新型「リーフ」は使いやすい電気自動車になった? 日産担当者に聞く

新型「リーフ」は使いやすい電気自動車になった? 日産担当者に聞く

2017.10.12

電気自動車(EV)への注目が集まる中、技術的に長足の進化を遂げて登場した日産の二代目「リーフ」。2010年に登場した初代に比べ、クルマ選びの選択肢に入る機会は格段に増えそうだが、購入検討者が気にするのは、そもそもリーフは買いやすいクルマなのか、そして、買ったとして便利に使えるのかといったポイントなのではないだろうか。その辺りを含め、リーフのマーケティングを担当する日産の寺西章氏に話を聞いた。

日産の日本EV事業部でマーケティングマネージャーを務める寺西章氏

航続距離への不安は解消、EVシフトが追い風に

日産リーフが2010年に発売された当時、同社CEOだったカルロス・ゴーン氏は2016年までの目標として、日産とルノーを合わせて150万台のEVを販売すると宣言した。だが、2017年時点で日産とルノーを合わせた販売台数は40万台を超えたにとどまっている。

とはいえ、ここへきて世界の自動車メーカーが電動化へ意欲を示し、逆にハイブリッド車(HV)は環境車と認められなくなる事態も起きている。そうした時代の追い風が吹き始めたところに登場した日産リーフの二代目は、JC08モードで400キロという、今日のEVの一充電走行距離では最先端に並ぶ性能を持つに至った。これまで、消費者の多くが心配していた走行距離への不安は、解消したと言っていい。

航続距離でEV最先端の水準を実現する新型「リーフ」

ガソリン車との勝負に向け条件は整った

技術的進化が進む一方、日産のEV販売戦略はどのような状況にあるのか。日産の寺西氏は次のように語る。

「EVのマイナス要因は、開発側が大幅に改善してくれました。これで、ガソリンエンジン車などと同じ条件で勝負できるようになったと思います。その上、先進装備として『プロパイロット』や『e-Pedal』、また新型リーフからの新装備となる『プロパイロット・パーキング』などが加わったこともプラスの方向へ作用し、お客様に魅力を感じていただける商品になりました」

「販売面では、従来の『エコカーとして』とか、電気代の安さという経済性の側面だけでなく、それ以上の魅力がEVにはあることを伝えていきたいと考えています。新車カタログでは“新次元”という言葉を使って表現しています」

新型リーフは日産が初めて「プロパイロット・パーキング」を導入したクルマとなった

「媒体を通じた取り組みでは、EVのリーダーであるという自負や姿勢を訴え続けるとともに、より多くの方に乗ってみたいと思っていただけるようなイメージづくりをしていきたいと思います」

「その上で、やはり実際に乗って体験していただくことが、ご購入いただくうえで最も重要な点と考えています。弊社の調査によれば、EVに乗った経験のある方は、まだ免許人口の2~3%にも届かないほどです。経験者が少ないことから、古い印象のまま、馬力が無いのではないかとか、排気音がしないのでつまらないクルマなのではないかと思われているところがあります。しかし、一度乗ってみていただければ印象が変わり、まさに目から鱗が落ちるといった体験をしていただけるでしょう。販売店で試乗をしていただき、戻ってきたところで最新のプロパイロット・パーキングの自動駐車を試していただければ、未来感覚を感じていただけるのではないでしょうか」

百聞は一見に如かずと言うが、まさにEVの本当の魅力を知るには体験に勝るものはない。とはいえ、まだ購入するかどうかを決めかねている段階で、販売店を訪ねるのは気が引けるという人も多いだろう。

寺西マネージャーはリーフの魅力は乗れば分かると自負するが、販売店での試乗にはハードルを感じる消費者も存在する。そこで日産は、「イオンモール」などでの体験試乗を全国的に展開していく考えだ。「『ノートe-POWER』でも盛況でしたので、その経験を踏まえ、新型リーフでも体験試乗を行って、環境にいいクルマというだけでないワクワク感を広めていきたいです」と寺西マネージャーは語る。

環境性能にとどまらないリーフの魅力は乗れば分かると寺西マネージャーは語る

集合住宅の充電問題にも切り込む日産

ところで、EVの普及で課題となっているのが、集合住宅における充電コンセントの設置の難しさである。居住者がEVを購入し、敷地内の駐車場で充電したいと思っても、共同利用の場所である駐車場にコンセント設置工事を行うには、管理組合の合意が必要になる場合が多い。そこで否決されてしまうと、EVの購入を諦めなければならないことになりかねない。

そこで日産、大京アステージ、NECの3社は、集合住宅へのEV用コンセント設置を促進するための覚書を締結し、既築のマンションへの充電コンセント設置を支援することになった。まずは、選定されたマンションでの実証が始まる。

その内容として、まずはマンション駐車場への充電設備の設置費用を実質ゼロ円とし、住民側の負担をなくす。そして、管理組合との折衝や、約款の改訂などには大京アステージが支援を行う。これによりEVの所有者は、月々のサービス基本料と電気代の支払いをするだけで充電設備を使えるようになる。

マンションにEVの充電設備を設置するのはなかなか難しい

集合住宅における充電コンセント設置の問題は、日産だけの話ではなく、またEVに限った話でもない。充電を行うプラグインハイブリッド車(PHV)も同様であり、他の自動車メーカーや輸入車メーカーも、解決の糸口を掴めずにいた課題であった。そこに、日産が一歩切り込んだことになる。

充電し放題のプランも

一方で、日産の調査によれば、戸建てのリーフ所有者でも、自宅に充電コンセントの設置工事をしている人は4割程度。実は、公共の充電器を利用してリーフに乗っている人が多いのだ。それはガソリンスタンドで給油する感覚だが、EVの充電には給油よりも長く時間が掛かる。なぜ、そのようなリーフの乗り方をする人がいるのだろうか。

自宅で充電できなくてもリーフは運用できる

日産では、定額で何度も充電できる“使い放題プラン”を実施している。月額2,000円を支払えば、充電のたびに掛かる電気代を定額で済ませられるのである。極端に言えば、2,000円で日本一周のドライブもできてしまうというキャンペーンである。距離を乗る人には、自宅で充電するより安上がりになるだろう。

日産は、初代リーフ発売の際に1週間無料で試乗できるキャンペーンを展開した。実際にEVの使い勝手や走行感覚を日常生活のなかで体験してもらうことで、リーフの販売につながったとの話も耳にする。このように、これまでのエンジン車やHVでは採用されてこなかった新発想の販売促進策を、これまでも日産は取り入れてきているのだ。

とはいえ、1台のEVを売るために、それだけの手間や投資をなぜ続けられるのか。端的に言って、EVを販売することで、かえって損をしてはいないのか。寺西マネージャーに聞くと、次のような答えが返ってきた。

「そこは、かつてCOOを務めてきた志賀俊之が、『EVは大義である』と常々言っていて、『虚仮の一念岩をも通す』で、その思いを貫こうという空気が今も社内にあります。確かに持ち出しは多いですが、新型リーフの登場は、そのターニングポイントになるだろうと考えています。HVに代われるかの勝負の局面にあるので、投資を続け、EVがブランドとしてお客様に受け入れられるよう働きかけていきます。そして、EVの大衆化を実現し、花を咲かせると信じてやっています」

EVへの取り組みは日産の大義でもある

我慢の先行投資が結実する日は

それでも事業である以上、いつまでも投資を続けるだけでは済まされない。寺西マネージャーは今後の見通しについて、次のように語る。

「10年も先までというのは考えられないでしょう。5年先くらいまでのところで、日産としてEVの存在を自社の個性に定着させるところまで持ってゆけるのではないかと思います。そのためにモーターショーで車種展開を提示していきますし、日産・ルノー・三菱の提携の中で、2022年までに12台のEVを出していくとしています」

「充電器の整備においても、充電網の整備に力を入れていきたいですし、自宅での充電環境を整えることもしていきたいです。世界各地のモーターショーで、各自動車メーカーがEV戦略を発表しているように、EVが事業として成功していけるような環境になりつつあることを、国内の販売店さんにも理解していただけるようにしていかなければなりません」

EVが事業として成立する環境は整いつつある

そしてここへきて、販売が好調の「ノートe-POWER」が、EV販売のきっかけにもなっているという。

「(ノートe-POWERでは)充電せずに、EVのような走りを体験できることによって、EVの凄さを知っていただけるようになりました。そして、一度モーターの走りを経験してしまうと、エンジン車には戻れないといった声も耳にします。販売店でも、お客様にリーフとノートe-POWERの両方を試乗していただき、利用のご事情に合わせた選択をしていただく営業の仕方もしています。ノートe-POWERの誕生が、リーフ販売の後押しにもなっているのです」

どんどん身近になるEV、勢いづく日産のマーケ部隊

低速トルクの太いディーゼルターボエンジンが運転のしやすさを謳うが、EVのモーターはそれ以上に力強く、であるからこそ少しのアクセル操作でも速度にのせていくことができる。軽いペダル操作は、運転のしやすさにつながるのである。そういった部分が、もうエンジン車には戻れないといった声にもつながっているのだろう。なおかつ、排ガスゼロはEVならでは強みだ。

クルマの進化という技術開発と、エンジン車とは違うEV体験の提供というマーケティングの取り組みが両輪となり、いよいよ、EVを身近に感じられる時代が近づきつつあると言えるのではないか。“やっちゃえ NISSAN”から“ぶっちぎれ 技術の日産”へ、EVのマーケティングも勢いづいている。

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世界で500億台ものIoT機器が普及することが見込まれている2020年台がいよいよ目前に迫っている。

少し古い調査結果だが、2016年6月の経済産業省の「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」によると、IT人材は2019年をピークに減少傾向へ転じ、2030年には(高位想定で)約78万人不足すると予測する。IT人材に限らず、日本では少子高齢化が進み、多くの業種で人手不足が発生するといわれている。

その対策の柱となるのが、人材育成だ。これまでの20世紀型のビジネスでの価値創造の要素が「ヒト・モノ・カネ」だったのに対し、今後は「データ・ソフト・サービス」に要素が大きくシフトするといわれている。すなわち、必要となる人材も大きく変わっていくことになる。それは、従来のICT企業に限ったことではなく、ユーザ企業においても然りだ。

そこで今回紹介したいのは、総務省が学生や若手エンジニアを対象にIoT人材育成を目的として実施している「Web×IoT メイカーズチャレンジ」である。2018年度は国内9か所でイベントが開催され、2019年2月から3月にかけては、東京でも開催された。この取り組みが何を変えようとして、どのような一石を投じているのか、イベントで実際に実施された内容を下敷きに紐解いてみたい。

Web×IoT メイカーズチャレンジ 2018-19

Web×IoT メイカーズチャレンジ開催の経緯

総務省の情報通信審議会の技術戦略委員会では、かねてよりIoT・ビッグデータ・AI時代の人材育成方策についての議論が続けられており、去る2016年には、中間答申というかたちで以下のような旨の提言も出されている。

「IoTを総合的に理解し、使いこなせる人材・アイデアを発想できる人材が求められており、若者やスタートアップを対象とした開発キットやオープンソースなどを使ったモノづくりを通じた体験型教育やアイデア・ソリューションを競うハッカソンの取り組みを推進することが重要である」

こうしたことを受け、日本最大規模の産官学のIoT推進組織「IoT推進コンソーシアム」の技術開発ワーキンググループ「スマートIoT推進フォーラム」に、「IoT人材育成分科会」が設置されることとなり、そこでの議論を踏まえてこの人材育成事業、Web×IoT メイカーズチャレンジがスタートすることになった。

IoT推進コンソーシアムとスマートIoT推進フォーラムの体制

では、具体的にはどのような人材が今後必要とされるのか? また、未来に向けて、どういった手法でそのような人材を育成していくのだろうか?

Web×IoT メイカーズチャレンジの基本方針などを策定する実行委員会の主査で、上述のIoT人材育成分科会の構成員でもある株式会社KDDIの高木悟氏と、同実行委員会で副査を務める一般社団法人WebDINO Japanの瀧田佐登子氏の両氏に、その点についての話を伺った。

高木氏は、IoTを活用し社会を変革する創造性豊かなエンジニアリング・イノベータ力を備えた若手人材の育成には、

(1)無線装置やセンサ・アクチュエータなどのハードウェアとコンピューティングロジックを中心としたソフトウェア双方を扱えるスキル
(2)情報システムの共通基盤技術となっているWeb技術に基づくIoTシステム構築スキル
(3)企業の製品開発やサービス企画の現場でも、新技術の迅速な導入にもスピード感を持って対応できるアジャイル開発に対応できるエンジニア力
(4)実際にアイデアを試作し、改良を繰り返して実現するプロトタイプ創出力といったスキル

が求められており、Web×IoT メイカーズチャレンジでは、特にそのあたりを意識したイベント設計を行っていると話す。

KDDI株式会社技術開発戦略部マネージャー:高木悟氏

ポイントになるのは、このイベントに参加する学生や若手エンジニアが、座学の講習だけでなく、ハンズオン形式の講習会で実際にボードコンピュータやセンサーやアクチュエータの扱いを体験し、一定の準備期間を設けたうえで、ハッカソンで実際にプロトタイピングを行うという一連のものづくりプロセスを実体験することにある。

Web×IoT メイカーズチャレンジでは、UIやクラウドを含む情報システム全体をひとつの標準化された中立的な技術体系のもとで「ハードウェアを制御できるスキル」を獲得する機会を提供しているが、Webを介することによって、OS、デバイスといったレイヤーごとの違いを吸収し、普遍性の高い共通な技術を学ぶことができる。さまざまなデータをやりとりするには、「Webがもっともやりやすい」と副査の瀧田氏も指摘する。そういった観点からイベント名にもWeb×IoTの文字が冠された。

WebDINO Japan代表理事:瀧田佐登子氏

東京大会の概要をレポート

では、東京大会の様子を交えつつ、本取り組みの具体的な流れを少しレポートしたい。2月9、10日の2日間にわたりハンズオンを含む講習会が開催された。IoTの基礎知識やWiFiやLTEなど、IoT開発には欠かせない通信技術やその根源となる電波の特性について講義を受けたうえで、実際に「Raspberry Pi 3」と各種センサーやデバイスなどの接続・動作を行うハンズオンを約1日半じっくりと行う。受講者は個人単位で参加申し込みを行うが、講習会の2日目にはチーム単位に分けられ、準備期間を置いた後日に開催するハッカソンに向けた準備をスタートする。

東京会場にて。チームでのアイデアソンの風景

チーム分け後は、まずはアイデアソンを実施し、「身近な人をハッピーにするIoTデバイスを作ろう」などといったテーマをもとに議論を進める。初めて会ったメンバー同士で、いかに議論を深めていくか、これが最初の試練といえるだろう。また、各チームには上限額25,000円の予算が与えられ、その中でハッカソンに提出する作品で使うセンサーなどの部品を用意する。ここでは準備期間中の材料調達を含むマネージメント力が求められる。

そして、ハッカソンに向けて作成する作品では、以下の要件が求められる。

・ネットワークサービスの連携、もしくはネットワークからのコントロールが可能なこと
・Raspberry Pi 3を使って、Web GPIO APIあるいはWebI2C APIのいずれかを利用すること

ちなみにハッカソンの審査基準は、以下の通り。

・ソフトウェア・ハードウェアの実装力
・アイデアの独創性・ユースケースの有用性
・無線の活用度

そして、今回の東京大会のハッカソンには、計35名8チームが参加した。

ハッカソンの各チームの様子。今回は計35名8チームが参加した

ハッカソンというと、賞金目当てのツワモノが集まるというイメージがある。しかし、メイカーズチャレンジは、そもそもが「学びの場」として開催しているため、ハッカソン初心者やスキルレベルが不安な学生であっても参加しやすい枠組みを用意している。とにかく、わからないことがあれば積極的にチューターやメンターに聞き、解決していく。終始なごやかな雰囲気で進んでいくことも印象的だ。

こちらはハッカソン2日目の様子。初日のなごやかさからは打って変わり、開発完了に向け緊張感も漂う

それでもハッカソンが2日目にもなると緊張感が漂う。決められた開発締め切りに向かって、時間との戦いである。その日のうちに審査が始まり、今回は、最優秀賞が1チーム、優秀賞が3チーム選出された。

最優秀賞受賞チームの皆さん。後ろに立つ3人は審査員

順序が逆になってしまったが、審査員は以下の通りである。

・村井純氏(慶應義塾大学 環境情報学部教授 大学院政策・メディア研究科委員長)
・小林茂氏(情報科学芸術大院(IAMAS) 産業文化研究センター教授)
・瀧田佐登子氏(一般社団法人WebDINO Japan代表理事、実行委員会副査)

各チームの作品やその他の情報については、Web×IoT メイカーズチャレンジの公式サイトで情報が提供されるので、参照してほしい。

Web×IoT メイカーズチャレンジの成果と今後

今回、2年目を迎えたメイカーズチャレンジの取り組みであるが、その成果はどうだろうか。高木氏は、ほぼ目的は達成されていると判断しているという。実践的な講習会とハッカソンの組み合わせに参加者の多くが満足しており、チューターのサポートやチームでの開発体験を貴重な機会だと感じてもらえたと、手ごたえを語る。

人材育成というと、とかく受講者が受け身の講習が行われがちだが、この施策は講習会からハッカソンまで、参加者が自ら試行錯誤しながら様々なスキルを身につけるアクティブ・ラーニングの機会となっている。瀧田氏は、プログラミングやハードウェアのスキルに限らず、少ないとはいえ制作予算の配分管理や、材料の調達、さらに時間配分やチーム内のコミュニケーションなど、プロジェクトのマネジメントを体験する貴重な機会にもなっていると説明する。

学生から社会人まで、参加者は様々

企業が社員に向けて行う人材育成は、成果の前に、そのコスト・手間暇が大きなハードルとなる。Web×IoT メイカーズチャレンジは、その課題を補完する答えの1つともいえるだろう。今回の東京開催の会場を見ると、30才未満の若手社会人も多く参加しており、大学生や高専生、高校生と混じってチームを組み、真剣にものづくりに向き合う姿が見られた。

Web×IoT メイカーズチャレンジは2019年度も各地で開催される予定だ。立場を問わず関心を持った読者の方がおられれば、将来に立ち向かう可能性のひとつとして、参加や見学を検討してみていただきたい。

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その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

藤田朋宏の必殺仕分け人 第4回

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

2019.03.18

印鑑業界による印鑑文化の優位性アピールが話題

会社経営者として感じる、捺印作業の面倒さ

「サイン文化」と「印鑑文化」で変わる組織カルチャー

行政手続きのオンライン化を目指す「デジタル手続き法案」をめぐり、全日本印章業協会がアピールした「印鑑のメリット」が話題になっている

「代理決済できるという印章の特長が、迅速な意思決定や決済に繋がり、戦後の日本経済の急速な発展にも寄与してきた」(原文ママ)というものだ。

「ハンコならこっそり代理決済ができる」などと、身も蓋もなく自ら印鑑廃止を後押ししてしまいかねない意見が出てしまったことは興味深い。
でも僕は、ただのバイオテクノロジー屋なので、ITを活用した効率化しますよ業界の回し者でもなければ、印鑑業界の人を敵に回すメリットだってないので、特にこの点について深く言及しないし、「日本における今後のハンコをどうするべきか」なんてことを掘り下げて云々するつもりもない。

ただ、日本を含む4カ国でスタートアップを立ち上げた経験から、企業の組織カルチャー形成に、承認方法としての「印鑑」と「サイン」の違いが、とても大きな影響を与えているのではと実感した話を書いておきたい。

日々、何かと多すぎるハンコ作業

まず共有しておきたい事実は、日本で会社を経営すると、毎日ものすごい数の代表印や銀行印や社印を押さなければいけないということだ。(会社の印鑑って3種類あるの知ってました?)

お客さんと契約してお金をいただくときに契約書に捺印するのはイメージできると思うが、その後もお金が銀行口座に無事入るまで、受領やらなにやら契約書だけでなく、さまざまな書類にとにかく捺印をしまくる必要がある。

また、家賃を払う、プリンターのトナーが切れる、実験試薬を買うなどなど、とにかく会社を運営する活動の一つ一つに対して、それぞれ細かくおびただしい数の印鑑を押す。法人が国や地方自治体に税金を払う時はもちろん、社員のあれこれも、例えば社員の誰かが結婚したり引っ越したりするだけでも印鑑を押しまくる。自分で会社をやってみてつくづくわかったが、とにかく捺印の数が膨大だ。

しかも、びっくりすることに、民間企業も市町村も、同じことをするために、それぞれがまったく違うフォーマットの書類に捺印を求めてくる。

こうして、大量な上にフォーマットがまったく違う書類を毎日渡されて、決められた位置に決められた種類の捺印をすることは、仮に契約書や書類の中身をまったくチェックしないで無責任に捺印したとしても、結構な時間を必要とする作業だ。

捺印にかける時間が惜しい

しかもうわの空で押していると、銀行印を押すべきところに代表印を押し間違えてしまったり、インクが簡単にかすれてしまったりするのが印鑑だ。人生において、こんな捺印ミスなどという程度のことで書類を作り直してもらう羽目になった回数を考えただけで、こんな単純な作業に失敗する情けなさとと、書類を作ってくれる従業員への申し訳なさで、どこかに隠れてしまいたい気持ちになる。

そう、僕は毎日、隠れてしまいたい気持ちになっているのだ。

なぜ、日本から印鑑はなくならないのか

我々の会社のように、たとえ社長だろうがあっちこっちに、営業に謝罪にと、せわしなく飛び回わることで、なんとか会社の体を保っているような規模の企業の方が世の中には多いと思う。そんな"貧乏暇なし社長”がこの捺印という物理的作業に忙殺される時間というのは、正直いって無駄以外の何物でもない。

にもかかわらず印鑑を押すという文化が日本に残っているのは「捺印するという作業」は、誰かに頼めてしまうからなのだと思う。多くの会社において「捺印をし続けるという作業」を自分でやっている社長はあまり居ないのかもしれず、ここが、すべて自ら書かなければいけないサインとの最大の違いなのだろう。

ちなみに、僕の場合は「捺印をし続けるという作業」だけを人に頼むような仕事の依頼の仕方は好みではないので、あちこちに会社を立ち上げては、担当者に「代表取締役」の役職ごと譲るようにしている。

海外の「サイン文化」は印鑑以上に面倒?

冒頭にも書いたが、僕は日本以外の3カ国でも会社を経営している。言うまでもなく日本以外の国は、承認の証としては「サイン」が一般的だ。

日本の会社同士の契約書の場合は、代表者の名前の脇に代表印と社印を、契約書を閉じた裏面に割印を一カ所押す形式であることが多い。つまり、二者間の契約であれば、先方用の契約書と当方用の契約書をあわせて、計4カ所の代表印と計2カ所の社印を押せばよい。

ところが、海外の契約書は、すべてのページにサインをしなければならない。海外の契約書は「実際にそんなことは起きないって」ってくらい、ありとあらゆる場面を想定した契約書になっていることが多く、とにかく契約書が長い。

感覚として、同じような内容の契約をするのに、日本の会社同士の契約の5倍~10倍のページ数になっても驚かない。

つまり、ちょっとした契約書でも軽く100ページを超えてくるわけだが、このすべてのページに手書きでサインをすることを想像して欲しい。契約書の中身を読んでただただサインを書き続けていると、「こんな作業に時間を使い続けてていいのだろうか」という自問の気持ちが芽生えてくる。

その組織カルチャーの差、ハンコとサインの差が原因ですよ

言うまでもなく、サインは誰かに代わりに書いてもらうことはできない。では、サインを書く物理的な時間を減らすために、何が起こるのかというと、「権限委譲」が進むのである。

日本の会社だと当たり前のように社長の名前で締結する規模の契約でも、海外の会社だと担当部長あたりの名前で契約を締結してくる。

もしかしたら、日本の会社のカルチャーだとそれは失礼なことに当たるのかもしれないが、サインを前提とした会社において、会社のすべての契約を社長名義で契約していたら、社長の一日は「サインを書く」という作業だけで終わってしまう。だから、どんどん権限委譲をしていくしかない。

日本の大企業の合意形成や意思決定のあり方を分析する文脈において、「日本の会社は権限委譲が進んでいない」とか、「プロジェクトごとの意思決定者の所在がよくわからないから、スピード感が遅くなってグローバル競争に負けてしまう」などという指摘を頻繁に見る。

特に近年流行りの「日本企業のホワイトカラーの生産性を高めましょう」という議論の多くでは、日本企業のこういった特殊性の原因を、日本人の歴史的・文化的背景や、国民性が理由であると結論づけている。

だからもっぱら、風通しがよく責任範囲が明確で、意思決定の早い会社にするために、せっせと組織構造をいじったり、管理職に研修をしたりと、コンサル屋さんが儲かるだけの努力に大きなお金を払うことになっているのだが、大きな効果が得られているようにみえない。

僕の考えは、特殊性の理由がちょっと違っていて、「その組織カルチャーの差って、捺印とサインの差が本質的な原因ですよ」と、わりと確信に近い自信を持っている。

捺印の作業だけを誰かに頼むのではなく、捺印をする権限ごとどんどん頼んでしまえばいい。ハンコにウンザリしている世の中の社長さん、そう思いません?

(藤田朋宏:ちとせグループ 創業者 兼 最高経営責任者)

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