パナソニックが作った羽田空港にある凄いヤツ、「顔認証ゲート」の実力

パナソニックが作った羽田空港にある凄いヤツ、「顔認証ゲート」の実力

2018.01.20

羽田空港の帰国審査場に導入された「顔認証ゲート」。パナソニックが開発したこの顔認証ゲートは、高度な技術で不正利用を防ぐとともに、さまざまな工夫を凝らした"おもてなし"の塊だ。実現には技術面だけでは語ることはできない。

その背景にある「オール パナソニック」体制による開発の経緯を、パナソニック コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター システム部システム2課課長の窪田 賢雄氏とパナソニックシステムソリューションズ ジャパン 公共システム本部公共営業統括部公共営業3部営業1課課長の石川 航氏に聞いた。

パナソニック コネクティッドソリューションズ社 イノベーションセンター システム部システム2課課長 窪田 賢雄氏(右)、パナソニックシステムソリューションズ ジャパン 公共システム本部公共営業統括部公共営業3部営業1課課長の石川 航氏(左)、右端の機械が「顔認証ゲート」

【特集】変わる、パナソニック。

2017年4月、前日本マイクロソフト会長の樋口泰行氏がパナソニックに舞い戻った。彼が担当するのはB2B領域のパナソニック コネクティッドソリューションズ。顧客の要望に合わせた製品づくりを得意としていた同社のB2B部隊だが、時代の変化から、もはや「ただの下請け」では生き残ることは出来ない。「どうやってビジネス転換を実現するかをしっかり考えないといけない」と話す樋口氏の覚悟、そして変わりゆくB2B部隊の今を追った。

顔認証ゲートに大事な…パスポートリーダー?

パナソニックの顔認証ゲートへの取り組みは4年前に始まった。法務省が求めた主たる技術的な要件は厳格な運用を実現すべく「顔認証精度が高いレベル」であること。そしてもう一つ、技術だけではない条件、「誰もが使えること」がそこには求められていた。

技術面ではパナソニックも顔認証技術に自信を持っており、「要求されたレベルに到達するのはあくまでもスタートライン」(石川氏)という意識だった。むしろパナソニックが重要視していたのは「それ(技術)だけではうまくいかないことを実現する」(石川氏)という誰もが使える"おもてなし"の要素だった。

そこで窪田氏らが注視したポイントは意外にも「パスポートの読み取り」だった。

海外渡航から帰国する際、通常の有人審査では、審査官がパスポートを読取機に読み込ませる手順があるわけだが、これを自動化した顔認証ゲートでは帰国者自身が読み込ませる必要がある。せっかく機械化によって作業を簡素化しても、読み取りに手間がかかってしまっては渋滞して「機械は使いづらい」と思われかねない。

パナソニックは、審査官向けのパスポートリーダーを開発して20年以上の経験があり、「恐らく世界最高スピード」(石川氏)という絶対的な自信を持つ。その技術力を活かし、上下逆さまにパスポートを置いても画像データを読み込めるリーダーを組み込んでいる。

読み取り部分を横長、パスポートの形状にすることで、置くだけで読み取れることが視覚的にわかる。LEDガイドも無意識に認知できるようなパナソニックらしい仕掛けだろう

また、顔認証を帰国者が迷うことなく行えるようにするのも重要だ。そこにも工夫がある。

「一般的に『顔認証』と言われると、皆さん『目の前のカメラを見てください』と言われると思います。でもこれは、目の前にある鏡を見ればいい。カメラ自体はハーフミラーの裏に隠しています。『鏡を見る』という日常のありふれた行動の中で、自然に顔認証ができる。心理的負担が少なく、見た目の威圧感も少ない。『もう一度使ってみたい』というデザインが大切」(石川氏)

姿見のようなハーフミラーの中にはカメラを複数内蔵しているため、幅広い身長にも対応できる。家電メーカーとして「家族」を相手にしてきたパナソニックにとって、バリアフリーな誰もが説明書なしで利用できるようにする「ユーザーフレンドリー」は当たり前なことだ。

ハーフミラーのため、ディスプレイ表示が浮き上がって見える。近未来的な体験によって"おもてなし"を実現する

監視カメラのノウハウ蓄積が生きた

顔認証のコアとなる技術自体は、社内で30年近い開発を行ってきた。高い認証精度を実現し、採用実績も豊富だ。もともとは、カメラ撮影時の人を認識する技術がルーツだが、その後、人の動きの認識、人の顔を検出して切り出し、といった多種多様な認識技術の広がりを見せている。

そんなパナソニックであっても「経年変化は一つのハードルだった」と石川氏。パスポートの有効期限は20歳以上であれば最長10年。それだけの期間があれば、髪型や体型はもちろん、女性であれば化粧の変化もある。この課題に対してパナソニックのアプローチは、「顔の変わりにくい基本構成の位置をうまく捉えて照合した」(窪田氏)。

パナソニックでカメラと言えばLUMIXと思いがちだが、実は監視カメラシステムなどでも国内有数のシェアを持つ。エンタープライズグレードの研究開発の知見があるからこそ、「こうした分野における厳格さが求められる技術力を活かせた」と窪田氏は胸を張る。

技術力は他にも活かしている。誰もが使える"おもてなし"機械は、パスポート読み取り→顔認識→不正検知→判定という一連の流れを、それぞれの作業を完了して受け渡すだけでなく、オーバーラップさせながら瞬時に完了させなくてはならないのだ。

高速化を図るため、様々な工夫がなされている。これまで説明した機能を常に協調動作させているのだ。大事なのは、「きちんと設計してバランスよく、厳格さの実現と高速性を両立すること」(窪田氏)。実際に試した顔認証ゲートの認証時間は非常に高速だった。

"おもてなし"の真髄は、高速処理による時間短縮だけではない。

海外の自動化ゲートは、最初にパスポートを認証し、1つ目のゲートを通過してから今度は顔や指紋を認証し2つ目のゲートを通過するという2ゲート式のものが複数実用化されている。わざわざ導線を塞いで2回認証するゲートではスペースを多く割く必要が出て来るが、パナソニックのゲートは全長1450mmと子供の身長程度。「もともとは1500mmでの設計だったが、もう少しいける(小さくできる)と頑張りました」と窪田氏は笑みを浮かべる。

単なる小型化のみならず、ハーフミラーの前には足元にくぼみを付け、キャリーバッグを置くスペースを用意したほか、システムキッチンの知見を活かしてパスポートを置きやすい高さに読取機を配置した。ハーフミラーの背面の曲線は、反対側を通る人のバッグがぶつかっても通り抜けやすいようにした。

こうした工夫の実現には、パナソニック エコソリューションズ社のスペース&メディア創造研究所が協力。公共システム部門、イノベーションセンター、デザイン部門、そして研究所といったさまざまな部署が連携する「オール パナソニック」体制の実現には「イノベーションセンターが果たす役割が大きかった」(石川氏)。

イノベーションセンターは、世界トップクラスのコア技術を顧客との共創でソリューションへ転化させ、従来になかったB2Bの新しい価値を提供している。「顔認証ゲートは、イノベーションセンターの存在なしには実現し得なかった」と石川氏は話す。例えば、B2C製品で品質管理を担当していたメンバーが入ってきて、B2B製品でも家電製品並みの品質管理基準を設けているという。

規模ソリューションではそれぞれの部材に強みを持つ企業がヘッド企業の名のもとに協力するケースが多い。これに対してパナソニックは「ハードウェアからソフトウェアまで、OSを除けばほとんど内製と言っていい」(窪田氏)。家電製品で培った品質管理、そしてモノづくりを熟知する会社だからこそ、ハードウェアのユーザビリティまでトータルに管理できた。

顔認証ゲートの入札では、同様の顔認証ソリューションで納入実績のあるライバルがいたはずだ。そのライバルに対抗するため、技術力のみならず、安心安全までを含めた「本当の使いやすさ」を磨き上げた。このことが採用に繋がったのではないかと窪田氏は認識を示す。

社会貢献が社内に行き渡るパナソニック

社内のさまざまな部門の総合力が結実した開発の成果となった「顔認証ゲート」。石川氏は「今回うちの会社には『底力』がある、と感じた。その根底にあるのは『社会貢献したい』という熱意があった」と分析する。

顔認証ゲートにおける「社会貢献」とは、政府が掲げる「観光立国」にある。昨年、閣議決定された「観光立国推進基本計画」では、東京五輪が行われる2020年に、2016年の訪日外国人2403.9万人を大幅に超える4000万人を目標としている。これにあわせ、外国人の消費額も3.74兆円から8兆円へ伸ばす目標も掲げている。

日本人の海外旅行者数は、毎年1600万人~1800万人程度。つまり、2020年には6000万人弱の旅行者が入出国をすることになる。全体の1/3を占める旅行者の審査が簡略化できるのであれば、その分のリソースを訪日外国人の審査に割くことができる。これがひいては日本経済にも貢献できる「社会課題」の解決、そしてパナソニックの経営理念である「社会の発展に貢献すること」に繋がるのだ。

B2C分野で長年、日本社会の発展に貢献してきたパナソニックだが、近年注力するB2BではB2Cとビジネスの作法が異なる。市場に出してユーザーの反応を間接的に見極めるB2Cに対して、B2Bでは顧客とともに製品を作り上げていく。それがある意味、今回のような総合力勝負の横綱相撲が求められる場合に、パナソニックの強みとして生きるのかもしれない。

社長の樋口 泰行氏は、「お客様軸のB2Bはじわじわと組織を強くしていくしかない」とも言う。石川氏はこの「じわじわという表現が好きだ」と話す。社会課題や顧客の求めることを真に理解し、最適なソリューションを提供し続けるには、組織と社員一人ひとりが顧客起点で常に変化していく必要があるからだ。窪田氏も、樋口体制で組織構造、そして職場環境自体もフラットになったことで、「同じ意識を持って連携しながら仕事がやりやすくなったと感じる」と語る。

「パナソニック全体に流れるDNA」(石川氏)である社会課題の解決や安心安全といった経営理念に加え、全パナソニックを実現する新たな組織体制、単に技術だけにとらわれないトータルでのモノ作り、そして社内に生まれた攻勢の機運。今の「B2Bパナソニック」を体現するような"樋口前"に生まれた顔認証ゲートは、樋口氏にとって心強い存在に違いない。

ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

2019.05.22

NTTドコモがスマホ決済の「d払い」を強化する

競合ひしめくなか、ドコモはどこに勝機を見出したのか?

NTTドコモは、夏モデル発表会においてスマホ決済の「d払い」の強化を発表した。送金やミニアプリなど新機能を追加し、ドコモの会員基盤をベースにキャッシュレスを普及させるビジョンを示した。

ドコモがスマホ決済「d払い」を大幅強化

PayPayを始めとするスマホ決済各社は、還元キャンペーンや加盟店開拓などで競争を繰り広げている。ドコモはどこに勝機を見出したのだろうか。

「d払い」が送金やミニアプリに対応

電子マネー「iD」やクレジットカード「dカード」を展開するドコモが、2018年4月に始めたスマホ決済が「d払い」だ。FeliCaの搭載が必要だったおサイフケータイとは異なり、バーコードやQRコードを用いるd払いはほとんどのスマホに対応できる。

d払いアプリのダウンロードは2019年5月に500万DLを達成し、2019年度は1000万DLを目標に掲げた。利用箇所はiDとdポイント、d払いの合算で2019年4月に100万箇所。2021年度末の目標は200万箇所とした。

d払いの強みは、「dポイント」との連携だ。ドコモの利用料金やdカードからの還元だけでなく、キャリアに関係なく持てる「dポイントカード」でポイントが貯まる。2018年度の利用総額は1年間で1600億ポイントに達し、d払い利用者の53%が支払いにdポイントを利用しているという。

さらにドコモはd払いに新機能を追加してきた。9月末に提供する「ウォレット」機能では、ドコモ契約者向けだった「ドコモ口座」を誰もが使えるようキャリアフリー化し、チャージや送金の機能をd払いアプリに統合する。

ドコモ口座をd払いに統合する「ウォレット」

複数の加盟店アプリを1つにまとめた「ミニアプリ」は、秋以降に展開する。d払いアプリから加盟店のサービスを呼び出すことで、「ハンバーガーの事前注文」や「タクシーの配車」が可能になる。加盟店の専用アプリを入れる必要がなく、d払いで決済もできるのがメリットだ。

「ミニアプリ」はローソンとマツモトキヨシから開始予定

QRコードの読み取りも強化する。これまでd払いは利用者がスマホ画面のQRコードを店舗側に見せる「CPM」方式に対応しており、コンビニのようなPOS連携が必要になるなど中小店舗にはハードルの高い仕組みだった。

コードを「見せる」「読み取る」の両方式に対応

そこでd払いは、顧客がスマホのカメラで店舗のQRコードを読み取る「MPM」方式への対応を発表。PayPayなど多くの事業者に続き、d払いも6月末には両方式に対応することで、大型店舗だけでなく中小店舗に展開していく体制を整えたというわけだ。

アプリを大幅強化、「マルチQR」にも対応

次々と新機能を追加するd払いでは、アプリも大きく変わることになる。開発中のアプリ画面には、ドコモ口座への入金と送金、ポイント送付、割り勘、ミニアプリなどの機能が所狭しと並んでいた。

d払いアプリを大幅強化

参加企業が増えればミニアプリには多くのアイコンが並ぶことになるが、これにはカテゴリ分けなどで対応していく考えだ。ミニアプリの仕組みは、既存システムとのAPI接続や専用パッケージの提供など、さまざまな方式を検討するという。

また、増え続けるQRコードへの取り組みも発表した。1つのQRコードで複数の決済サービスに対応できるデジタルガレージの「クラウドペイ」に、d払いも対応する。

1つのQRコードで複数の決済サービスに対応

クラウドペイでは、店舗側が支払う決済手数料は一律3.24%(税込)となるものの、固定費や機器の導入は不要で、複数の決済サービスをワンストップで契約できるなどのメリットがある。

全国のドコモ代理店が加盟店開拓へ

今後は全国のドコモ代理店の営業リソースを活用し、加盟店を拡大していくという。最近ではソフトバンクの営業部隊がPayPayの加盟店を次々と開拓する快進撃を続けており、そこにドコモが勝負を挑む構図になりそうだ。

d払いは、スマホアプリを中心にさまざまなサービスにポイントを循環させるビジョンを描いている。ドコモの発表からは、これまで以上にアクセルを踏み込む姿勢が感じられた。dポイントを絡めた「20%還元」など、新たなキャンペーンにも期待したい。

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訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

先鋭ベンチャー LOCK ON! 第8回

訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

日本の若者が敬遠し始めている“飲みニケーション”

訪日外国人をターゲットとした“異文化飲みニケーション”サービスが誕生

居酒屋がビジネスのヒントを得られる貴重な場になる可能性も

ここ最近、若者に嫌われがちな慣習に「飲みニケーション」がある。

これはいうまでもなく、仕事を終えた後、同僚たちと居酒屋などに集結し、アルコールの力を借りて互いの胸襟を開き、親睦を深めるコミュニケーション手法のこと。しかし、終身雇用や年功序列が崩壊した今や「会社の人とプライベートの時間まで削って仲良くなろう」というモチベーションは薄れた。「“飲みニケーション”って、いらなくね?」というムードが蔓延。令和時代に廃れてしまいそうな慣習ともいえる。

会社に勤める日本人の若者には、風当たりの強い飲みニケーション。それを新たなカタチとしてビジネスにつなげているのが、アシノオトの木村壮介さんだ。では、どんなビジネスなのか、木村さんに聞いた。

アシノオト代表の木村壮介さん。高校卒業後、兄が起こしたグループウェアメーカーにジョインして、エンジニアとして活躍。ウェブマーケティングの会社へ転職し、ウェブコミュニティの開発運営などを経て独立。訪日外国人とローカル日本人をつなぐQ&Aサイト「Hub Japan」を起ち上げ。2017年、同サイト内で「MEET&EAT」をスタートさせた

サービス名はHub Japan「MEET&EAT」。ネット上のプラットフォームを介して知らない者同士がマッチングし、文字どおり、食べて、飲む。”飲みニケーション”で親睦を深める、というわけだ。

もっとも「MEET&EAT」がマッチングするのは上司と部下でも、出会い系的な若い男女でもない。木村さんが飲みニケーションのターゲットにしているのが訪日外国人と日本人。日本を訪れた海外からの旅行者と、日本にいる人たちを居酒屋でつなぎ、親睦を深めさせる。いわば“異文化飲みニケーション”を提供しているのだ。

旅行者の「美味しい」は、アテにならない

きっかけになったのは、木村さんの経験だった。

「新婚旅行のときに覚えた違和感。そこからはじまったんです」(木村さん)

木村さんがイタリアへ行ったのは2015年。奥さんと2人で楽しみにしていたのが本場のイタリア料理だった。旅行に関する大手口コミサイトでみつけた店を、まず巡った。待ちに待った本場の味。それが実にいまいちだった。

「『こんなものかな…』とも思ったけれど、2日目に偶然仲良くなった地元のおばちゃんが『昨日はどこで食べた? 駅前の店? ダメダメ。行くならあっちの店よ』と教えてくれたんです。すると今度はめちゃくちゃ美味しかった。それが衝撃でした」(木村さん)

美味しさに対する衝撃だけじゃない。圧倒的な集合知を誇るネットの口コミサイトが、地元のおばちゃんのアナログな知見に勝てないことにこそ、木村さんは感銘を受けた。

「考えてみたら当たり前なんですけどね(笑)。世界中の質の高いユーザーが口コミを書き込めたとしても、書き手が旅行者である以上、底はしれている。地域にずっといる人の知識には敵いませんから」(木村さん)

そこに着想の芽があった。

ならば「地元の人と海外からの旅行者をQ&Aでつなぐローカルコミュニティサイトがあったら喜ばれるのでは?」と考えた。ヤフー知恵袋のような巨大なQ&Aサイトや、SNSで直接つながったコミュニティサイトはあるが、越境してローカルの人と旅行者をつなぐQ&Aサイトは意外と見つからない。

それまでグループウェアの制作運営や、企業向けのコミュニティサイトの開発運営を手がけるITエンジニア・ディレクターだったが、独立起業の潮目を感じた。個人的に「社会課題の解決につながるような事業で独立したい」と考えていたことも後押しになったという。

「どんな課題か? “グローバリゼーション”とそれに伴う文化の均質化“への危惧ですね。なんていうと大げさですけど、目立たないけれど素敵なスポットや、小さくても美味しいお店が、情報の均質化で目立たず消えていく。盛りあげないともったいないなって、感じていたのです」(木村さん)

そして2016年に独立。自らプログラムを書けること、奥さんもWebデザイナーだったこともあいまって、すぐさまシンプルなQ&Aサイトを立ち上げた。名前は「Hub Japan(ハブ・ジャパン)」。訪日予定、あるいは訪日中の外国人ユーザーが英語でクエスチョンを書き込むと、日本のローカルユーザーがアンサーを書き込んでくれるシンプルな仕組みだ。

たとえば「東京でオススメの穴場の寿司屋は?」「サクラを見に大阪へ行くが、気温は? 上着は持参したほうがいいか?」といった具合に欧米を中心に訪日予定の人たちから英語で書き込む。すると、サイトに埋め込んだGoogle翻訳エンジンが日本語に変換してくれるので、日本人も気兼ねなく「現地の声」を書き込める。その日本語は、書き込んだユーザーが読めるように、英語に変換されるわけだ。

「ただオンラインだけだとつまらないのでリアルでも何かやりたいと考えた。そこで『体験の仲介サービス』をやろうとしたんです。訪日外国人が興味のありそうな、着物の着付けとか、お茶の体験とか、いろいろ試しにやってみたら……」(木村さん)

そうしたなか、圧倒的に参加者の好評を得た体験イベントがあった。「居酒屋探訪」ツアーがそれだ。

日本人には当たり前の居酒屋に価値があった

赤提灯や縄のれんが目印の大衆居酒屋から、高級割烹ぜんとした高級店まで、バラエティに富む居酒屋レストランは、日本全国に23万店以上あるといわれる。日本独自の酒とつまみが効率よく味わえるうえ、日本の生活文化や日本人とふれあう機会もあるため、今や訪日外国人にも人気のスポットだ。

ただ興味はあれど、観光客が海外の夜の街に繰り出して、初めての居酒屋に入るのはハードルが高い。ボッタクリ店などにあたるリスクもある。しかし、勝手知ったるローカルの日本人が薦める店に、しかも一緒に入って楽しめるとあれば、安心感が高まる。

「一方で居酒屋などの飲食店も、訪日外国人のお客様を呼び込みたいけれど、お店を知ってもらえていないというのが、多少の機会損失になっていた。なので、飲食店の販促の仕組みとして活用してもらえると考えたんです」(木村さん)

試しに「ハブ・ジャパン」をとおして「日本の居酒屋で日本人と語り合おう」というツアーを告知すると、すぐに外国人観光客から応募があった。木村さんが試験的にアテンドをする。奥さんや友達とともに外国人複数×日本人複数で、オススメの居酒屋にむかい「カンパイ!」からはじめると、異様な盛り上がりをみせた。

英語もできず、そもそもコミュニケーションも苦手だった木村さんだが、酒が入り、気持ちが大きくなると「身振り手振りで必死に会話をしている自分」に気づいた。飲みニケーションあなどれじ、だ。

「また、もちろん海外の方々に『日本に来た目的は?』『何を楽しんだ?』などと聞くことも楽しいのですが、実のところ彼らから日本について意表をつく質問をされることにこそおもしろさ、価値を感じました」(木村さん)

「日本で最もポピュラーな宗教は?」とか、「無宗教? ではなぜあれほど神社があり、誰しもお参りしているんだ?」とか、「あなたにとって蕎麦とはなんですか?」とか――。

「蕎麦については、おもしろかった。自分にとって蕎麦とは何か、なんて考えたことなくて(笑)。日本人同士だったら絶対に聞いてこないような質問をどんどん向けられる。結果、むしろ日本のこと、日本文化のことを深掘りせざるを得なくなったんです。また海外の人たちが、日本の何に興味があるのかも肌感覚でわかる。これって観光施策や訪日外国人向けビジネスのヒントが得られる貴重な場になるなって」(木村さん)

だから、日本文化を深掘りしたい「訪日外国人」、質の高いインバウンド客を集客したい「居酒屋」、そして外国人とフランクに交流することで刺激やアイデアを得たい「ローカルの日本人」。この三者を“三方良し”でつなぐプラットフォームとして、2017年末に作った。

仕組みはやはりシンプルだ。ローカルの日本人ならFacebook認証をとおして「ハブ・ジャパン」にまず登録。そこから「MEET&EAT」のサイトに行く。同じようにログインして日本滞在中の「居酒屋で交流したい」と書き込んでいる訪日予定の外国人アカウントをチェック。都合のいい場所や日時、気の合いそうなプロフィールの団体がいたら「マッチング希望」をクリック。返信を待つ。マッチングとなれば、メールでのやりとりができるようになり、「MEET&EAT」内で指定する居酒屋店をチェックして予約。当日、最寄りの駅前で待ち合わせて、予約時間に店にいき「カンパイ!」となるわけだ。

外国Hub Japanの利用者たち。未成年かどうかの判断はFacebook認証で行われる。トラブルが起きないように、基本2~3人ずつしかマッチング登録できない

今はサイト経由で飲食店への予約が発生したときに、紹介料を得る仕組みで運営中。都内数十店舗の居酒屋と契約を結び、月30人程度の訪日外国人からのリクエストに応えている。

「ビジネスの規模はもう本当に小さい。受託の仕事を続けながら、まだまだ手探りの段階です。ただ小さいながら手応えも感じています」(木村さん)

「またぜひ居酒屋で飲みたい」と訪日外国人のリピーターが増えている。「生きた英語を学びたい」「楽しい飲み会を開きたい」というローカル日本人も増加中だ。とくに「企業のインバウンド担当をしているが、本当のニーズがつかめない。ヒントを得たい」「飲食店を経営しているが外国人向けにメニューやサービスを充実させたい。直接リサーチできるのでは」とマーケティング・リサーチの場として価値を見出している人も現れ始めているという。

飲みニケーション、やはりあなどれじなのだ。

「まあ、まだまだ小さい事業で、どこまでできるかわからないけど(笑)」(木村さん)と、取材終盤、木村さんは繰り返した。ただ、目立たないけど素敵なビジネス。盛り上げないともったいない、と……。

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