KDDIが「ブロックチェーン+スマートコントラクト」に取り組む理由

KDDIが「ブロックチェーン+スマートコントラクト」に取り組む理由

2017.11.06

「ブロックチェーン」といえば仮想通貨「Bitcoin」の基幹技術として知られているが、現在はこの「分散台帳」という仕組みを使って既存のインフラを置き換える新しい技術基盤を構築できないかという試みが盛り上がっている。

こうしたなか、携帯キャリアであるKDDIが、KDDI総合研究所とクーガーを交えた形で今年2017年9月に発表した「Enterprise Ethereumを活用した"スマートコントラクト"の実証実験を開始」というニュースは驚きをもって迎えられた。

ブロックチェーンの派生技術の1つとして注目を集めるスマートコントラクトだが、なぜKDDIが業界他社に先んじてこの取り組みを発表したのか。その実際について話を聞いてみた。

ブロックチェーンとスマートコントラクト

まず発表の概要について簡単に整理する。ブロックチェーンとは、Satoshi Nakamotoという人物の論文を基に2009年から運用が開始された「Bitcoin」の基幹技術であり、その後も発展改良が続いて今日に至っている。

Bitcoinにおけるブロックチェーンでは、ネットワーク内での個人間の送金情報を記録した「ブロック」が10分ごとに生成され、以前までのブロックの情報(ダイジェスト)を含んだ形で新しい次のブロックへと引き継いで「連鎖(チェーン)」していく形態を採る。取引情報は誰でも参照できる一方で、チェーンをたどって以前までのブロックを改ざんするには膨大な計算が必要で困難が伴うことから安全性が高いとされている点が特徴だ。

またBitcoinの技術自体はオープンソースで公開されているため、これを活用してさらに新しいブロックチェーン技術や、それをベースにした「Litecoin」のような"オルトコイン"と呼ばれる技術が複数誕生している。

今回の話題の中心となっている「Ethereum (Enterprise)」もその1つで、Bitcoinの中核ソフトウェアであるBitcoin Coreの開発メンバーの1人が「スマートコントラクト」という新しいアイデアを基にスピンオフしてできたものだ。

スマートコントラクトの概要については別記事を参照していただきたいが、簡単にまとめると「(相手に対して契約情報の送信など)一定条件を満たすと、事前にプログラミングされた手順に従って一連の処理を自動的に実行する」というもので、単純に「AからBへの送金」といった処理以外に、プルグラムによってより複雑な処理を組み込める仕組みだと考えてもらえばいいだろう。

「Ethereum (イーサリアム)」は現在、オルトコインの1つとして主に仮想通貨の送金に利用されているが、この仕組みを企業システムやインフラに応用できないかということで複数の企業が集まってアライアンスを作り、独自の技術としてEthereumとは別に発展改良を続けているのが「Enterprise Ethereum (エンタープライズイーサリアム)」ということになる。

今回発表されたKDDIの実証実験では、同社の既存事業に加え、非金融事業を含めた分野でのブロックチェーン技術の活用のほか、KDDIのパートナー連携を含めた形での「スマートコントラクト」の活用に向けた技術的課題の洗い出しと効果の検証を行うのが狙いという。

まず第1弾として、Enterprise Ethereumを使った携帯電話の店頭修理申し込みから完了までの工程において、リアルタイムでの情報共有ならびに業務効率化を検証していくという。

今回KDDIが発表した携帯修理業務における「スマートコントラクト」の実証実験の概要(KDDIのプレスリリースより抜粋)

実証実験での結果を踏まえ、今後はさらに修理とは別事業の携帯電話のリユースや、それ以外の分野でのパートナー間でのシステム連携の可能性も模索していくということで、今後発展改良を続けていくうえでの第一歩という位置付けだ。ではなぜ、KDDIがこうした取り組みを率先して行い、このタイミングでの参入発表なのだろうか。

なぜKDDIがブロックチェーンなのか?

「いま発表すれば、国内初の事例として喧伝し、その先進性をアピールできるから」という理由を包み隠さず話すのは、KDDI コンシューマ事業企画本部 コンシューマビジネス開発部 戦略グループリーダー 兼 経営戦略本部 グループマネジメント推進室 兼 ライフデザイン事業本部 コマースビジネス部の高橋寛氏だ。

KDDI コンシューマ事業企画本部 コンシューマビジネス開発部 戦略グループリーダー 兼 経営戦略本部 グループマネジメント推進室 兼 ライフデザイン事業本部 コマースビジネス部の高橋寛氏

実際、国内初の事例としてプレスリリースで概要が紹介された後、KDDIに各社からこれに関する問い合わせが相次いでおり、その効果は上々だという。取り組みがスタートしたのは同年春ごろで、取材時点でまだ半年も経過していない時点での発表だ。つまり、まだ本当に検証がスタートしたばかりの段階での発表ということになる。

高橋氏によれば、今回の実証実験はauのライフスタイル戦略の拡充における取り組みの一環にあるという。携帯電話事業に限らず、今後は保険、金融、ウォーターサーバなど、顧客の望むさまざまなサービスを提供していくが、KDDI自信がその商品やサービスを開発するのではなく、パートナーとなる企業を入れる形で互いのビジネスを拡大していく方向性を目指している。

このようにKDDIのプラットフォームの中でサービスが提供されていることについて、今後いかに付加価値を提供していくのかを考えた結果が「ブロックチェーン」と「スマートコントラクト」にあったというわけだ。

例えば、保険を契約する際に自分により合った契約を安価に利用できれば顧客にとってメリットとなるだろう。このような形でスマートコントラクトを利用し、複数のサービスを組み合わせて新しい利便性や価値を提供したり、あるいは新しいサービスを創出できないかという考えだ。

今回の実証実験の例でいえば、故障した携帯電話をショップに持ち込んだ際に、状況に応じて複数いるパートナーの修理業者に対してショップから依頼が行われることになる。

この際、顧客が「2万円以内なら修理依頼継続」のような条件を提示すれば、修理の過程で条件を満たしていればそのまま作業が継続され、修理状況は逐一ネットワーク全体でリアルタイム共有されて、ショップや顧客も簡単に把握できる。一方で修理額が上限を振り切った場合、その旨が顧客に伝えられ、そのまま売却した方がいいのかの判断を問い合わせる。事前に設定した条件に従って、これら情報がリアルタイムで共有されつつ、自動で処理されていく。これを実現するのがスマートコントラクトだ。

KDDIには4000万人近いスマートフォーンユーザーがおり、修理を依頼する顧客だけで年間数百万人単位で存在する。また、修理業務はサービスの入り口としてKDDIの店舗を使うという実証実験でのやりやすさがあり、効果が見えやすいという理由と合わせて事例の第1弾に選ばれたと高橋氏は説明する。今後はここで構築されたプラットフォームを基に、「つなぐことの価値をKDDIにとって大切なポジションに」ということで、EC以外の部分で提供されていないさまざまなライフラインサービスや付加サービスを提供していきたいと同氏は加える。

Enterprise Ethereumを選んだ理由

もう少し技術的、業界のトレンド的な側面から今回の話題を掘り下げる。「なぜブロックチェーンで基幹システムを構築するのか」という点だが、それは前述のように今後の拡張や応用を考えたためだ。

従来であれば、インターネットやVPNなどを介してパートナー同士の基幹システムを結び、アプリケーションを構築してきた。だが、これではアプリケーションを追加するごとにインフラを改修する必要があったり、システム接続のための検証などを行う必要があったため、コストやセキュリティ面での課題があった。

今回、ブロックチェーン上にさまざまな商材を載せる仕組みを構築することで、必要な情報をブロックチェーンに書き込むだけで瞬時に共有が行われ、スマートコントラクトによって自動処理が可能になる。つまり基盤だけ構築しておけば、あとは周辺アプリケーションやスマートコントラクトの実装だけで今後の拡張やパートナーの拡充に柔軟に対処できるようになる。

今回、このあたりについてKDDI総合研究所 情報セキュリティグループ グループリーダーの清本晋作氏と同研究主査の仲野有登氏について説明をうかがっている。

KDDI総合研究所 情報セキュリティグループ グループリーダーの清本晋作氏

取材時点ではまだ実証実験の初期段階にあり、閉じた環境でパフォーマンスやアクセス制限など問題の洗い出しを行っている最中だという。実際にブロックチェーンのインフラを構築する段階にあたっては、各パートナーにノードを配置して分散台帳を管理する仕組みとするようだ。

KDDI総合研究所 情報セキュリティグループ 研究主査の仲野有登氏

すでに検証の段階でいくつか機能的に不足している部分があり、例えばブロックを生成するノードとブロックを承認するノードを一緒にできないといった問題があり、これが仕様なのか、あるいは単に機能の実装が行われていないのかを含め、9月付けで加入したEnterprise Ethereum Allianceにフィードバックを行っているという。将来的にはWebサーバにおけるデファクトスタンダードがApacheに集約されていったように、Enterprise Ethereumをこうしたビジネス用途でのデファクトとすべく機能のブラッシュアップを続けていく意向だ。

なぜEnterprise Ethereumなのかという点だが、「ビジネス用途に必要な機能を備えたブロックチェーン技術」を探していたということで、もともとシステム開発などで付き合いのあったクーガーがEnterprise Ethereum Allianceに加入していたという経緯もあり、ここを窓口にKDDIが同アライアンスとの連携をスタートさせたことに起因する。

前述のように、アライアンス参加企業らの要望を受けてオープンシステムとして開発が進んでいくことで、独自に"フォーク"したブロックチェーン技術を導入するよりも、Enterprise Ethereumのような仕組みを活用するほうがメリットがあると判断したことも大きい。

Enterprise Ethereum Alliance

Enterprise Ethereumには、オリジナルとなったEthereumにはない「情報の秘匿性」「アクセス制限」といった機能が最初から盛り込まれている点も選択のポイントだったという。一般に、ブロックチェーンでは「取引情報が公開されて誰でも閲覧できる」ことで透明性が確保されている部分があり、特徴にもなっている。だがビジネス用途では「誰でも必要な情報にアクセスできる」「一般公開されてはまずい情報がフルオープンになる」という部分が利用のネックとなるため、これを解決した機能を仕様として盛り込んだEnterprise Ethereumの登場ということになる。特にKDDIのケースの場合、個人の契約情報がノード間を移動することになるため、これがシステムを利用するすべての人物に対してアクセス可能になっていると非常にまずいからだ。

業界他社との戦略の類似

一方で興味深いのは、必ずしもEnterprise Ethereumにはこだわっていない点だ。清本氏によれば、KDDIは同種のブロックチェーン技術であるHyperledgerの検証も続けており、実質的に2つの技術に"二股"をかけている状態にある。実は、Enterprise EthereumとHyperledgerの両方にメンバーとして名を連ねる企業は多数存在しており、「両方の技術の成長を見守って、どちらがデファクトスタンダードになっても対応できる」ように"様子見"を行っているようなのだ。過渡期ならではの現象といえるが、それだけに発展途上にある技術ということを証明しているようなものでもある。

ブロックチェーン技術の1つであるHyperledger

将来的には、4000万以上のユーザーとパートナー各社を抱えた状態でも問題なく動作するパフォーマンスが、ブロックチェーンのインフラには求められることになる。これが実現可能になるよう、検証と改良を続けていくのが今後の目標だ。

特にIoTと呼ばれる時代になると、さらに膨大な契約情報や取引情報がネットワーク上を通過していくことになる。既存の中央集権型システムでは遠からず破綻する可能性が指摘されており、いまの段階で技術研究を進め、来たるべき時代に向けてブロックチェーンを基盤として動作させられるようにしておくのは重要なことだ。

実は今回のKDDIの件とは別に、仮想通貨「MUFGコイン」の実証実験を続けている三菱UFJフィナンシャルグループの担当者に、同社のブロックチェーンに対する取り組みについて話を聞く機会があった。

それによれば、電子マネーの代替としての仮想通貨はあくまで一歩にすぎず、将来的にはIoTの展開とともにネットワーク上を膨大な取引データが通過していくことを踏まえ、次世代基盤として開発しているのがブロックチェーンのインフラ、つまり「MUFGコイン」というわけだ。流れる情報も仮想通貨の取引情報だけでなく、さまざまな取引情報や、スマートコントラクトによる契約情報を流すことを想定しているようだ。

現在は独自開発を進めているようだが、ブロックチェーン技術自体はKDDI同様にEnterprise EthereumとHyperledgerの両方にコミットしており、その行方を見守っているという。両者は「携帯修理」と「仮想通貨」というまったく異なるサービスでの実証実験ではあるが、その根本は実は同じことを行っており、目指す方向性や手段もほぼ一致しているという点で興味深い。

取材の終わりに、KDDIに今後実証実験のインフラで実現していきたいことについて聞いてみたところ、「スマートコントラクトとAIの組み合わせ」というコメントがあった。現在、スマートコントラクトにおけるプログラミングは閾値の設定など、割と事前の取り決めに沿った形での条件判断が主眼となっているが、この判断をディープラーニングやAIを組み合わせて、よりインテリジェントにできないかという話だ。

ただ、ブロックの即時共有という性質上、判断部分のパフォーマンスを一定以上に保つ必要があり、これと膨大な計算を必要とするAIとどう組み合わせていくかという課題がある。いろいろな面で目の離せない動きだ。

根付き始めた「必ず座れる」通勤、 鉄道に続いてバス業界も熱視線

根付き始めた「必ず座れる」通勤、 鉄道に続いてバス業界も熱視線

2018.11.19

座席指定の通勤電車から”通勤の高級化”の流れ?

ハイエンド通勤バスの実証実験を東急電鉄が実施

たまプラーザを舞台にした、日本初の郊外型MaaS

全席指定の通勤電車が首都圏の私鉄で運行され始めている。西武鉄道を主体に東急電鉄、東京地下鉄(東京メトロ)、横浜高速鉄道の各路線を乗り入れる「S-TRAIN」や、京王電鉄の「京王ライナー」などだ。座席指定ではなく、着席整理券による着席定員制の東武東上線の「TJライナー」もある。

帰宅時間に運行される京王ライナー

なぜ、私鉄各社がこうした通勤電車を運行し始めたのか。ラッシュを避けゆったり座ってオフィス街に移動できる利便性を提供するためだ。京王ライナーの場合、帰宅時間に下り方面に運行されるだけだが、これも「仕事で疲れているのに立って帰りたくない」という通勤需要に応えている。

S-TRAINやTJライナーの場合、休日には観光列車としての役割も果たす。S-TRAINはデートスポットとして注目される豊洲や、“食の街”として名をはせる横浜中華街を結んでいる。TJライナーは“小江戸”と呼ばれる川越や森林の多い憩いの場「森林公園」にアクセスできる。森林公園は今の時期、紅葉をライトアップするイベントが行われており、相当の集客がある。

ただ、どちらも平日はビジネスパーソンの脚となるという特徴を考えると、観光色の強い西武鉄道の「レッドアロー」や東武鉄道の「スペーシア」とは性格を異にする。

ハイグレード通勤バスでゆったりと

こうした“通勤の高級化”が、バスにも波及しそうだ。

東急電鉄は「ハイグレード通勤バス」の実証実験を2019年1~2月に行うと発表した。

ハイグレード通勤バスの外観(写真提供:東急電鉄)

ハイグレード通勤バスは客席が24席と広々としており、しかもかなり深めにリクライニング可能。Wi-Fi対応、USB、ACアダプタも装備し、パソコンなどが置けるテーブルも用意されている。そして、長距離バスのようにトイレまで備えているのだ。

座席は3列で、シート数は24席とゆったりしている(写真提供:東急電鉄)
かなり倒れるリクライニングシート(写真提供:東急電鉄)
テーブルにPCを置いて作業可能。写真左隅にACコンセントも確認できる(写真:東急電鉄)
通勤用バスながら、トイレ洗面台を完備(写真提供:東急電鉄)

 以前、両備グループの中国バスが運用する「ドリームスリーパー」という、超高級バスを拝見したことがある。しかもこちらは、さらに座席数が少ない14席で、個室タイプだ。とはいえ、ドリームスリーパーは東京~大阪や東京~広島を結ぶ長距離高速路線バス。睡眠を取ることが必須になると思うので、個室という選択肢になったのだろう。

一方、ハイグレード通勤バスは、読んで字のごとく“通勤”という言葉が入っている。つまり、長距離高速路線バスであるドリームスリーパーとは、まったく性格が異なる。

さて、今回の実証実験では、実験区間にたまプラーザから渋谷が選択された。このたまプラーザ駅がある東急田園都市線は、首都圏屈指の混雑路線だ。二子玉川や三軒茶屋からも乗客があり、朝の通勤ラッシュはすさまじいと聞く。国土交通省によると、ラッシュ時は185%の乗車率であるらしい。この田園都市線の混雑を少しでも緩和しようと、ハイグレード通勤バスの実証実験を開始する意図がみえる。

ただ、田園都市線の混雑は、東急電鉄そのものにも原因がある。というのも、東急の本拠である渋谷の再開発を急激に推し進めたからだ。セルリアンタワーや渋谷ヒカリエ、そして渋谷ストリームも開業した。どれもオフィス、商業施設、ホテルといった施設からなる複合ビル。オフィスが増えれば通勤客が増えるし、商業施設も朝の仕込みなどでラッシュ時に通う場合も十分に考えられる。そうした混雑を緩和するために、今回ハイグレード通勤バスを実験し、本サービスにつなげたいのだろう。

一方、東急電鉄はハイグレード通勤バスだけでなく、あわせてたまプラーザでオンデマンドバスやパーソナルモビリティ、マンション内カーシェアリングの実証実験も行う。オンデマンドバスはスマートフォンで乗車予約を行い、病院や公共施設への移動手段になる。パーソナルモビリティは、坂道や細い道路を移動しやすく買い物などに向く。マンション内カーシェアリングは、余っているクルマのリソースを同じマンション内で共有しようというものだ。

東急電鉄これらを日本初の「郊外型 MaaS」(Mobility as a Service:利用者の目的や嗜好に応じて最適な移動手段を提供すること)の実験だとしている。

このMaaSという考え方には、あのトヨタ自動車も積極的だ。トヨタは東京2020オリンピック・パラリンピックを舞台に「Mobility for All」を実現したい考え。パーソナルモビリティもこの施策に組み込まれる。

トヨタが実用化を進める「i-ROAD」(写真提供:トヨタ自動車)

 東急電鉄は実証実験でどのような結果を得るのか。“地獄”とも表現される通勤ラッシュの課題や少子高齢化への対応、高齢者の移動手段確保など、MaaSが貢献できる問題解決はさまざまだ。たまプラーザ~渋谷という、屈指の住宅街と屈指のオフィス街を結ぶこの取り組みが、“住みよい街づくり”にどのように関わっていくのか、楽しみだ。

文明の利器を使ったIT露出狂「AirDrop痴漢」

カレー沢薫の時流漂流 第16回

文明の利器を使ったIT露出狂「AirDrop痴漢」

2018.11.19

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第16回は、Apple製品ユーザーを襲う「AirDrop痴漢」について

我々の生活はありとあらゆるものが電子化し、飛躍的に便利になった。

しかし、あらゆるものの中には当然「犯罪」も含まれ、さらに「痴漢」まで含まれるようになってしまったのだ。

皆さんはiPhone、iPad、Macなどを使っているだろうか。そして満員電車など人が密集する場所へ行く機会が多かったりするだろうか?

上記に当てはまる人、特に女性は注意が必要である。私はと言えば、スマホはアソドロイド、パソコンはウィソドウズ、人ゴミどころか人がいるところにさえ滅多にいかないので鉄壁と言える。

「IT露出狂」の出現

最近、Apple製品を使用した「AirDrop痴漢」なるものが現れているらしい。「痴漢も電子化の時代、わざわざ相手の前に立って局部を見せるような奴は時代遅れですよ」と「AirDrop痴漢」がろくろを回すポーズで語っているかは知らないが、当然褒められたことではない。

「AirDrop」とは、Apple製品間でデータをワイヤレスで送り合うことができる機能である。自分のMacからiPhoneにデータを送ったり、iPhone同士で友人と写真を共有したりできて便利なものだ。しかし、「AirDrop」は登録いらずで簡単な一方、半径9メートル以内にいる「AirDrop」をonにしている相手になら、誰にでもデータを送れてしまうのである。

これを使って画像を共有しようとすると、「Petagine's_iPhone」など、近くにあるApple製品の端末名が表示される。ペタジーニのiPhoneなら止めておこうと思うかもしれないが、ここで「Danmitsu's_iPhone」とか、明らかに女性と思われ、しかも何かエロスを感じる(※個人の感想です)名前を見つけた場合、その端末にわいせつ画像などを送り付ける、というのが「AirDrop痴漢」の概要である。

相手に直接手を触れるわけではないので、人が多い場所だと送ってきた相手の特定はかなり難しい。被害者はわいせつ画像を見せられた不快感と、周りにそういう人間がいるという恐怖感を味わうことになり、加害者はそれを見て楽しむという、いわば「IT露出狂」だ。

便利な機能が出来るたびに、それを使った犯罪が現れるのが世の中というものだが、これも「AirDrop」の機能を悪い意味で上手く使った犯罪である。その知恵を他の事に生かせなかった上に、そういった行為を「楽しい」と思うセンスに生まれて来てしまったことは二重に不幸なことだ。

被害者は女性が多いが、男性でも被害を受けることがあり、グロ画像を送られてきたという被害もある。

また、俳優の加藤諒さんは新幹線に乗っていたところ、車内で携帯をいじっている自分の後ろ姿の写真が「AirDrop」に送られてきたと言う。わいせつ画像でなくても、「お前のことを見ているぞ」というストーカー的恐怖感を相手に与えることも可能なのだ。

被害と「誤爆」を防ぐシンプルな解決法

「AirDrop痴漢」を防ぐ手立てはないのか、というと意外と簡単で、平素は「AirDrop」の設定を「受信しない」にしておき、使う時だけonにすれば良い。

そのほか、名前や性別を特定されないように、「Gorira's_iPhone」など、ユーザーネームを変更しておくのも効果的だ。

画像を共有する相手などいないという人間は、Apple製品を買ったらまず「AirDrop」機能を切るぐらいでもいいかもしれない。何故なら、この「AirDrop痴漢」は知らず知らずのうちに加害者になる可能性もあるからだ。

恋人に送るはずだった語尾が「ぞえ♪」のLINEを上司に送ってしまったり、ツイッターのアカウント切り替えを忘れて美容垢に推しカプがどれだけ尊いか語ってしまったりするような「誤爆」が「AirDrop」でも起こるのである。

しかも、LINEなら登録してある相手にしか送らないだろうし、SNSならある程度他人が読むことを想定して投稿するだろうが、「AirDrop」の場合、半径9メートル以内にいる赤の他人に、1人で楽しむためだけのお宝画像を送ってしまうという事態になりかねないのだ。受信してしまった方も不幸だが、送った方もある意味それ以上不幸である。

このように、「AirDrop」は便利だが、意図せず自分の性癖を含む個人情報を流出させてしまう恐れもあるため、使う時だけonにするのが今のところ一番良いかと思われる。

ちなみに、この「AirDrop痴漢」は犯罪にならないかというと、もちろんそんなことはない。わいせつ画像を送るのは「猥褻物頒布罪」になり得るし、わいせつでなくても相手が不快に思う画像を送り付けるのは「迷惑行為防止条例」違反になる場合がある。

実際、電車内で「AirDrop痴漢」を80件以上繰り返したという男が書類送検されたという。送信者が特定しづらいと言っても「本気を出せば特定できるしバッチリ逮捕もされる」ということはすでに実証されているので、もしイタズラ感覚でやっている人間がいるなら、逮捕されない内に今すぐやめた方がいい。

このような使い方は、Appleが想定していなかったことだろう。つまり、最初に考え着いた人間は、アイディア力にすぐれている。

その力を犯罪以外に使えなかったのは、重ね重ね残念である。