大学入試改革前夜! 注目されるアクティブ・ラーニングの現場をのぞく

大学入試改革前夜! 注目されるアクティブ・ラーニングの現場をのぞく

2016.05.20

人口が減少傾向に突入した日本。少子化がますます進み、教育産業に関わる企業は戦々恐々としている。矢野経済研究所が発表した「教育産業市場に関する調査結果2015」によると、学習塾・予備校市場規模は2013年に9,360億円、2014年に9,380億円、2015年は9,420億円(見込み)となんとか横ばいを維持している。だが、教育市場の対象人口が少なくなっていけば、企業による顧客の奪い合いがますます激化していくことが容易に想像できる。

質問に挙手して能動的に答える。アクティブ・ラーニングのもっともシンプルな姿だ(写真:PIXTA)

そうした中、教育に関わる企業が熱い視線を送っている分野がある。最近、よく耳にするようになった「アクティブ・ラーニング」と呼ばれる教育方法だ。

アクティブ・ラーニングは、生徒が“能動的に学ぶ”ということから名付けられた。2012年に文部科学省中央教育審議会が出した答申の中で、「受動的な受講」から「能動的な学修」への転換が示され、以降、大学を中心にこの言葉が使われ始めた。さらに2014年に下村文科大臣が「小中高の教育の見直しも必要」としたことで、大学以外の学校教育の現場でもアクティブ・ラーニングが取り組まれるようになってきた。

大学入試改革で求められる“知の応用力”

これほどアクティブ・ラーニングが注目されるのは、背景に“大学入試改革”があるからだ。この改革は2020年度(2021年)から実施され、それまでの「センター試験」を廃止。新たに「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」が導入される予定となっている。

この新テストで問われるのが「思考力」「判断力」「表現力」といった“知の応用力”だ。センター試験のペーパーテストのような“知識を記憶”→“試験時に再生”といった知識量を競うような試験ではなく、記述や作図などの解答が求められるとみられる。

こうした試験への対応力を向上させるため、アクティブ・ラーニングが必要になるというわけだ。極端な話、センター試験のような選択式のテストなら、徹夜を重ねるなりして知識を詰め込めば“短期間で何とかなる”場合もある。だが、新テストで問われる思考力・判断力・表現力を磨くには一朝一夕にはいかず、生徒によっては長い期間の学習が必要。この記事のタイトルに“大学入試改革前夜”と表現させていただいたのは、入試改革まで5年を残しているが、それでも準備期間は短いかも、という意味合いからだ。

では、アクティブ・ラーニングの現場では、どのような授業が行われているのだろうか。

イー・ラーニング研究所は、その名のとおりオンラインで学習するeラーニングを提供する企業で、アクティブ・ラーニングにも積極的に取り組んでいる。ちなみに、厳しいといわれている教育産業においてeラーニング市場は堅調。前出の矢野経済研究所の調査によれば、2015年は1,745 億円という市場規模となり、これは前年比 15.7%増だという。企業研修などでの利用が拡大したほか、ICTを活用した学校教育現場にも浸透し始めているのが要因だ。

さて、このイー・ラーニング研究所が主催する「子ども未来キャリア塾」の授業を見学させていただいた。その名前からわかるとおり、将来、ビジネスに役立つ思考力を育てるのがねらいで、小学校高学年向けには「ビジネススキルを学んでみよう!」という副題がついている。

当日は、自己紹介を最終目的とした、コミュニケーション能力を高める内容で授業が行われた。まず、マインドマップを用いたゲームから開始。「夏」や「クリスマス」といった“お題”をもとに、子どもたちが“思考”をつなげていく。

写真左:マインドマップに夢中になって書き込む生徒。写真右:生徒たちの手によるマインドマップ

集中力を途切れさせない授業

そして授業中、とにかく目立ったのは、子どもたちが質問に答えるシーンが非常に多かったこと。担当講師によれば、意図的に質問回数を増やし、子どもたちに“答えざるをえない”状況を作りあげているのだそうだ。受講した生徒のうち一人は、普段は物静かであまり口を開かないそうだが、筆者にはまったくそんな印象は受けなかった。

そしてもう1点気づいたのが、子どもたちの集中力が途切れる様子がないこと。小学校の授業は通常40~50分間だが、この授業は90分間とかなり長い。おそらく、子どもたちにとって初めての“長丁場”だったにちがいないが、最後まで集中力が途切れた感の素振りは見られなかった。

自分で考えたキャッチコピーを使って自己紹介する生徒。この生徒は「モデルになった私」「パン屋さんになった私」と、2種類の未来を自己紹介で披露した

さて、授業最後にいよいよ自己紹介に取りかかる。「自分のこと」「今」「昔のこと」「将来」というお題の入ったシートを使い、マインドマップの要領で“自分を構成する要素”を書き込んでいく。そしてそのシートをもとに自分のキャッチコピーを考え、それを発表して授業は幕を閉じる。

このキャッチコピーに必ず“将来やりたい仕事”について触れているのがユニークだった。アクティブ・ラーニングの第一人者で子ども未来キャリア塾のアドバイザーでもある緑進学院 代表取締役 石田勝紀氏によると「なりたい職業がある子どもの場合、将来、仮にその職業に就けなくとも、なりたい職業がない子どもに比べ、何かしらの仕事に就く確率が高くなる研究結果が出ています」という。アクティブ・ラーニングを通じ“将来あるべき自分の働く姿”を意識させているというワケだ。

一方、アクティブ・ラーニングが浸透するにつれ、目立ってきたのが“プログラミング”を絡めた授業だ。iPhoneアプリやゲーム、アニメを作ったり、ロボットを組み立てそれにプログラミングで動きを与えたりといった授業がよく知られている。2013年にサイバーエージェントが小学生向けプログラミング教室を運営するCA Teck Kidsを設立するなど、教育産業以外の企業の参入も目立ち始めている。

プログラミングを絡めたアクティブ・ラーニングが注目されている理由は2点ある。アプリやゲーム、ロボットなど、子どもたちの興味を喚起しやすい素材を扱うというのが第一の理由。そして、プログラミングを覚えるという主目的だけでなく、IT機器への理解や数字、アルファベットに触れるという、いわば“副産物”ともいえる効果も期待できるのが第二の理由だろう。

このプログラミングを絡めた授業をのぞく機会も得た。「ロボ団」と名付けられたその教室では、文字どおりロボットを制作し、専用ソフトウェアを用いてプログラミングを行う。

トライ&エラーで理解を深める

レゴとMITが共同開発したマインドストーム EV3。授業ではアームを持ったロボットがペットボトルをつかむ動きを再現

同教室で扱うのはレゴ社とマサチューセッツ工科大学(MIT)が共同開発した「マインドストーム EV3」。教室内は小学校低学年とみられる子どもたちが多かったが、同素材は10~21歳向けと、少々ハードルが高いように思えた。

講師によると、「あえて小学校高学年以上が対象の素材を使うことで制作に失敗してもらい、トライ&エラーができるようにしています」と話す。繰り返し失敗することで“なぜだろう?”という疑問が生じ、その分、成功した際、より一層理解が深まりやすいというワケだ。

また、基本的に2人一組というのもポイント。協働でブロックを組み立て、協働でプログラミングすることで他者との関わりを覚えられる。この教室では2人で1台のパソコンを使ってプログラミングするが、一方が入力、もう一方が先生の指示したとおりに入力されたかをチェックし、一巡するとその役目を入れ替える方式を採っていた。役割分担への理解も深まるという寸法だ。

ロボットを組み立て、プログラミングを行う。アームが閉じる速さや閉じている時間を指定できるなど、複雑な動きを設定可能

文科省は思考力・判断力・表現力のほかに「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性・多様性・協働性)」についても入試の評価に加えるよう示す。幼い頃から協働性を養っておいて損はない。

さて、文科省といえば4月20日、小学校の必修科目にプログラミングを加えることで検討に入ったことを示した。これを受けて、教育産業に関わる企業のみならず、IT関連企業もにわかに活気づくだろう。

エバンジェリストからアドボカシーへ、MicrosoftとIBMが進める開発者起点のIT変革

阿久津良和のITビジネス超前線 第7回

エバンジェリストからアドボカシーへ、MicrosoftとIBMが進める開発者起点のIT変革

2018.12.18

デジタルトランスフォーメーションは世界的な潮流

重要な役割を果たす「デベロッパー・アドボカシー」とは?

大きなデジタル変革、日本企業が”また”乗り遅れないために

昨今のIT企業では、「エバンジェリスト(伝道師)」ではなく「デベロッパー・アドボカシー」「デベロッパー・アドボケイト」という肩書きを目にすることが多い。本来は、その権利を代弁・擁護し、権利実現を支援する「アドボカシー(advocacy)」の実践者を指す言葉だが、昨今のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の潮流で欠かせないキーワードとなりつつある。今回は大手IT企業でアドボカシー職を務める2人の著名人に話をうかがった。

エバンジェリストからデベロッパー・アドボカシーへ

日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)でデベロッパー・アドボカシー事業部を統括する大西彰氏は、エバンジェリストとデベロッパー・アドボカシーの違いについて次のように説明した。「エバンジェリストはテクノロジーとマーケティングのハイブリッドで、世界観や製品の良いところを1対大勢で主張する。デベロッパー・アドボカシーは現実の開発者と1対1で向き合う。例えば(機能が正しく)動作しないといった悩みに開発者と同じ目線で受け止め、その声を本社へフィードバックする」。つまりエバンジェリストもデベロッパー・アドボカシーも対する相手は顧客でありながら、その役割は似て非なる。

日本IBM デジタル・ビジネス・グループ デベロッパー・アドボカシー事業部 Tokyo City Leader(事業部長) 大西彰氏

日本マイクロソフト(日本法人)からマイクロソフトコーポレーション(本社)直属の組織に席を移し、デベロッパー・アドボカシー職を務める寺田佳央氏も同様の説明を行いつつ、「私の中では(エバンジェリストからデベロッパー・アドボカシーへ)肩書きが変わっても、取り組む内容や姿勢はさほど変わっていない。Javaを盛り上げる上でコミュニティと良好な関係を築くことが大切で、Javaエバンジェリスト時代から開発者との会話や交流をとても大切にしてきた」と振り返る。奇しくもその発言は大西氏も同様で、「本質は変わっていない。振り返ると日本マイクロソフトのエバンジェリスト時代もデベロッパー・アドボカシー的な活動だった」と語る。

マイクロソフト デベロッパー・リレーション クラウド+AI リージョナル・デベロッパー・アドボカシー 寺田佳央氏

ここから見えるのは、顧客に寄り添うという顧客ファースト視点を両者とも重視しており、その意識を具現化したのがデベロッパー・アドボカシーという役割なのだろう。

ここで両者の背景を説明したい。大西氏は日本マイクロソフトで約12年、エバンジェリストなどを務め、2017年10月から日本IBMに移籍。IBMは「本社CEOのGinni Rometty(ジニー・ロメッティ)やCDO(Chief Digital Officer)のBob Lord(ボブ・ロード)も開発者にコミットすることを明言」(大西氏)しているように、開発者への関与を強化し、現在約200名のデベロッパー・エコシステムグループで広域な情報発信や個別の重要顧客を支援する活動を行っている。同社は主要なビジネス拠点にリーダーを配置しているが、東京の拠点は少数精鋭でデベロッパー・アドボカシー、プログラムマネージャーらが活動中だ。

寺田氏のJavaに関する活動は、以前の日本オラクル時代から有名であったが、2015年7月に日本マイクロソフトへ移籍。とあるイベントへ参加した際、「以前のマイクロソフトとは大きく変わった」という印象を持ったのが最初で、さまざまな開発言語に積極的に対応したMicrosoft Azureの可能性に惹かれたことで籍を移したという。Unix や Java の文化しか知らない自分だからこそ、そして代表的なマイクロソフトの競合企業 (Sun Microsystems) に勤めていた自分だからこそ、大きく変わったマイクロソフトの今を伝えられると考えた。そして「『Microsoft Love OSS !!』のメッセージを日本全国の開発者・運用者の皆様にお届けしたい」(寺田氏のブログより言葉を抜粋)と自身の役割を語っていた。現在、寺田氏もマイクロソフトコーポレーション所属で、千代田まどか氏(ちょまど)と共に日本リージョン(地域)担当のアドボカシーとして活動している。

日本はやっぱり遅れ? デジタルトランスフォーメーション

さて、各社がデベロッパー・アドボカシーという役割を設ける理由だが、背景には世界的なDXの潮流が大きい。デジタルテクノロジーで企業の変革を起こすには、ソフトウェアによる最適化が必要だが、そのソフトウェアのコードを書く開発者は特に日本で軽視されがちだ。

ビジネスリーダーとソフトウェア開発者の両者が「両輪」となってサービス開発を共に進めるのが理想ながらも実現していない。トラディショナルな企業の縦割り構造や旧態依然の企業文化など、DXが進まない理由は多岐にわたるが、この状況について大西氏は、「専門家の皆さんは難しく語っているものの、とどのつまり『(1)無駄な時間を省いて、(2)最初に全体を判断し、(3)どこからでもアクセスできる』。この3つが重要」と指摘する。

他方で両社に共通するのがクラウドの存在だ。日本IBMは「IBM Cloud」、日本マイクロソフトは「Microsoft Azure」を持つプラットフォームベンダーだが、クラウドの主役はSaaSなどクラウド上で動作するサービスであり、サービスを開発する開発者が最重要となる。そのため日本IBMは、現実世界のシナリオに則したオープンソースのアプリケーション集「IBM Developer Code Patterns」を運営して、「開発者の目的にあったシナリオを見つけて頂き、素早く試してもらう道を作る」(大西氏)活動を続けてきた。また、2018年6月11日に開催したThink Japan IBM Code Dayには3,000人以上が来場。他社ベンダーも参加する同社としては史上初のイベントに対して、「古くからお付き合いのあるパートナー様からは『IBMも変わった』というポジティブなフィードバックを頂いた」(大西氏)。

このように開発者コミュニティに対する積極的な姿勢は、日本マイクロソフトも同様だ。日本マイクロソフトの年次イベントである、de:code や Tech Summitでは、WindowsやOffice、.NETと言った既存のマイクロソフト製品・技術のコミュニティやファンをとても大切にしながらも、さらに今では当たり前のようにOSS に関連したセッションも数多く行われている。また、寺田氏はMicrosoft MVPに代表されるインフルエンサー支援やコミュニティへ積極的に参加している。

そして寺田氏の今の活動には、デベロッパー・アドボカシーへ就任する前の経験が、大きな影響を与えていると言う。「2年ほど前までは、プレゼンで発表することが業務の中心だった。それが、昨年よりお客様の実ビジネスの課題を、目の前で直接解決していく“ハックフェスト”を実施するようになった。もちろんプレゼンはとても重要で今後も実施していく。しかし、テクノロジーの領域によっては、約1時間のセッションで伝えることが難しい技術もある。たとえば、Kubernetesのような、開発手法、運用方法、DevOps、マイクロサービスのように多岐にわたるノウハウが必要な技術だ。ハックフェストは、プレゼンより多くの時間を掛け、アーキテクチャや実際のコーディング内容を確認し、操作方法でつまずくポイントを詳細に説明できる。実際に参加されたお客様やコミュニティ・メンバーが短期間で著しい成長される姿を目の当たりにし、この取り組みは素晴らしいと感じたと共に、この体験が私自身も大きく成長させた。そしてアドボカシーになった今も、コミュニティに向けてハックフェストを実施している」と、開発者と同じ目線で語る重要性を力説する。

寺田氏はデベロッパー・アドボカシーとして、「私自身は顧客が幸せになることを考えて、顧客が作りたいシステムに関する情報や技術をお届けしたい。その結果として日本IT市場が前進する活動を続けたい」と抱負を語る。大西氏も「IBMはさまざまなテクノロジーにコミットしている。開発者に対してオープンであるイメージを伝えて『ファン』になって頂きたい。個人的には日本のDXを加速させるために顧客支援を続けていく」(大西氏)と述べ、コミュニティや顧客に対する支援と、日本企業のDX推進を目指す姿勢を示した。

各社は開発者起点のエコシステム拡大を展望

お二人の取材を通じて感じたのは、ソフトウェア開発者の重要性である。筆者も以前はプログラマーとして働いた経験を持つが、今思い返せば恵まれた環境とは言い難かった。各所で叫ばれているDXの本質はワークフローを最適化するサービスにあり、サービスを開発するソフトウェア開発者にある。それを理解しているIT企業は開発者起点のエコシステム拡大を踏まえて、デベロッパー・アドボカシーの活動を始めているのだろう。

阿久津良和(Cactus)

タイプフェイスデザイナーの発掘

1970年代。
時代は、さまざまなデザインの新書体を求めていた。

「デザイナーが書体をデザインをする」という、いまでは当たり前となった概念を、みずからの新しいデザインとともに打ち出したタイポスの登場は、そんな流れを一気に後押しした。

そうした流れと並行してスタートしたのが、写研による「石井賞創作タイプフェイスコンテスト」だ。

第1回の授賞式は1970年(昭和45)5月18日、大日本インキビルの18階会場で行われた。コンテストのねらいについて、写研は〈このコンテストは、石井茂吉の遺志を生かし、新しい文字の創作を願って企画されたもので埋もれたタイプフェイスデザイナーを発掘し、若い人たちの文字への関心を高め、タイプフェイスデザインの発表の場を与える〉ものだと記している。(*1)

応募要項は前年に発表され、締切の1970年1月末日までに118点の応募があった。第1回審査は、原弘氏を委員長に、田中一光氏、細谷巖氏、小池光三氏、小柏又三郎氏、写研社長の石井裕子氏を委員として行われた。

課題の文字をどう選ぶか

応募要項づくりの中心になったのが橋本さんだった。

「石井賞創作タイプフェイスコンテストの募集を開始したのが、1969年(昭和44)頃だったと思います。この準備がとても大変でした。どんな文字を課題にするのか、どんなフォームで募集するのかが悩みの種でした。(書体に必要な文字を)2000字書いて応募してください、というわけにもいかないですから」

検討の末、入賞作品が決まった後に展示会が行えるよう、応募作品はパネル1枚にまとめてもらうことにした。1枚のなかに、ひらがな、カタカナ各48字と記号、そして漢字をおさめなくてはならない。そう考えると、応募作品に掲載できる漢字は50字ほどだった。その文字によって書体の出来を判断するのだから、適当に選ぶわけにはいかない。

「写研の写植機で用いる文字盤には、印字する文字を効率よく拾えるよう、『一寸ノ巾』と呼ばれる独自の配列方法を用いています。ふつう漢和辞典では部首別とか音訓別で漢字が並べられていますが、『一寸ノ巾』配列は、部首や画数、音訓で並べるのではなく、形状で漢字を探し出せるよう工夫された配列でした」

「一寸の巾」の基本の見出しは、次のように並べられている。この51種類の基本見出しによって漢字を分類しているのが「一寸ノ巾」基本配列だ。次のように、語呂合わせで覚えられるようになっている。

一寸ノ巾亠辶ワ匚刀ヌク人
厂ハ山阝大小女子口言心手
弓ト片戈四目糸艸虫羽竹里
辛車臼門犬足馬骨
日月火水木金土

いっすんのはば なべぶたしんにゅうははこがまえ かたなぬくひと
かりはやまさと だいしょうのじょし くちいいこころにて
ゆみとかたほこ よつめいとくさ むしのはねたけのさと
しんしゃきゅうもん いぬのあしうまのほね
しちよう

「この基本見出しの数が51なので、それをある程度網羅できるように考えながら、漢字50字を選びだしたんです」

こうして、漢字・ひらがな・カタカナ・数字・記号をあわせて176字がコンテストの課題となった(第3回からは、応募部門を従来どおりの内容の和文部門、欧文部門、約物・記号部門の3つに分けた)。その内容は、次のとおりだ。

石井賞・創作タイプフェイスコンテスト課題。第2回応募要項より

1970年に発表された、記念すべき第1回目の第1位に輝いたのは、名古屋の中村征宏氏による「細丸ゴシック」だった。この書体は、のちに写研から「ナール」として文字盤が発売され、一世を風靡した。

第1回石井賞創作タイプフェイスコンテストで1位になった中村征宏氏の「細丸ゴシック(のちのナール)」『写研19』(写真植字研究所「写研」編集室、1970年5月)

第2回コンテストの応募要項には、〈第一回の応募作品を概括してみると、ボディタイプ(本文用文字)が圧倒的に多く、ディスプレイタイプ(出版物や広告の見出し用文字)は少なかったようです。ボディタイプだけでなく、ディスプレイタイプの作品がもっと出されることが各界より望まれています〉と書かれている。(*2)

「これ以降、石井賞創作タイプフェイスコンテストから、多彩なデザインの書体が生まれ、発売されました。それはもう画期的な書体の数々でしたから、写研は『よい書体を数多くつくっている会社』と強く印象づけられていきました。書体のデザイン化が加速し、写研は2年に一度、写研フェアという展示会を開いて、次々と『新書体』を発表するようになっていったのです」 (つづく)

(注)
*1:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975)P.125

*2:「第2回石井賞創作タイプフェイスコンテスト」応募要項『写研22』(写真植字研究所「写研」編集室、1971年4月)P.22

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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