鉄道会社において「磁気式プリペイドカード」が果たした大きな役割

鉄道会社において「磁気式プリペイドカード」が果たした大きな役割

2018.01.26

ここのところ、関西では「○○カードの利用終了」、関東では「パスネット払い戻し終了」というお知らせが、私鉄・公営交通の各駅で目立つ。

以前、鉄道を利用する際にはお馴染みだった、磁気式プリペイドカードを直接、自動改札機に投入して乗車できるシステムが、いよいよ終わりを迎える告知である。

関西の「スルッとKANSAI」のルーツは、阪急電鉄の「ラガールスルー」サービス。自社のプリペイドカード「ラガールカード」を、きっぷに引き換えることなく、自動改札機で直接使えるサービスが1992年4月1日に導入された時に始まる。同種のサービスはすぐに私鉄、公営交通、バス各社へと広まり、カードの共通使用も可能となった。「スルッとKANSAI」という共通名称による運用は、1996年3月20日からである。

スルッとKANSAI対応カードの利用終了と払い戻しのお知らせ

すでにスルッとKANSAI対応カードの発売は2017年3月31日限りで終了。そして、自動改札機やバスの運賃箱への直接投入による利用も、2018年1月31日限りで終了する。使用されなかった残額については、今後、カードの発売会社にて、期間を区切って無手数料での払い戻しが行われる。

一方、関東では1991年にJR東日本が「イオカード」を導入した。これは日本で初めて、磁気式プリペイドカードを直接、自動改札機へ投入し、乗車できるサービスであった。パスネットのシステムは、このイオカードを基本に開発されている。

寿命が短かったパスネット

パスネットは、2000年10月14日に加盟各社で一斉に導入された。ただしJR東日本は加盟しなかった。 そして、その寿命は短く、2008年3月14日には、ほとんどすべての会社で自動改札機への直接投入による使用を終了。その後、自動券売機での利用やICカード「PASMO」への残額引き継ぎはできたが、これも2015年3月31日まで。そして、2018年1月31日限りで発行会社での無手数料払い戻しも終了し、完全に使命を終える。

左:磁気式プリペイドカードを使う「パスネット」は、2018年1月末限りで、完全にその歴史を閉じる。右:パスネット加盟各社で発売された、共通デザインのカード

鉄道が磁気式プリペイドカードを導入したことにより、もっとも大きく変わった点は、駅における利用客の流れであろう。

関東や関西では自動券売機の台数が必要最小限にまで減らされた駅が目立つ

それまでは、運賃表で目的地までの運賃を確認し、自動券売機できっぷを現金で購入してから、鉄道を利用するのが当たり前であった。しかし、磁気式プリペイドカードをあらかじめ購入しておけば、乗車前の手間はほぼ皆無になり、利用客はダイレクトに改札口へ向かえるようになったのだ。この人の流れは、ICカード時代となった現在へと引き継がれている。

当然ながら自動券売機の利用頻度が減り、台数を減らすことが可能になった。これは大きな設備投資、およびメンテナンスコストの削減となる。乗車券類の用紙代一つとっても、相当な節約となったであろう。

ターミナル駅で貴重なスペースを産む

捻出されたきっぷ売り場のスペースは、その多くが商業施設へと転用された

さらに自動券売機用、つまりは「きっぷ売り場」のスペースが、より小さくても済むようになった。そこで売り場を整理統合。捻出した空間を商業施設へ転用する鉄道会社が、いくつも現れた。収益のアップとコスト削減が同時に図れる、一石二鳥の経営施策として、磁気式プリペイドカード導入の効果は大きかったのだ。 特に都心のターミナル駅では、もともと自動券売機の台数が多く、もちろん利用客数も多いため、効果はよりてきめんであった。ずらりと並んだ券売機に代わり、改札外のコンコースにも大小さまざまな商店が並ぶようになった時期は、「スルッとKANSAI」や「パスネット」の普及と軌を一にしている。

ただ、スルッとKANSAIもパスネットも、その利用期間は短かった。すぐICカード時代が到来したためである。

JR東日本が「Suica」の本格的な導入を始めたのは、実はパスネットが導入された直後の2001年のこと。ICカードの開発を進めていたため、同社は二重投資を避けてパスネットには加盟しなかったのだ。関西では、JR西日本の「ICOCA」が2003年にスタートしている。

磁気式プリペイドカードにも対応する機種(左側の2台)と、ICカード専用機(右側の1台)では、形や大きさは似ていても、中の機構はまったく違う

ICカードの利点は、磁気式プリペイドカードよりはるかに多かった。まず自動改札機を簡略化できることが、大きなメリットである。従来の改札機は、きっぷであれ磁気式プリペイドカードであれ、投入口から排出口までスムーズに送り、その間に磁気を瞬時に読み取る機械的な構造が不可欠だった。当然、磨り減る部分が多くあってメンテナンスの手間がかかり、そもそも高価であった。

カード自体も再利用ができない使い切りであった。使用後に回収し、好事家への販売も行われたが、廃棄物となった割合も大きかったであろう。

だが、ICカードは微弱電波を使ってデータをやり取りするシステムであるため、扉の開閉部分以外の、機械的な構造が自動改札機から一掃された。当然、安価になり、メンテナンスコストも劇的に低減されている。

また、読み取り装置が簡便で安価になったため、駅のみならず、コンビニエンスストアやスーパーマーケットなど、町中の商店への設置も可能になった。「電子マネー」としての利用は、磁気式プリペイドカードには真似ができない特長である。富山地方鉄道の「ecomyca」や高松琴平電気鉄道の「IruCa」など、磁気式プリペイドカードが導入されなかった中小私鉄へも、ICカードは普及している。

合理化・バリアフリー化の先駆としての磁気式プリペイドカード

ただ、小銭不要、運賃の確認不要、きっぷの購入も不要という利点が、心理面および手間の面での「バリアフリー化」に、多大な貢献をしたのも事実である。磁気式プリペイドカードの登場で、自動券売機に対応しづらい高齢者や子供が、公共交通機関を利用しやすくなったとも言われる。この利点は、もちろんICカードにも引き継がれた。

スルッとKANSAI対応カード発売終了後も、発売と利用が継続される「阪急 阪神 能勢 北急レールウェイカード」

磁気式プリペイドカードは完全に役割を終えたわけでもない。「元祖」の阪急電鉄と、阪神電気鉄道、能勢電鉄、北大阪急行は、スルッとKANSAI対応カードの発売が終了した後も、新しいプリペイドカード「阪急 阪神 能勢 北急レールウェイカード」の発売を継続。4社の路線に限られるが、4月1日以降も、自動改札機への直接投入による利用が可能である。長い歴史を持つがゆえ、沿線利用客の慣れもうかがえる施策である。

80年ぶりとなるチョコレートの新カテゴリ「ルビー」登場、その味わいは?

80年ぶりとなるチョコレートの新カテゴリ「ルビー」登場、その味わいは?

2018.09.20

ミルク、ダーク、ホワイトに続くチョコレートの新カテゴリ「ルビー」

着色料なし、天然のピンク色が特徴

9月下旬から店頭にルビーのスイーツが続々登場

ダーク、ミルク、ホワイトに続く新しいカテゴリのチョコレートが登場した。

「ルビーチョコレート」

それが第4のチョコレートの名である。

バリーカレボー社の発売する「ルビーチョコレートRB1」(製菓材料)のパッケージ

スイスに本社を置くグローバルチョコレートメーカー・バリーカレボー社が生産し、10月3日から日本でも業務用として発売。すでにパートナー企業ではルビーチョコレートを使用した新商品が開発されており、9月から順次、先行発売される。

9月18日、そんなルビーチョコレート「RB1」のお披露目がANAインターコンチネンタルホテル東京で行われた。

発表会の場では、ルビーチョコレートを使ったさまざまなスイーツが披露された。詳細は記事下部にて 

発表会にはバリーカレボージャパン 代表取締役社長、パスカル・ムルメステール氏が登壇。ルビーチョコレートの発売は「ここ数十年のチョコレート業界でもっともエキサイティングな出来事」と語った。

ムルメステール氏によると、ルビーチョコレートの特徴は甘さが控えめでかすかな酸味があること。これまでにない新しいコンセプトで生み出された商品とのことで、「日本のような洗練された消費者には必ず喜んでもらえるはず」と自信をのぞかせた。

今回、バリーカレボーが発売するルビーチョコレートは業務用で、内容量は1.5kg、価格は5,400円(税込)となる。前田商店を始めとする従来の卸店、または楽天市場のカレボー公式オンラインショップで購入することができる。

ルビーチョコレートとペアリングできるさまざまなもの。定番のコーヒー・紅茶だけでなく、ロゼシャンパンやビール、ハーブ、塩気のある食べ物ともマッチする

同社グルメセールスダイレクターの押切一浩氏によると、ルビーチョコレートは10年以上をかけて開発したとのこと。ルビーカカオになりうる成分を持つカカオ豆を選別し、特別な加工を施して美しいピンク色に仕上げている。もちろん、着色料や香料は一切使用していない。

バリーカレボージャパンはルビーチョコレートをダーク、ミルク、ホワイトに続く「第4のチョコレート」に位置づけ、幅広く活用されることを期待しているという。特に相性が良いのはチーズやスパイス、ナッツ類。爽やかな酸味を生かして、塩味の料理にも合わせられるという。

ルビーチョコレート「RB1」だけをチョコレート原料とした製品に付加される専用ロゴ

バリーカレボージャパンは、原材料のうち、チョコレートに関してこの「RB1」のみを原料に使用した商品に対し、専用ロゴの使用を認めている。ロゴがパッケージに表示されていれば、その商品のピンク色は着色料ではなくルビーチョコレート由来だとわかるわけだ。ロゴを使用したい場合は、商品が基準を満たしているかどうか、同社のチェックを受ける必要がある。

コンビニスイーツから本格派の菓子までラインアップ

ルビーチョコレート「RB1」が発売されるのは10月3日だが、先行していくつかの企業とシェフがルビーチョコレートを使用した商品を開発している。

ローソン Uchi Cafe プレミアムルビーチョコレートのロールケーキ

ローソンからはUchi Cafe プレミアムルビーチョコレートのロールケーキ(9月25日発売/350円)とUchi Cafe ルビーチョコレートのショコラケーキ(12月2日~25日/3,200円)。

ユーハイム ルビーミルフィーユ
ローゼンハイム ルビー&チョコレートヒストリー

ユーハイムからはルビーミルフィーユ(9月25日発売/540円~)、ローゼンハイムからはルビー&チョコレートヒストリー(10月上旬より順次発売/3,456円)。

モンサンクレール ソシオンショコラルビー

著名シェフともコラボレーションした。モンサンクレールの辻口博啓シェフはソシオンショコラルビー(2019年1月中旬発売/2,300円)。ルビーチョコレートのフルーティーな香りを生かすために、酸味のあるフルーツと組み合わせた。

パティシエ エス コヤマ 小山チーズ エチオピアンコーヒー+ルビーチョコレート

パティシエ エス コヤマの小山進シェフは、ルビーチョコレートをエチオピアンコーヒーを引き立たせるパートナーとして採用したチーズケーキを作成(11月1日発売/1,728円)。クリームチーズとコーヒー、そしてルビーチョコレートの組み合わせはカフェオレを思わせる上質な味わいだ。

アステリスク ケイク ルビー

アステリスクの和泉光一シェフは同店のパウンドケーキのシリーズ「ケイク」に新しくケイク ルビー(10月初旬発売/2,000円)を追加した。全体をルビーチョコレートでコーティングし、さらに生地にもルビーチョコレートが練り込まれている。

洋菓子マウンテン×CELLAR DE CHOCOLAT by Naomi Mizuno ルビーココ

洋菓子マウンテンの水野直己シェフはルビーチョコレートの酸味を生かしてクランベリービネガーを合わせガナッシュに。ルビーココ(9月22日発売/1,080円)として発売する。

発表会の会場となったANAインターコンチネンタルホテル東京も、ルビーチョコレートを積極的に取り入れていくという。

ホテル内のレストラン、ピエール・ガニェールのランチコース「ピンクレディーランチ」に、ルビーチョコレートをふんだんに使用したデザート、スフィア・ルビーを用意する。

「チョコレート・センセーション」の提供例

また、来月からはアフタヌーンティーやスイーツブッフェなどさまざまな形態でチョコレートを提供するイベント「チョコレート・センセーション」を開催するとのことで、用意される約200種類のチョコレートメニューのうち、47種類はルビーチョコレートを使用したものとなる。

発表会では、ルビーチョコレートを使用した商品を試食することができた。

ムルメステール氏が言うように、たしかにルビーチョコレートは心地良い酸味とベリー系の香りを持っている。ダークチョコレートがビター、ミルクチョコレートがクリーミー、ホワイトチョコレートがマイルドだとしたら、ルビーチョコレートを一言で表す言葉は「フルーティー」だろう。甘さもクドいものではなくエレガントだ。これはシェフにとっても創造力が刺激されるに違いない。

今月末からルビーチョコレートを使用した新商品が続々登場する。第4のチョコレートを日本の消費者がどう評価するのか注目だ。

2018年のiPhoneとApple Watchが見せた、パーソナルデバイス進化のカタチ

2018年のiPhoneとApple Watchが見せた、パーソナルデバイス進化のカタチ

2018.09.20

Appleの発表は、製品を取り巻く市場ごと変えてしまう

「A12 Bionic」チップが生み出す新しいモバイル体験とは

新Apple Watchをただのスマートウォッチと呼べない理由

SSD(Solid State Drive)、Retinaディスプレイ、64bitアーキテクチャのプロセッサなど、Appleがいち早く新しいテクノロジーを投入してきた時に、その製品を取り巻く市場が変わる。A12 Bionicを搭載するiPhone XSシリーズとXRはまさにそんなインパクトを与える新製品だ。Apple Watch Series 4もスマートウォッチの真の価値を問う製品になる。

Neural Engine が生み出す新たなモバイル体験「A12 Bionic」

Appleが9月12日に米クパチーノで開催したスペシャルイベントで、iPhoneとApple Watchの新製品を発表した。今年の最大の収穫は、スマートフォンとスマートウォッチのさらなる進化に挑む同社の戦略が見えてきたことだ。

スマートフォンは、「新しい製品が出ても目新しい機能が乏しい」と言われるようになって久しい。市場が成長期から成熟期にシフトし、新しいユーザーの増加が減速、そして買い替えサイクルも長くなり始めた。スマートフォンにはもう進化の余地は残されていないようにも見える。

2018年秋のiPhoneの新製品、「iPhone XS」と「iPhone XS Max」、「iPhone XR」は、それぞれ価格が「999ドルから」「1,099ドルから」、そして「749ドルから」。iPhone XRでiPhone X世代が700ドル台に下がったとはいえ、スマートフォンとしては高価格帯であり、価格だけで判断したら今年も販売される「iPhone 8シリーズ」(599ドル)や「iPhone 7シリーズ」(449ドル)が適切という声が少なくない。

昨年iPhone X世代は最上位の「iPhone X」だけだったが、今年はiPhone X世代がラインアップの過半数。ただし「749ドルから」

そうした中、イベント終了後にテクノロジーライターのAlex Barredo氏の「512GBのXS Maxは高くないと自分を納得させる」というツイートが話題になった。そのツイートには以下のような表が付けられていた。

「iPhone XS Max」の 512GBモデル、1,499ドルとスマートフォンなのにMacBook Pro並みの価格だが、「MacBook Pro並みの性能」と考えたら適正な価格に思える?

iPhone XSシリーズはまだ発売前だが、すでにGeekbenchブラウザに同シリーズと思われるデバイスのベンチマーク結果がアップロードされており、その数字を使っている。ぱっと見、どっちがMacBook ProでどっちがiPhone XS Maxなのか分からない。だからといって、iPhoneを持っていたらMacBookが不要になるわけではないし、1,499ドルのスマートフォンを買ってBarredo氏が奥さんに怒られない理由にもならない。でも、この表を見て分かるように、今やポケットサイズのスマートフォンは、従来のスマートフォンの使い方ではあり余る性能を備えられる。スマートフォンメーカーはその可能性を追求せずに「より安く」に進むこともできる。だが、それではスマートフォンの進化が停滞してしまう。

昨年、iPhone10周年の年に登場したiPhone Xは、表面全体にディスプレイが広がるオールスクリーン、ホームボタンのないデザインとジェスチャーを活用した新しいUIで、新世代のiPhoneと見なされている。だが、もう1つiPhoneを新世代iPhoneたらしめる重要なパーツがある。深層学習コア「Neural Engine」を搭載してニューラルネットワーク向けに強化された「A11 Bionic」プロセッサだ。10年に一度のデザインとUIの大刷新の影に隠れてしまっているが、iPhone Xの新たな「体験」はA11 Bionicなくして実現できない。

例えば、Face IDによる顔認識アンロックは、ロック状態のiPhoneを持ち上げて、ユーザーが画面に目を向けたらアンロックが完了する。ヘアスタイルを変えたり、メガネをかけるといったユーザーの変化も学習し、賢く高精度にユーザーを認識する。ユーザーにとっては、iPhoneを手にしてアンロックというとてもシンプルなアクションだが、その背後では、アンロックのために端末を持ち上げた動きを正確に感じ分け、持ち上げた人の顔をマッピングして登録されているユーザーのデータに照らし合わせるという、膨大な計算が実行されている。それらをNeural Engineを用いて一瞬で完了させる。他にも、写真の管理・整理、撮影した写真やビデオの加工処理、QuickTypeの的確な入力候補の表示、TrueToneディスプレイの調整など、ユーザーが気づかない様々なところで機械学習が活用されている。

「アンロックの手間なんて取るに足らない」と思う人もいるだろう。でも、iPhone Xを使い慣れた人が数年前のスマートフォンを使ってみたら、アンロックなどの細かい操作にげんなりし、撮影した写真のさえない出来に失望することになる。機械学習活用の効果は目に見えるような違いではないが、一度体験したら後戻りできない。

逆行、水面、速い動きと厳しい状況でもバランスのよい写真に仕上げるスマートHDRを、iPhone XSシリーズはNeural Engineも活用してリアルタイムに処理

iPhone XSシリーズやiPhone XRが搭載する「A12 Bionic」は7nmプロセスで製造されている。キーノートでAppleは「初の7nmチップ」とアピールしていた。構成を見ると、CPUが高性能コア×2、高効率コア×4とA11から変わらず、GPUが4コアになって、そしてNeural Engineが8コア構成になった。A11に比べて、CPUの性能アップが15%であるのに対して、Neural EngineのCore MLの動作は最大9倍高速、そして消費電力は1/10だ。7nmの微細化の恩恵を、Appleが何に割り振ったのか明白である。

  • 2017年6月にiPad Proに搭載した「A10X」で10nmに移行
  • 2017秋発売のiPhone Xなどに搭載した「A11 Bionic」で設計変更、Neural Engineを導入
  • 2018年秋発売のiPhone XSシリーズ/XR搭載の「A12 Bionic」で7nmに移行、Neural Engine強化

Appleは手堅くAプロセッサ開発をチクタク (設計変更と製造プロセスの微細化を交互に実施)させながら、ニューラルネットワーク活用を着々と進めてきた。その結果、A12 Bionicで同社はスマートフォンの制限の中で「リアルタイムの機械学習」を実用的なものにした。クラウドにデータを送らず、端末内でプライバシーを保護しながら、処理能力が問われる機械学習処理をリアルタイムと呼べるスピードで実行できる。

それで何ができるかというと、キーノートで紹介されたNex Teamの「HomeCourt」が好例だ。バスケットボールの練習用のアプリである。シュート練習を撮影しながら、プレイヤーやボールの動き、ゴールの位置を含む環境をリアルタイムでトラッキング、解析を実行する。ゴール成功率といった統計はもちろん、シュートごとにシュートの種類、スピード、プレイヤーの体や腕の角度といった詳細なデータをリアルタイムで提供する。以前ならモーションキャプチャスーツを着たプレイヤーを撮影し、後処理で行っていたようなプレイ解析を、スマートフォンだけで練習中にできてしまう。

激しいプレイヤーの動きを、撮影しながらリアルタイムでトラッキング・解析する「HomeCourt」
シュート1本ごとに、リリースの角度や脚の角度、スピードなど詳細なデータを確認できる

ニューラルネットワークの利用はAppleだけではなく、ライバルも推進している。例えば、Googleは昨年「Pixel 2」にTensorFlowをサポートするイメージ処理チップを搭載した。Appleは自らチップを設計しているとはいえ、Neural Engineだけではライバルとの大きな差別化にはならない。しかし、同社にはApp Storeのエコシステムという強力な武器がある。ニューラルネットワーク向けチップも、ユーザーに役立つ形で使われなかったら「宝の持ち腐れ」になってしまう。「HomeCourt」のようなモバイル機器のリアルタイム機械学習を活かしたアプリ、サービスやソリューションが登場してこそ、スマートフォンの新たな活用法として広がる。

iPhone XからiPhone XSシリーズ / iPhone XRは、iPhoneの最初の10年間において飛躍期間になったiPhone 5sからiPhone 6の2年間に似ている。

2007年の初代モデルの登場から2017年までのiPhoneの販売台数の推移、2015年をピークに2016年に減速と言われるが、全体を見ると「iPhone 6」シリーズの販売が突出して良かったのが分かる

上のグラフはiPhoneの販売数の推移だ。2013年秋発売の「iPhone 5s」が長く販売され続ける人気モデルになり、その翌年の「iPhone 6シリーズ」は爆発的に売れた。これらのヒットには市場の伸びという追い風もあったが、iPhone 5s搭載の「A7」でAppleがいち早く64bitアーキテクチャに移行したのが大きい。モダンなソフトウェア構造を取り入れやすくして性能アップを果たし、その劇的な進化に刺激を受けた開発者によってiOSアプリの質や利便性が向上、アプリを用いたソリューションの幅が広がった。スマートフォンそのものより、モダンなアプリでスマートフォンが進化する起点になったモデルであり、iOSアプリの充実によってiPhoneが売れるプラス循環が生まれた。

市場の成長期と成熟期の違いがあるので、iPhone 5sや6シリーズのような爆発的な販売台数の伸びをiPhone XSシリーズ / iPhone XRに望むことはできない。だが、スマートフォンの新たな活用法やソリューションが生まれ、それが新たなデジタル・ディスラプションにつながりそうなワクワク感を覚える。

スマートな時計にとどまらないApple Watch、デジタルヘルスに市場拡大

Apple Watchの新製品「Apple Watch Series 4」は、周回遅れのライバルを全力で抜き去るような新モデルである。

初代モデルの投入から初めて、Series 4で大幅なデザインと設計の変更を施したモデルチェンジが行われた。ディスプレイが30%以上大きくなって、これまでの38ミリと42ミリのラインナップが、40ミリと44ミリに。広くなった画面を活かせるように、UIパーツも見直した。バックパネルにセラミックとサファイアクリスタルを採用し、表背面で信号が通るようにしてデータ通信の品質を改善。新しいS4チップは最大2倍高速だが、バッテリー駆動時間はこれまでと同じ、一日中持続する。

あらゆる面で強化されているが、最大の目玉はヘルス機能だ。Series 4で、本格的にデジタルヘルスに市場を広げた。低心拍や不整脈のアラートなど、心拍モニターを強化。まずは米国のみの提供になるが、ECG (心電図)を搭載する。デジタルクラウンに30秒間触れるだけで心調律をモニターして記録、解析結果を得られる。このECG機能とECGアプリ (米国で年内リリース予定)はDe Novo (新規分類)でFDA (米食品医薬品局)の承認を得ている。

画面が大きくなり、UIの改善で表示できる情報量が増えた「Apple Watch Series 4」
Series 4のECG機能は米国でFDAの承認を得ており、店頭で消費者が直接購入できる初のECGデバイスになる

スマートウォッチ市場は、イノベーターが市場を開拓しスタートアップの製品も多数存在した黎明期から、本格的な成長段階を迎えようとしている。その中でApple Watchの一人勝ち状態が続いており、2位以下との差がさらに開きそうな様相である。IDCの調査によると、2017年の出荷台数はAppleのシェアが50%を超えている。

Apple Watchの今日の強みは、時計市場を超えてより大きな市場の攻略に成功していることだ。スマートウォッチの訴求ポイントは主に以下の4つである。

  1. メッセージやメール、ソーシャル、予定やTo-Doなどの通知を中心とした「情報ツール」
  2. ID、モバイル決済、家や車のデジタルキーなどに使う「個人認証」
  3. 個人のアクティブな生活をサポートとする「アクティビティ/ワークアウト」
  4. 個人の健康管理に活用する「デジタルヘルス」

スマーウォッチというと多くの人が(1)の情報ツールを思い浮かべるだろう。Apple Watchも2015年に発売された初代モデルではファッション性を前面にした情報ツールだった。Appleはいち早くApple Payもサポートして(1)と(2)から市場開拓をスタートさせたが、その時点では後発でライバルと横並びだった。

翌年、AppleはSeries 2で(3) アクティビティ/ワークアウトの強化に乗り出した。当時アクティビティ/ワークアウトにスマートウォッチは大きすぎると言われ、フィットネスバンドが売上を伸ばしていたが、運動を記録してデータを活用する効果が浸透するに従って、充実したセンサーを備えてよりスマートな分析が可能なスマートウォッチが選ばれるようになった。

IDCが6月に公開したレポートによると、今年1~3月期のウェアラブル機器の世界出荷台数は前年同期から1.2%増の小幅な伸びだった。フィットネスバンドなど「ベーシック・ウェアラブル」が不振だったのが理由で、スマートウォッチは28.4%増だった。

スマートウォッチ・メーカーにとって、(1)と(2)~(4)の間には大きな壁が存在する。小さな時計の中に、様々な種類の高精度なセンサーを組み込みながら、十分に小型で、低消費電力にしなければならない。それにはチップレベルの開発力が必要だ。コストダウン、スケールメリットを出すためには、スマートガジェットに関心が薄い女性、そして若者から高齢者まであらゆる年齢層にアピールするデザイン、1日中どのようなシーンでも身に付けられるデザインが求められる。サービスの創出、スポーツ用品メーカーや医療機関など他社とのパートナーシップも重要になる。これらを考え合わせると、現実的にスマートウォッチのソリューションは、AppleやGoogleのようなプラットフォーマーでなければ提供できない。

スマートウォッチは情報ツールで十分という人もいるだろう。だが、時計市場はIT企業が奪い合うほど大きなパイではない。実際、Appleがスマートウォッチに乗り出した時に、iPhoneが開拓した携帯市場に比べて小さな腕時計の市場規模が不安材料に挙げられた。腕時計市場にとどまっていては成長は限られる。

今年5月、アスリートとして健康に暮らしていたティーンエイジャーのApple Watchが心拍のアラートを通知し、病院で調べてもらったところ腎機能障害が見つかった。ここ数年でApple Watchによって一命をとりとめたという報告が相次ぎ、人々のApple Watchのヘルス機能に対する認識が変わっている

スマートウォッチを時計と見なしている人にとって、ECG (心電図)はあまり必要性を感じない新機能かもしれない。しかし、自分の体のことをよく知りたい人、心臓に関わる心配がある人、高齢者、運動する人などは、手軽にECGを取れることを歓迎する。そうしたニーズにApple Watch Series 4は応える。Appleは時計市場を超えて、フィットネス市場やヘルス/ウェルネス市場も合わせた巨大な市場にターゲットを広げている。ライバルも(2)~(4)に進出し始めてはいるものの、展開のスピードが遅く、Appleに比べると取り組みが甘い。結果、多くが(1) (2)に停滞したまま、Appleの独走を許している。

競争という観点で、Appleの一人勝ちは歓迎できるものではない。だが、Appleの独走がウェアラブル市場の刺激になっているのも事実。スマートウォッチに対して、数年前のブームが落ち着いたという印象を抱いている人もいるかと思うが、それは情報ツールとしてのスマートウォッチの成長である。今Apple Watchは、数年前よりもダイナミックな変化を遂げようとしている。