IoTで注目される「LPWA」、KDDIが富士山で「見える化」したモノとは

IoTで注目される「LPWA」、KDDIが富士山で「見える化」したモノとは

2017.08.17

モノのインターネット、いわゆるIoT(Internet of Things)の事例が増えるなか、ここのところ注目されているのが「LPWA(Low Power, Wide Area)」だ。IoTデバイスの多くはWi-FiやBluetoothを使うもの、というイメージがあるなか、名前の通り「低消費電力で広範囲な通信」で支持されつつある。

LPWAには、周波数帯域の利用に免許が必要なライセンスバンドを用いる「LTE Cat.NB1(NB-IoT)」や「Cat.M1」と、免許が必要ないアンライセンスバンドを利用する「LoRaWAN」や「Sigfox」が存在する。ライセンスバンドの規格は昨年に標準化が完了し、今後各携帯キャリアによる環境整備が見込まれている。

一方で、いち早く企業による活用が進むのがLoRaWAN。前述の通りアンライセンスバンドを利用することで導入の敷居が低く、さまざまな通信事業者がソリューションを提供し、実証実験も多数行われている。中でも、B2BのMVNOで急成長したベンチャー「ソラコム」の動きは大きな注目を集めた。

ソラコムはかねてからIoTに関連するさまざまなソリューションを提供してきた。MVNOとして、帯域をあまり利用しない用途に応じたサービスを提供してきたほか、代表取締役社長の玉川 憲氏がかつてエバンジェリストを務めていたAWSなどのクラウドへのデータ送信、接続性の担保など、大手企業のクライアントも多数抱えるまでに成長した。

PoCキットで用意されているArduino開発シールド

LPWAについても同社はいち早く取り組んでおり、2016年7月「LoRaWAN PoCキット」を試験リリース、今年2月には正式なサービスとしてスタートした。PoCキットでは、ゲートウェイとArduino開発シールドを用意し、デバイスで収集したデータをそのままソラコムプラットフォームに送信する仕組みを構築。企業はLPWAの恩恵を受けつつも、通信部分をソラコムに任せることで、アプリケーション開発に注力できることになる。

ソラコムといえば、先日発表されたKDDIによる買収が大きな話題となったが、そのKDDIも「LoRa PoCキット」を昨年末にリリースしている。とは言ってもソラコムのキットに共通する部分も多く、バックエンドにSORACOM vConnec Coreを活用した「KDDI IoT コネクト Air」を利用。ほかにLoRa端末が10台、半年分の通信費、サポート費用などを含めた総額120万円の検証実験キットとなる。

ここのところ取材でよく聞くのが「IoTをやれと言われて、とりあえずIoTに類する何か」をやろうとする企業が多いという話。こうしたPoCキットは、その取っ掛かりとして"とりあえず"にちょうど良いものかもしれないが、それなりのコストがかかるため、「やって終わり」では済まされない。

「日本企業はとにかく事例を求める」とは、あるクラウドベンダーの取材中に言われた言葉だが、確かに類似事例がないことには上司への説得にもならないのだろう。そうした事例作りという裏の狙いもあるのだろうか、KDDIは8月10日から9月までLoRa PoCキットを活用して、御殿場市と共同で富士山の御殿場口における登下山者数の"見える化"を始めた。

赤外線と超音波で通行人を把握

これまでは人力で、御殿場市職員などがカウンターを持って通行者の人数を確認し、多大な労力を割いていた。もちろん、開山期間中すべての人数把握などできるはずもなく、人件費などを考慮すればキットによる自動化の仕組みは願ったり叶ったりだろう。

見える化の仕組みは、赤外線センサーと超音波センサーを組み合わせて人の移動を検知する。赤外線センサーで人の移動を検知したあと、超音波センサーが3方向に超音波を発し、人の移動方向を感知する。これによって、登山しているのか、下山しているのか判断する。

登下山道にセンサーを設置。写真右、箱の横にある丸い穴の下で赤外線を出して人を検知、すぐに上の穴から超音波を出して人の動きの向きを測定する

登下山の方向を判断する理由は、登下山道であっても途中で引き返すケースや、御殿場口付近にはハイキングコースが設置されている実態の把握。KDDIが「富士山登山状況見える化プロジェクト」というサイトを公開しており、実際の数字を確認できる。

データの送信頻度は30分に1回で、通過時刻などのタイムスタンプは保持せず、30分間にどちらの方向に通過したかの人数データをそのまま数字で送信する。今回は御殿場口付近の5箇所、数百メートル圏にデバイスを設置したが、KDDIの調査によれば5km以上離れた富士山頂の剣ヶ峰でも電波を確認できたという。これこそがWi-FiやBluetoothでは実現できないLPWAの強みだ。

LoRaゲートウェイ(左)と、LTEルーター(右)

唯一の課題はバッテリーだろうか。2万6800mAhの大容量モバイルバッテリーをセンサーデバイスに備え付けているが、(余裕を持って)2週間に1回はバッテリーの交換が必要だという。担当者の話によれば、30分に1回だけデータを送信するLoRaWANモジュールよりも、赤外線センサーと超音波センサーの電力消費が大きいようだ。

開山期間が2カ月程度の富士山であれば交換する負荷はあまりかからないとみられるが、より定常的にセンサーを利用するケースでは、有線による電力の確保や太陽光パネルの設置といった対策が必要になりそうだ。

当日はあいにくの雨で登山者も少なかった
市販の大容量モバイルバッテリーを利用しているが、2週間おきの交換が必要だという
御殿場市 産業スポーツ部 部長 勝俣 昇氏

御殿場市 産業スポーツ部 部長の勝俣 昇氏は、「多くの観光客に来ていただいているにも関わらず、その実態を把握できていなかった」と現状を語る。この実証実験を通して、富士登下山道の利便性向上や、ツーリズムの基礎資料に役立てるという。

御殿場口は、規模の大きい施設がある富士吉田口や、山頂までの距離が短い富士宮口と比較して利用者が少なく、"ツウ好み"なスポット。それだけに御殿場市としても、冬季以外は通年楽しめるハイキングコースなどのアピールを行い、御殿場市中心地からの循環を目指したいところだろう。

現状の把握と目指す目的地がはっきりと定まっている場合は、こうしたPoCキットは有効だろう。しかし目的が「IoTをやる」だけでは目的と手段が入れ替わってしまい、本来達成すべきゴールを見失う。またLPWAの有効性も、前述のバッテリー問題のように「理想」と「現実」に開きがある可能性がある。

本番稼働ありきで検証するのではなく、ある程度の失敗やナレッジの蓄積を念頭に、目標を設定することが吉と言えそうだ。

「クラロワリーグ」プレイオフの波乱、大会システムもeスポーツ発展の課題か

「クラロワリーグ」プレイオフの波乱、大会システムもeスポーツ発展の課題か

2018.11.20

「クラロワリーグ アジア」のプレイオフが開催

世界一決定戦への出場権を手にしたのはどのチームか?

盛り上がりを見せる一方で、大会システムには疑問も

11月11日にお台場フジテレビの湾岸スタジオにて、「クラロワリーグ世界一決定戦」への出場権をかけた「クラロワリーグ アジア」のプレイオフが開催された。

波乱の展開を見せたプレイオフ

プレイオフには、「クラロワリーグ アジア」の地域で分けた3グループ(日本、韓国、東南アジア)のなかで、もっとも成績が優秀だった各1チームと、それぞれの地域で2番目に成績の良かった3チームがワイルドカードを争い、そこで勝ち抜けた1チームの合計4チームが出場する。

今回、日本からはPONOS Sports、韓国からはKING-ZONE DragonX、東南アジアからはBren Esports Sが1位通過し、ワイルドカード争いによって韓国のSANDBOXが出場した。

プレイオフ初戦の組み合わせは、抽選によって決められた。その結果、KING-ZONE DragonXとSANDBOXによる韓国勢が対戦し、PONOS SportsとBren Esportsが対戦。韓国対決を制したKING-ZONE DragonXと、日本のPONOS Sportsを破ったBren Esportsが決勝へコマを進めた。

日本代表のPONOS Sportsは、初戦2試合目の3ゲーム目に痛恨の反則負け。まさかのストレート負けを喫してしまう。クラロワリーグ世界一決定戦2018は、日本の幕張メッセで行われるので、開催国枠として、PONOS Sportsの出場は確定していたが、「プレイオフ初戦敗退」という結果で出場することは予想していなかった。

決勝では、KING-ZONE DragonXがBren Esportsを下し、見事、世界一決定戦への切符を獲得した。

プレイオフを制したKING-ZONE DragonX
開催国枠で世界一決定戦へ出場するPONOS Sports

疑問が残ったプレイオフのシステム

下馬評では圧倒的にPONOS Sports有利であったにも関わらず、こういった結果になるのはワンデイトーナメントならでは。ただ、そもそもプレイオフの出場に関するシステムには、疑問が残る結果だったと言えるのではないだろうか。

なぜなら、クラロワリーグ アジアのリーグ戦で、PONOS Sportsは11勝3敗という文句なしの成績で1位を獲得しており、東南アジアのBren Esportsも10勝4敗という好成績を残している。韓国1位のKING-ZONE DragonXは7勝7敗と5割の勝率だった。

東南アジア1位通過のBren Esports

日本、韓国、東南アジアで順位を分けているが、クラロワリーグ アジアでは、すべてのチームと総当たりで対戦し、同じ国や地域のチームのみ2回対戦する仕組みになっている。したがって、別の国や地域との対戦により、勝ち越すことなく1位になってしまうこともあり得るわけだ。

今回のクラロワリーグ アジアにおいて、韓国チームはいずれも振るわず、2位以下はすべて負け越している。ワイルドカード枠を獲得したSANDBOXは5勝9敗。この成績は日本で最下位だったDetonatioN Gamingや、東南アジアで最下位だったKIXと同じだ。クラロワリーグ アジア全体の順位で見てみるとPONOS Sportsが1位、Bren Esports 2位、KING-ZONE DragonXが6位タイ、SANDBOXが8位タイである。

東南アジア3位のAHQ ESPORTS CLUBは8勝6敗と、KING-ZONE DragonXよりも好成績を残している

やはり勝率5割で、リーグ戦順位が6位のチームがクラロワリーグ アジア代表として、世界一決定戦へ出場することに対して、違和感を覚えてしまうのは仕方ないだろう。

プロ野球のクライマックスシリーズでも、3位のチームが日本シリーズに出場することについては賛否両論があり、長年話し合われてきた事案だ。その結果、上位チームにアドバンテージをつけることで、とりあえずの折り合いが付けられている。

今回のプレイオフでは、上位チームにアドバンテージがなく、一発勝負だったのも、それまで戦ってきた3カ月間が水泡に帰するような印象を受ける。場合によってはSANDBOXが優勝することもあり、その場合は大幅に負け越したチームがアジア代表チームとなってしまうわけだ。

また、トーナメントの組み合わせは抽選により決定したのだが、こういったトーナメントの場合、初戦は1位通過のPONOS SportsとワイルドカードのSANDBOX、2位通過のBren Esportsと6位タイ通過のKING-ZONE DragonXの組み合わせになるのが一般的ではないだろうか。今回の組み合わせだと、初戦に事実上の決勝戦と言えるカードが発生してしまい、強豪がつぶし合うという結果にもなっている。4チームのトーナメントなので、今回はシードという概念はないのだが、強豪が初戦に当たらないように、シードによるブロック分けをするのは多くのスポーツや競技で使われている常套手段だ。

クラロワリーグは、アジア以外に、北米、欧州、ラテンアメリカ、中国の4つの地域でリーグが開催されている。すでに地域分けされているなか、クラロワリーグ アジア内で、さらに3つの地域に分ける必要はあったのだろうか。今回の結果はそこにも疑問が大きく残った。

リーグ戦での結果のみで出場権を与えるだけでも十分だという考えもある。ただ、プロ野球のクライマックスシリーズがそうであるように、プレイオフを実施することは、リーグ終盤の試合が消化試合にならなくなる施策でもあり、最後に盛り上がる山場を作れるという利点もあるのだ。したがって、プレイオフ自体を廃止する必要はないのだろうが、その出場資格においては、一考の余地があると思われる。

順当に考えれば、国や地域は関係なく、クラロワリーグ アジアのトータル順位1~3位がプレイオフ出場確定で、ワイルドカードをプレイオフ出場権のあるチームを除いた国や地域の最上位3チームによる争奪戦にすれば納得いくのではないだろうか。今回に限ってはPONOS Sportsが開催国枠で出場できることが確定していたので騒動にはならなかったが、他の国で開催され、アジアリーグで1位を取った日本のチームが出場権を獲得できなかったとなれば、騒ぎになってしまう可能性もあるだろう。

クラロワリーグは今年から始まったばかりで、まだいろいろな点で整っていないというのは十分わかる。ただ、今回のプレイオフの件は、システムを見直す良い機会となったのではないだろうか。次への糧とし、ファンにも選手にも納得のいくシステムの改善を期待したい。

明朝体でもゴシック体でもない書体

1969年(昭和44)、写研から「タイポス」という書体の文字盤が発売された。ひらがな、カタカナ、記号で構成された「かな書体」。桑山弥三郎氏、伊藤勝一氏、長田克巳氏、林隆男氏の4人による「グループ・タイポ」(*1)がデザインした書体である。

グループタイポ編『typo1〈普及版〉』表紙(グループタイポ/初版は1968年7月、普及版は1970年2月)

橋本さんは振り返る。

「写植が普及し、広告やポスターなどさまざまな媒体に使われるようになった昭和30~40年代、本文用の明朝体やゴシック体とは違う、新しい書体が求められるようになりました。そんななか、初めて登場した『新書体』がタイポスでした。発売されるや、爆発的に売れました」

タイポスは、時代にいくつもの新しい風を吹きこんだ書体だった。

まず1つ目に、そのデザインの新しさだ。タイポスは、明朝体とゴシック体のどちらでもない、その中間を目指してつくられた「ニュースタイル」の書体だった。(*2)

誕生のきっかけは1959年(昭和34)、武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)の3年生だった桑山弥三郎氏と伊藤勝一氏が、卒業制作でタイプフェイスデザインをやりたいと考えたことだった。

「美しい書体は読みやすさを生み出すと考え、かな特有の毛筆の流れをできるかぎり排除して、幾何学化、モダン化を図ろうとした」と、かつて桑山氏は語っている(*3)。

文字の骨格そのものを改革し、ふところを大きくして、明るい字面をつくった。かな特有の文字の曲線はできる限り水平垂直に近づけ、視線がスムーズに移動できるようにデザインされている。卒業制作としての発表はかなわなかったものの、桑山・伊藤両氏は卒業後さらに研究を続け、長田氏、林氏を加えてグループ・タイポを結成。1962年(昭和37)、第12回日宣美展に「日本字デザインの提案」として入選を果たしたのが、「タイポス」の誕生へとつながった。

「いままでの活字にはなかった書体をつくるということが、『タイポス』のデザインの前提にあったのだと思います。当初からファミリー展開することを考えて設計されたアドリアン・フルティガー氏による欧文書体Universのように、しっかりとした設計思想のもとでつくられていました」

数字で表す書体

1969年(昭和44)に写研から発売された「タイポス」は35、37、45、411の4種類だ。

「それまでウエイトを表していたL(細)やM(中)、B(太)のような概念的な言い方ではなく、タイポスは数字で表す書体でした。感覚的に書かれた文字ではなく、もっとデジタルっぽくつくられた書体なんです」

上から、タイポス35、タイポス37、タイポス45、タイポス411

タイポスの書体名についている数字は、横線と縦線の太さを表している。文字を入れる枠を100目のマスと考えたときに、「35」であれば横線3の縦線5、「37」なら横線3で縦線7、「45」は横線4で縦線5、そして「411」は横線4で縦線11というように、線の太さを表しているのだ。

アドリアン・フルティガー氏が欧文書体Universで「ファミリー」という考え方を書体デザインに打ち出したことに影響を受けながら、タイポスはそのさらに先を行くファミリー展開を考えた。

「ゴシックのように線幅が均一ではなく、明朝体のように横線が細くて縦線が太い。けれども、明朝体のようなウロコや打ち込みはない。むしろグループ・タイポは、明朝体やゴシック体のような既存の書体の枠を打ち破り、『タイポス』という提案そのものを認識させるための書体をつくったといえるのではないでしょうか。ニュースタイルのデザインで、既存の石井明朝体の漢字などと組み合わせると、おおきく印象が変わり、モダンな表情の組版になった。『タイポス』の登場以降、ニュースタイルの書体が次々と登場していきました。時代が変わるきっかけをつくった書体といっていいと思います」

写研の発行した書籍『文字に生きる』では「タイポス」の特徴を次のようにまとめている。

〈一、    従来の漢字とかなの大きさと比較して、かなが大きく、このため字間が均等となり、上下、左右のラインがそろって、きれいに見える。
〈二、    曲線をできるだけ垂直、水平な線に近づけた。このため、視線の移動がスムーズになる。
〈三、    毛筆のなごりである不必要なハネを取り除いた。このため、すなおな書体となった
〈四、    濁点の位置を一定にし、垂直にした。このため縦、横のラインを強めるのに役立っている。〉

文字を12のエレメント(=要素/てん、よこせん、たてせん、むすび、さげ、わ、まわり、あげ、はね、かえり、かぎ、まる)に分け、そのエレメントによる文字構成を示したのも新しい手法だった。

デザイナーが書体をデザインする時代へ

タイポスが吹きこんだ新しい風の2つ目は、「デザイナーがデザインした書体」であるということだ。タイポスの登場前、日本では、書体といえば活字書体で、「職人がつくるもの」だった。それが、デザイナーが設計したタイポスが登場し、注目を集めたことで、「日本語でも、新しい書体をデザインできるのだ」という意識を、デザイナーに芽生えさせることになった。

そして3つ目に、かな書体だったということ。(*4) 日本語で新しい書体をつくる場合、漢字まで含めると、少なくとも約3000字は必要とされた。金属活字でこれをつくる場合は、使用サイズすべての母型が必要だったため、つくらなくてはならない文字数はその数倍にふくれあがった。

写植機のレンズを通して文字を拡大縮小できる写植では、金属活字に比べれば新書体がつくりやすい状況ではあったが、それでも数千字である。けれども、両がなと記号だけであれば約150字程度で済む。しかも日本語では、文章の6割前後をかなが占めるため、ひらがなとカタカナのデザインが変わるだけで、紙面の印象を大きく変えることができた。

1972年(昭和47)には、石井ゴシックと組み合わせて使うことを想定した「タイポス」44、66、88、1212が発売された。社外のデザイナーがデザインした書体を写研が文字盤化し、写植書体として販売するという流れを最初に実現したのが「タイポス」だった。(つづく)

(注)
*1:グループ・タイポ:1959年(昭和34)、武蔵野美術学校の同級生だった桑山弥三郎氏(1938-2017)、伊藤勝一氏(1937-)、林隆男氏(1937-1994)、長田克巳氏(1937-)で結成。学生時代から開発していた「タイポス」が1969年(昭和44)写植文字盤として発売され、一世を風靡。1974年(昭和49)、有限会社に改組。2007年、桑山氏・伊藤氏のディレクションによって、タイポス漢字書体の原字をタイプバンクがデジタルデータ化。2008年、タイプバンクより「漢字タイポス」OpenTypeフォントが発売された。

*2:タイポスは、明朝体でもゴシック体でもないあるカテゴリーをつくった。カテゴリー名について、小塚昌彦氏はかつてこんなエピソードを書いている。
〈「タイポス」はタテとヨコの線幅(太さ)比を変えることによって、明朝風にもゴシック風にも展開できるが、もっぱらヨコが細くタテが太いものが多く使われていた。他にも同様なコンセプトの書体もかなり発表されたこともあり、在来のタイプフェイスのどこにも属さない、あるカテゴリーを作ったといえるのである。タイポグラフィ研究科、故佐藤敬之輔氏から「コントラスト体」ではどうかと提案があったこともあるが、未だ名案がないままになっている〉
(小塚昌彦「東西活字講座4 新しい時代へ」『たて組ヨコ組』No.23(モリサワ、1989) P.20

*3:筆者による桑山氏への聞き取りから(2008年9月5日)

*4: 2008年、タイプバンクより漢字も含む「漢字タイポス」OpenTypeフォントが発売された。

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。