女性客が4割! 幅広いユーザーを獲得したバンダイナムコ「VR ZONE」の強み

女性客が4割! 幅広いユーザーを獲得したバンダイナムコ「VR ZONE」の強み

2017.08.23

新宿・歌舞伎町といえば訪日外国人も多く訪れる繁華街。飲みの街として有名だが、新宿ミラノ座の跡地にエンターテインメント施設「VR ZONE SHINJUKU」が7月にオープンした。名称の通り、「VR(仮想現実)」のゲームが楽しめる施設で、ほかにもカフェやクライミング設備も用意されている。

VRに関心を寄せるユーザー層は20代の男性だけ……と思いきや、女性比率がおよそ4割近くまで達しており、40代、50代まで幅広く利用者が増えているという。同施設の運営に携わるバンダイナムコ エンターテインメント AM事業部 VR部 ゼネラルマネージャーの柳下 邦久氏と、同事業部 AMプロデュース1部 プロデュース4課 マネージャーの田宮 幸春氏に話を聞いた。

バンダイナムコ エンターテインメント AM事業部 VR部 ゼネラルマネージャー 柳下 邦久氏と、同事業部 AMプロデュース1部 プロデュース4課 マネージャー 田宮 幸春氏

"ゲーセン"のレベルを超える体験を

「ゲーム体験」はかつて、ゲームセンターにあったアーケードゲーム機がすべてだった。それが家庭用ゲーム機の普及、娯楽の多様化など時代の移り変わりによって、ゲームセンターの存在意義も変わりつつある。

バンダイナムコ エンターテインメントでVR企画「VR ZONE Project i Can」を牽引する"タミヤ室長"こと田宮氏は、「今までは大掛かりな仕掛けで、大きな筐体(アーケード機)を使って『外遊びのエンタメ』を提供していたが、家では遊べない遊びを生み出していくためには"リアリティ"の価値提供を変えていく必要がありました」と話す。

リアリティの密度の高さに加え、もうひとつ必要なのが「友達と一緒に遊べる楽しさ」。その双方を高いレベルで達成できる仕掛けがVRだと田宮氏は話す。

VR ZONE SHINJUKU

「VRは、リアリティの追求とみんなで楽しむ"娯楽"という2つの目標を高いパフォーマンスで達成できるありがたい存在として捉えています。より本物の体験を、映像だけで実現できる。ある意味で、ゲーム、遊びのレベルを超える『本気でゲームの世界にのめり込む』ことが可能なものなんです」(田宮氏)

もちろん、PlayStation VRをはじめ、家庭にもVRが入り込む下地はできつつある。ただしゲームの操作はタッチパネルやコントローラーでどこか味気ない。ゲームセンターに類するVR ZONEならではの体験を、スキーロデオであればスキー板とストック、マリオカートであればハンドルとアクセルといった具合で、提供している。これがリアリティの達成に大きく寄与するわけだ。

「コントローラーよりも、実際のモノを操作する方が、臨場感や没入感の差分になり、アーケードならではの価値を大きく飛躍させられます。昨年、お台場でパイロットを始めた時にお客さんの反応を見ていて、その差を実感できたことが最大の成果だったと考えています」(柳下氏)

バンダイナムコ エンターテインメントはゲームセンターが事業の一つの軸。しかし「ゲームセンターという名前に縛られている部分がある」と田宮氏は現状の課題を語る。

「ゲームセンターと聞いて皆さんが思うのは、ボーリングなどと一緒に遊べる場所で、ワンコインで好きなゲームを簡単に遊べるというもの。人間のカテゴライズの認識力ってとてつもないもので、"ワンコイン体験"しかゲームセンターに求めなくなってしまうんですよね」(田宮氏)

ゲームセンターをワンコインの呪縛から解く。そのために、田宮氏と柳下氏が始めたのが「ゲームセンターの逆張り」だった。色んな効果音が鳴る、ガヤガヤしたゲームセンターではなく静かな場所を。気軽にふらっと立ち寄る場所ではなく予約制。ワンコインではなく1000円かかるゲーム。その代わり、ゲーム機が置かれているだけの無機質な空間ではなく、スタッフが誘導からHMDの装着まで、サポートするホスピタリティを重視した環境づくり。それがVR ZONEで目指したものだという。

「実はVR ZONEって、ゲームという単語を使っていません。スタッフに『ゲーム』『プレイ』といった使ってはいけない単語を指定して、"ゲーセン"と見えないように作り込んだんです。そのお陰で、オープン時に『新しいテーマパーク』というメディアの表現を目にすることが出来たと思っています」(田宮氏)

スキーロデオでは、乗る際にスタッフがさまざまなサポートを行う。機器が置いてあるだけのゲームセンターとは異なる体験価値を提供する

お台場で感じたキャラクターの"強さ"

VR ZONE SHINJUKUの前身、お台場で2016年4月~10月に開催していた「VR ZONE Project i Can in お台場ダイバーシティ」。ここで得たものは、VRコンテンツの方向性だった。

「お台場の様子を見て、新宿では『IP』、いわゆるキャラクターコラボのコンテンツを増やしました。そしてVRというHMDを着ける環境から、一人用コンテンツがメインだったんですが、多人数で楽しめるものを増やしました。キャラクターについては、最初はゼロでスタートしたんですが、会社に『VRはパワーがある』と言うために、敢えて外したんです(笑)。でも実際、いわゆる"ガジェッター"だけでなく、カップルやグループでいらっしゃるお客さんを多く目にして可能性が広がったなと手応えを感じました」(田宮氏)

その後、ガンダムやボトムズといったキャラクターコンテンツを投入。すると、20代前半の利用者が突出していた年齢分布の山が、30代、40代も来場するようになり「山が平滑化しました。誰もが関心を寄せる、IPの強みを改めて実感しましたね」(田宮氏)。お台場も新宿も"お一人様"に向いている場所とはいえない。だからこそ、カップルやグループといったみんなが理解あるキャラクター、そしてみんなで楽しめるコンテンツを提供することで、さらにVRへの理解を深めてもらえるようにした。

幅広い年代層の取り込みに貢献したボトムズとガンダム

「『さあ、取り乱せ。』というキャッチフレーズがあるんですが、お台場などの経験から研ぎ澄ましたラインナップになっているという自負があります(笑)。例えば、車のドライブや電車の運転なんかはVRと親和性が高いように思えます。しかし、それでは一人で楽しめるだけでみんなで楽しめず、お台場での稼働率があまり良くなかった。VRじゃなくてはダメ、みんなでワイワイできる遊びを提供しなければと感じました」(田宮氏)

「VRは直感的に操作できることが一番大切なポイントです。一般的なアーケードゲームは、習熟度が求められるコアなファンに受け入れられるコンテンツ作りが一つの鍵でした。ですが、VR ZONEでは友だちと遊ぶ体験にフォーカス、それが根底にあります。マリオカートなんかは、想像以上に皆さんが絶叫していますし(笑)、エヴァでは3人1チームの構成なのに、カップルで来られて1つシートが空いてしまうこともありますが(笑)、そういった体験を皆さんがSNSで拡散してくれているのはとても嬉しいですね」(柳下氏)

ドラゴンボールやマリオカートなど、国民的人気を誇るコンテンツは、集客力に大きな影響を与える

田宮氏と柳下氏に、実際にVRを商業化したことで見えた魅力と課題について尋ねた。意外なことに、これまで3Dゲームを作ってきたゲーム開発者が落とし穴にハマっているという。

「これまでゲームや映画を作ってきた開発者、監督が『お作法が通じない』と嘆くんです」(田宮氏)

理由は「主観」と「客観」の違い。従来からのエンターテインメントでは、ストーリーテリングがあくまで第三者のものが多く、大昔の口伝から本、映像、そしてゲームと、客観的な位置から主人公に感情移入させることで人々を楽しませてきた。しかしVRでは、その視点が主観になる。もちろん、映画などで1人称のストーリーテリングを時々見かけるが、あくまで視点は(ほとんどが)客観。ストーリーの大半を主観で過ごす必要があるVRでは、コンテンツ作りの方向性がまるで違うというのが田宮氏らの見解だ。

例えば、ホラーゲームではこれまで、モンスターなどに襲われると体力ゲージが減り、死んでしまうという演出があった。しかし、VRでは主観で「襲われた」という"怖さ"はあるものの、襲われて痛みを感じるわけではなく、死ぬわけでもない。「状況を理解していても、身体が素直に反応して"嘘なんだ"と思うと途端につまらなくなる」(田宮氏)。そこで、凶器が目の前を通過するが当たらない、驚かされるけど身体的に影響がないといったストーリーに変更することで、この課題を乗り越えようとしたそうだ。「ほかにも、映像作りでフレーミングが使えない(場面を切り替えられない)などの制約があります。まだまだ試行錯誤ですね」(同)。

「この客観から主観へのシフトは、もちろんエンターテインメント以外、例えば教育や観光、そして軍事など、習熟度の向上や異次元の体験といったポイントで大きな効果を発揮します。石油コンビナートで万が一の災害が発生した時、マニュアルに沿って対処できるか、それはVRであらかじめサポートできることがあるはずです。まだ何か具体的に動いているわけではありませんが、そうしたコンテンツ作りに私たちの強みを活かせる部分はあるのではと考えています」(柳下氏)

シンボルは"実験の場"

「数ある想定シナリオの中でも割と順調に推移している」(柳下氏)というVR ZONE SHINJUKUだが、まだまだVR自体の認知度は低いという認識があると柳下氏。わかっていない人に「VR ZONEとは」と語っても仕方ない。だからこそ、まずは体験してもらう、「何か楽しそう」という印象を抱いてもらいたいという。

「女性を中心によくInstagramに写真を載せていただくのですが、VRは写真栄えしない(苦笑)。飲食店や砂浜といったわかりやすい写真スポットを用意しておいて良かったです(笑)」(柳下氏)

飲食店や、巨大風船爆発ルームなど、"写真栄え"するVR以外の施設も用意した

新宿の店舗はおよそ2年間の運用を目処に、ミラノ座跡地からの退去が予定されている。ただ、「VR ZONE Portal」という名称で9月に神戸、そしてロンドンと、小規模店を展開する。

「新宿は期間限定ですが、ここのようなシンボリックな施設は今後も必要だと感じています。シンボルがあるからこそ、特別な体験ができる場所という認知が広がり、浸透していく。こうした場で新しいチャレンジを続けて、Portalへと広げていく。それは、"ゲーセン"という従来の枠組みを超えた新しいジャンルの場を探して広げていく実験の場として、大切にしたい価値なんです」(柳下氏)

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

モノのデザイン 第46回

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

2018.11.13

バルミューダ初の照明機器「BALMUDA The Light」

子供にターゲットを絞り、目の健康を追い求めた

デザイン家電ブームの火付け役が挑んだ新領域での苦労とは

バルミューダから10月26日に発売された「BALMUDA The Light」。これまで扇風機、スチームトースター、オーブンレンジなど、デザイン性と革新性を両立させた独自の製品を世に送り出してきた同社だが、照明器具の発売はこれが初めて。空調家電、調理家電に次ぐ“第三のカテゴリー”への市場参入を目論む第一弾のプロダクトだ。

“子どものため”と明確に謳ったこのLEDデスクライトは、これまでにはない思想で開発された。業界で異彩を放つ新製品の設計・機構から外観に至るまで、広義での"デザイン"について、開発チームのメンバーである同社マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏に聞いた。

バルミューダが新たに挑む製品カテゴリーである"照明"の第1弾として発売された「BALMUDA The Light」。"子どものため"のデスクライトとして、最新のテクノロジーのみならず、開発陣の思想や想いが想像以上に込められた商品だ

子どもウケデザインではない、子どものためのライト

冒頭で述べたとおり、本製品はデスクライトとして"子ども向け"を謳った商品。だが、その方向性は、見た目だけを子どもウケするようなデザインにしたものとは本質的に大きく異なる。

子ども向け="子どもの姿勢や視力への影響を配慮したもの"であり、製品の発表会では、「大人に比べて視界が狭い子どもは、机に向かっているうちにいつの間にか前のめりになってしまい、うつぶせのような姿勢になってしまう」と、寺尾玄社長自らがご子息と対峙して気づいたことが、開発の経緯になったことを明かしていた。

一般的なデスクライトの難点は、このように真上からの照明で、手元に影ができやすいことだ
光源が目に直接入ることも従来のデスクライトの問題点

高荷氏によると、初期の段階ではまったく異なるコンセプトで研究開発していたそうだ。しかし、「そのコンセプトでは商品化のめどが立たず、"集中"とか"目"が開発の方向性のキーワードになっていきました」と話す。

お話を伺った、バルミューダ マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏

BALMUDA The Lightは、同社が"フォワードビームテクノロジー"と呼ぶ、光をミラーで一度反射させてから手元に当てることで、光が瞳に直接入らない点が特長の1つである。反射板を使うことで机全体を照らすことができるという仕組みは、開発の初期段階から検討されており、デスクライトに応用することも考えていたそうだ。

バルミューダが考えた、デスクライトとしての理想的な光のイメージ。手元に影を作らず、光が直接目に入らない解決方法が検討された
BALMUDA The Lightの光源部分。ミラーによって光を反射させてから手元に当てることで、光が直接目に入らず、影もできない。光源には3灯の太陽光LEDが使われている

手術灯メーカーとの出会いで開発が加速

バルミューダがデスクライトの開発に着手したのは2014年ごろ。実は2015年に発売され大ヒットした「BALMUDA The Toaster」の発売前から構想自体はスタートしていたというが、商品化に向けて大きく動き出したのは2年ほど前とのこと。高荷氏は「でも、拍車がかかったのは、去年(2017年)の頭ぐらい。社長自らが山田医療照明の増田社長と出会ったところからなんです」と振り返る。

山田医療照明は、手術灯など医療用照明を手掛ける、業界では国内トップのメーカーだ。バルミューダが開発途中で考えていた照明の仕組みが手術灯に似ていることに気付いた寺尾社長が自らネットで検索し、探り当てたのが山田医療照明だった。これが、後の"フォワードビームテクノロジー"につながっていくことになる。

すぐさま寺尾社長はショールームへ乗り込んで行った。山田医療照明は手術灯でグッドデザイン賞を受賞するなど、デザインに対する意識も高く、製品開発の考え方にも近いものがあると感じたという。直接会いに行った同社の社長ともすぐさま意気投合したそうだ。

高荷氏は「実は山田医療照明の増田社長がバルミューダのファンで、弊社のほぼ全商品を持っていらっしゃったんです」と、共同開発にたどり着いたエピソードを笑いながら語った。

フォワードビームテクノロジーのヒントになった、山田医療照明の手術灯

2017年春からは、2社共同のプロジェクトとして再始動した、BALMUDA The Light。もう1つの技術的な特長として、光源に"太陽光LED"を採用していることも挙げられる。

太陽光LEDとは、太陽による自然光に近い波長(スペクトル)を持ったLED。一般的なLEDに比べてブルーの波長が低く、目にストレスを与えにくいといい、山田医療照明が手掛ける手術灯にも数年前から採用されている。

だが、目に優しい反面、太陽光LEDは価格が高いのが難点。一般的なLEDの10倍ほど高価なために、民生用の機器で採用されている例はほとんどないという。それをBALMUDA The Lightではなんと3個も搭載しているのだ。

BALMUDA The Light、一般的な白色LEDライト、太陽光の光の波長の違い。BALMUDA The Lightのブルーライトは、一般的な白色LEDライトに比べると太陽光に近い波長で、目が疲れにくい特性を持つ

太陽光LEDが民生用機器に採用されない理由は他にもある。「太陽光LEDは、光の質がよい代わりに発熱しやすく、放熱をいかに行うかがかなり大変なんです。放熱対策をせずに電流を流すと100℃を超えることもあり、そのままだとすぐに壊れてしまいます」と高荷氏。

そこで、BALMUDA The Lightではさまざまな放熱技術を検討していった。「フォワードビームの反射構造と放熱を両立させる設計を行い、1日中ライトをつけっぱなしにしていても、ほのかに温かいと感じる程度にまで抑え込みました。しかし、放熱のための解決策をやればやるほど本体が重くなっていき、倒れやすくなってしまったんです」と話す。

カサの部分に複数設けられた穴の部分は、放熱の機能も兼ねている

「形に合わせた開発」の苦労

以前、「BALMUDA The Range」の取材の際に、「バルミューダのデザインの神髄は、形はベーシックでありながら、オリジナリティーを追求することにある」と語られていたように、開発チームには、形を変えないままで中身を改良していくことが要求された。

「開発部門としては、あと5ミリ厚くできれば放熱と倒れにくさを両立できるのに……というせめぎ合いが何度かあったのですが、弊社の商品はデザイン性もブランドアイデンティティーの1つ。デザイン性は優先課題とされるため、"形ありきで、そこに技術をどうやってはめていくか?"という考え方で、光源部分の試作を毎週繰り返して、最終的にはコンマミリサイズで調整を続けました」と苦悩を明かす。

そのほかにも、暗くする際にチラつきが出やすく、それが目にストレスを与えてしまうという問題を電流の量で微調整する制御を行い、最小限に抑えたという。

一方、外観上のデザインに関しては、"パッと見はシンプル"というバルミューダ共通のデザイン意匠を踏襲しつつも、意識されたのは"テック感"だ。

「光源が見えない時、表側はシンプルでやさしい印象ですが、カサの内側の光源がある部分は複雑な造形にし、一部をクローム調にすることでシャープな印象に仕上げました。ポリゴン状の反射板も、光学的に有利かつテクノロジーを感じるデザインを意識したものです」と高荷氏。

それ以外にも、"子ども用"を謳う商品として、耐久性はもちろん、転倒しないように重さを調整した。"長くずっと机にいる相棒"として長年愛用できるように、デコレーション用に付属するシールが貼りやすい一方で傷や指紋が付きにくく、手入れをしやすいマット塗装やコーティングが施されている。

本製品のもう1つユニークな点は、"音"の仕掛けだ。BALMUDA The Rangeと同様に、デスクライトにもスイッチのダイヤルを回すと音を奏でるギミックが採用されている。前回のレンジはギターやドラムだったが、今回はアナログピアノの音が選ばれている。しかも、スタインウェイのグランドピアノを使って、スタジオでプロのミュージシャンが演奏した生音を音源にするというこだわりだ。

「いろいろ試した中で、光の明るさと諧調に親和性があったのがピアノの音でした。クラシカルなピアノの旋律はノスタルジックで、子どものイメージに合致しながらも、子どもっぽすぎるということもなく、長く愛用するのにふさわしい。ピッタリとハマりましたね。鍵盤の押し方とか、音の余韻までちゃんと表現されているんですよ」

製品に同梱されている取説。「子どものクリエイティビティや好奇心が掻き立てられるように」と、あえて設計図のようなデザインに仕立てたとのこと

コーポレイトアイデンティティーの1つとして"クリエイティビティ"を掲げるバルミューダ。今回の製品にも「クリエイティブであれ!」という子どもたちへのメッセージが込められている。そのために、デザインはあえて90%の完成度にし、残りの10%は使用する子ども自身の手で作り上げて欲しいという思いから、自由に組み合わせて貼れるステッカーが4シートも付属しており、本体の根本部分はペンスタンドにもなっている。

ダイヤル部分を回すと、ピアノの音階を奏でる。バルミューダらしい"遊び心"ある仕掛けに、子どもも大人も心が躍る

単に子どもたちの"目を守る"という使命だけでなく、自らの手で自分のものにした喜びや体験がモノへの愛着を生み、新たなクリエイティビティにつながっていく。いや、つなげてほしいという、同社の"意志"が大いに込められた商品だ。「デスクライトでどうやって体験を伝えるかはチャレンジングでした」と最後に語った高荷氏の言葉からも、その思いが伝わってきた。

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。