KDDIが「ブロックチェーン+スマートコントラクト」に取り組む理由

KDDIが「ブロックチェーン+スマートコントラクト」に取り組む理由

2017.11.06

「ブロックチェーン」といえば仮想通貨「Bitcoin」の基幹技術として知られているが、現在はこの「分散台帳」という仕組みを使って既存のインフラを置き換える新しい技術基盤を構築できないかという試みが盛り上がっている。

こうしたなか、携帯キャリアであるKDDIが、KDDI総合研究所とクーガーを交えた形で今年2017年9月に発表した「Enterprise Ethereumを活用した"スマートコントラクト"の実証実験を開始」というニュースは驚きをもって迎えられた。

ブロックチェーンの派生技術の1つとして注目を集めるスマートコントラクトだが、なぜKDDIが業界他社に先んじてこの取り組みを発表したのか。その実際について話を聞いてみた。

ブロックチェーンとスマートコントラクト

まず発表の概要について簡単に整理する。ブロックチェーンとは、Satoshi Nakamotoという人物の論文を基に2009年から運用が開始された「Bitcoin」の基幹技術であり、その後も発展改良が続いて今日に至っている。

Bitcoinにおけるブロックチェーンでは、ネットワーク内での個人間の送金情報を記録した「ブロック」が10分ごとに生成され、以前までのブロックの情報(ダイジェスト)を含んだ形で新しい次のブロックへと引き継いで「連鎖(チェーン)」していく形態を採る。取引情報は誰でも参照できる一方で、チェーンをたどって以前までのブロックを改ざんするには膨大な計算が必要で困難が伴うことから安全性が高いとされている点が特徴だ。

またBitcoinの技術自体はオープンソースで公開されているため、これを活用してさらに新しいブロックチェーン技術や、それをベースにした「Litecoin」のような"オルトコイン"と呼ばれる技術が複数誕生している。

今回の話題の中心となっている「Ethereum (Enterprise)」もその1つで、Bitcoinの中核ソフトウェアであるBitcoin Coreの開発メンバーの1人が「スマートコントラクト」という新しいアイデアを基にスピンオフしてできたものだ。

スマートコントラクトの概要については別記事を参照していただきたいが、簡単にまとめると「(相手に対して契約情報の送信など)一定条件を満たすと、事前にプログラミングされた手順に従って一連の処理を自動的に実行する」というもので、単純に「AからBへの送金」といった処理以外に、プルグラムによってより複雑な処理を組み込める仕組みだと考えてもらえばいいだろう。

「Ethereum (イーサリアム)」は現在、オルトコインの1つとして主に仮想通貨の送金に利用されているが、この仕組みを企業システムやインフラに応用できないかということで複数の企業が集まってアライアンスを作り、独自の技術としてEthereumとは別に発展改良を続けているのが「Enterprise Ethereum (エンタープライズイーサリアム)」ということになる。

今回発表されたKDDIの実証実験では、同社の既存事業に加え、非金融事業を含めた分野でのブロックチェーン技術の活用のほか、KDDIのパートナー連携を含めた形での「スマートコントラクト」の活用に向けた技術的課題の洗い出しと効果の検証を行うのが狙いという。

まず第1弾として、Enterprise Ethereumを使った携帯電話の店頭修理申し込みから完了までの工程において、リアルタイムでの情報共有ならびに業務効率化を検証していくという。

今回KDDIが発表した携帯修理業務における「スマートコントラクト」の実証実験の概要(KDDIのプレスリリースより抜粋)

実証実験での結果を踏まえ、今後はさらに修理とは別事業の携帯電話のリユースや、それ以外の分野でのパートナー間でのシステム連携の可能性も模索していくということで、今後発展改良を続けていくうえでの第一歩という位置付けだ。ではなぜ、KDDIがこうした取り組みを率先して行い、このタイミングでの参入発表なのだろうか。

なぜKDDIがブロックチェーンなのか?

「いま発表すれば、国内初の事例として喧伝し、その先進性をアピールできるから」という理由を包み隠さず話すのは、KDDI コンシューマ事業企画本部 コンシューマビジネス開発部 戦略グループリーダー 兼 経営戦略本部 グループマネジメント推進室 兼 ライフデザイン事業本部 コマースビジネス部の高橋寛氏だ。

KDDI コンシューマ事業企画本部 コンシューマビジネス開発部 戦略グループリーダー 兼 経営戦略本部 グループマネジメント推進室 兼 ライフデザイン事業本部 コマースビジネス部の高橋寛氏

実際、国内初の事例としてプレスリリースで概要が紹介された後、KDDIに各社からこれに関する問い合わせが相次いでおり、その効果は上々だという。取り組みがスタートしたのは同年春ごろで、取材時点でまだ半年も経過していない時点での発表だ。つまり、まだ本当に検証がスタートしたばかりの段階での発表ということになる。

高橋氏によれば、今回の実証実験はauのライフスタイル戦略の拡充における取り組みの一環にあるという。携帯電話事業に限らず、今後は保険、金融、ウォーターサーバなど、顧客の望むさまざまなサービスを提供していくが、KDDI自信がその商品やサービスを開発するのではなく、パートナーとなる企業を入れる形で互いのビジネスを拡大していく方向性を目指している。

このようにKDDIのプラットフォームの中でサービスが提供されていることについて、今後いかに付加価値を提供していくのかを考えた結果が「ブロックチェーン」と「スマートコントラクト」にあったというわけだ。

例えば、保険を契約する際に自分により合った契約を安価に利用できれば顧客にとってメリットとなるだろう。このような形でスマートコントラクトを利用し、複数のサービスを組み合わせて新しい利便性や価値を提供したり、あるいは新しいサービスを創出できないかという考えだ。

今回の実証実験の例でいえば、故障した携帯電話をショップに持ち込んだ際に、状況に応じて複数いるパートナーの修理業者に対してショップから依頼が行われることになる。

この際、顧客が「2万円以内なら修理依頼継続」のような条件を提示すれば、修理の過程で条件を満たしていればそのまま作業が継続され、修理状況は逐一ネットワーク全体でリアルタイム共有されて、ショップや顧客も簡単に把握できる。一方で修理額が上限を振り切った場合、その旨が顧客に伝えられ、そのまま売却した方がいいのかの判断を問い合わせる。事前に設定した条件に従って、これら情報がリアルタイムで共有されつつ、自動で処理されていく。これを実現するのがスマートコントラクトだ。

KDDIには4000万人近いスマートフォーンユーザーがおり、修理を依頼する顧客だけで年間数百万人単位で存在する。また、修理業務はサービスの入り口としてKDDIの店舗を使うという実証実験でのやりやすさがあり、効果が見えやすいという理由と合わせて事例の第1弾に選ばれたと高橋氏は説明する。今後はここで構築されたプラットフォームを基に、「つなぐことの価値をKDDIにとって大切なポジションに」ということで、EC以外の部分で提供されていないさまざまなライフラインサービスや付加サービスを提供していきたいと同氏は加える。

Enterprise Ethereumを選んだ理由

もう少し技術的、業界のトレンド的な側面から今回の話題を掘り下げる。「なぜブロックチェーンで基幹システムを構築するのか」という点だが、それは前述のように今後の拡張や応用を考えたためだ。

従来であれば、インターネットやVPNなどを介してパートナー同士の基幹システムを結び、アプリケーションを構築してきた。だが、これではアプリケーションを追加するごとにインフラを改修する必要があったり、システム接続のための検証などを行う必要があったため、コストやセキュリティ面での課題があった。

今回、ブロックチェーン上にさまざまな商材を載せる仕組みを構築することで、必要な情報をブロックチェーンに書き込むだけで瞬時に共有が行われ、スマートコントラクトによって自動処理が可能になる。つまり基盤だけ構築しておけば、あとは周辺アプリケーションやスマートコントラクトの実装だけで今後の拡張やパートナーの拡充に柔軟に対処できるようになる。

今回、このあたりについてKDDI総合研究所 情報セキュリティグループ グループリーダーの清本晋作氏と同研究主査の仲野有登氏について説明をうかがっている。

KDDI総合研究所 情報セキュリティグループ グループリーダーの清本晋作氏

取材時点ではまだ実証実験の初期段階にあり、閉じた環境でパフォーマンスやアクセス制限など問題の洗い出しを行っている最中だという。実際にブロックチェーンのインフラを構築する段階にあたっては、各パートナーにノードを配置して分散台帳を管理する仕組みとするようだ。

KDDI総合研究所 情報セキュリティグループ 研究主査の仲野有登氏

すでに検証の段階でいくつか機能的に不足している部分があり、例えばブロックを生成するノードとブロックを承認するノードを一緒にできないといった問題があり、これが仕様なのか、あるいは単に機能の実装が行われていないのかを含め、9月付けで加入したEnterprise Ethereum Allianceにフィードバックを行っているという。将来的にはWebサーバにおけるデファクトスタンダードがApacheに集約されていったように、Enterprise Ethereumをこうしたビジネス用途でのデファクトとすべく機能のブラッシュアップを続けていく意向だ。

なぜEnterprise Ethereumなのかという点だが、「ビジネス用途に必要な機能を備えたブロックチェーン技術」を探していたということで、もともとシステム開発などで付き合いのあったクーガーがEnterprise Ethereum Allianceに加入していたという経緯もあり、ここを窓口にKDDIが同アライアンスとの連携をスタートさせたことに起因する。

前述のように、アライアンス参加企業らの要望を受けてオープンシステムとして開発が進んでいくことで、独自に"フォーク"したブロックチェーン技術を導入するよりも、Enterprise Ethereumのような仕組みを活用するほうがメリットがあると判断したことも大きい。

Enterprise Ethereum Alliance

Enterprise Ethereumには、オリジナルとなったEthereumにはない「情報の秘匿性」「アクセス制限」といった機能が最初から盛り込まれている点も選択のポイントだったという。一般に、ブロックチェーンでは「取引情報が公開されて誰でも閲覧できる」ことで透明性が確保されている部分があり、特徴にもなっている。だがビジネス用途では「誰でも必要な情報にアクセスできる」「一般公開されてはまずい情報がフルオープンになる」という部分が利用のネックとなるため、これを解決した機能を仕様として盛り込んだEnterprise Ethereumの登場ということになる。特にKDDIのケースの場合、個人の契約情報がノード間を移動することになるため、これがシステムを利用するすべての人物に対してアクセス可能になっていると非常にまずいからだ。

業界他社との戦略の類似

一方で興味深いのは、必ずしもEnterprise Ethereumにはこだわっていない点だ。清本氏によれば、KDDIは同種のブロックチェーン技術であるHyperledgerの検証も続けており、実質的に2つの技術に"二股"をかけている状態にある。実は、Enterprise EthereumとHyperledgerの両方にメンバーとして名を連ねる企業は多数存在しており、「両方の技術の成長を見守って、どちらがデファクトスタンダードになっても対応できる」ように"様子見"を行っているようなのだ。過渡期ならではの現象といえるが、それだけに発展途上にある技術ということを証明しているようなものでもある。

ブロックチェーン技術の1つであるHyperledger

将来的には、4000万以上のユーザーとパートナー各社を抱えた状態でも問題なく動作するパフォーマンスが、ブロックチェーンのインフラには求められることになる。これが実現可能になるよう、検証と改良を続けていくのが今後の目標だ。

特にIoTと呼ばれる時代になると、さらに膨大な契約情報や取引情報がネットワーク上を通過していくことになる。既存の中央集権型システムでは遠からず破綻する可能性が指摘されており、いまの段階で技術研究を進め、来たるべき時代に向けてブロックチェーンを基盤として動作させられるようにしておくのは重要なことだ。

実は今回のKDDIの件とは別に、仮想通貨「MUFGコイン」の実証実験を続けている三菱UFJフィナンシャルグループの担当者に、同社のブロックチェーンに対する取り組みについて話を聞く機会があった。

それによれば、電子マネーの代替としての仮想通貨はあくまで一歩にすぎず、将来的にはIoTの展開とともにネットワーク上を膨大な取引データが通過していくことを踏まえ、次世代基盤として開発しているのがブロックチェーンのインフラ、つまり「MUFGコイン」というわけだ。流れる情報も仮想通貨の取引情報だけでなく、さまざまな取引情報や、スマートコントラクトによる契約情報を流すことを想定しているようだ。

現在は独自開発を進めているようだが、ブロックチェーン技術自体はKDDI同様にEnterprise EthereumとHyperledgerの両方にコミットしており、その行方を見守っているという。両者は「携帯修理」と「仮想通貨」というまったく異なるサービスでの実証実験ではあるが、その根本は実は同じことを行っており、目指す方向性や手段もほぼ一致しているという点で興味深い。

取材の終わりに、KDDIに今後実証実験のインフラで実現していきたいことについて聞いてみたところ、「スマートコントラクトとAIの組み合わせ」というコメントがあった。現在、スマートコントラクトにおけるプログラミングは閾値の設定など、割と事前の取り決めに沿った形での条件判断が主眼となっているが、この判断をディープラーニングやAIを組み合わせて、よりインテリジェントにできないかという話だ。

ただ、ブロックの即時共有という性質上、判断部分のパフォーマンスを一定以上に保つ必要があり、これと膨大な計算を必要とするAIとどう組み合わせていくかという課題がある。いろいろな面で目の離せない動きだ。

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2019.05.22

NTTドコモがスマホ決済の「d払い」を強化する

競合ひしめくなか、ドコモはどこに勝機を見出したのか?

NTTドコモは、夏モデル発表会においてスマホ決済の「d払い」の強化を発表した。送金やミニアプリなど新機能を追加し、ドコモの会員基盤をベースにキャッシュレスを普及させるビジョンを示した。

ドコモがスマホ決済「d払い」を大幅強化

PayPayを始めとするスマホ決済各社は、還元キャンペーンや加盟店開拓などで競争を繰り広げている。ドコモはどこに勝機を見出したのだろうか。

「d払い」が送金やミニアプリに対応

電子マネー「iD」やクレジットカード「dカード」を展開するドコモが、2018年4月に始めたスマホ決済が「d払い」だ。FeliCaの搭載が必要だったおサイフケータイとは異なり、バーコードやQRコードを用いるd払いはほとんどのスマホに対応できる。

d払いアプリのダウンロードは2019年5月に500万DLを達成し、2019年度は1000万DLを目標に掲げた。利用箇所はiDとdポイント、d払いの合算で2019年4月に100万箇所。2021年度末の目標は200万箇所とした。

d払いの強みは、「dポイント」との連携だ。ドコモの利用料金やdカードからの還元だけでなく、キャリアに関係なく持てる「dポイントカード」でポイントが貯まる。2018年度の利用総額は1年間で1600億ポイントに達し、d払い利用者の53%が支払いにdポイントを利用しているという。

さらにドコモはd払いに新機能を追加してきた。9月末に提供する「ウォレット」機能では、ドコモ契約者向けだった「ドコモ口座」を誰もが使えるようキャリアフリー化し、チャージや送金の機能をd払いアプリに統合する。

ドコモ口座をd払いに統合する「ウォレット」

複数の加盟店アプリを1つにまとめた「ミニアプリ」は、秋以降に展開する。d払いアプリから加盟店のサービスを呼び出すことで、「ハンバーガーの事前注文」や「タクシーの配車」が可能になる。加盟店の専用アプリを入れる必要がなく、d払いで決済もできるのがメリットだ。

「ミニアプリ」はローソンとマツモトキヨシから開始予定

QRコードの読み取りも強化する。これまでd払いは利用者がスマホ画面のQRコードを店舗側に見せる「CPM」方式に対応しており、コンビニのようなPOS連携が必要になるなど中小店舗にはハードルの高い仕組みだった。

コードを「見せる」「読み取る」の両方式に対応

そこでd払いは、顧客がスマホのカメラで店舗のQRコードを読み取る「MPM」方式への対応を発表。PayPayなど多くの事業者に続き、d払いも6月末には両方式に対応することで、大型店舗だけでなく中小店舗に展開していく体制を整えたというわけだ。

アプリを大幅強化、「マルチQR」にも対応

次々と新機能を追加するd払いでは、アプリも大きく変わることになる。開発中のアプリ画面には、ドコモ口座への入金と送金、ポイント送付、割り勘、ミニアプリなどの機能が所狭しと並んでいた。

d払いアプリを大幅強化

参加企業が増えればミニアプリには多くのアイコンが並ぶことになるが、これにはカテゴリ分けなどで対応していく考えだ。ミニアプリの仕組みは、既存システムとのAPI接続や専用パッケージの提供など、さまざまな方式を検討するという。

また、増え続けるQRコードへの取り組みも発表した。1つのQRコードで複数の決済サービスに対応できるデジタルガレージの「クラウドペイ」に、d払いも対応する。

1つのQRコードで複数の決済サービスに対応

クラウドペイでは、店舗側が支払う決済手数料は一律3.24%(税込)となるものの、固定費や機器の導入は不要で、複数の決済サービスをワンストップで契約できるなどのメリットがある。

全国のドコモ代理店が加盟店開拓へ

今後は全国のドコモ代理店の営業リソースを活用し、加盟店を拡大していくという。最近ではソフトバンクの営業部隊がPayPayの加盟店を次々と開拓する快進撃を続けており、そこにドコモが勝負を挑む構図になりそうだ。

d払いは、スマホアプリを中心にさまざまなサービスにポイントを循環させるビジョンを描いている。ドコモの発表からは、これまで以上にアクセルを踏み込む姿勢が感じられた。dポイントを絡めた「20%還元」など、新たなキャンペーンにも期待したい。

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訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

先鋭ベンチャー LOCK ON! 第8回

訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

日本の若者が敬遠し始めている“飲みニケーション”

訪日外国人をターゲットとした“異文化飲みニケーション”サービスが誕生

居酒屋がビジネスのヒントを得られる貴重な場になる可能性も

ここ最近、若者に嫌われがちな慣習に「飲みニケーション」がある。

これはいうまでもなく、仕事を終えた後、同僚たちと居酒屋などに集結し、アルコールの力を借りて互いの胸襟を開き、親睦を深めるコミュニケーション手法のこと。しかし、終身雇用や年功序列が崩壊した今や「会社の人とプライベートの時間まで削って仲良くなろう」というモチベーションは薄れた。「“飲みニケーション”って、いらなくね?」というムードが蔓延。令和時代に廃れてしまいそうな慣習ともいえる。

会社に勤める日本人の若者には、風当たりの強い飲みニケーション。それを新たなカタチとしてビジネスにつなげているのが、アシノオトの木村壮介さんだ。では、どんなビジネスなのか、木村さんに聞いた。

アシノオト代表の木村壮介さん。高校卒業後、兄が起こしたグループウェアメーカーにジョインして、エンジニアとして活躍。ウェブマーケティングの会社へ転職し、ウェブコミュニティの開発運営などを経て独立。訪日外国人とローカル日本人をつなぐQ&Aサイト「Hub Japan」を起ち上げ。2017年、同サイト内で「MEET&EAT」をスタートさせた

サービス名はHub Japan「MEET&EAT」。ネット上のプラットフォームを介して知らない者同士がマッチングし、文字どおり、食べて、飲む。”飲みニケーション”で親睦を深める、というわけだ。

もっとも「MEET&EAT」がマッチングするのは上司と部下でも、出会い系的な若い男女でもない。木村さんが飲みニケーションのターゲットにしているのが訪日外国人と日本人。日本を訪れた海外からの旅行者と、日本にいる人たちを居酒屋でつなぎ、親睦を深めさせる。いわば“異文化飲みニケーション”を提供しているのだ。

旅行者の「美味しい」は、アテにならない

きっかけになったのは、木村さんの経験だった。

「新婚旅行のときに覚えた違和感。そこからはじまったんです」(木村さん)

木村さんがイタリアへ行ったのは2015年。奥さんと2人で楽しみにしていたのが本場のイタリア料理だった。旅行に関する大手口コミサイトでみつけた店を、まず巡った。待ちに待った本場の味。それが実にいまいちだった。

「『こんなものかな…』とも思ったけれど、2日目に偶然仲良くなった地元のおばちゃんが『昨日はどこで食べた? 駅前の店? ダメダメ。行くならあっちの店よ』と教えてくれたんです。すると今度はめちゃくちゃ美味しかった。それが衝撃でした」(木村さん)

美味しさに対する衝撃だけじゃない。圧倒的な集合知を誇るネットの口コミサイトが、地元のおばちゃんのアナログな知見に勝てないことにこそ、木村さんは感銘を受けた。

「考えてみたら当たり前なんですけどね(笑)。世界中の質の高いユーザーが口コミを書き込めたとしても、書き手が旅行者である以上、底はしれている。地域にずっといる人の知識には敵いませんから」(木村さん)

そこに着想の芽があった。

ならば「地元の人と海外からの旅行者をQ&Aでつなぐローカルコミュニティサイトがあったら喜ばれるのでは?」と考えた。ヤフー知恵袋のような巨大なQ&Aサイトや、SNSで直接つながったコミュニティサイトはあるが、越境してローカルの人と旅行者をつなぐQ&Aサイトは意外と見つからない。

それまでグループウェアの制作運営や、企業向けのコミュニティサイトの開発運営を手がけるITエンジニア・ディレクターだったが、独立起業の潮目を感じた。個人的に「社会課題の解決につながるような事業で独立したい」と考えていたことも後押しになったという。

「どんな課題か? “グローバリゼーション”とそれに伴う文化の均質化“への危惧ですね。なんていうと大げさですけど、目立たないけれど素敵なスポットや、小さくても美味しいお店が、情報の均質化で目立たず消えていく。盛りあげないともったいないなって、感じていたのです」(木村さん)

そして2016年に独立。自らプログラムを書けること、奥さんもWebデザイナーだったこともあいまって、すぐさまシンプルなQ&Aサイトを立ち上げた。名前は「Hub Japan(ハブ・ジャパン)」。訪日予定、あるいは訪日中の外国人ユーザーが英語でクエスチョンを書き込むと、日本のローカルユーザーがアンサーを書き込んでくれるシンプルな仕組みだ。

たとえば「東京でオススメの穴場の寿司屋は?」「サクラを見に大阪へ行くが、気温は? 上着は持参したほうがいいか?」といった具合に欧米を中心に訪日予定の人たちから英語で書き込む。すると、サイトに埋め込んだGoogle翻訳エンジンが日本語に変換してくれるので、日本人も気兼ねなく「現地の声」を書き込める。その日本語は、書き込んだユーザーが読めるように、英語に変換されるわけだ。

「ただオンラインだけだとつまらないのでリアルでも何かやりたいと考えた。そこで『体験の仲介サービス』をやろうとしたんです。訪日外国人が興味のありそうな、着物の着付けとか、お茶の体験とか、いろいろ試しにやってみたら……」(木村さん)

そうしたなか、圧倒的に参加者の好評を得た体験イベントがあった。「居酒屋探訪」ツアーがそれだ。

日本人には当たり前の居酒屋に価値があった

赤提灯や縄のれんが目印の大衆居酒屋から、高級割烹ぜんとした高級店まで、バラエティに富む居酒屋レストランは、日本全国に23万店以上あるといわれる。日本独自の酒とつまみが効率よく味わえるうえ、日本の生活文化や日本人とふれあう機会もあるため、今や訪日外国人にも人気のスポットだ。

ただ興味はあれど、観光客が海外の夜の街に繰り出して、初めての居酒屋に入るのはハードルが高い。ボッタクリ店などにあたるリスクもある。しかし、勝手知ったるローカルの日本人が薦める店に、しかも一緒に入って楽しめるとあれば、安心感が高まる。

「一方で居酒屋などの飲食店も、訪日外国人のお客様を呼び込みたいけれど、お店を知ってもらえていないというのが、多少の機会損失になっていた。なので、飲食店の販促の仕組みとして活用してもらえると考えたんです」(木村さん)

試しに「ハブ・ジャパン」をとおして「日本の居酒屋で日本人と語り合おう」というツアーを告知すると、すぐに外国人観光客から応募があった。木村さんが試験的にアテンドをする。奥さんや友達とともに外国人複数×日本人複数で、オススメの居酒屋にむかい「カンパイ!」からはじめると、異様な盛り上がりをみせた。

英語もできず、そもそもコミュニケーションも苦手だった木村さんだが、酒が入り、気持ちが大きくなると「身振り手振りで必死に会話をしている自分」に気づいた。飲みニケーションあなどれじ、だ。

「また、もちろん海外の方々に『日本に来た目的は?』『何を楽しんだ?』などと聞くことも楽しいのですが、実のところ彼らから日本について意表をつく質問をされることにこそおもしろさ、価値を感じました」(木村さん)

「日本で最もポピュラーな宗教は?」とか、「無宗教? ではなぜあれほど神社があり、誰しもお参りしているんだ?」とか、「あなたにとって蕎麦とはなんですか?」とか――。

「蕎麦については、おもしろかった。自分にとって蕎麦とは何か、なんて考えたことなくて(笑)。日本人同士だったら絶対に聞いてこないような質問をどんどん向けられる。結果、むしろ日本のこと、日本文化のことを深掘りせざるを得なくなったんです。また海外の人たちが、日本の何に興味があるのかも肌感覚でわかる。これって観光施策や訪日外国人向けビジネスのヒントが得られる貴重な場になるなって」(木村さん)

だから、日本文化を深掘りしたい「訪日外国人」、質の高いインバウンド客を集客したい「居酒屋」、そして外国人とフランクに交流することで刺激やアイデアを得たい「ローカルの日本人」。この三者を“三方良し”でつなぐプラットフォームとして、2017年末に作った。

仕組みはやはりシンプルだ。ローカルの日本人ならFacebook認証をとおして「ハブ・ジャパン」にまず登録。そこから「MEET&EAT」のサイトに行く。同じようにログインして日本滞在中の「居酒屋で交流したい」と書き込んでいる訪日予定の外国人アカウントをチェック。都合のいい場所や日時、気の合いそうなプロフィールの団体がいたら「マッチング希望」をクリック。返信を待つ。マッチングとなれば、メールでのやりとりができるようになり、「MEET&EAT」内で指定する居酒屋店をチェックして予約。当日、最寄りの駅前で待ち合わせて、予約時間に店にいき「カンパイ!」となるわけだ。

外国Hub Japanの利用者たち。未成年かどうかの判断はFacebook認証で行われる。トラブルが起きないように、基本2~3人ずつしかマッチング登録できない

今はサイト経由で飲食店への予約が発生したときに、紹介料を得る仕組みで運営中。都内数十店舗の居酒屋と契約を結び、月30人程度の訪日外国人からのリクエストに応えている。

「ビジネスの規模はもう本当に小さい。受託の仕事を続けながら、まだまだ手探りの段階です。ただ小さいながら手応えも感じています」(木村さん)

「またぜひ居酒屋で飲みたい」と訪日外国人のリピーターが増えている。「生きた英語を学びたい」「楽しい飲み会を開きたい」というローカル日本人も増加中だ。とくに「企業のインバウンド担当をしているが、本当のニーズがつかめない。ヒントを得たい」「飲食店を経営しているが外国人向けにメニューやサービスを充実させたい。直接リサーチできるのでは」とマーケティング・リサーチの場として価値を見出している人も現れ始めているという。

飲みニケーション、やはりあなどれじなのだ。

「まあ、まだまだ小さい事業で、どこまでできるかわからないけど(笑)」(木村さん)と、取材終盤、木村さんは繰り返した。ただ、目立たないけど素敵なビジネス。盛り上げないともったいない、と……。

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