コーヒーの革新は可能か、最大手のネスレ日本に聞く未開拓の領域

コーヒーの革新は可能か、最大手のネスレ日本に聞く未開拓の領域

2017.09.12

年間500億杯、金額にすると3兆円に達する日本のコーヒー市場。その4杯に1杯を供給しているのが、コーヒー販売で日本最大手のネスレ日本(以下、ネスレ)だ。日本で初めてフリーズドライ製法を導入したり、コーヒーマシンと専用カートリッジによる新たなビジネスモデルを生みだしたりと、この業界で革新を続けてきた同社だが、成熟しきったように見える日本市場にさらなる拡大の余地はあるのだろうか。同社で飲料事業本部長を務める深谷龍彦常務に話を聞いた。

ネスレ日本の飲料事業本部長を務める深谷常務

日本にコーヒー文化を持ち込んだネスレの自負

「ネスカフェ エクセラ」と「ネスカフェ ゴールドブレンド」を2本柱とするネスレのコーヒー事業。エクセラでは「ごはん、納豆、味噌汁」といった典型的な日本の朝食シーンに「トーストとコーヒー」という新たなスタイルを提示し、今年で50周年を迎えるゴールドブレンドでは、単なる飲み物としてではなく、コーヒーを文化として日本に根付かせた自負があると深谷常務は語る。

ゴールドブレンド50年の歴史

味と香りが身上のコーヒーだが、ネスレはゴールドブレンドで日本初のフリーズドライ製法を導入。2013年にはインスタントコーヒーからの脱却を打ち出し、取り扱う商品を全て「レギュラーソリュブルコーヒー」に改めた。

レギュラーソリュブルコーヒーとは、ネスレ独自の技術「挽き豆包み製法」で作る新しいコーヒーだ。一般的に、レギュラーコーヒーは刻一刻と酸化して品質を落としていく商品だが、ネスレのレギュラーソリュブルコーヒーは細かく砕いた粉状のコーヒー豆を包み込んで粒状にすることで劣化を防ぐ。

「ゴールドブレンド」シリーズ。9月1日には有機コーヒー豆100%使用の「オーガニック」(左端)が追加に

モノとしての成長余地はわずか?

製品としてのコーヒーの品質を技術で向上させてきたネスレ日本だが、これ以上、コーヒー自体に、モノとしての革新の余地があるかとの問いに深谷常務は、「革新という言葉の捉え方にもよるが、ワオと驚くようなレベルのものは、0%ではないが非常に難しい」(以後、コメントは深谷常務)と率直に認める。

そもそも、インスタントコーヒーを世界で初めて商業ベースに乗せたのがネスレ(スイス)であり、その後も技術革新による品質向上を進めてきたわけだが、ここ数年はコーヒーの“モノ”としての側面よりも、コーヒーにまつわるサービスやシステム、つまりは“コト”としての側面に価値を見出し、革新の余地を模索している。「製品としてのブランドから、いかにしてサービスの要素を含めたブランドになれるか」がチャレンジだというが、その好例として、マシンとカートリッジという新しいサービス(売り方)では大きな成功を収めている。

バリスタが日本で受けた理由とは

専用カートリッジで1杯から淹れられるコーヒーマシン「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」をネスレが発売したのは2009年のこと。抹茶やソイラテなど、コーヒー以外の飲み物も作れるカプセル式のマシン「ネスカフェ ドルチェ グスト」と合わせると、日本で累計650万台が売れている人気商品だ。マシンが売れれば、その後は定期的にカートリッジ・カプセルが売れていく仕組みは、家庭用ゲーム機やコピー機を想起させる。

ゴールドブレンド発売50周年を記念した新モデル「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ 50(Fifty)」

バリスタが日本で受けた背景には、日本特有の事情も絡んでいる。そもそも、30~40年前の日本の家庭は約半数が4~5人世帯であり、コーヒーはドリップ式のマシンで一度に何杯も淹れて、同じ味のコーヒーを皆で飲むというのが一般的だった。ところが今は、「1~2人の世帯が6割を超えている」ことに加え、コーヒーの味についても好みの多様化が進んでいる。同じ味のコーヒーを、一度に何杯も作ることは「もはや価値ではなくなってきている」というのが、ネスレの気付きだった。

ブラック、カプチーノ、カフェラテを選べる。ブラックはサイズ(量)も変えられる

その社会情勢にマッチしたのが、1杯ずつ好みに応じたコーヒーを淹れられる「バリスタ」だったというわけだ。2006年頃、「バリスタのコンセプトを社内で説明した時には笑われた」という深谷氏だが、実際のところ、バリスタの方向性は図に当たった。ネスレ日本の高岡浩三CEOは、イノベーションとは顧客の問題を的確に把握し、それをいかに解決するかを考えて生み出すものだと常々語っているが、「バリスタ」も日本における家庭の変化に的確に対応し、コーヒー1杯のためにお湯を沸かす面倒くささなど、そこにある問題に対応した点で革新的と言えるだろう。

ネスレ日本代表取締役兼CEOの高岡浩三氏(画像は2017年9月5日、ネスレの2017年下半期事業戦略発表会にて撮影)

マシンと粉の両輪で新たなビジネスモデルが成立

ただし、革新的だからといって商品が売れるとは限らない。その点、ネスレには強みがあった。それは、コーヒーマシンとコーヒー自体という2つの製品を両輪で展開できたことだ。

コーヒーマシンを作るメーカーもあれば、コーヒー自体を作るメーカーもあるわけだが、両方を手掛けるのはネスレくらいのもの。コーヒーマシンのメーカーはそれ自体で利益を出さねばならないので、価格設定は当然、原価を積み上げた上に利益を加えたものとなるわけだが、ネスレはマシンの利益を抑えても、コーヒーの売上で定期的な収入を得ていくというビジネスモデルを成立させられた。これが、ネスレがコーヒーマシンで日本ナンバーワンというポジションを獲得できたゆえんだ。

「マシン+コーヒー」というビジネスで、日本の家庭用コーヒー市場を開拓してきたネスレ日本。だが、(労働)人口減少の局面に入り、働く主婦の数もますます増えそうな現状を考えると、日本では各家庭にひもづく人数と、その滞在時間が減少していくと考えるのが自然だ。家庭におけるコーヒー消費量も減るはずで、ネスレも安閑としてはいられない。そんな状況の中、同社が事業拡大の余地を見出しているのが「家庭の外」だ。

家庭の中から外へ、コーヒーの未開拓市場

コーヒーマシンを無償貸与する「ネスカフェ アンバサダー」は現在、35万のオフィスで導入されている。ここを伸ばしていこうというのがネスレの考えだ。深谷氏によれば、20名以下の比較的小規模なものをあわせると、日本には事業所が約600万カ所あるという。

アンバサダーを導入しているオフィスは35万カ所に達する

自動販売機があれば問題ないような気もするが、深谷氏の話では、小規模な事業所のように販売量が少ない場所では、商品の補充や代金の回収などを含めて考えた場合、自動販売機をビジネスとして成立させるのは非常に難しいそうだ。その点、ネスレの「マシン+コーヒー」モデルは1人世帯でも成立しているくらいだから、小規模な事業所にも「ジャストフィット」なのだという。

つまり、スターバックスなどのコーヒーショップはコーヒーを家庭の外から中へ持ち込もうとしているが、ネスレは逆で、コーヒーを家庭の中から外へと展開しようとしているわけだ。「美容院、カーディーラー、町の不動産屋さん」などを深谷氏は例示したが、そう考えると、日本にコーヒーマシンが入り込む余地はまだまだありそうだ。

ネスレがコーヒーで進める革新。家庭外の市場を取り込む「アンバサダー」システムが1つの方向性だとすれば、もう1つ見逃せないのは、コーヒーとインターネットを組み合わせようとするネスレの取り組みだ。

「コネクト」で見えてきたコーヒー×IoTの姿

ネスレが進めるコーヒーマシンのIoT化については以前お伝えした通り(詳細はこちら)。この記事でも紹介した、Bluetoothでスマホアプリと連動する「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ i」(バリスタi)は、発売から1年で40万台と当初の想定以上に売れているという。

この方向性をさらに進めたものが、ネスレが9月5日に始めた「ネスカフェ コネクト」というサービス。バリスタiと専用タブレットをセットにして、月500円で貸し出すという取り組みだ。タブレットには「エージェント」がプリセットされており、話しかければコーヒーを淹れてくれたり、LINEの送受信を行ってくれたりする。

コーヒーマシンとタブレットをセットにしてレンタルする「ネスカフェ コネクト」。レンタル料は月額500円、コーヒー代は飲んだ分だけだ。利用するにはWi-Fi環境が必要になる

「離れて暮らす家族をつなぐ」や「高齢者の見守り」など、ネスレが新たなサービスで提供しようとしている価値は、ちょっと食品メーカーの範疇を超えている感じもする。しかし、顧客の問題を把握することでイノベーションを起こせるという高岡CEOの言葉を踏まえて考えると、ネスレがコーヒーマシンで高齢化や家族のコミュニケーション不足といった問題に挑戦するのも不思議ではない気がする。

「エージェント」を閉じれば、アプリを入れたりする一般的な使い方も可能な付属のタブレット

コーヒーマシンにエージェント(タブレット)が付いているという現在の姿は、ネスレが目指すコーヒー×IoTの取り組みの導入部に過ぎない。その点は深谷氏にも確認したところだ。そのうちマシンとタブレット(の機能)は一体化するだろうし、何らかの新たなサービスも始まるだろう。食品とマシンの双方を扱うネスレの特異性に触れつつ、深谷氏は「食品メーカーでIoTを語れるのはネスレしかいない。それが最大の強みだ。そこにECを乗っければ、売上にも直接反映させられる。これをいかしていくことが重要なことだ」と話していた。

LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

2019.04.25

携帯3社が「+メッセージ」の機能拡充を発表

LINEと比較した強みは「信頼性」

金融サービスと連携し、住所変更手続きが容易に

NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの携帯大手3キャリアが「+メッセージ」(プラスメッセージ)の機能拡充を発表した。

国内大手3キャリアが「+メッセージ」の機能拡充を発表

サービス開始から1年が経過した「+メッセージ」だが、広く普及した印象はない。「メッセージならLINEで十分」との声も多い中で、普及する可能性はあるのだろうか。

「LINE」とは異なる可能性を秘めた「+メッセージ」

2018年5月に大手3キャリアがサービスを開始した「+メッセージ」は、2019年4月までに利用者が800万人を突破したという。だが「使ったことがない」とか、そもそも「名前を知らなかった」という人もいるのではないだろうか。

+メッセージの利用者は800万人に

「+メッセージ」とは、国際規格のRCSに準拠したメッセージサービスだ。従来のSMSを置き換えるサービスとして、短いテキストだけでなく長文や画像、スタンプを送れるのが特徴だ。

「+メッセージ」はSMSを置き換える上位サービス

一方、日本国内ではLINEが普及しており、月間利用者数は7900万人、そのうち毎日使うユーザーは6600万人もいるという。日本のほとんどのスマホにLINEは入っており、日常的なメッセージ需要はLINEが十分に満たしている状態だ。

だが、どんなにLINEが普及してもSMSがなくなることはない。サービスのID登録やログイン時など、本人確認を必要とする多くの場面でSMSは使われている。SMSは契約時に身分証明書で本人確認を済ませており、信頼性が高いのが特徴だ。

一般に「+メッセージ」は大手キャリアのLINE対抗策と認識される傾向にあるものの、その性質はやや異なる。「+メッセージ」がSMSの延長にあるという特性を活かせば、SMS認証のような本人確認はもちろん、企業と個人の間でのさまざまな手続きに活用できるはずだ。

こうした背景を踏まえて3キャリアが発表したのが、新サービスの「公式アカウント」や、金融各社と連携する「共通手続きプラットフォーム」だ。

仕組みの共通化やMVNO対応など、課題は山積

2019年5月以降に始まる「+メッセージ」の公式アカウントは、企業向けのアカウント機能だ。利用例としては銀行やレストラン、携帯会社を挙げ、登録住所の変更やレストランの予約、問い合わせといったサービスを実現できることを示した。

「+メッセージ」の「公式アカウント」機能

こうした機能はアプリでも提供されているが、スマホにアプリを入れていないユーザーも多く、パスワードを入れてログインするのは煩雑だ。だが「+メッセージ」なら電話番号だけでユーザー本人とつながり、チャットで手続きができるので便利というわけだ。

銀行やレストラン、携帯会社による利用例

だが、サービス提供に向けた課題は多い。公式アカウントの開設は、大手3キャリアが個別に営業をかけ、各社の基準で審査する方式となっている。一見すると無駄な仕組みだが、独占禁止法への抵触を避けるため、3社が競争している建前になっているという。

3キャリア以外への対応として、ワイモバイルなどのサブブランドやMVNOでは利用できない状況が続いている。サービス開始時から指摘されていた問題だが、1年が経過して何の進展もないのは理解に苦しむところだ。

iPhone対応にも課題がある。アプリを入れることで「+メッセージ」は使えるものの、SMSを送受信する標準のメッセージアプリを置き換えるものではない。ここに手を加えるのはiPhoneの基本的なユーザー体験に影響するため、アップルの判断次第になりそうだ。

また、今後の構想として、金融5社を横断した「共通手続きプラットフォーム」も打ち出された。住所変更手続きなど、各社の競争に直接関係しない事務手続きを共通化し、顧客の利便性向上を図るのが狙いだ。

金融5社と「共通手続きプラットフォーム」に向けた検討を開始

最近、フィンテックやキャッシュレスの新サービスが増え、新たに住所や電話番号を登録して口座を作る機会は多くなった。しかし、それに伴い変更の手間も増している。そこで+メッセージを利用したオープンな事務手続きプラットフォームが実現すれば、1回の手続きで全社に情報が伝播するというわけだ。

「+メッセージ」は、携帯市場で競合する大手3キャリアが共通サービスの整備を進めなければならない。その中で「電話番号でつながる」強みを活かした独自の活用法が、ようやく見えてきたといえそうだ。

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シャークニンジャ日本法人の社長 ゴードン・トム氏に直撃

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者が語る参入秘話

日本向けの製品カスタム、消費者ニーズの取り入れ図る

全米ナンバーワンの掃除機ブランド「シャーク」。日本では、長年スチームクリーナーのメーカーとして知られていたが、2017年6月に日本法人が設立され、翌2018年夏に日本市場に本格参入した。

第1弾として、同年8月にコードレススティッククリーナーの「EVOFLEX」を発売。翌9月にはハンディクリーナー「EVOPOWER」、10月にはスチームモップ3製品、ロボット掃除機「EVOROBOT」と精力的に新製品を日本市場に投入している。

そこで今回は、シャークニンジャ日本法人の社長を務めるゴードン・トム氏を直撃。同社の日本市場への本格参入の意図と、今後の戦略や日本の掃除機市場や消費者について伺った。

シャークニンジャ日本法人の社長のゴードン・トム氏。英国の元外交官で、20年前にダイソンの掃除機を日本に広め、現在の業界の発展につながる市場の開拓の礎を築いた人物だ

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者

ゴードン・トム氏と言えば、日本の掃除機市場の変革者と呼んでも過言ではない人物。もとはイギリスの外交官として来日。赴任中の1990年代にダイソンの日本法人の初代社長に抜擢された(編集注:イギリスの外交官には副業を認める制度がある)。

当時国内メーカーの寡占状態であった日本の掃除機市場に“吸引力が落ちない”の謳い文句で同社のサイクロン掃除機を展開し、「ダイソン」ブランドの地位確立の礎を築いた。

ダイソンを退いた後は、エレクトロラックス日本法人の社長に就任し、キャニスター型に代わり、現在日本の掃除機市場において主流となった“コードレススティッククリーナー”の人気を定着させた。

外国人でありながら、日本の掃除機市場を知り尽くした“業界のマシュー・ペリー”的存在のトム氏だが、今度は全米ナンバーワンの掃除機メーカーの日本法人の社長として日本に再上陸したのは、どういった経緯なのだろうか。

「2014年にエレクトロラックス社を退職して、以降はマーケティングのコンサルタントの仕事をしていましたが、2016年の9月ごろにシャークから連絡がありました。当時のシャークの売上は北米が95%、イギリスが5%ほど。中国法人を立ち上げ、代理店経由でメキシコにも進出するなど本格的な国際化戦略を進めており、日本も大事な市場の1つと考えていました。そんな中、私のところに相談があり、翌2017年の1月くらいにボストンの本社へ出向き、エンジニアやデザイナーに会って話をし、3~4月ぐらいに日本に展開する商材や現地法人の設立、取引・流通事情、マーケティング戦略の提案をしました」

日本法人の設立にあたっては、最終的にはトム氏自らが初代社長に就任することになり、これまでの経験をもとに、オフィスの設置場所や人材集めなども自ら担ったとのことだ。

参入にあたり日本向けにカスタム

次に着手したのは、日本市場に投入する商材の選定。氏曰く「これまでで最高の掃除機に出会えた」と評する同社の製品で、日本市場参入第1弾に選ばれたのは、「EVOFLEX」。本国では2017年秋に発売され、ボタン1つでパイプを90°曲げて掃除ができるという独特のギミックで注目を集めた製品だが、日本で発売するにあたっては多くが日本向けにカスタマイズされたという。

日本市場への本格参入の第1弾として2018年8月に発売されたコードレススティッククリーナー「EVOFLEX」。本国でおよそ1年前に発売された製品(左)を、サイズからモーター、操作性に至るまで、日本向けに大幅にカスタマイズした上で登場し

「本国で開発された最初の試作機は、私の目から見たら全然ダメでした。まず、大きすぎて日本人の身体にも家にもマッチしていませんでした」

パイプ部分が90°曲がって家具の下にも潜り込みやすいという、製品のアイデンティティーとも言える独自性はそのまま継承しつつも、パーツの着脱をしやすくするためにボタンの改良が施されるなど、日本のユーザーに受け容れられるよう細かい部分にまで配慮がなされた

そこで実際に、試作機を用いて日本の家庭50世帯で6週間のテストを3回行い、その結果、日本向けの「EVOFLEX」は、原型は同じでありながらも本国の製品とは見た目も中身もかなり異なる製品に仕上がった。「例えば、ヘッドブラシは、畳や木材などが多い日本家屋の床に合わせて柔らかいローラーにしました。ダストカップも中身が見える透明な素材で、中のメンテナンスがしやすいように角を丸くしています」とトム氏。

それ以外にも、高音域のモーター音を好まない日本のユーザーのために音を低減したり、高性能なHEPAフィルターの採用や、取り外しやすいメッシュフィルターを採用してサイクロン部の手入れをしやするなど、掃除機の本質性能だけでなく、操作性やメンテナンス性にこだわった改良が多数施された。

こうした改良点について、トム氏は日本とアメリカの掃除機に対する消費者の根本的な考え方や流通ルートの違いを明かす。

「日本の場合には、掃除機や家電製品の購入は、家電量販店が主流ですが、米国の場合にはウォルマートなどの巨大スーパーで購入するケースが一般的です。そこでは日本のように実際に製品に手で触れて試してみるという機会がありません。そのため、製品への信頼度が重要で、ブランド力というのはとても大事なのです」

日本でも昨秋発売された同社のロボット掃除機。本国ではそのおよそ1年前に発売されているが、ほぼアイロボット社の独占市場であったアメリカのロボット掃除機市場において、初めてアイロボット以外で2桁のシェアに躍り出ている。

2018年10月発売のロボット掃除機「EVOROBOT」。掃除機メーカーとしてのブランドへの信頼性と、十分な機能・性能と消費者が受け入れやすい価格帯で、アイロボットの「ルンバ」以外で初めて10%を超えるシェアを獲得したという

さらに、米国の消費者は「掃除機が必要」という需要があった上で、その用途を満たすための機能と予算を照らし合わせて製品を選ぶというのが購入の意思決定。ゆえに、デザインやメンテナンスといった要素は日本人ほど重視されず、むしろ「さまざまなユーザー層の需要に応えるために、価格によって付属品を選べることが重要なのです」と話す。

20年前の日本市場は「つまらなかった」

一方、約20年前に日本の掃除機市場に乗り込み、「日本の掃除機は紙パックのキャニスター式ばかりで個性がなく、つまらなかった」と当時を振り返るトム氏。業界の“エバンジェリスト”として、日本市場においてシャークブランドのプレゼンスをどのように高めていくのかに注目される。

そこで目を向けたのが、昨年9月に発売された「EVOPOWER」だ。本国での発売後、日本向けにカスタマイズして上陸した「EVOFLEX」とは異なり、日本をメインマーケットとして、日本の消費者のニーズを多く取り入れて開発されたハンディクリーナーで、その後に英国でも発売されているとのこと。

さらに、今年1月には長崎県の無形文化財である「臥牛窯」とコラボレーションし、「EVOPOWER」に絵付けを施した限定商品を発売するなど、"日本発"の掃除機を送り出している。今後もこうした商品展開や戦略を積極的に進めていく方針なのだろか。最後に、シャークニンジャの展望について訊ねてみたところ、次のように語ってくれた。

2018年9月発売の「EVOPOWER」。コンパクトで部屋に設置しやすくサッと使える機動力のよさと、生活感を感じさせない外観でインテリアにもなじみ、部屋に常設しやすいと好評だ
「臥牛窯」とのコラボレーションで生まれた限定の「EVOPOWER」。プロモーションというよりも、どちらかと言うと日本の伝統工芸贔屓のゴードン社長の“趣味”で作られたようだが、今後も相性がよいものがあれば実現していきたいとのこと

「シャークの掃除機は、あくまでユーザーの使い勝手が最優先です。ゆえに、EVOPOWERも持ちやすく、どこにでも置いて使いやすいサイズ・形状を追求したハンディクリーナーですが、空間に置かれた時のこともイメージし、見た目のデザインにもこだわって開発された、これまでになかった商品だと思います。そういう意味ではEVOPOWERのデザインはまさに"機能美"と言えます。臥牛窯は、単に私が好きだと言う理由でやりました(笑)。積極的にとまでは言えませんが、伝統工芸が好きなので、実現できれば個人的には今後もコラボ商品を展開してみたいですね」

ダイソンで日本の掃除機市場に風穴を開け、エレクトロラックスで新たな掃除スタイルを日本に定着させたゴードン・トム氏。掃除機メーカーとして全米で絶対的なブランド力を誇るシャークニンジャを率い、今度はどのような手腕を奮うのか楽しみである。

長年の経験・知見を武器にした"掃除機"を通じた外交で、日本と諸外国をつないで、今後も世の中の掃除・家事スタイルやあり方を変えていってくれることへの期待が寄せられる、ゴードン・トム氏
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