク色は着色料ではなくルビーチョコレート由来だとわかるわけだ。ロゴを使用したい場合は、商品が基準を満たしているかどうか、同社のチェックを受ける必要がある。

コンビニスイーツから本格派の菓子までラインアップ

ルビーチョコレート「RB1」が発売されるのは10月3日だが、先行していくつかの企業とシェフがルビーチョコレートを使用した商品を開発している。

ローソン Uchi Cafe プレミアムルビーチョコレートのロールケーキ

ローソンからはUchi Cafe プレミアムルビーチョコレートのロールケーキ(9月25日発売/350円)とUchi Cafe ルビーチョコレートのショコラケーキ(12月2日~25日/3,200円)。

ユーハイム ルビーミルフィーユ
ローゼンハイム ルビー&チョコレートヒストリー

ユーハイムからはルビーミルフィーユ(9月25日発売/540円~)、ローゼンハイムからはルビー&チョコレートヒストリー(10月上旬より順次発売/3,456円)。

モンサンクレール ソシオンショコラルビー

著名シェフともコラボレーションした。モンサンクレールの辻口博啓シェフはソシオンショコラルビー(2019年1月中旬発売/2,300円)。ルビーチョコレートのフルーティーな香りを生かすために、酸味のあるフルーツと組み合わせた。

パティシエ エス コヤマ 小山チーズ エチオピアンコーヒー+ルビーチョコレート

パティシエ エス コヤマの小山進シェフは、ルビーチョコレートをエチオピアンコーヒーを引き立たせるパートナーとして採用したチーズケーキを作成(11月1日発売/1,728円)。クリームチーズとコーヒー、そしてルビーチョコレートの組み合わせはカフェオレを思わせる上質な味わいだ。

アステリスク ケイク ルビー

アステリスクの和泉光一シェフは同店のパウンドケーキのシリーズ「ケイク」に新しくケイク ルビー(10月初旬発売/2,000円)を追加した。全体をルビーチョコレートでコーティングし、さらに生地にもルビーチョコレートが練り込まれている。

洋菓子マウンテン×CELLAR DE CHOCOLAT by Naomi Mizuno ルビーココ

洋菓子マウンテンの水野直己シェフはルビーチョコレートの酸味を生かしてクランベリービネガーを合わせガナッシュに。ルビーココ(9月22日発売/1,080円)として発売する。

発表会の会場となったANAインターコンチネンタルホテル東京も、ルビーチョコレートを積極的に取り入れていくという。

ホテル内のレストラン、ピエール・ガニェールのランチコース「ピンクレディーランチ」に、ルビーチョコレートをふんだんに使用したデザート、スフィア・ルビーを用意する。

「チョコレート・センセーション」の提供例

また、来月からはアフタヌーンティーやスイーツブッフェなどさまざまな形態でチョコレートを提供するイベント「チョコレート・センセーション」を開催するとのことで、用意される約200種類のチョコレートメニューのうち、47種類はルビーチョコレートを使用したものとなる。

発表会では、ルビーチョコレートを使用した商品を試食することができた。

ムルメステール氏が言うように、たしかにルビーチョコレートは心地良い酸味とベリー系の香りを持っている。ダークチョコレートがビター、ミルクチョコレートがクリーミー、ホワイトチョコレートがマイルドだとしたら、ルビーチョコレートを一言で表す言葉は「フルーティー」だろう。甘さもクドいものではなくエレガントだ。これはシェフにとっても創造力が刺激されるに違いない。

今月末からルビーチョコレートを使用した新商品が続々登場する。第4のチョコレートを日本の消費者がどう評価するのか注目だ。

2018年のiPhoneとApple Watchが見せた、パーソナルデバイス進化のカタチ

2018年のiPhoneとApple Watchが見せた、パーソナルデバイス進化のカタチ

2018.09.20

Appleの発表は、製品を取り巻く市場ごと変えてしまう

「A12 Bionic」チップが生み出す新しいモバイル体験とは

新Apple Watchをただのスマートウォッチと呼べない理由

SSD(Solid State Drive)、Retinaディスプレイ、64bitアーキテクチャのプロセッサなど、Appleがいち早く新しいテクノロジーを投入してきた時に、その製品を取り巻く市場が変わる。A12 Bionicを搭載するiPhone XSシリーズとXRはまさにそんなインパクトを与える新製品だ。Apple Watch Series 4もスマートウォッチの真の価値を問う製品になる。

Neural Engine が生み出す新たなモバイル体験「A12 Bionic」

Appleが9月12日に米クパチーノで開催したスペシャルイベントで、iPhoneとApple Watchの新製品を発表した。今年の最大の収穫は、スマートフォンとスマートウォッチのさらなる進化に挑む同社の戦略が見えてきたことだ。

スマートフォンは、「新しい製品が出ても目新しい機能が乏しい」と言われるようになって久しい。市場が成長期から成熟期にシフトし、新しいユーザーの増加が減速、そして買い替えサイクルも長くなり始めた。スマートフォンにはもう進化の余地は残されていないようにも見える。

2018年秋のiPhoneの新製品、「iPhone XS」と「iPhone XS Max」、「iPhone XR」は、それぞれ価格が「999ドルから」「1,099ドルから」、そして「749ドルから」。iPhone XRでiPhone X世代が700ドル台に下がったとはいえ、スマートフォンとしては高価格帯であり、価格だけで判断したら今年も販売される「iPhone 8シリーズ」(599ドル)や「iPhone 7シリーズ」(449ドル)が適切という声が少なくない。

昨年iPhone X世代は最上位の「iPhone X」だけだったが、今年はiPhone X世代がラインアップの過半数。ただし「749ドルから」

そうした中、イベント終了後にテクノロジーライターのAlex Barredo氏の「512GBのXS Maxは高くないと自分を納得させる」というツイートが話題になった。そのツイートには以下のような表が付けられていた。

「iPhone XS Max」の 512GBモデル、1,499ドルとスマートフォンなのにMacBook Pro並みの価格だが、「MacBook Pro並みの性能」と考えたら適正な価格に思える?

iPhone XSシリーズはまだ発売前だが、すでにGeekbenchブラウザに同シリーズと思われるデバイスのベンチマーク結果がアップロードされており、その数字を使っている。ぱっと見、どっちがMacBook ProでどっちがiPhone XS Maxなのか分からない。だからといって、iPhoneを持っていたらMacBookが不要になるわけではないし、1,499ドルのスマートフォンを買ってBarredo氏が奥さんに怒られない理由にもならない。でも、この表を見て分かるように、今やポケットサイズのスマートフォンは、従来のスマートフォンの使い方ではあり余る性能を備えられる。スマートフォンメーカーはその可能性を追求せずに「より安く」に進むこともできる。だが、それではスマートフォンの進化が停滞してしまう。

昨年、iPhone10周年の年に登場したiPhone Xは、表面全体にディスプレイが広がるオールスクリーン、ホームボタンのないデザインとジェスチャーを活用した新しいUIで、新世代のiPhoneと見なされている。だが、もう1つiPhoneを新世代iPhoneたらしめる重要なパーツがある。深層学習コア「Neural Engine」を搭載してニューラルネットワーク向けに強化された「A11 Bionic」プロセッサだ。10年に一度のデザインとUIの大刷新の影に隠れてしまっているが、iPhone Xの新たな「体験」はA11 Bionicなくして実現できない。

例えば、Face IDによる顔認識アンロックは、ロック状態のiPhoneを持ち上げて、ユーザーが画面に目を向けたらアンロックが完了する。ヘアスタイルを変えたり、メガネをかけるといったユーザーの変化も学習し、賢く高精度にユーザーを認識する。ユーザーにとっては、iPhoneを手にしてアンロックというとてもシンプルなアクションだが、その背後では、アンロックのために端末を持ち上げた動きを正確に感じ分け、持ち上げた人の顔をマッピングして登録されているユーザーのデータに照らし合わせるという、膨大な計算が実行されている。それらをNeural Engineを用いて一瞬で完了させる。他にも、写真の管理・整理、撮影した写真やビデオの加工処理、QuickTypeの的確な入力候補の表示、TrueToneディスプレイの調整など、ユーザーが気づかない様々なところで機械学習が活用されている。

「アンロックの手間なんて取るに足らない」と思う人もいるだろう。でも、iPhone Xを使い慣れた人が数年前のスマートフォンを使ってみたら、アンロックなどの細かい操作にげんなりし、撮影した写真のさえない出来に失望することになる。機械学習活用の効果は目に見えるような違いではないが、一度体験したら後戻りできない。

逆行、水面、速い動きと厳しい状況でもバランスのよい写真に仕上げるスマートHDRを、iPhone XSシリーズはNeural Engineも活用してリアルタイムに処理

iPhone XSシリーズやiPhone XRが搭載する「A12 Bionic」は7nmプロセスで製造されている。キーノートでAppleは「初の7nmチップ」とアピールしていた。構成を見ると、CPUが高性能コア×2、高効率コア×4とA11から変わらず、GPUが4コアになって、そしてNeural Engineが8コア構成になった。A11に比べて、CPUの性能アップが15%であるのに対して、Neural EngineのCore MLの動作は最大9倍高速、そして消費電力は1/10だ。7nmの微細化の恩恵を、Appleが何に割り振ったのか明白である。

  • 2017年6月にiPad Proに搭載した「A10X」で10nmに移行
  • 2017秋発売のiPhone Xなどに搭載した「A11 Bionic」で設計変更、Neural Engineを導入
  • 2018年秋発売のiPhone XSシリーズ/XR搭載の「A12 Bionic」で7nmに移行、Neural Engine強化

Appleは手堅くAプロセッサ開発をチクタク (設計変更と製造プロセスの微細化を交互に実施)させながら、ニューラルネットワーク活用を着々と進めてきた。その結果、A12 Bionicで同社はスマートフォンの制限の中で「リアルタイムの機械学習」を実用的なものにした。クラウドにデータを送らず、端末内でプライバシーを保護しながら、処理能力が問われる機械学習処理をリアルタイムと呼べるスピードで実行できる。

それで何ができるかというと、キーノートで紹介されたNex Teamの「HomeCourt」が好例だ。バスケットボールの練習用のアプリである。シュート練習を撮影しながら、プレイヤーやボールの動き、ゴールの位置を含む環境をリアルタイムでトラッキング、解析を実行する。ゴール成功率といった統計はもちろん、シュートごとにシュートの種類、スピード、プレイヤーの体や腕の角度といった詳細なデータをリアルタイムで提供する。以前ならモーションキャプチャスーツを着たプレイヤーを撮影し、後処理で行っていたようなプレイ解析を、スマートフォンだけで練習中にできてしまう。

激しいプレイヤーの動きを、撮影しながらリアルタイムでトラッキング・解析する「HomeCourt」
シュート1本ごとに、リリースの角度や脚の角度、スピードなど詳細なデータを確認できる

ニューラルネットワークの利用はAppleだけではなく、ライバルも推進している。例えば、Googleは昨年「Pixel 2」にTensorFlowをサポートするイメージ処理チップを搭載した。Appleは自らチップを設計しているとはいえ、Neural Engineだけではライバルとの大きな差別化にはならない。しかし、同社にはApp Storeのエコシステムという強力な武器がある。ニューラルネットワーク向けチップも、ユーザーに役立つ形で使われなかったら「宝の持ち腐れ」になってしまう。「HomeCourt」のようなモバイル機器のリアルタイム機械学習を活かしたアプリ、サービスやソリューションが登場してこそ、スマートフォンの新たな活用法として広がる。

iPhone XからiPhone XSシリーズ / iPhone XRは、iPhoneの最初の10年間において飛躍期間になったiPhone 5sからiPhone 6の2年間に似ている。

2007年の初代モデルの登場から2017年までのiPhoneの販売台数の推移、2015年をピークに2016年に減速と言われるが、全体を見ると「iPhone 6」シリーズの販売が突出して良かったのが分かる

上のグラフはiPhoneの販売数の推移だ。2013年秋発売の「iPhone 5s」が長く販売され続ける人気モデルになり、その翌年の「iPhone 6シリーズ」は爆発的に売れた。これらのヒットには市場の伸びという追い風もあったが、iPhone 5s搭載の「A7」でAppleがいち早く64bitアーキテクチャに移行したのが大きい。モダンなソフトウェア構造を取り入れやすくして性能アップを果たし、その劇的な進化に刺激を受けた開発者によってiOSアプリの質や利便性が向上、アプリを用いたソリューションの幅が広がった。スマートフォンそのものより、モダンなアプリでスマートフォンが進化する起点になったモデルであり、iOSアプリの充実によってiPhoneが売れるプラス循環が生まれた。

市場の成長期と成熟期の違いがあるので、iPhone 5sや6シリーズのような爆発的な販売台数の伸びをiPhone XSシリーズ / iPhone XRに望むことはできない。だが、スマートフォンの新たな活用法やソリューションが生まれ、それが新たなデジタル・ディスラプションにつながりそうなワクワク感を覚える。

スマートな時計にとどまらないApple Watch、デジタルヘルスに市場拡大

Apple Watchの新製品「Apple Watch Series 4」は、周回遅れのライバルを全力で抜き去るような新モデルである。

初代モデルの投入から初めて、Series 4で大幅なデザインと設計の変更を施したモデルチェンジが行われた。ディスプレイが30%以上大きくなって、これまでの38ミリと42ミリのラインナップが、40ミリと44ミリに。広くなった画面を活かせるように、UIパーツも見直した。バックパネルにセラミックとサファイアクリスタルを採用し、表背面で信号が通るようにしてデータ通信の品質を改善。新しいS4チップは最大2倍高速だが、バッテリー駆動時間はこれまでと同じ、一日中持続する。

あらゆる面で強化されているが、最大の目玉はヘルス機能だ。Series 4で、本格的にデジタルヘルスに市場を広げた。低心拍や不整脈のアラートなど、心拍モニターを強化。まずは米国のみの提供になるが、ECG (心電図)を搭載する。デジタルクラウンに30秒間触れるだけで心調律をモニターして記録、解析結果を得られる。このECG機能とECGアプリ (米国で年内リリース予定)はDe Novo (新規分類)でFDA (米食品医薬品局)の承認を得ている。

画面が大きくなり、UIの改善で表示できる情報量が増えた「Apple Watch Series 4」
Series 4のECG機能は米国でFDAの承認を得ており、店頭で消費者が直接購入できる初のECGデバイスになる

スマートウォッチ市場は、イノベーターが市場を開拓しスタートアップの製品も多数存在した黎明期から、本格的な成長段階を迎えようとしている。その中でApple Watchの一人勝ち状態が続いており、2位以下との差がさらに開きそうな様相である。IDCの調査によると、2017年の出荷台数はAppleのシェアが50%を超えている。

Apple Watchの今日の強みは、時計市場を超えてより大きな市場の攻略に成功していることだ。スマートウォッチの訴求ポイントは主に以下の4つである。

  1. メッセージやメール、ソーシャル、予定やTo-Doなどの通知を中心とした「情報ツール」
  2. ID、モバイル決済、家や車のデジタルキーなどに使う「個人認証」
  3. 個人のアクティブな生活をサポートとする「アクティビティ/ワークアウト」
  4. 個人の健康管理に活用する「デジタルヘルス」

スマーウォッチというと多くの人が(1)の情報ツールを思い浮かべるだろう。Apple Watchも2015年に発売された初代モデルではファッション性を前面にした情報ツールだった。Appleはいち早くApple Payもサポートして(1)と(2)から市場開拓をスタートさせたが、その時点では後発でライバルと横並びだった。

翌年、AppleはSeries 2で(3) アクティビティ/ワークアウトの強化に乗り出した。当時アクティビティ/ワークアウトにスマートウォッチは大きすぎると言われ、フィットネスバンドが売上を伸ばしていたが、運動を記録してデータを活用する効果が浸透するに従って、充実したセンサーを備えてよりスマートな分析が可能なスマートウォッチが選ばれるようになった。

IDCが6月に公開したレポートによると、今年1~3月期のウェアラブル機器の世界出荷台数は前年同期から1.2%増の小幅な伸びだった。フィットネスバンドなど「ベーシック・ウェアラブル」が不振だったのが理由で、スマートウォッチは28.4%増だった。

スマートウォッチ・メーカーにとって、(1)と(2)~(4)の間には大きな壁が存在する。小さな時計の中に、様々な種類の高精度なセンサーを組み込みながら、十分に小型で、低消費電力にしなければならない。それにはチップレベルの開発力が必要だ。コストダウン、スケールメリットを出すためには、スマートガジェットに関心が薄い女性、そして若者から高齢者まであらゆる年齢層にアピールするデザイン、1日中どのようなシーンでも身に付けられるデザインが求められる。サービスの創出、スポーツ用品メーカーや医療機関など他社とのパートナーシップも重要になる。これらを考え合わせると、現実的にスマートウォッチのソリューションは、AppleやGoogleのようなプラットフォーマーでなければ提供できない。

スマートウォッチは情報ツールで十分という人もいるだろう。だが、時計市場はIT企業が奪い合うほど大きなパイではない。実際、Appleがスマートウォッチに乗り出した時に、iPhoneが開拓した携帯市場に比べて小さな腕時計の市場規模が不安材料に挙げられた。腕時計市場にとどまっていては成長は限られる。

今年5月、アスリートとして健康に暮らしていたティーンエイジャーのApple Watchが心拍のアラートを通知し、病院で調べてもらったところ腎機能障害が見つかった。ここ数年でApple Watchによって一命をとりとめたという報告が相次ぎ、人々のApple Watchのヘルス機能に対する認識が変わっている

スマートウォッチを時計と見なしている人にとって、ECG (心電図)はあまり必要性を感じない新機能かもしれない。しかし、自分の体のことをよく知りたい人、心臓に関わる心配がある人、高齢者、運動する人などは、手軽にECGを取れることを歓迎する。そうしたニーズにApple Watch Series 4は応える。Appleは時計市場を超えて、フィットネス市場やヘルス/ウェルネス市場も合わせた巨大な市場にターゲットを広げている。ライバルも(2)~(4)に進出し始めてはいるものの、展開のスピードが遅く、Appleに比べると取り組みが甘い。結果、多くが(1) (2)に停滞したまま、Appleの独走を許している。

競争という観点で、Appleの一人勝ちは歓迎できるものではない。だが、Appleの独走がウェアラブル市場の刺激になっているのも事実。スマートウォッチに対して、数年前のブームが落ち着いたという印象を抱いている人もいるかと思うが、それは情報ツールとしてのスマートウォッチの成長である。今Apple Watchは、数年前よりもダイナミックな変化を遂げようとしている。