ダイムラーの「me-convention」が示すモーターショーの方向性

ダイムラーの「me-convention」が示すモーターショーの方向性

2017.10.10

数年前からモーターショーの凋落がささやかれつつある。先進モデルはデトロイトモーターショーよりもCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で出ると言われ、東京モーターショーも規模縮小や来場者数減少など心配の種が尽きない。しかし、これが時代なのかもしれない。そんな中、フランクフルト国際自動車ショーの期間中にダイムラーが開催した「me-convention」は注目すべきイベントだと言える。

ダイムラーがSXSWとのコラボイベント「me-convention」を開催(撮影:Satoru Nakaya)

クルマの電化とITの発展が変えるモーターショーの意義

従前のモーターショーでは斬新なフォルムのコンセプトモデルを飾り、エンジンのモックアップや要素技術を展示してきた。10年ほど前はwell to wheel(井戸=燃料採掘から車輪=車両走行まで)のwell多様化論が花盛りで、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、ハイブリッド車(HV)、電気自動車(EV)、燃料電池自動車(FCV)、天然ガス自動車(CNG)など、多種多様なモデルを並べることができた。

しかし、今のテーマは電化だ。これはエンジンのモックアップのような、見て触れられる技術展示には不向きで、スクリーンやパネルで概念などを伝えることになる。今回、フランクフルト国際自動車ショーの会場に活気が感じられなかったのは、展示物に迫力や斬新さがなかったせいもあるだろう。

電化がテーマとなりつつある昨今のモーターショー(撮影:Satoru Nakaya)

また、ITの発展は現場に行く必然性を薄れさせている。通信社や速報系メディアは取材したさきから小まめに情報をアップし、メーカーも発表と同時に公式サイトで情報を公開する。ダイムラーは「Mercedes me Media」を立ち上げ、プレスカンファレンスの模様をいつでもオンラインで閲覧できる体制を整えた。

今後、セールスに直結する商談会としてのショーは引き続き成立し得るが、新しい技術やモデルの発表会としてのショーはもはや厳しいかもしれない。これからのモーターショーはいかにしてその存在意義を見出すべきだろうか。ダイムラーがSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)と連携して開催した「me-convention」は、ひとつの方向性を示唆している。

豊富な参加型プログラム、2,700人以上が来場

me-conventionはダイムラーが9月15日~17日に開催したSXSWとのコラボイベントだ。開催場所はフランクフルト国際自動車ショーでダイムラーが使ったブースを分割して使用した。会場内ではステージイベントやハッカソンといった参加型プログラムなどを提供。3日間で150人が登壇し、35カ国以上から2,700人以上が来場した。

メルセデスの展示棟を分割して使用(撮影:Satoru Nakaya)
会場の見取り図

me-conventionでは、メルセデス展示棟の1階中央にあるメインステージ(urban stage)、2階の回廊すべて(オレンジ色のエリアなど)、隣接する別棟(forum stage 1+2)を使用した。この専用エリアに入るには入場料(一般360ユーロ、学生150ユーロ)が必要。モーターショーとの互換性はなく、それぞれにチケットを用意しなければならない。モーターショー会場との接点には係員が立ち、入館証をチェックしていた。

モーターショーのプレスデー(me-convention開催前)は入場制限がなく、展示棟の1階と2階は自由に出入りできた。展示棟2階は通常、車両や技術展示が行われるエリアだが、モーターショー開催期間中からme-conventionに向けてラウンジやブランコなどが設置されており、一種独特の雰囲気。ショー取材の合間にソファで休憩する人はいたものの、これらの意図を理解するジャーナリストは多くなかったのではないか。

展示棟1階のメインステージ(urban stage)。モーターショーではカンファレンスを行った場所だ。ただし、ここでme-conventionのイベントが行われたのは1回のみ。それ以外はモーターショーで披露したモデルを適宜入れ替えて飾っていた(画像提供:Daimler AG)
展示棟1階と2階にまたがるinsight stageでは比較的、若手のスピーカーが登壇し、スクリーンを使ってTEDさながらのプレゼンテーションを披露した(画像提供:Daimler AG)

日本人にはあまり知られていない印象

会場の外でも、スポンサーであるルフトハンザとの協業イベントや、フランクフルト市街地の飲食店にてスピンオフイベント(クラブのようなノリ)などを開催していた。イベント会場内はもとより、開催期間中は街中の至る所で何かしらのイベントが開催されているという、SXSWのコンセプトが踏襲されている。

フランクフルト市街地のカフェやレストランでもイベントを開催(画像提供:Daimler AG)

SXSWは1987年にテキサス州オースティンで始まり、当初は映画や音楽といったエンターテインメントコンテンツを扱うイベントであったが、近年はIT関連のスタートアップ向けイベントとして定着しつつある。日本からの参加者も多く、開催期間中は周辺ホテルの価格が高騰するという。

しかし、今回のme-conventionは日本人が少なかった。モーターショー会場では日本人が比較的目立っていたにも関わらず、3日間の来場者合計2,700人に対して、日本人は20人に満たなかったのではないだろうか。

パナソニックでスタートアップ関連の支援を行っているという男性からは「この手のイベントには日本人のスタートアップ関係者が結構参加しているし、直前に開催されていた『アルス・エレクトロニカ』には日本人がいたので、その流れで参加する人も多いのではと思っていたが、予想外に少ない印象」と語っていた。

5つのテーマで構成されるプログラム

開催されるプログラムは下記の5つのいずれかのテーマに分類される。

1.New Creation(創造性)

2.New Leadership(リーダーシップ)

3.New Realities(バーチャルに対しての現実)

4.New Urbanism(都市主義)

5.New Velocity(社会の変化の速度)

別棟のforum stage 1とforum stage 2。ダイムラーのディーター・ツェッチェ会長とfacebookのサンドバーグCOOが、「New Leadership」のテーマで「Culture, Leadership and Innovation in the Digital Age」と題した対談を行ったのもここだ。この対談を含め、キーノートスピーチの際は2つのステージを接続して使用していた(画像提供:Daimler AG)

一方、プログラムを系統別に分類すると下記の5つになる。

1.セミナー&シンポジウム(有識者がスピーチないし対談を披露)

2.プレゼンテーション(登壇者が自身のユニークな活動やアイデアを発表)

3.参加型プログラム(ハッカソンやアイデアソン、ワークショップなど)

4.スタートアップ向け情報提供(国や自治体によるスタートアップ支援の紹介)

5.フリースペース(交流や対話を促す場。ブランコやVR体験など)

メルセデスの展示棟2階に設置されたブランコ。5つのブランコが円形に並び、自由に遊べるようになっている。4人グループの男女は向かい合って座り、交互に足が触れるようにタイミングを合わせて漕いでいた。新しい発想が生まれる仕掛けだ(撮影:Satoru Nakaya)

期間中は一日中、どこかのスペースで、何かしらのプログラムが行われている。来場者は場内を回って、自分が好きなプログラムに参加すればよい。基本的には事前登録も不要だ。例えば……。

幅広い知識と情報に触れられる場所

午前中は史上2番目に月面歩行を行った宇宙飛行士バズ・オルドリンのキーノートスピーチを聞く。バズは過去の経験談をユーモアたっぷりに披露しつつも、御年87歳にしてこれから叶えたい夢があるのだと熱く語り、来場者には「夢を叶えるにはあきらめないことだ」と説いていた。

宇宙飛行士のバズ・オルドリン氏がキーノートスピーチに登場

ラウンジのフリーフードコーナーには無料の軽食とドリンクがあるので、軽い昼食をとり、午後からはmaker's spotへ行く。ここでは自治体や国際協力機構(JICA)のような公的機関の担当者がスタートアップ向けの支援策を紹介している。国境を越えて起業の場を求める人たちは耳寄りな情報が得られるかもしれない。

会場内のフリーフードコーナー(写真左)。ドライフルーツやオーガニックナッツバーなどを無料提供する。ドリンク類も無料で、ジュースはチャリティー付きのものを提供。全体に“意識高い系”のテイストだが、屋外に設置された有料の飲食ブース(写真右)は一転してラフでくだけた雰囲気だ(画像提供:Daimler AG)

また、creater's spotでは事前登録した参加者が「AIとCar2GO」をテーマとするハッカソンに取り組んでいる。ハッカソンは数カ月前からネットで募集をかけていたそうで、ドイツ国内の大学生・留学生を中心に、各国の若手が100人近く集まっていた。日本からは唯一、関西の男子大学生が参加。英語での議論には苦労したそうだが、新しい挑戦に得るものも大きかったとか。フランクフルト2泊3日分の宿泊代と食事代、近距離交通費、me-convention入場パス、そして緑色のおそろいのパーカーはすべてダイムラーの支給だ。

ハッカソン参加者はお揃いのパーカーを着用。20代の若者が大半を占めていた(画像提供:Daimler AG)

creater's spotの横の通路を抜けると、insight stageの入口がある。ここでは音楽で福祉活動を展開するミュージシャンや、3Dプリンタやレーザーカッターなどを使ったプロトタイピングを研究するMITのポスドクなど、若手のスピーチが聞ける。登壇者との距離も近く、スマホアプリを使って質問をすることもできるので臨場感があっていい。

かっちりとしたスピーチやセッションを希望するならforum stageへ。NVIDIAのエンジニアから人権活動家、現代芸術アーティスト、AIの研究者、チベットの僧侶まで、実に幅広い有識者の話を聞くことが出来る。

17時を過ぎるころにはフリーフードコーナーでビールの提供が始まる。ラウンジのソファで隣り合った人に声をかけて、今日の感想を交換するなんていうのも楽しい。

隣に座った中国人の若い女性はメルセデスに勤める友人に誘われて来場したそう。彼女自身はドイツの大学に留学中で、マーケティングを学んでおり、クルマに興味があるわけではないとのこと。ただ、プログラムはどれも面白く、AIの講演が印象深かったという。

……こんな風にして1日が過ぎていく。

クルマに関係ないプログラムも開催

3日間のプログラムのうち、タイトルでクルマを謳っているものは数個に過ぎない。いずれのプログラムも刺激的かつ最新鋭のコンテンツであることは間違いないが、モビリティに一切触れないものもあった。

しかし、登壇者の多くはモビリティ、クルマ、自動運転などに触れている。彼らが総じて口にするのは自動運転の実現した社会への期待感だ。運転から解放されたらこんなことができる、こんな移動の自由が手にできそうだ、そうしたらこんな新しいライフスタイルが実現できるのではないか…。一部には、ダイムラーがフランクフルト国際自動車ショーで披露したミュージカル以上に夢物語の要素が強い意見もあるが、それこそが重要。異分野の専門家が自動運転をどう受け止め、何に期待しているのか、多様な視点からの意見交換に価値がある。

コワーキングスペース(写真左)では小規模なワークショップを適宜開催。右は3Dプリンタがずらりと並んだコーナーだ。特段に珍しい装置ではないようだが、台数の多さに圧倒される(画像提供:Daimler AG)

また、会場の中央にあるメインステージでは、モーターショーで披露した車両を適宜入れ替えながらデモムービーを披露しており、来場者にここがダイムラーのイベント会場であることを時々思い起こさせてくれる。

とはいえ普段なら、ここは自慢のコンセプトモデルや市販モデルが並べられる場であり、クルマ好きが嬉々として写真を撮ったり、今度はこれに乗りたいなどとイメージを膨らませたりする場所だ。そのスペースを大幅に減らしたのは商業的にみれば、もったいないのかもしれない。me-conventionの入場料が約5万円とはいえ、来場者数は2,700人程度。会場のキャパシティーから見て収容人数には上限があり、いくらスポンサーを募ったところで、利益のことを考えたらまず割に合わないだろう。

それなのに、なぜダイムラーはme-conventionを開いたのか。私はダイムラーが世界との対比で自らのポジショニングを図る企業だからだと考える。

イノベーションを生み出すのは多様性と共創の場

いま、世界を賑わせている新しいビジネスはクローズドの研究室やオールドスタイルの価値観からは生まれていない。Facebookにしても、テスラやUberにしても、既成概念にとらわれない自由さが根底にある。そこに必要なのは適切なインプット、アイデアが広がるオープンな場、そしてアウトプットを共創できるパートナーなのだ。

その意味でSXSWは非常によく組み立てられている。いいアイデアは必ずしも熟考の先に出てくるわけではない。まったく関係ない話をしていたときに、ふと解決策が浮かぶという経験は誰しもあるのではないか。SXSWはそんな刺激に満ちたイベントだ。ジャンルにとらわれることなく、先進的で刺激的で良質なコンテンツを豊富に取りそろえる。多様なコンテンツがあるからこそ多様な人材が集まり、そこから新しいものが生まれる。

ただし、本家のSXSWがそうであるように、今回のme-conventionから自動車産業を潤すニュービジネスがどんどん生まれるわけではない。ハッカソンのアイデアが今日明日の商品企画に反映される確率は極めて低いだろうし、有能な人材を発掘できる保証もない。しかし、「実はSXSWがきっかけ」という好事例は存在する。恐らく、インスパイアレベルまで含めると、その影響力は計り知れない。そして、「何か面白いことをやっている」という評判は新たな情報と人材を引き寄せる。ここに醍醐味があるのではないか。

小さな卓球台や落書きスペースなど、童心にかえって無心になれる仕掛けがあちらこちらに置かれている(撮影:Aiko Hayashi)

第2回me-conventionが開催されるかどうかは今のところ分からない。しかし、世界の新たな潮流を体感するために、コラボレーションというカタチでイベントを開催したのはダイムラーの英断と言える。

日本メーカーにも若者のクルマ離れを憂うばかりでなく、未来を創る世代の感じている流れを体感し、共に流れを作っていくような決断を下してほしい。それは若者にこびることでも、若者向けの商品を開発することでもない。多様な価値観を持つ人材との共創活動なのである。

ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

2019.05.22

NTTドコモがスマホ決済の「d払い」を強化する

競合ひしめくなか、ドコモはどこに勝機を見出したのか?

NTTドコモは、夏モデル発表会においてスマホ決済の「d払い」の強化を発表した。送金やミニアプリなど新機能を追加し、ドコモの会員基盤をベースにキャッシュレスを普及させるビジョンを示した。

ドコモがスマホ決済「d払い」を大幅強化

PayPayを始めとするスマホ決済各社は、還元キャンペーンや加盟店開拓などで競争を繰り広げている。ドコモはどこに勝機を見出したのだろうか。

「d払い」が送金やミニアプリに対応

電子マネー「iD」やクレジットカード「dカード」を展開するドコモが、2018年4月に始めたスマホ決済が「d払い」だ。FeliCaの搭載が必要だったおサイフケータイとは異なり、バーコードやQRコードを用いるd払いはほとんどのスマホに対応できる。

d払いアプリのダウンロードは2019年5月に500万DLを達成し、2019年度は1000万DLを目標に掲げた。利用箇所はiDとdポイント、d払いの合算で2019年4月に100万箇所。2021年度末の目標は200万箇所とした。

d払いの強みは、「dポイント」との連携だ。ドコモの利用料金やdカードからの還元だけでなく、キャリアに関係なく持てる「dポイントカード」でポイントが貯まる。2018年度の利用総額は1年間で1600億ポイントに達し、d払い利用者の53%が支払いにdポイントを利用しているという。

さらにドコモはd払いに新機能を追加してきた。9月末に提供する「ウォレット」機能では、ドコモ契約者向けだった「ドコモ口座」を誰もが使えるようキャリアフリー化し、チャージや送金の機能をd払いアプリに統合する。

ドコモ口座をd払いに統合する「ウォレット」

複数の加盟店アプリを1つにまとめた「ミニアプリ」は、秋以降に展開する。d払いアプリから加盟店のサービスを呼び出すことで、「ハンバーガーの事前注文」や「タクシーの配車」が可能になる。加盟店の専用アプリを入れる必要がなく、d払いで決済もできるのがメリットだ。

「ミニアプリ」はローソンとマツモトキヨシから開始予定

QRコードの読み取りも強化する。これまでd払いは利用者がスマホ画面のQRコードを店舗側に見せる「CPM」方式に対応しており、コンビニのようなPOS連携が必要になるなど中小店舗にはハードルの高い仕組みだった。

コードを「見せる」「読み取る」の両方式に対応

そこでd払いは、顧客がスマホのカメラで店舗のQRコードを読み取る「MPM」方式への対応を発表。PayPayなど多くの事業者に続き、d払いも6月末には両方式に対応することで、大型店舗だけでなく中小店舗に展開していく体制を整えたというわけだ。

アプリを大幅強化、「マルチQR」にも対応

次々と新機能を追加するd払いでは、アプリも大きく変わることになる。開発中のアプリ画面には、ドコモ口座への入金と送金、ポイント送付、割り勘、ミニアプリなどの機能が所狭しと並んでいた。

d払いアプリを大幅強化

参加企業が増えればミニアプリには多くのアイコンが並ぶことになるが、これにはカテゴリ分けなどで対応していく考えだ。ミニアプリの仕組みは、既存システムとのAPI接続や専用パッケージの提供など、さまざまな方式を検討するという。

また、増え続けるQRコードへの取り組みも発表した。1つのQRコードで複数の決済サービスに対応できるデジタルガレージの「クラウドペイ」に、d払いも対応する。

1つのQRコードで複数の決済サービスに対応

クラウドペイでは、店舗側が支払う決済手数料は一律3.24%(税込)となるものの、固定費や機器の導入は不要で、複数の決済サービスをワンストップで契約できるなどのメリットがある。

全国のドコモ代理店が加盟店開拓へ

今後は全国のドコモ代理店の営業リソースを活用し、加盟店を拡大していくという。最近ではソフトバンクの営業部隊がPayPayの加盟店を次々と開拓する快進撃を続けており、そこにドコモが勝負を挑む構図になりそうだ。

d払いは、スマホアプリを中心にさまざまなサービスにポイントを循環させるビジョンを描いている。ドコモの発表からは、これまで以上にアクセルを踏み込む姿勢が感じられた。dポイントを絡めた「20%還元」など、新たなキャンペーンにも期待したい。

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訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

先鋭ベンチャー LOCK ON! 第8回

訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

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訪日外国人をターゲットとした“異文化飲みニケーション”サービスが誕生

居酒屋がビジネスのヒントを得られる貴重な場になる可能性も

ここ最近、若者に嫌われがちな慣習に「飲みニケーション」がある。

これはいうまでもなく、仕事を終えた後、同僚たちと居酒屋などに集結し、アルコールの力を借りて互いの胸襟を開き、親睦を深めるコミュニケーション手法のこと。しかし、終身雇用や年功序列が崩壊した今や「会社の人とプライベートの時間まで削って仲良くなろう」というモチベーションは薄れた。「“飲みニケーション”って、いらなくね?」というムードが蔓延。令和時代に廃れてしまいそうな慣習ともいえる。

会社に勤める日本人の若者には、風当たりの強い飲みニケーション。それを新たなカタチとしてビジネスにつなげているのが、アシノオトの木村壮介さんだ。では、どんなビジネスなのか、木村さんに聞いた。

アシノオト代表の木村壮介さん。高校卒業後、兄が起こしたグループウェアメーカーにジョインして、エンジニアとして活躍。ウェブマーケティングの会社へ転職し、ウェブコミュニティの開発運営などを経て独立。訪日外国人とローカル日本人をつなぐQ&Aサイト「Hub Japan」を起ち上げ。2017年、同サイト内で「MEET&EAT」をスタートさせた

サービス名はHub Japan「MEET&EAT」。ネット上のプラットフォームを介して知らない者同士がマッチングし、文字どおり、食べて、飲む。”飲みニケーション”で親睦を深める、というわけだ。

もっとも「MEET&EAT」がマッチングするのは上司と部下でも、出会い系的な若い男女でもない。木村さんが飲みニケーションのターゲットにしているのが訪日外国人と日本人。日本を訪れた海外からの旅行者と、日本にいる人たちを居酒屋でつなぎ、親睦を深めさせる。いわば“異文化飲みニケーション”を提供しているのだ。

旅行者の「美味しい」は、アテにならない

きっかけになったのは、木村さんの経験だった。

「新婚旅行のときに覚えた違和感。そこからはじまったんです」(木村さん)

木村さんがイタリアへ行ったのは2015年。奥さんと2人で楽しみにしていたのが本場のイタリア料理だった。旅行に関する大手口コミサイトでみつけた店を、まず巡った。待ちに待った本場の味。それが実にいまいちだった。

「『こんなものかな…』とも思ったけれど、2日目に偶然仲良くなった地元のおばちゃんが『昨日はどこで食べた? 駅前の店? ダメダメ。行くならあっちの店よ』と教えてくれたんです。すると今度はめちゃくちゃ美味しかった。それが衝撃でした」(木村さん)

美味しさに対する衝撃だけじゃない。圧倒的な集合知を誇るネットの口コミサイトが、地元のおばちゃんのアナログな知見に勝てないことにこそ、木村さんは感銘を受けた。

「考えてみたら当たり前なんですけどね(笑)。世界中の質の高いユーザーが口コミを書き込めたとしても、書き手が旅行者である以上、底はしれている。地域にずっといる人の知識には敵いませんから」(木村さん)

そこに着想の芽があった。

ならば「地元の人と海外からの旅行者をQ&Aでつなぐローカルコミュニティサイトがあったら喜ばれるのでは?」と考えた。ヤフー知恵袋のような巨大なQ&Aサイトや、SNSで直接つながったコミュニティサイトはあるが、越境してローカルの人と旅行者をつなぐQ&Aサイトは意外と見つからない。

それまでグループウェアの制作運営や、企業向けのコミュニティサイトの開発運営を手がけるITエンジニア・ディレクターだったが、独立起業の潮目を感じた。個人的に「社会課題の解決につながるような事業で独立したい」と考えていたことも後押しになったという。

「どんな課題か? “グローバリゼーション”とそれに伴う文化の均質化“への危惧ですね。なんていうと大げさですけど、目立たないけれど素敵なスポットや、小さくても美味しいお店が、情報の均質化で目立たず消えていく。盛りあげないともったいないなって、感じていたのです」(木村さん)

そして2016年に独立。自らプログラムを書けること、奥さんもWebデザイナーだったこともあいまって、すぐさまシンプルなQ&Aサイトを立ち上げた。名前は「Hub Japan(ハブ・ジャパン)」。訪日予定、あるいは訪日中の外国人ユーザーが英語でクエスチョンを書き込むと、日本のローカルユーザーがアンサーを書き込んでくれるシンプルな仕組みだ。

たとえば「東京でオススメの穴場の寿司屋は?」「サクラを見に大阪へ行くが、気温は? 上着は持参したほうがいいか?」といった具合に欧米を中心に訪日予定の人たちから英語で書き込む。すると、サイトに埋め込んだGoogle翻訳エンジンが日本語に変換してくれるので、日本人も気兼ねなく「現地の声」を書き込める。その日本語は、書き込んだユーザーが読めるように、英語に変換されるわけだ。

「ただオンラインだけだとつまらないのでリアルでも何かやりたいと考えた。そこで『体験の仲介サービス』をやろうとしたんです。訪日外国人が興味のありそうな、着物の着付けとか、お茶の体験とか、いろいろ試しにやってみたら……」(木村さん)

そうしたなか、圧倒的に参加者の好評を得た体験イベントがあった。「居酒屋探訪」ツアーがそれだ。

日本人には当たり前の居酒屋に価値があった

赤提灯や縄のれんが目印の大衆居酒屋から、高級割烹ぜんとした高級店まで、バラエティに富む居酒屋レストランは、日本全国に23万店以上あるといわれる。日本独自の酒とつまみが効率よく味わえるうえ、日本の生活文化や日本人とふれあう機会もあるため、今や訪日外国人にも人気のスポットだ。

ただ興味はあれど、観光客が海外の夜の街に繰り出して、初めての居酒屋に入るのはハードルが高い。ボッタクリ店などにあたるリスクもある。しかし、勝手知ったるローカルの日本人が薦める店に、しかも一緒に入って楽しめるとあれば、安心感が高まる。

「一方で居酒屋などの飲食店も、訪日外国人のお客様を呼び込みたいけれど、お店を知ってもらえていないというのが、多少の機会損失になっていた。なので、飲食店の販促の仕組みとして活用してもらえると考えたんです」(木村さん)

試しに「ハブ・ジャパン」をとおして「日本の居酒屋で日本人と語り合おう」というツアーを告知すると、すぐに外国人観光客から応募があった。木村さんが試験的にアテンドをする。奥さんや友達とともに外国人複数×日本人複数で、オススメの居酒屋にむかい「カンパイ!」からはじめると、異様な盛り上がりをみせた。

英語もできず、そもそもコミュニケーションも苦手だった木村さんだが、酒が入り、気持ちが大きくなると「身振り手振りで必死に会話をしている自分」に気づいた。飲みニケーションあなどれじ、だ。

「また、もちろん海外の方々に『日本に来た目的は?』『何を楽しんだ?』などと聞くことも楽しいのですが、実のところ彼らから日本について意表をつく質問をされることにこそおもしろさ、価値を感じました」(木村さん)

「日本で最もポピュラーな宗教は?」とか、「無宗教? ではなぜあれほど神社があり、誰しもお参りしているんだ?」とか、「あなたにとって蕎麦とはなんですか?」とか――。

「蕎麦については、おもしろかった。自分にとって蕎麦とは何か、なんて考えたことなくて(笑)。日本人同士だったら絶対に聞いてこないような質問をどんどん向けられる。結果、むしろ日本のこと、日本文化のことを深掘りせざるを得なくなったんです。また海外の人たちが、日本の何に興味があるのかも肌感覚でわかる。これって観光施策や訪日外国人向けビジネスのヒントが得られる貴重な場になるなって」(木村さん)

だから、日本文化を深掘りしたい「訪日外国人」、質の高いインバウンド客を集客したい「居酒屋」、そして外国人とフランクに交流することで刺激やアイデアを得たい「ローカルの日本人」。この三者を“三方良し”でつなぐプラットフォームとして、2017年末に作った。

仕組みはやはりシンプルだ。ローカルの日本人ならFacebook認証をとおして「ハブ・ジャパン」にまず登録。そこから「MEET&EAT」のサイトに行く。同じようにログインして日本滞在中の「居酒屋で交流したい」と書き込んでいる訪日予定の外国人アカウントをチェック。都合のいい場所や日時、気の合いそうなプロフィールの団体がいたら「マッチング希望」をクリック。返信を待つ。マッチングとなれば、メールでのやりとりができるようになり、「MEET&EAT」内で指定する居酒屋店をチェックして予約。当日、最寄りの駅前で待ち合わせて、予約時間に店にいき「カンパイ!」となるわけだ。

外国Hub Japanの利用者たち。未成年かどうかの判断はFacebook認証で行われる。トラブルが起きないように、基本2~3人ずつしかマッチング登録できない

今はサイト経由で飲食店への予約が発生したときに、紹介料を得る仕組みで運営中。都内数十店舗の居酒屋と契約を結び、月30人程度の訪日外国人からのリクエストに応えている。

「ビジネスの規模はもう本当に小さい。受託の仕事を続けながら、まだまだ手探りの段階です。ただ小さいながら手応えも感じています」(木村さん)

「またぜひ居酒屋で飲みたい」と訪日外国人のリピーターが増えている。「生きた英語を学びたい」「楽しい飲み会を開きたい」というローカル日本人も増加中だ。とくに「企業のインバウンド担当をしているが、本当のニーズがつかめない。ヒントを得たい」「飲食店を経営しているが外国人向けにメニューやサービスを充実させたい。直接リサーチできるのでは」とマーケティング・リサーチの場として価値を見出している人も現れ始めているという。

飲みニケーション、やはりあなどれじなのだ。

「まあ、まだまだ小さい事業で、どこまでできるかわからないけど(笑)」(木村さん)と、取材終盤、木村さんは繰り返した。ただ、目立たないけど素敵なビジネス。盛り上げないともったいない、と……。

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