クラウドファンディングをソニーが始めた意味

クラウドファンディングをソニーが始めた意味

2018.01.09

ソニーの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」がスタートして4年が経とうとしている。これまでSAPから立ち上がった事業は下記の13件におよぶ(2017年12月時点)。

  • MESH
  • Fashion Entertainments
  • HUIS
  • wena
  • AROMASTIC
  • PROJECT REVIEWN
  • isuca
  • toio
  • Qrio
  • エアロセンス
  • ソニー不動産
  • エーテンラボ
  • Nimway

一つの事業としてはまだまだ小ぶりな存在であり、世間の誰もが知るWalkmanやPlayStationのような存在になっているとは言いがたい。ただ、Qrioやwenaなど、そのセグメントでは着実に支持されるプロダクトも出てきた。B2CデバイスからB2Bソリューション事業まで、幅広い案件が存在するが、このうちソニーお得意のコンシューマー向けデバイスについては、専用サイト「First Flight」で販売されている。

実はこのサイト、ただの通販サイトではなく、クラウドファンディングのシステムも兼ねている。なぜソニーが、スタートアップの資金調達でよく利用されるクラウドファンディングの仕組みを活用するのか。同社 新規事業創出部 FF事業室 統括課長 First Flightプロジェクトマネージャーの小澤 勇人氏に話を聞いた。

ソニー 新規事業創出部 FF事業室 統括課長 First Flightプロジェクトマネージャーの小澤 勇人氏

【特集】
ソニー変革の一丁目一番地、SAPのいま

2018年3月期の通期決算予想で、過去最高益となる6300億円が見込まれるソニー。イメージセンサーやテレビなど、既存製品の収益力向上、シェア増がモメンタムを作り出している。一方で、かつてのソニーファンが口を揃えて話す「ソニーらしさ」とは、ウォークマンやプレイステーションを生み出したソニーの社訓「自由闊達にして愉快なる理想工場」の賜物だ。世界中の大企業が新機軸のイノベーションを生み出す苦しみに陥るなか、ソニーは「SAP」でそれを乗り越えようとしている。スタートから4年目に突入するSAPの今を見た。

達成率1696%、驚異の評価を受けた「Qrio」

クラウドファンディングとは、Web上で実現したいアイデアを公表することで、その企画趣旨に賛同した人から資金を調達する造語だ(クラウド=不特定多数の群衆やWeb、ファンディング=資金調達の意)。海外ではKickstarterやIndiegogo、日本でもサイバーエージェント系のMakuakeや、起業家の家入一真氏が立ち上げたCAMPFIREなどがある。

特にMakuakeでは、First Flight立ち上げ前の2014年9月にFES Watch(Fashion Entertainments)、12月にはQrioを実際にプロジェクトとして走らせている。

「SAPとして、お客さまのニーズを確かめないといけない。もちろん、事前に定性的、定量的な調査は行っているものの、それだけでは『本当に買ってくれる人のニーズを把握できるか』と言われると難しい。アイデアを見せ、値段を提示して、購入まで行き着くのか。テストマーケティング、あるいはファクト調査としてのクラウドファンディングだったんです」(小澤氏)

実際に、これらのプロダクトは大きな反響を呼んだ。FES Watchは目標金額216万円に対して299万6888円の達成率138%、Qrioに至っては目標金額162万円に対して2748万9780円の達成率1696%と、潜在的な市場の把握に役立った成功事例となった。

MakuakeでQrioを展開、目標金額を大きく上回った(画像はMakuakeより)

「ただ当時、私たち自身がクラウドファンディングをテストマーケティングとして利用した後に、商品を継続販売するための『ECサイト機能』までシームレスに顧客を誘導できるサイトがなかった。だから、First FlightをSAPとしてスタートさせたんです」(小澤氏)

名指しで「頑張って」

2015年7月に立ち上げたFirst Flightは、クラウドファンディングからECサイトまでの機能をシームレスに繋げるだけでなく、ソニーのサイトとしてソニーファンが、製品のファンが集いやすい環境構築を目指している。

「クラウドファンディングをやったことで、よく『なんで、資金調達をソニーがやるのか』と聞かれるんですが、もちろん資金集めが目当てではありません(苦笑)。私たちは、作った商品に対してお客さまがどういう価値を求めているのか、どういう価格を求めているのか、どういう意見を持っているのか、『本当の声』を知りたいんです」(小澤氏)

プロジェクトに投資した人たちは、即座に開発メンバーに対してコメントができるため、「機能の要望から今後のストラテジまで、幅広いご意見をいただいています(笑)」(小澤氏)。細かい数字は開示できないとしていたが、既存製品のメールアンケートや各種ワークショップのインビテーションに対して、「(アクションの割合が)数倍のレスポンスがある」という。

First Flight

これは、既存製品が悪いわけではなく、SAPならではの特性だと小澤氏。通常の製品では、既存セグメントの新商品として長いスパンで製品ライフサイクルが回ることで注目が薄れるのに対し、「既存の商品カテゴリがない製品を出しているSAPだから、"新しいモノ"への熱量がとても高い。コメントされる方々は、商品発売前から、見たこともない製品にお金を出していただいているわけですから、良い点、悪い点合わせて伝えたい熱い思いがあるんだなと、ひしひしと感じています」(小澤氏)。

そうした顧客に対して「熱い思い」を増す仕掛けも忘れてはいない。例えば、プロジェクトリーダーはもちろん、メンバーまでも実名でプロジェクトの進捗報告に登場させ、「自分たちはこういう思いで、この製品を作っている」という身近さをアピールしている。ソニーという大企業では中の人の顔が見えにくいと思われる逆を突いた仕掛けで「各種プロジェクトのコメントには、名指しで『頑張ってください』という応援がつく。担当者たちもうれしいですよね」と小澤氏も喜ぶ。

中の人が見えれば、製品が届く前、届いた後の不満も、より具体的な意見として伝える人が増える。「最初はコメントの検閲もいざとなれば想定していたんですが杞憂に終わりました。1年半発ちますが、『悪口』は1件もない。お客さまもプロジェクトを担う一員として、不満をある種『良い意見』として書いてくださっています」(小澤氏)。

「Webサイト運営者」として小澤氏がFirst Flightで重視しているKPIは、「テストマーケティングがうまく行くか」。クラウドファンディングからECへの移行した際に、ファンディング時の結果と、EC遷移後の差分をつぶさに見ているという。流入元の分析など、それぞれのプロダクトを詳細に分析した上で、プロジェクトにフィードバックも行う。

例えば、プロジェクトの中でも異色なパーソナルアロマディフューザー「AROMASTIC」では、アパレル系やコスメ系といったドメインからの流入が多く、逆にソニーが本来得意とするテック系メディアで取り上げられても流入や販売にあまり響かなったという。ECサイトは実店舗よりも顧客流入の動線把握が容易になるため、実店舗でどうアプローチかけるかの参考にもなると小澤氏は話す。

また、意外なところでは「FES Watch」と「wena wrist」という時計関係のプロダクトでさえも、傾向の違いが見て取れたと小澤氏。

「FESは、テック系の機能美というよりも電子ペーパーを使ったデザイン性を強調した製品です。一方でwenaは、やはりおサイフケータイの機能が利用できるのに、従来の時計の盤面を使える機能美を追求した製品。似た商品と思われるかもしませんが、FESはアパレル、wenaはテック媒体からの流入、購買が多い。どこにタッチポイントを作るのか、そしてどう波及させるのかを製品ごとにしっかりと考える必要があります」(小澤氏)

こうしたWeb上で把握できるすべてを製品作りやマーケティング指針に活かす取り組みは、新規事業ならではのスピード感、考え方だが、大きく分けて3つの目的が根底にあるようだ。

  1. 目利き力を上げる
  2. 開発力の強化
  3. 商品価値以上の販売力の強化

目利き力とは、自分たちの頭の中だけで製品を作るのではなく、ソニー外も交えた製品作りにすることで、顧客目線と技術者の作りたいモノのバランスを見極めることだ。2つ目の開発力の強化についても、こうした意見を発売までに商品へ反映させることで、開発期間の短縮やひいては新技術の開発まで、徹底的な顧客目線に立った開発にフォーカスすることを目的にしている。

そして3つ目の販売力は、前述のように「開発者ストーリー」を、開発している人の名前と苦労を見せることで、より製品を顧客に「身近なもの」として捉えてもらうことだ。First Flightには「工業製品なのに息遣いが感じられる」、そんな目標が透けて見える。

自分ゴト化できる場所に

First Flightは立ち上げ当初からPVも数倍以上に伸び、順調に「ソニーの新しいものが集まる場所」として機能しつつあるという。2017年には、海外向けサイトとして「Hatsuhiko」を立ち上げたほか、新しいモノ好きなセレクトショップからの要望に応える形で販売店の募集も始めた。

「大きい会社ですから、商談してハイ決まり、ではなく、契約書を締結して、口座を登録して、と販売までに多くのプロセスを踏まなくてはいけませんでした。ですが、卸売の仕組みを自分たちの中に持ち、ある程度のステップをWeb上で完結できるようにした。少ロットでも試して売ってみたいという方々に、ぜひ製品販売に携わっていただければと思ってます」(小澤氏)

ただ、いくら機能が増え、商品数が増えようとも、理念は「新しいコト、モノに興味がある人が、気軽に『自分も加われるんだ』と思える場にする」ことと小澤氏は語る。革新的な製品は、最初こそ小さな芽でもいつか花開く。ソニーがSAPで蒔いた種(Seed)が成長するか否かは、その土壌となるFirst Flightが健全に広がって行けるどうかにかかっている。

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

2019.01.24

スマホ普及の一方で、バッテリー発火事故件数は年々増加

安全なモバイルバッテリーを実現する全固体電池に注目

ソフトバンクと吉田カバンがコラボした全個体電池バッグとは?

今や仕事でもプライベートでも欠かせないモバイルバッテリー。

安全面に何の疑いもなく使っている人は多いと思いますが、モバイルバッテリーの事故件数は年々増加しています。独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の発表によると、ノートパソコン、モバイルバッテリー、スマートフォンに搭載されたリチウムイオンバッテリーに関する事故は、平成24~28年度の5年間で274件(ノートパソコン110件、モバイルバッテリー108件、スマートフォン56件)あり、そのうちの約7割が火災などの拡大被害(製品および周囲が焼損などしたもの)に該当するそうです。

こういった状況を受け、2018年2月1日に経済産業省が「電気用品の範囲等の解釈について(通達)」を改正し、ポータブルリチウムイオン蓄電池(いわゆるモバイルバッテリー)を電気用品安全法の規制対象(PSE法)に含めると発表しました。これにより、2019年2月1日よりPSEマークがついていないモバイルバッテリーの製造・輸入および一切の販売ができなくなります

このような流れから、今後は今まで以上にモバイルバッテリーの安全面に注目が集まると予想されます。そこで、リチウムイオンバッテリーより安全性が高く「釘を刺しても、オーブンにいれても、火の中にいれても爆発しない」という次世代バッテリー「Power Leaf (パワーリーフ)」を開発しているソフトバンク コマース&サービスに話を聞きました。

全固体電池だから発火も爆発もしない

話を伺ったソフトバンク コマース&サービス コンシューマー事業本部事業本部の工藤英樹さん(写真左)と鈴木礼子さん(写真右)

―― Power Leafは次世代モバイルバッテリーと謳っています。どういったところが次世代なのでしょうか?

鈴木:Power Leafは、セラミックバッテリーを採用しています。セラミックバッテリーは、従来のリチウムイオンバッテリーに比べて、曲げや衝撃に強く、切断しても発火や液漏れが発生しない特性を持っており、その点で次世代バッテリーと呼んでいます。

―― なぜ発火や液漏れが発生しにくいのでしょうか?

鈴木:セラミックバッテリーが全固体電池だからです。そもそも、リチウムイオンバッテリーがなぜ発火をするのかというと、リチウムイオンバッテリーは、正極(プラス)と負極(マイナス)を電子が行き来することで電流を生み出します。正極と負極のあいだは液体の電解質で満たされているのですが、この電解質に可燃性があります。故障、経年劣化、強い衝撃などが原因で過充電やショートが起こり、異常発熱をして発火にいたります。

それに対してセラミックバッテリーは、電解液をセラミックで固めているため発火もしませんし爆発もしません。

工藤:こちらが、Power Leafです。名刺サイズの大きさで100mAhあります。これを、折り曲げたり、はさみで切ったり、釘を打ち込んだり、オーブンで加熱したり、火の中にいれたりしても、発火・爆発はしません。正確にいうと一瞬だけショートはするのですが、そこから発火につながることはないので、非常に安全性が高いバッテリーになっています。

―― なるほど。それにしても薄いし、触ってみるとやわらかいですね。

工藤:やわらかいですよね。湾曲した状態でも使用できるので、パイプのような円柱形のものにも組み込めます。

―― Power Leafはどれくらい前から開発に取り組まれているのでしょうか?

鈴木:4年ほど前ですね。Power Leafは、はじめて全個体電池の製品化に成功した、台湾のプロロジウム テクノロジー社と開発を続けてきた製品です。2017年7月にネームタグ型バッテリー「Tag」を発表し、同年11月にiPhone X用の手帳型バッテリーを発売しました。

吉田カバンとコラボした肩掛けタイプの「PORTER SLING SHOULDER BAG × Power Leaf」

そして、第3弾製品として、吉田カバンとコラボしたPower Leaf搭載バッグを開発しました。

苦節2年。吉田カバンとイチからつくったバッグ

―― では、吉田カバンとコラボした背景を教えてください。

鈴木:Power Leafは「常に持ち歩ける」をテーマに商品開発をおこなっています。まずはバッグにつけられるタグをつくって、次に皆さんが必ず持ち歩かれるスマートフォンのケースをつくりました。次はなにをつくろうか考えたときに、「バッテリーを常に持ち歩けるようにバッグをつくろう」と決まりました。そこで、吉田カバンさんに声をかけさせていただいたのです。

―― 吉田カバンとは付き合いが深かったのですか?

鈴木:いえ。深かったわけではないんですけど、別の部門でたまたまお付き合いがあり、そこから「一緒に面白い商品をつくりませんか?」と提案しました。吉田カバンさんは、こういったテクノロジーとのコラボをほとんどしたことがなく新鮮に感じてくれたようで、共同開発がはじまりました。

そこから約2年かけてやっと商品化にこぎつけた形になります。

―― 2年……。ということは既存製品をベースにしたとかではなくイチから?

工藤:はい。イチからつくっています。

―― イチから手がけられたなかで、どんな点に苦労しましたか?

工藤:そもそも僕らはアパレル系のアイテムをつくったことがなかったので、イチからつくることでさまざまな苦労がありました。ショルダーに設置したコントローラー部分。そもそもどの場所につけたほうが良いとか、どういう風につければバッテリーとコントローラーを繋ぐケーブルが邪魔にならないかなど、吉田カバンさんとともに試行錯誤を繰り返しました。

ショルダーバッグに関しては、肩当てのパット部分を普通のバッグより長くしています。パッドが通常の長さだとコントローラーが肩のあたりにきてしまい操作しにくいので、細かく調整してもらいました。

鈴木:リュックに関しては、右利き左利きどちらも操作しやすいように、左右どちらにもコントローラーがつけれるようになっています。これは吉田カバンさんのこだわりです。

―― Power Leafもバッグにあわせて調整をしているのでしょうか?

鈴木:ショルダーバッグもリュックも、3,550mAhの容量を搭載しているのですが、大容量にするにあたって、いかに薄くするかに焦点を絞って調整しました。その結果、世界でも最薄レベルを実現できたと自負しています。

薄く広くしているのと、面積比で考えると軽いこともあり、バッグを背負ってもバッテリーの存在感もそんなに感じないと思います。

Power Leafから話はそれますが、こだわりの部分でいうと、弊社が発売しているスマートトラッカー「tile」専用のポケットも作ってもらいました。キーホルダーみたいにつけるわけでもなく、tileを入れてることすら忘れてしまうような状態にしていただいて、例えば、酔ってバッグをどこかに忘れてしまった、というような事態でもすぐに見つけられるようにしています。

―― 今回は吉田カバンとコラボしてバッグを発売されていますが、この先も他業種とのコラボをしていくのでしょうか?

工藤:そうですね。まだ具体的にはなっていないんですけど、身につけるものだけではなく、例えばソーラーであったりEVであったり、そういった方面への進出もしていきたいと思います。

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

2019.01.24

フリマアプリを運営するメルカリが新聞折り込みチラシを配布

なぜリアル店舗のようなチラシ広告を出したのか

理由を聞いていくなかで同社のマーケティング戦略が見えてきた

問:次のアイテムのなかから、フリマアプリ「メルカリ」で販売されたことのあるものを選びなさい。

・ダウンジャケット
・ヒト型ロボット
・トイレットペーパーの芯
・クルマ
・イヤホンの左側

おわかりいただけただろうか。答えは「すべて」である。現時点では売り切れかもしれないが、上記はすべてメルカリで販売された実績のあるアイテムだ。

さまざまな商品が売買されているメルカリとはいえ、まさか「トイレットペーパーの芯」が売られているとは、よほどのヘビーユーザーでなければ知らないのではないだろうか。

もちろん筆者も知らなかったが、2018年12月12日に配布された1枚の新聞折り込みチラシが、その事実を教えてくれた。それは、メルカリが北海道と愛知県で計192万部配布した広告チラシだ。

紙面上では、トイレットペーパーの芯やクルマがメルカリで売られていたことを紹介していたのだが、東京在住の筆者は配られたチラシを直接見たわけではない。「メルカリが新聞折り込みチラシを配布している」という意外性がSNSで話題を呼び、仕事中Twitterをいじくりまわして遊んでいた筆者の元にも情報が届いたのである。

はたして、アプリ上でサービスを展開するメルカリが、なぜリアル店舗のような折り込みチラシを配布したのだろうか。

メルカリが配布した新聞折り込みチラシの例。まるでアパレル広告のようだ
裏面には、初心者でも使えるようにアプリのマニュアルが紹介されている

「スタンダードからいかに離れるか」が、おもしろさを生む

「端的に言えば“お茶の間の会話”を増やしたいと考えたためですね」

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏は、新聞折り込みチラシを配布した理由について、そう話す。

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏

2013年7月にサービスを開始したメルカリのアプリダウンロード数は、世界合計で1億超。また、累計流通額は1兆円を超えており、全国レベルでその名を轟かせている。

「ただ、月間のユニークユーザー数は1100万程度。ダウンロード数を考えるとまだまだ伸びしろがあるはずなのです。そのため、まだ取り切れていない、シニアを中心とするユーザーを取り込むためのアプローチを実施することに決めました」

アプリの存在は知っているが、普段からメルカリを使っているわけではない。そんな、シニアをはじめとする“お茶の間ユーザー”を取り込むべく企画されたのが「新聞折り込みチラシ」だった。さまざまなマーケティングを行っている同社ではあるが、新聞折り込みチラシの配布は今回が初めて。そのため、まずはテストマーケティングとして、限られたエリアでの配布が行われた。

だが、シニアへのアプローチは何も折り込みチラシに限らない。テレビCMはもちろん、街頭配布やポスティングなど、ほかにも宣伝手法はあったはずだ。なぜ折り込みチラシにこだわったのだろうか。

「1つのコンテンツとして完結しているところがポイントでした。新聞は、自ら購読して情報を取得する非常にポジティブな媒体。毎日目にするそのコンテンツにメルカリの折り込みチラシを入れることで、“違和感”を生み出したかったのです」

また村田氏は、チラシだからこそ違和感を生み出せたのだと話す。

「今の時代、いかにSNSで話題にしてもらえるかが大事です。そのためには普通とは違うことをやらなければなりません。違和感は、多くの人が認識する“スタンダード”がなければ作れないと考えています。いかに基準から大きな振れ幅があるか。それが驚きやおもしろさにつながるのではないでしょうか。そういう意味で、折り込みチラシには基準があります。『医薬品系だったらこんなチラシ』『スーパーのチラシはこんなもの』というイメージが、多くの人のなかで醸成されているからこそ、イメージからかけ離れたクリエイティブは一層際立つはずだと、新聞の折り込みチラシを実施したのです」

例えば街頭配布であれば、コスプレをしたり、奇抜な宣伝車で商品サンプルを配ったり、アメニティを同封したりと、工夫されているものが多く、普遍的な基準のようなものが思い浮かびにくい。あえて一般的な街頭配布の例を挙げるとすれば、ポケットティッシュと答える人が多いだろうか。だが、ポケットティッシュ以外のものを配っていたら、それだけで大きな話題を呼ぶかと言えば、おそらく難しいはずだ。

つまり、スタンダードがあるからこそ、違和感を与えて記憶に残るような手法を実施できると、数あるアプローチのなかから村田氏は折り込みチラシを選んだというわけだ。

そもそも、実店舗を持たないメルカリが折り込みチラシを配布するというだけで、1つの違和感を与えられるだろう。そして「徒歩0分! スマホの中でオープン!」といった目を引く謳い文句が、違和感をますます際立たせる。

「違和感を与えるために、コピーや商品ラインアップは工夫しましたね。今回、3タイプのチラシを作成したのですが、“メルカリだからこそできるラインアップ”をあえて出すようにしました。例えば、意外性のあるものでは、トイレットペーパーの芯やクルマ。実際にメルカリで売られていたことがあるんです」

今回作成されたチラシは「ファッション」「家電」「スーパー」の3タイプ。意外性のある商品ラインアップに加えて、北海道では日本ハムファイターズのユニフォーム、愛知県では中日ドラゴンズのユニフォームなど、地域に根付いた商品も掲載しており、そのような遊び心も、SNSで話題になるために必要なのかもしれない。

家電パターンのチラシ。「徒歩0分! ~」のコピーが目立つ
「トイレットペーパーの芯」を掲載したパターンのチラシ。2つのチラシをよく見比べると、ユニフォームで使われている写真が違う。なお、北海道と愛知県を選んだ理由は、「地場新聞の影響力が強いエリア」だからだという

結果として、違和感を覚えた消費者は、Twitterにチラシの画像を投稿。狙い通り、SNSでバズらせることに成功した。

しかし、SNSで話題になっても、ターゲットにしているシニア層にはあまり関係がないのではないだろうか。

「シニアや中高年の方々でSNSをやっている人は意外と多いんですよ。積極的に発信をしている人はあまり多くないですが、情報収集として活用している人は少なくないですね」

ちなみに、肝心の折り込みチラシの効果は、「すべての数字の集計が終わっているわけではありませんが、チラシを投下したエリアでは、いい成果が出ています」とのこと。データとしても、チラシの影響を確認できたという様子だった。

攻める姿勢が生み出したもう1つの広告

今回のようなアプローチは、SNSが普及した今だからこそ可能な新しいマーケティングだ。そして、メルカリではSNSでのバズを狙った取り組みがもう1つ。2019年1月1日からスタートした『#はじメル』だ。

はじメルは、「三日坊主でもいいから、とにかく新しいことをはじめる人を応援する」というコンセプトで展開しているキャンペーン。特設サイトを開設し、1月3日には新聞の一面広告を、1月5日からはテレビCMを放送開始した。

そのなかで、一体なにがSNSで話題になったのかというと、これまたアナログな「新聞広告」である。

「一般的に1つのクリエイティブで進める新聞広告を、あえて3タイプ制作し、首都圏・東日本・西日本で分けて配布しました。3枚の新聞広告をつなげるとメルカリの『m』が浮かび上がるというデザインなのですが、1枚だけ見ても、“つなげたら何か起きそう”なデザインにすることで、それを発見した人がTwitterに思わず投稿したくなるような仕組みを作っています」

新聞広告を3枚並べると「m」の文字が浮かび上がる

思わせぶりなデザインにするという“ヒント”を提供しておき、あとは何も言わずにユーザーの反応を待つ。離れたエリアの新聞を手に入れるのは難しいので、ほかのデザインが気になった場合は、自然とオンライン上での情報収集が開始されるだろう。そうして、SNSで活発なやり取りが発生するというわけだ。

「最初はもっと控えめのデザインだったのですが、それじゃダメだと言いましたね」

穏やかな口調ではあったが、村田氏の言葉からはクリエイティブに対してのこだわりを強く感じた。

「折り込みチラシのときもそうですが、守りに入ったら企業は終わると考えているので、常に攻め続けたいと考えています」

クリエイティブに対して攻めの姿勢を崩さない村田氏。それを象徴するエピソードとして、折り込みチラシのプロジェクトのキックオフ時には、「私をクビにする覚悟で仕事をしてほしい」とメンバーに伝えたのだという。

「もちろん、ほんとうにヤバいときは止めますよ。ただ、メンバーがリスクを考えてしまうと、どうしても“置きにいく”ようなアイデアになりがちです。責任なら私が取るので、どんどん攻めてほしいというメッセージですね」

置きにいくクリエイティブでは、SNSでバズらない。メンバーが自由にアイデアを出せる環境整備こそ、尖ったクリエイティブを生み出すのに必要なことなのだろう。

2019年はメルカリの内面を伝える年に

今回、折り込みチラシと新聞一面広告で、SNSでバズらせるマーケティングを実施したメルカリ。折り込みチラシに関していえば、まだテストマーケティングが終わった段階である。今後は全国的に折り込みチラシの配布を行うのだろうか。

「明確な方針はまだ決まっていませんが、折り込みチラシについては、読み物としてお客さまから期待されるコンテンツにしていきたいと考えています」

ただし、「今日は○○が特売」「○○が新発売」といったように、新聞チラシは日々情報が更新されるから読み物として成立する。タイムリーな情報をチラシで打ち出せないメルカリは、どのようなコンテンツにしていくのだろうか。

「今回折り込みチラシで意識したことの1つに、商品をたくさん入れるという点がありました。実際にメルカリで何が売られているかまでは知らない人が意外と多いんですね。そのような人からすると、トイレットペーパーの芯が売れることは1つの発見になるでしょうし、自分の家にある家電がいくらで売れるかということも新しい発見です。そのように、ほかにも、まだまだ知られていない情報があるので、継続的にチラシをやると決まったら、もっとメルカリの内側を知ってもらう情報を提供していきたいですね」

メルカリの内側を知ってほしいと話す村田氏。実は、はじメルにも同様の意図があったという。

「メルカリを使えば『新しい趣味を始める』ことへのハードルを下げられると伝えたかったのです。例えば、ゴルフを始めようと考えたら、ゴルフクラブのセットを購入する必要がありますよね。それが仮に10万円であれば、『ちょっとやってみようかな』程度に思っている人からすると、やはりハードルは高い。しかし、メルカリを使うことで、まずゴルフクラブを5万円で買える可能性があるのです。そのうえ、5万円で売られているのであれば、それに近い金額で売却できることも意味します」

5万円でゴルフクラブを買ってみたはいいものの「あまりおもしろくないな」と感じた場合、4万5000円で売却できれば、5000円の出費でゴルフを体験できるわけだ。

「また、メルカリにはバーコード出品と呼ばれる機能があって、バーコードを読み取るだけで商品情報を自動入力してくれるんです。値段も提案してくれるので出品が楽なのですが、最近では本を買うときにまずはバーコード出品を行う人が多いようですね。ちょうど読み終わったくらいに売却できて便利なんです。期限を決めることで、読まないといけないというプレッシャーにもなりますし、2000円の本を1500円で売却できれば、500円で本が読めるわけです」

何か買うときに、メルカリでまずいくらで売れるかをチェックする。そして、使わなかったり、一度使って満足したりすると、メルカリで売却するという消費行動が増えているのだ。その結果、購入のハードルが下がるので、二次流通が一時消費を活性化させる可能性もあるだろう。

「このような使い方の訴求は、継続してやっていきたいなと。そしてゆくゆくは、メルカリをライフインフラのようにしたいですね」

村田氏は展望を語る。

「認知はすでに獲得しました。次はメルカリの内面をもっと外に出していくフェーズです」

2018年には株式を上場し、気流に乗るメルカリ。決して“置きにいかない”同社のマーケティング戦略から、次はどんなアイデアが飛び出すのだろうか。2019年も同社の尖った広告が、SNSを騒がせるかもしれない。