ダイムラーの「me-convention」が示すモーターショーの方向性

ダイムラーの「me-convention」が示すモーターショーの方向性

2017.10.10

数年前からモーターショーの凋落がささやかれつつある。先進モデルはデトロイトモーターショーよりもCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で出ると言われ、東京モーターショーも規模縮小や来場者数減少など心配の種が尽きない。しかし、これが時代なのかもしれない。そんな中、フランクフルト国際自動車ショーの期間中にダイムラーが開催した「me-convention」は注目すべきイベントだと言える。

ダイムラーがSXSWとのコラボイベント「me-convention」を開催(撮影:Satoru Nakaya)

クルマの電化とITの発展が変えるモーターショーの意義

従前のモーターショーでは斬新なフォルムのコンセプトモデルを飾り、エンジンのモックアップや要素技術を展示してきた。10年ほど前はwell to wheel(井戸=燃料採掘から車輪=車両走行まで)のwell多様化論が花盛りで、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、ハイブリッド車(HV)、電気自動車(EV)、燃料電池自動車(FCV)、天然ガス自動車(CNG)など、多種多様なモデルを並べることができた。

しかし、今のテーマは電化だ。これはエンジンのモックアップのような、見て触れられる技術展示には不向きで、スクリーンやパネルで概念などを伝えることになる。今回、フランクフルト国際自動車ショーの会場に活気が感じられなかったのは、展示物に迫力や斬新さがなかったせいもあるだろう。

電化がテーマとなりつつある昨今のモーターショー(撮影:Satoru Nakaya)

また、ITの発展は現場に行く必然性を薄れさせている。通信社や速報系メディアは取材したさきから小まめに情報をアップし、メーカーも発表と同時に公式サイトで情報を公開する。ダイムラーは「Mercedes me Media」を立ち上げ、プレスカンファレンスの模様をいつでもオンラインで閲覧できる体制を整えた。

今後、セールスに直結する商談会としてのショーは引き続き成立し得るが、新しい技術やモデルの発表会としてのショーはもはや厳しいかもしれない。これからのモーターショーはいかにしてその存在意義を見出すべきだろうか。ダイムラーがSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)と連携して開催した「me-convention」は、ひとつの方向性を示唆している。

豊富な参加型プログラム、2,700人以上が来場

me-conventionはダイムラーが9月15日~17日に開催したSXSWとのコラボイベントだ。開催場所はフランクフルト国際自動車ショーでダイムラーが使ったブースを分割して使用した。会場内ではステージイベントやハッカソンといった参加型プログラムなどを提供。3日間で150人が登壇し、35カ国以上から2,700人以上が来場した。

メルセデスの展示棟を分割して使用(撮影:Satoru Nakaya)
会場の見取り図

me-conventionでは、メルセデス展示棟の1階中央にあるメインステージ(urban stage)、2階の回廊すべて(オレンジ色のエリアなど)、隣接する別棟(forum stage 1+2)を使用した。この専用エリアに入るには入場料(一般360ユーロ、学生150ユーロ)が必要。モーターショーとの互換性はなく、それぞれにチケットを用意しなければならない。モーターショー会場との接点には係員が立ち、入館証をチェックしていた。

モーターショーのプレスデー(me-convention開催前)は入場制限がなく、展示棟の1階と2階は自由に出入りできた。展示棟2階は通常、車両や技術展示が行われるエリアだが、モーターショー開催期間中からme-conventionに向けてラウンジやブランコなどが設置されており、一種独特の雰囲気。ショー取材の合間にソファで休憩する人はいたものの、これらの意図を理解するジャーナリストは多くなかったのではないか。

展示棟1階のメインステージ(urban stage)。モーターショーではカンファレンスを行った場所だ。ただし、ここでme-conventionのイベントが行われたのは1回のみ。それ以外はモーターショーで披露したモデルを適宜入れ替えて飾っていた(画像提供:Daimler AG)
展示棟1階と2階にまたがるinsight stageでは比較的、若手のスピーカーが登壇し、スクリーンを使ってTEDさながらのプレゼンテーションを披露した(画像提供:Daimler AG)

日本人にはあまり知られていない印象

会場の外でも、スポンサーであるルフトハンザとの協業イベントや、フランクフルト市街地の飲食店にてスピンオフイベント(クラブのようなノリ)などを開催していた。イベント会場内はもとより、開催期間中は街中の至る所で何かしらのイベントが開催されているという、SXSWのコンセプトが踏襲されている。

フランクフルト市街地のカフェやレストランでもイベントを開催(画像提供:Daimler AG)

SXSWは1987年にテキサス州オースティンで始まり、当初は映画や音楽といったエンターテインメントコンテンツを扱うイベントであったが、近年はIT関連のスタートアップ向けイベントとして定着しつつある。日本からの参加者も多く、開催期間中は周辺ホテルの価格が高騰するという。

しかし、今回のme-conventionは日本人が少なかった。モーターショー会場では日本人が比較的目立っていたにも関わらず、3日間の来場者合計2,700人に対して、日本人は20人に満たなかったのではないだろうか。

パナソニックでスタートアップ関連の支援を行っているという男性からは「この手のイベントには日本人のスタートアップ関係者が結構参加しているし、直前に開催されていた『アルス・エレクトロニカ』には日本人がいたので、その流れで参加する人も多いのではと思っていたが、予想外に少ない印象」と語っていた。

5つのテーマで構成されるプログラム

開催されるプログラムは下記の5つのいずれかのテーマに分類される。

1.New Creation(創造性)

2.New Leadership(リーダーシップ)

3.New Realities(バーチャルに対しての現実)

4.New Urbanism(都市主義)

5.New Velocity(社会の変化の速度)

別棟のforum stage 1とforum stage 2。ダイムラーのディーター・ツェッチェ会長とfacebookのサンドバーグCOOが、「New Leadership」のテーマで「Culture, Leadership and Innovation in the Digital Age」と題した対談を行ったのもここだ。この対談を含め、キーノートスピーチの際は2つのステージを接続して使用していた(画像提供:Daimler AG)

一方、プログラムを系統別に分類すると下記の5つになる。

1.セミナー&シンポジウム(有識者がスピーチないし対談を披露)

2.プレゼンテーション(登壇者が自身のユニークな活動やアイデアを発表)

3.参加型プログラム(ハッカソンやアイデアソン、ワークショップなど)

4.スタートアップ向け情報提供(国や自治体によるスタートアップ支援の紹介)

5.フリースペース(交流や対話を促す場。ブランコやVR体験など)

メルセデスの展示棟2階に設置されたブランコ。5つのブランコが円形に並び、自由に遊べるようになっている。4人グループの男女は向かい合って座り、交互に足が触れるようにタイミングを合わせて漕いでいた。新しい発想が生まれる仕掛けだ(撮影:Satoru Nakaya)

期間中は一日中、どこかのスペースで、何かしらのプログラムが行われている。来場者は場内を回って、自分が好きなプログラムに参加すればよい。基本的には事前登録も不要だ。例えば……。

幅広い知識と情報に触れられる場所

午前中は史上2番目に月面歩行を行った宇宙飛行士バズ・オルドリンのキーノートスピーチを聞く。バズは過去の経験談をユーモアたっぷりに披露しつつも、御年87歳にしてこれから叶えたい夢があるのだと熱く語り、来場者には「夢を叶えるにはあきらめないことだ」と説いていた。

宇宙飛行士のバズ・オルドリン氏がキーノートスピーチに登場

ラウンジのフリーフードコーナーには無料の軽食とドリンクがあるので、軽い昼食をとり、午後からはmaker's spotへ行く。ここでは自治体や国際協力機構(JICA)のような公的機関の担当者がスタートアップ向けの支援策を紹介している。国境を越えて起業の場を求める人たちは耳寄りな情報が得られるかもしれない。

会場内のフリーフードコーナー(写真左)。ドライフルーツやオーガニックナッツバーなどを無料提供する。ドリンク類も無料で、ジュースはチャリティー付きのものを提供。全体に“意識高い系”のテイストだが、屋外に設置された有料の飲食ブース(写真右)は一転してラフでくだけた雰囲気だ(画像提供:Daimler AG)

また、creater's spotでは事前登録した参加者が「AIとCar2GO」をテーマとするハッカソンに取り組んでいる。ハッカソンは数カ月前からネットで募集をかけていたそうで、ドイツ国内の大学生・留学生を中心に、各国の若手が100人近く集まっていた。日本からは唯一、関西の男子大学生が参加。英語での議論には苦労したそうだが、新しい挑戦に得るものも大きかったとか。フランクフルト2泊3日分の宿泊代と食事代、近距離交通費、me-convention入場パス、そして緑色のおそろいのパーカーはすべてダイムラーの支給だ。

ハッカソン参加者はお揃いのパーカーを着用。20代の若者が大半を占めていた(画像提供:Daimler AG)

creater's spotの横の通路を抜けると、insight stageの入口がある。ここでは音楽で福祉活動を展開するミュージシャンや、3Dプリンタやレーザーカッターなどを使ったプロトタイピングを研究するMITのポスドクなど、若手のスピーチが聞ける。登壇者との距離も近く、スマホアプリを使って質問をすることもできるので臨場感があっていい。

かっちりとしたスピーチやセッションを希望するならforum stageへ。NVIDIAのエンジニアから人権活動家、現代芸術アーティスト、AIの研究者、チベットの僧侶まで、実に幅広い有識者の話を聞くことが出来る。

17時を過ぎるころにはフリーフードコーナーでビールの提供が始まる。ラウンジのソファで隣り合った人に声をかけて、今日の感想を交換するなんていうのも楽しい。

隣に座った中国人の若い女性はメルセデスに勤める友人に誘われて来場したそう。彼女自身はドイツの大学に留学中で、マーケティングを学んでおり、クルマに興味があるわけではないとのこと。ただ、プログラムはどれも面白く、AIの講演が印象深かったという。

……こんな風にして1日が過ぎていく。

クルマに関係ないプログラムも開催

3日間のプログラムのうち、タイトルでクルマを謳っているものは数個に過ぎない。いずれのプログラムも刺激的かつ最新鋭のコンテンツであることは間違いないが、モビリティに一切触れないものもあった。

しかし、登壇者の多くはモビリティ、クルマ、自動運転などに触れている。彼らが総じて口にするのは自動運転の実現した社会への期待感だ。運転から解放されたらこんなことができる、こんな移動の自由が手にできそうだ、そうしたらこんな新しいライフスタイルが実現できるのではないか…。一部には、ダイムラーがフランクフルト国際自動車ショーで披露したミュージカル以上に夢物語の要素が強い意見もあるが、それこそが重要。異分野の専門家が自動運転をどう受け止め、何に期待しているのか、多様な視点からの意見交換に価値がある。

コワーキングスペース(写真左)では小規模なワークショップを適宜開催。右は3Dプリンタがずらりと並んだコーナーだ。特段に珍しい装置ではないようだが、台数の多さに圧倒される(画像提供:Daimler AG)

また、会場の中央にあるメインステージでは、モーターショーで披露した車両を適宜入れ替えながらデモムービーを披露しており、来場者にここがダイムラーのイベント会場であることを時々思い起こさせてくれる。

とはいえ普段なら、ここは自慢のコンセプトモデルや市販モデルが並べられる場であり、クルマ好きが嬉々として写真を撮ったり、今度はこれに乗りたいなどとイメージを膨らませたりする場所だ。そのスペースを大幅に減らしたのは商業的にみれば、もったいないのかもしれない。me-conventionの入場料が約5万円とはいえ、来場者数は2,700人程度。会場のキャパシティーから見て収容人数には上限があり、いくらスポンサーを募ったところで、利益のことを考えたらまず割に合わないだろう。

それなのに、なぜダイムラーはme-conventionを開いたのか。私はダイムラーが世界との対比で自らのポジショニングを図る企業だからだと考える。

イノベーションを生み出すのは多様性と共創の場

いま、世界を賑わせている新しいビジネスはクローズドの研究室やオールドスタイルの価値観からは生まれていない。Facebookにしても、テスラやUberにしても、既成概念にとらわれない自由さが根底にある。そこに必要なのは適切なインプット、アイデアが広がるオープンな場、そしてアウトプットを共創できるパートナーなのだ。

その意味でSXSWは非常によく組み立てられている。いいアイデアは必ずしも熟考の先に出てくるわけではない。まったく関係ない話をしていたときに、ふと解決策が浮かぶという経験は誰しもあるのではないか。SXSWはそんな刺激に満ちたイベントだ。ジャンルにとらわれることなく、先進的で刺激的で良質なコンテンツを豊富に取りそろえる。多様なコンテンツがあるからこそ多様な人材が集まり、そこから新しいものが生まれる。

ただし、本家のSXSWがそうであるように、今回のme-conventionから自動車産業を潤すニュービジネスがどんどん生まれるわけではない。ハッカソンのアイデアが今日明日の商品企画に反映される確率は極めて低いだろうし、有能な人材を発掘できる保証もない。しかし、「実はSXSWがきっかけ」という好事例は存在する。恐らく、インスパイアレベルまで含めると、その影響力は計り知れない。そして、「何か面白いことをやっている」という評判は新たな情報と人材を引き寄せる。ここに醍醐味があるのではないか。

小さな卓球台や落書きスペースなど、童心にかえって無心になれる仕掛けがあちらこちらに置かれている(撮影:Aiko Hayashi)

第2回me-conventionが開催されるかどうかは今のところ分からない。しかし、世界の新たな潮流を体感するために、コラボレーションというカタチでイベントを開催したのはダイムラーの英断と言える。

日本メーカーにも若者のクルマ離れを憂うばかりでなく、未来を創る世代の感じている流れを体感し、共に流れを作っていくような決断を下してほしい。それは若者にこびることでも、若者向けの商品を開発することでもない。多様な価値観を持つ人材との共創活動なのである。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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