ロボット活躍の場は広がるか? SBロボティクスが新たな取り組み

ロボット活躍の場は広がるか? SBロボティクスが新たな取り組み

2017.11.24

ソフトバンクロボティクスは、同社のコミュニケーションロボット「Pepper」を使った新たな取り組みや、米Brain Corporationの清掃ロボットなどについて発表した。ロボット事業はソフトバンクが掲げる30年ビジョンの中核の一つだ。

ソフトバンクロボティクスの新たな取組みとは?

ロボット事業はセカンドフェイズへ

発表会ではまずソフトバンクロボティクスグループの冨澤文秀代表取締役社長兼CEOが登壇し、同社のロボット事業が「第2フェーズに入った」と宣言。ソフトバンクグループやSoftbank Vision Fundが投資しているロボット関連技術を持つ企業の中からBrain Corporationとの取り組みを新たに始めると発表した。

続いてソフトバンクロボティクスの吉田健一事業推進本部長から、Pepperに関する具体的な取り組みについての説明が行われた。Pepperは2015年10月に法人向けの「Pepper for Biz」が発売されて以来、これまでに約2000社に導入されている。

同社はPepperの活用について、初期の物珍しさによる客寄せをレベル1、業務の自動化をレベル2と定義しており、今後はレベル3として、AIとデータを駆使したさらなる業務効率化、業務改善へと進んでいくとした。

業務の自動化・無人化への貢献が進んでおり、AIを駆使してさらなる効率化を進めていくフェイズへと進化している

その実例として、ホームセンターの「グッデイ」ではGoogleの音声認識と商品データベースを連動して商品場所の案内を行っていること、イオンモールではIBM Watsonと連動して、チャットボットを使った顧客対応を行なっていることなどを紹介。こうした業務向けのアプリケーション開発用ソリューションとして11月30日から「お仕事かんたん生成2.0」をリリースする。10業種・業界向けに100パターンのテンプレートが用意されるほか、Microsoft Azureによる顧客のデータ分析が可能になり、Pepper自身の反応も高速化しているという。Pepperによる顧客業務を数値化して分析することでオペレーションの最適化を実現できるわけだ。

「お仕事簡単生成2.0」は業界別テンプレートを駆使して素早くPepperのカスタマイズが可能になる

またPepper for Bizユーザーの業界別コミュニティ「パイオニアクラブ業界別研究会」も立ち上げ、業界ごとに事例やKPIを共有し、テンプレートの発展などに寄与していく。さらに業界別に業務活用アワードを設立し、表彰企業は特典として北京で行われる世界ロボット大会のツアーに招待する。

業界内団体による研究会を企画することでテンプレートの改良など業界ごとの最適化を進めていく

ビジネス分野においてはPepperの顧客行動データの蓄積と分析用の基盤にMicrosoft Azureを活用する方針であり、Microsoftもロボアプリパートナー with Microsoft Azure認定企業を2018年10月までに30社とすることを目指すなど、ソフトバンクロボティクスと共同でPepperとAzureによるエコシステムを築くべく、コミュニティの活性化に努める方針だ。

このほか、PepperをPOSレジと接続した「レジ for Pepper」やPepperを使ったホテル向けのチャットbotサービス、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の啓発など、Pepperを使った事例が紹介された。このあたりは7月に開催されたソフトバンクワールドでも同様の事例が発表されていたが、ロボットを使うことでアンケートに回答する際の心理的な障壁が下がるのか、対人向けの情報収拾にPepperは向いているようだ。こうした事例は今後、ロボットを導入してみようという企業にとってのヒントになるだろう。

商品をPepperに見せていくとQRコードが生成され、それをレジにかざすことで支払いが行える。店番と決算をPepperが行ってくれるというわけだ
多国語対応チャットbotシステムの「tripla」。すでにホテルなどで導入されており、1件あたり約250円と、従来比約3分の1程度の低コスト化に貢献している
疾病啓発はPepperが強い医療分野では健康チェックなどにPepperのコミュニケーション能力が活用されているようだ

Pepperは発表当初こそもてはやされたが、最近は店頭の片隅でメンテもされずに佇んでいるのを見かけることも多かった。しかしPepper for Bizや各種アプリケーションの登場により、着実にビジネス用のツールとして活用方法を見出したところが増えているようだ。

なお、Pepperには発売以来、ハードウェア的には基本的に変更が加えられていない。耐久性向上などの微細な改良は行われているものの、頭脳部などは大きく変わっていない。ソフトウェアの改良によって利用範囲や実用度が高まるのはPepperの長所だが、センサー類や移動機構などは日進月歩で進んでいる。話題作りの意味も含め、そろそろ次世代機に関する情報が登場してほしいところだ。

清掃ロボット分野に新規参入

日本に導入される予定のICE製清掃ロボット。ロボットといっても普通の清掃用カートを自動化したものになる

続いて、冒頭でも軽く紹介された、米Brain Corporationの清掃用ロボットの取り扱いについて説明があった。同社は今年7月に開催されたSoftbank World 2017の基調講演でも紹介があった企業で、Softbank Vision Fundから1.14億ドル(約128億円)の投資を受けた企業。業務用の清掃用ロボットを販売しているが、自社でロボット本体を作るのではなく、その制御用AIにあたる「Brain OS」の開発に特化している。Brain OSは低速の自動運転に特化しており、急な飛び出しやルート上を塞ぐ障害物などへの対応に優れているのが特徴だ。

Brain社はロボット製造メーカーにBrain OSを提供し、同OSを搭載したロボットをメーカーが顧客に販売。顧客はBrain OSを利用する権利を月間500ドル程度で購入するというビジネススタイルだ(同社は「AI as a Service」と呼称)。月額5~6万円であれば、清掃員を数人雇うよりも安上がりというわけだ。

日本へは2018年夏に、中国International Cleaning Equipment(ICE)社の清掃用カートを自動化して導入する見込み。業務用の自動清掃ロボットはすでに他社からも登場しているが、Brain OSは突然の飛び出しや障害物に対応しやすく、営業時間中の清掃でも安全に行えること、清掃自体が早く終わらせられるという高速性が特徴であり、月額制という料金体系自体も導入しやすさにつながるという。

実機によるデモンストレーションも行われたが、確かに狭い通路も器用に曲がりながら清掃を行っていた。ただ、これは実際の現場での挙動がわからないのでなんとも言えないのだが、清掃した跡を見ると、広い通路の中央付近しか掃除できていない。隅の方はほとんど掃除されておらず、確かに一周するのは早いだろうが、筆者の目には幾分大雑把な掃除ぶりだなあ、と映った。

濡れているところが葺かれたところ。確かに清掃は早いが、案外メンテ等で手間がかかるのではないかと予想する

日本市場では隅々までモップをかけた後が残るような、徹底した掃除が好まれる傾向にある。そうした市場ごとの差異も吸収するようなカスタマイズが施されるのか、あくまでBrain流を通すのか、注目したい。

ロボット事業が黒字転換するのはいつか?

ソフトバンクロボティクスは2015年にPepperの販売を開始して以来、事業はいまだに投資フェイズだという。それでも遠くない将来に事業としての健全化が見えてきたという説明だったが、2017年3月期の決算では債務超過が314億円に達しており、ソフトバンクグループの支援を受けている状況だ。Pepperがようやく投資フェイズを過ぎたとはいえ、全体が短期で黒字転換するのはかなり厳しい状況に見える。あらたな商材であるBrain社の清掃ロボットについても、軌道に乗るまでには1年程度は必要だろう。

ロボット事業自体はソフトバンクグループの中核事業のひとつとして位置付けられているだけに、支援も手厚く、事業の継続という観点では不安要素は少ない。しかし早期の黒字化となると、もう1つ2つ、起爆剤になる何らかの施策が必要であるようにも見える。例えばPepperの後継機など、大きな話題作りが必要ではないだろうか。

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

藤田朋宏の必殺仕分け人 第4回

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

2019.03.18

印鑑業界による印鑑文化の優位性アピールが話題

会社経営者として感じる、捺印作業の面倒さ

「サイン文化」と「印鑑文化」で変わる組織カルチャー

行政手続きのオンライン化を目指す「デジタル手続き法案」をめぐり、全日本印章業協会がアピールした「印鑑のメリット」が話題になっている

「代理決済できるという印章の特長が、迅速な意思決定や決済に繋がり、戦後の日本経済の急速な発展にも寄与してきた」(原文ママ)というものだ。

「ハンコならこっそり代理決済ができる」などと、身も蓋もなく自ら印鑑廃止を後押ししてしまいかねない意見が出てしまったことは興味深い。
でも僕は、ただのバイオテクノロジー屋なので、ITを活用した効率化しますよ業界の回し者でもなければ、印鑑業界の人を敵に回すメリットだってないので、特にこの点について深く言及しないし、「日本における今後のハンコをどうするべきか」なんてことを掘り下げて云々するつもりもない。

ただ、日本を含む4カ国でスタートアップを立ち上げた経験から、企業の組織カルチャー形成に、承認方法としての「印鑑」と「サイン」の違いが、とても大きな影響を与えているのではと実感した話を書いておきたい。

日々、何かと多すぎるハンコ作業

まず共有しておきたい事実は、日本で会社を経営すると、毎日ものすごい数の代表印や銀行印や社印を押さなければいけないということだ。(会社の印鑑って3種類あるの知ってました?)

お客さんと契約してお金をいただくときに契約書に捺印するのはイメージできると思うが、その後もお金が銀行口座に無事入るまで、受領やらなにやら契約書だけでなく、さまざまな書類にとにかく捺印をしまくる必要がある。

また、家賃を払う、プリンターのトナーが切れる、実験試薬を買うなどなど、とにかく会社を運営する活動の一つ一つに対して、それぞれ細かくおびただしい数の印鑑を押す。法人が国や地方自治体に税金を払う時はもちろん、社員のあれこれも、例えば社員の誰かが結婚したり引っ越したりするだけでも印鑑を押しまくる。自分で会社をやってみてつくづくわかったが、とにかく捺印の数が膨大だ。

しかも、びっくりすることに、民間企業も市町村も、同じことをするために、それぞれがまったく違うフォーマットの書類に捺印を求めてくる。

こうして、大量な上にフォーマットがまったく違う書類を毎日渡されて、決められた位置に決められた種類の捺印をすることは、仮に契約書や書類の中身をまったくチェックしないで無責任に捺印したとしても、結構な時間を必要とする作業だ。

捺印にかける時間が惜しい

しかもうわの空で押していると、銀行印を押すべきところに代表印を押し間違えてしまったり、インクが簡単にかすれてしまったりするのが印鑑だ。人生において、こんな捺印ミスなどという程度のことで書類を作り直してもらう羽目になった回数を考えただけで、こんな単純な作業に失敗する情けなさとと、書類を作ってくれる従業員への申し訳なさで、どこかに隠れてしまいたい気持ちになる。

そう、僕は毎日、隠れてしまいたい気持ちになっているのだ。

なぜ、日本から印鑑はなくならないのか

我々の会社のように、たとえ社長だろうがあっちこっちに、営業に謝罪にと、せわしなく飛び回わることで、なんとか会社の体を保っているような規模の企業の方が世の中には多いと思う。そんな"貧乏暇なし社長”がこの捺印という物理的作業に忙殺される時間というのは、正直いって無駄以外の何物でもない。

にもかかわらず印鑑を押すという文化が日本に残っているのは「捺印するという作業」は、誰かに頼めてしまうからなのだと思う。多くの会社において「捺印をし続けるという作業」を自分でやっている社長はあまり居ないのかもしれず、ここが、すべて自ら書かなければいけないサインとの最大の違いなのだろう。

ちなみに、僕の場合は「捺印をし続けるという作業」だけを人に頼むような仕事の依頼の仕方は好みではないので、あちこちに会社を立ち上げては、担当者に「代表取締役」の役職ごと譲るようにしている。

海外の「サイン文化」は印鑑以上に面倒?

冒頭にも書いたが、僕は日本以外の3カ国でも会社を経営している。言うまでもなく日本以外の国は、承認の証としては「サイン」が一般的だ。

日本の会社同士の契約書の場合は、代表者の名前の脇に代表印と社印を、契約書を閉じた裏面に割印を一カ所押す形式であることが多い。つまり、二者間の契約であれば、先方用の契約書と当方用の契約書をあわせて、計4カ所の代表印と計2カ所の社印を押せばよい。

ところが、海外の契約書は、すべてのページにサインをしなければならない。海外の契約書は「実際にそんなことは起きないって」ってくらい、ありとあらゆる場面を想定した契約書になっていることが多く、とにかく契約書が長い。

感覚として、同じような内容の契約をするのに、日本の会社同士の契約の5倍~10倍のページ数になっても驚かない。

つまり、ちょっとした契約書でも軽く100ページを超えてくるわけだが、このすべてのページに手書きでサインをすることを想像して欲しい。契約書の中身を読んでただただサインを書き続けていると、「こんな作業に時間を使い続けてていいのだろうか」という自問の気持ちが芽生えてくる。

その組織カルチャーの差、ハンコとサインの差が原因ですよ

言うまでもなく、サインは誰かに代わりに書いてもらうことはできない。では、サインを書く物理的な時間を減らすために、何が起こるのかというと、「権限委譲」が進むのである。

日本の会社だと当たり前のように社長の名前で締結する規模の契約でも、海外の会社だと担当部長あたりの名前で契約を締結してくる。

もしかしたら、日本の会社のカルチャーだとそれは失礼なことに当たるのかもしれないが、サインを前提とした会社において、会社のすべての契約を社長名義で契約していたら、社長の一日は「サインを書く」という作業だけで終わってしまう。だから、どんどん権限委譲をしていくしかない。

日本の大企業の合意形成や意思決定のあり方を分析する文脈において、「日本の会社は権限委譲が進んでいない」とか、「プロジェクトごとの意思決定者の所在がよくわからないから、スピード感が遅くなってグローバル競争に負けてしまう」などという指摘を頻繁に見る。

特に近年流行りの「日本企業のホワイトカラーの生産性を高めましょう」という議論の多くでは、日本企業のこういった特殊性の原因を、日本人の歴史的・文化的背景や、国民性が理由であると結論づけている。

だからもっぱら、風通しがよく責任範囲が明確で、意思決定の早い会社にするために、せっせと組織構造をいじったり、管理職に研修をしたりと、コンサル屋さんが儲かるだけの努力に大きなお金を払うことになっているのだが、大きな効果が得られているようにみえない。

僕の考えは、特殊性の理由がちょっと違っていて、「その組織カルチャーの差って、捺印とサインの差が本質的な原因ですよ」と、わりと確信に近い自信を持っている。

捺印の作業だけを誰かに頼むのではなく、捺印をする権限ごとどんどん頼んでしまえばいい。ハンコにウンザリしている世の中の社長さん、そう思いません?

(藤田朋宏:ちとせグループ 創業者 兼 最高経営責任者)

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2019.03.18

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第32回は、実家暮らしの男性に降りかかる「子供部屋おじさん」論議について

「子供部屋おじさん」という言葉が注目されている。言葉自体は2014年あたりからあったそうだが、今また脚光を浴びているそうだ。

「○○おじさん」「○○おばさん」という呼称には、「アイカツおじさん」のように秀逸かつもはや「Sir」級の「称号」と言って良いものもあるが、大体が蔑称である。

その中でもこの「子供部屋おじさん」の蔑視ぶりたるや、である。意味はわからなくても本能で「馬鹿にされている」と察することができる。

「子供部屋おじさん」とはどんなおじさんを指すかというと、成人しても親元を離れず実家の「子供部屋」で暮らし続けるおじさんのことである。「パラサイトシングル」を、言われた相手の血管が切れるように魔改造した言葉だ。言葉としては「上手いこと言うな」と感嘆するしかない。

単に「実家住みのおじさん」という意味ではなく、「いい年をして親から自立せず、自分では何も出来ない、中身は子どものままのおじさん」という痛烈な批判が込められている。

この「子供部屋おじさん」は、ひきこもりやニートとは違い、仕事はちゃんとしている場合が多い。だが逆に「実家を出ようと思えば出られるのに出ない」という点が余計「甘え」と見なされ、ここまでの鬼煽りを食らう羽目になったとも言える。

このように世間からみっともないと思われがちな「実家住みの成人」だが、本当に彼らは社会の病巣であり、親から見れば寄生虫なのだろうか。

一人暮らしは今や「修行」かもしれない

子供部屋おじさん含むパラサイトシングルにも言い分はある。まず「実家から出るメリットが見いだせない」という理由だ。

実家が持ち家の場合、一人暮らしをするよりも実家住みの方が経済的には圧倒的有利だ。親側からしても、純粋に寄生されるのは厳しいが、生活費などを入れてもらえるなら、逆に助かるという場合もある。

また職場からの距離も実家から通った方が近いと言うなら、わざわざ経済的負担を負いながら、場合によっては遠距離通勤をする「一人暮らし」というのは「修行」という意味しかなく、昨今盛んに言われる「コスパ」「合理化」という観点から見ると「正気か」というような無駄でしかない。そのため、インフルエンサー的な人が一発「まだ一人暮らしで消耗してんの?」と言えば、容易に世論が傾いてしまいそうな気がする。

しかし「修行という意味しかない」と言っても、その「修行」に意味がないわけではない。一人暮らしが人間に自立と成長を促すのは確かである、自分のことは全て自分でやらなければいけないのだから当然だ。

逆に、衣食住が保証された実家で、お母さんにご飯と身の周りの世話を全部やってもらっていたら確かに子供となんら変わりないし、もし仮に結婚して家を出たとしても、今度は嫁に母親と同じことを求めるだろう。

結果として、「見た目は中年、中身は子供、価値観は団塊」というバランス感覚皆無の生物が爆誕することになりかねない。そういった意味では、いかに合理的でなかろうが、一人暮らしをする意味はあると言える。

だが、親の方が子どもに「実家にいてほしい」と望むケースもある。

前に「増加する共倒れ家庭」という、タイトルからして明るい要素皆無のテレビ番組を見たことがある。老齢一人暮らしの父親の元に、非正規雇用で自活できない息子が帰ってきて、そのせいで生活保護が打ち切られ、ますます困窮するというマジで暗い所しかない話だった。

しかし、父親の方が息子に対し「迷惑だから出て行ってほしい」と思っていたかというと、そうではなく「自分が老齢で何があるかわからないので居てほしい」と言っていたのだ。

このように、高齢の親からすれば、子供がいてくれるのは「安心」という面もある。ほかにも、介護のために実家に戻って来た者もいるのだから、一概に「子供部屋おじさん」とバカにすることはできない。

「子供部屋おじさん」がここまで燃える理由

そして、この「子供部屋おじさん」に今更激烈な反応が起こっているのは、「おじさん」と性別が限定されているからだろう。

当然「子供部屋おばさん」だって存在する。私も結婚して家を出るまで実家にいたし、成人すぎても小学校入学の時買ってもらった学習机を使っており、もちろん身の周りのことは母親を越えてババア殿にやってもらっていたという、どこに出しても恥ずかしくない「子供部屋おばさん」だった。親は私を家から出すのに相当勇気がいったと思う。

しかし、バカにされているのは専ら「子供部屋おじさん」の方で、言葉自体も「ブサイク」には「ブス」ほどの破壊力がないように、「おばさん」より「おじさん」の方がどう考えても「強く」感じる。

「子供部屋おばさん」にパンチが足りないのは言外に「女はまあ実家住みでもいいんじゃね?」という見逃しがあり、逆に男には「男のくせにいつまでも親の世話になってみっともない」という、男女差別があるせいではないだろうか。

ネットを開けば、ジェンダー問題で毎日ひとつは村が燃えている昨今である。「子供部屋おじさん」が、そっちの観点でアンコール炎上しても不思議ではない。

当然だが、一家の家計を支え、親の介護をしながら家事までやっている「子供部屋おじさん」もいれば、ろくに家に金もいれず、親に三食用意してもらっている「子供部屋おばさん」もいる。もちろんこれはおじさん・おばさんを入れ替えたって言えることだ。

男だから、女だから、で言い切りが出来ないように「実家暮らし」という属性一つでは何も断言することは出来ないのである。

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