初代iPhone発売から10年、アップルはどう変わったのか

初代iPhone発売から10年、アップルはどう変わったのか

2017.07.02

2017年6月29日、米国での初代iPhone発売から10年がたった。アップルはiPhoneをきっかけに、大きく成長を遂げ、現在もその成長が形を変えて続いている。iPhone以前のアップルと、iPhoneによって変化したそのビジネスについて、振り返っていこう。

iPodは転機だった

iPhone以前のアップルの主力は、現在も続いている「Windows PCではない」コンピュータ、Macだった。マウスで操作するパーソナルコンピュータ、Macintoshを初めてリリースしたが、その後の低迷で共同創業者のスティーブ·ジョブズ氏は会社を追われることになる。

ジョブズ氏がアップルに返り咲いて取り組んだディスプレイ一体型でデザイン性に優れたiMacは、アップルをコンピュータメーカーとして蘇らせるきっかけとなった。しかしiPhoneにつながる本当の転機は、iPodの登場だ。

iPodは、ハードディスクを搭載したデジタルミュージックプレイヤーで、Macユーザーだけでなく、Windowsユーザーにもその門戸を開き、コンピュータのOSというプラットホームにとらわれないビジネスに取り組むことの手応えをつかんだ。

当時のコンピュータはプラットホーム競争となっており、iMacは人気を博したが、Windows+Intel、いわゆるウインテル連合の前に、アップルを含めた他のソフト·ハードのプラットホームを採用するコンピュータは、大きな成果を上げられずにいた。

iPodは、そうした勝負が決まってしまった領域の外でカテゴリーを組み立てたことで、成功した貴重なモデルとなった。これが、iPhoneへとつながっている。

iPhone 10周年に寄せて、米国でも様々なメディアの記事やイベントで、当時の様子を振り返るエピソードが語られている。その中でも興味深かった点は、iPhoneのソフトウェア開発を支えてきたスコット·フォーストール氏の証言だ。

もともとiPhoneよりも先にiPadの開発計画が進んでいたことは、ジョブズ氏の伝記本でも明らかにされてきたことだ。しかしiPad開発のきっかけは、フォーストール氏によると、ジョブズ氏に対して当時のマイクロソフト幹部が、スタイラスを用いたタブレットについて雄弁に語ったが、これが気にくわなかったからだ、という。

初代iPad。日本では2010年5月に発売

このエピソードから透けて見えるのは、マイクロソフトが支配するPC市場に、(ジョブズ氏から見れば)間違ったタブレットがスタンダードになってしまうことを嫌ったのではないか。またマイクロソフトが支配するコンピュータ市場をどのように打破するかを考えたとき、タブレットよりもスマートフォンをいち早く手がけるべきだ。そんな考えだったのではないだろうか。

iPhoneを成立させる3つのキーワード

2007年1月にサンフランシスコでiPhoneを発表した当時、共同創業者でCEOだったスティーブ·ジョブズ氏は、「2年間、このときを心待ちにしていた」と、これから企業そのものを大きく変化させる製品に費やしてきた時間を振り返っていた。そして、「電話を再発明する」という言葉とともに、iPhoneを発表した。

ジョブズ氏はiPhone発表のプレゼンテーションは、非常にロジカルなものだった。それは、ソフトウェアとハードウェアが密接に連携するアップル製品ならではの手法の強みを強調することに他ならない。

ジョブズ氏は、「革新的なデバイスには、革新的なユーザーインターフェイスが必要だ」と説いた。Macintoshには画面内を操作できるマウス、iPodには選曲や音楽コントロールを指先だけで行えるクリックホイール、そしてiPhoneにはマルチタッチディスプレイが、それぞれ備わると説明する。

加えて、ソフトウェアについては、アラン·ケイ氏の言葉を引用し、「ソフトウェアにこだわるなら、そのためのハードウェアを作るべきだ」と指摘した。こちらも、現在に至るまで、アップルが実直に取り組んでおり、iPhoneの機能や速度を高めるため、A10 Fusionなどの半導体まで設計するようになった。

そしてもう1つのキーワードは、「デスクトップクラス」だ。iPhoneを紹介する際、スマートフォンのソフトウェアは本物ではなく、当時のインターネット接続も本当の体験やアプリではない、と説明した。パソコンと同じレベルのことを、スマートフォンで実現する、そんなアップルの取り組み方が、当時の日本を含む世界のモバイル市場の中で、異質なものだった。

iPhoneによる成長も、ハードとソフトで

アップルは2007年に米国でiPhoneを発売し、最初の四半期となる2007年は27万台を販売した。第3四半期翌年2008年には、日本を含む先進国で、第3世代通信をサポートするiPhone 3Gの販売をスタートし、2008年第4四半期は680万台へとその販売台数を大きく伸ばした。

iPhone 3G。初代iPhoneは日本では未発売

2010年の第4四半期に1410万台を販売し、四半期で1000万代の大台を突破すると、その後、画面サイズを4インチに拡大したiPhone 5、さらに拡大し4.7インチと5.5インチとしたiPhone 6と、画面拡大ごとに販売台数を倍増させ、2017年第1四半期は7829万台のiPhoneを販売した。

iPhone 6発売以降、アップルの売上に占めるiPhoneの割合は65%~70%へと急拡大しており、平均販売価格も高まっていることから、アップルの収益がiPhoneによって急拡大し、その後、堅調に成長するサイクルに入ったことがわかる。

また、iPhoneユーザー向けのApp StoreやApple Musicといったサービス部門の成長は特にここ数年著しく、四半期に70億ドル以上と、すでにMacやiPadの売上を追い越す、アップル第2のビジネスとなった。今後iPhoneの販売台数が頭打ちするとしても、サービス部門の成長は続いていくことになり、季節変動の少ない安定的な収益をもたらすことになる。

アップルはiPhoneの販売が最も大きな売上を作り出していることから、現在もハードウェアメーカーとしてとらえるべきかもしれない。しかしiPhone以前は、本当にハードウェア中心の企業であり、Windows陣営と比べて小さな勢力であり収益基盤が小さかった。

iPodでMacユーザー以外を顧客として取り込み、またiPhoneによって高付加価値のハードウェアだけでなく、ソフトウェア販売を収益化することに成功しており、ハード·ソフトの双方での収益化が際立つ存在となった。

iPhone発表のプレゼンテーションに戻ると、「ソフトウェアにこだわるなら、ハードウェアを作るべきだ」という引用が、再び大きな意味合いを持つ。

アップルはハードウェア企業としての色合いが強かったが、iPhoneを通じて、ソフトウェア企業としてハードウェアを作る、という姿勢に転換したのではないだろうか。それが、今日の成功を作り出しているのだ。

だからこそ、アップルの新しいソフトウェアを発表するイベントWWDCは重要であり、将来のハードウェアやビジネスを考える上で、最新のiOS 11で何が起きるかを読み解くことが必要となる。

何がゴーンに起こったか? 日産で発覚した不正と権力集中の経緯

何がゴーンに起こったか? 日産で発覚した不正と権力集中の経緯

2018.11.20

ゴーン氏による3つの重大な不正とは

不正は「ゴーン統治の負の遺産」と西川社長

ゴーン不在でアライアンスの今後は

カルロス・ゴーン氏が日産自動車で働いた不正が発覚し、東京地検特捜部に逮捕される事態となった。企業再生の旗手ともてはやされた豪腕経営者は、自らが代表取締役会長を務める会社の資金を私的に使うなどの理由で失墜してしまった。なぜ、このような不正が起こったのか。その理由を探るため、西川広人(さいかわ・ひろと)社長が出席した日産の記者会見を振り返ってみたい。

日産の西川社長は、11月19日に記者会見を開催した。横浜の日産グローバル本社には200人を超える報道陣が詰め掛け、質疑応答は深更に及んだ

ゴーン依存から抜け出すチャンス?

西川社長の説明によると、ゴーン氏が日産で働いた不正は「開示される自らの報酬を少なく見せるため、実際より少なく有価証券報告書に記載」「目的を偽り、私的な目的で日産の投資資金を支出」「私的な目的で日産の経費を支出」の3つ。内部通報を受けて数カ月間の調査を行った結果、不正が判明したという。不正の首謀者はゴーン氏と同氏側近のグレッグ・ケリー代表取締役の2人。11月22日には取締役会を招集し、不正を働いた2人の職を解くことを提案するという。

会見で西川社長は、本件について「残念というより、それをはるかに超えて、強い憤りというか、私としては落胆が強い」との感想を述べた。不正の具体的な経緯や内容については、検察当局の捜査が進行中であるため、詳細には説明できないという。「約100億円の報酬で約50億円しか申告していないとすると、消えた50億円を日産ではどのように処理したのか」という記者からの質問に対しても、「今の段階では」回答できないとして明言を避けた。

この問題は日産の、ひいてはルノーと三菱自動車工業を含むアライアンスの今後に、どのような影響を及ぼすのか。「将来に向けては、極端に特定の個人に依存した状態から抜け出して、サステイナブルな体制を目指すべく、よい機会になると認識している」というのが西川社長の言葉だ。

検察当局の捜査が進行中で、不正の内容については多くを語れないとした西川氏だが、一刻も早く自らの言葉で状況を伝えたいという理由から、このタイミングで記者会見を開催したという

ルノーと日産のCEO兼務が権力肥大の温床に

逮捕の時点で、日産と三菱自動車では会長、ルノーでは会長兼CEOを務めていたゴーン氏には、西川社長が「極端」と表現するほど、権力が集中していた。なぜ、このような体制となったのか。「長い間に、徐々に形成されたということ。それ以上に言いようがない」とした西川社長だったが、1つの要因として「ルノーと日産のCEOを兼務した時期が長かった」点を指摘し、「このやり方は、少し無理があった」と述懐した。

業績不振の日産にルノーから乗り込んだゴーン氏は、日産を立て直し、2005年にはルノーのCEOにも就任して、両社のトップに立った。その当時を西川社長は、「当たり前に、日産を率いるゴーンさんが、ルノーのCEOをやるのはいいことじゃないかと考えて、あまり議論しなかった。どうなるかについては、日産としても、十分に分かっていなかった」と振り返る。

誰かに権力が集中したからといって、その企業で必ずしも不正が起こるとは限らないし、権力を持ちつつ、公正な企業経営を行っている人もたくさんいる。そう語った西川氏ではあったが、今回の不正については「長年にわたるゴーン統治の負の遺産」であり、「権力の集中が1つの誘引となった」と結論づけた。経営陣の1人でありながら、ゴーン氏をコントロールする役割を果たせなかった責任については、「ガバナンスで猛省すべきところはあるが、事態を沈静化して、会社を正常な状態にする必要もある。やることは山積している」とする。

権力者が去った日産は今後、どのような企業になっていくのか

内部通報によりゴーン氏が日産を去るという構図は、クーデターに見えなくもない。不正が日産ブランドに与える負の影響は計り知れないが、これを機に、有機的で透明性の高い企業統治の在り方を追求できるかどうかが、日産とアライアンスの今後を左右しそうだ。ゴーン不在の新生日産にとって、真の実力を問われる局面になる。

「食事に合う」缶チューハイをつくってしまったストロングゼロの仕掛け

「食事に合う」缶チューハイをつくってしまったストロングゼロの仕掛け

2018.11.20

サントリー「ストロングゼロ」の新商品が11月20日より発売

「食事に合う」を押し続けた広告展開の狙い

-196℃製法は居酒屋の「不味い」チューハイから誕生?

サントリーの缶チューハイ「-196℃ ストロングゼロ」という商品に、どのような印象を持っているだろうか?

飲みやすい、度数が高い、お手頃価格――。さまざまなイメージを想起することかと思うが、サントリーの打ち出すメッセージは、一貫して「食事に合う」だ。特に、「唐揚げとよく合う」という点を全面に押し出した広告を見たことがある、という人も多いのではないだろうか。

確かに、味そのものを広告で伝えるのは難しいし、度数が高いからお得に酔えるとお茶の間に出すのはなんだか気が引けるのも想像できる。とはいえ、コーンポタージュ味のガリガリ君くらいディープなイメージになりかねない「食事に合う」缶チューハイというメッセージも、かなりの勇気が要ったのではないだろうか。

なんで缶チューハイが食事に合うなんて言ってるの? サントリー商品開発センター(神奈川県・川崎市)で聞いてきた

居酒屋の「美味しくない」チューハイがキッカケに

そもそも、ストロングゼロのきちんとした商品名で記載される「-196℃」とは何だろう。これは、果実などを-196℃で瞬間凍結し、パウダー状に微粉砕したものをアルコールに浸漬してチューハイに仕上げるという、サントリー独自の「-196℃製法」を意味するもの。

ストロングゼロの開発に携わるサントリースピリッツ商品開発研究部の藤原裕之氏によると、この製法が誕生したキッカケは、居酒屋での「美味しくないチューハイ」にあったのだという。

「居酒屋で飲む“生絞りチューハイ”って、美味しいですよね。でもある日、レモンは入っているのに、全然美味しくないチューハイがあったんです。なぜ同じ組み合わせなのに、味が変わるのか。それは“自分でレモンを絞る・絞らない”の違いにあったんです」(藤原氏)

「-196℃」製法、誕生のキッカケは居酒屋にあった

つまり、美味しさの要因は「手についたレモンのフレッシュな香り」にある、というのだ。

そこで、「レモンを、丸まる1つ使ったチューハイを作りたい」というコンセプトのもと、「果実」だけではなく、「果皮」に含まれる香り・美味しさ成分まで余すことなく作る製法として、果実を瞬間冷凍し、まるごと砕いてお酒に入れる「-196℃製法」を開発した。同じようなコンセプトのチューハイは他社でも見られるが、この製法はサントリーの特許技術だ。

こちらは「-196℃製法」を再現した実験。写真は液体窒素を容器に流し込んでいるところ
ちなみに、液体窒素の中に花を入れると、すぐに凍ってしまう。軽く握っただけでパラパラと粉々に砕ける
レモンを数十秒いれると、こちらも完全に凍ってしまった。さすがに素手で砕くのは無理だそうで、本来は機械でクラッシュしてパウダー状にしているそう

市場拡大の追い風に乗り、「食中酒」として存在感増す

余談になるが、ここ最近はストロングゼロを筆頭に、「ストロング系チューハイ」がSNSで異様な広まりを見せている。昨年末には「#ストロングゼロ文学」という大喜利ネタが流行り、今年も「#わたしのストロングゼロ」なるハッシュタグが誕生し、盛り上がった。このあたりの話題に興味のある人は、こちらの記事(「ストロング系チューハイ」、なぜ人気? 愛飲者が理由を分析)も読んでみてほしい。

では、なぜここまでの人気がある商品になったのか。それは、市場全体の盛り上がりをタイミングよく追い風にできたことも大きい。

「RTD(Ready to drink:缶チューハイやカクテルなど、フタを開けてすぐにそのまま飲める飲料のこと)市場は、2007年から、10年連続で伸長しています。この傾向は2018年も継続しており、本年度は1~9月だけで、前年比111%増えています」(藤原氏)

RTD市場・アルコール度数別販売状況。ちなみにサントリーが「-196℃」シリーズを発表したのは2005年、ストロングゼロシリーズが生まれたのが、2009年だ

RTD市場の中でも、特に高アルコール(アルコール8%以上のもの)飲料が市場を牽引する存在になっていて、これらは2012年に市場シェア24%だったところ、2017年には33%にまで伸長している。

高アルコール飲料が伸びている理由は「お得に酔える」ことが求められたからと考えられるが、「経済性のみでここまでの伸びがあるとは思えない」と藤原氏は説明する。

「なぜ、高アルコール飲料を飲む人が増えているのか。我々の見解としては、それは『食』にあると考えています。2015年、2018年の『食事中にRTDを飲んでいる数』を比較すると、ここ3年で約5%伸びていることがわかりました」(藤原氏)

特に40~50代の伸びが大きく、これまで食事中にビールを飲んでいた所を、チューハイに置き換える傾向にあるようだ。スーパードライやプレミアムモルツ、一番搾りといった人気ビ―ルの度数は、5~5.5%。そこから流入した層が、「低アルコールのチューハイでは物足りないから」と、高アルコールのものを選ぶようになっているのかもしれない。

そこでサントリーは、「食事に合う」チューハイという立ち位置を明確にする戦略に動いた。味の改良だけでなく、世の中のニーズの変化にも敏感に反応した結果の、「食事に合う」だったのだ。

「食事に合う」というイメージ訴求を続けてきたサントリー

市場を牽引する「ストロングゼロ」、次の一手

サントリーが初めて「-196℃」の缶チューハイを商品化したのが2005年。それ以降、RTD市場の成長に沿って売り上げを伸ばし続けている。特に、-196℃のラインアップに高アルコールの「ストロングゼロ」を追加してからの成長が顕著だ。市場の成長に沿って、というよりはむしろ同社のイメージ戦略も相まって、「市場を牽引している」ともいえるかもしれない。

「-196℃」シリーズの販売実績。ストロングゼロが誕生したの2009年以降、急激な成長を遂げている

「食事中のお酒にチューハイが選ばれるキッカケとなったのは、『レモン』味のフレーバー。今後もレモンをRTD市場の成長のキードライバーと捉え、力をいれていきたいと考えています」(藤原氏)

既存の人気商品「ストロングゼロ ダブルレモン」に続き、ストロングゼロが次に指す一手も、やはり「レモン」だ。さらにレモンを”マシマシマシ”した、その名も「ストロングゼロ トリプルレモン」で、まだ食事中に缶チューハイを飲んでいない新規層への訴求を目指す。

「-196℃ ストロングゼロ トリプルレモン」は、11月20日より販売開始。価格は350mlが141円、500mlが191円(税抜き)
同社が押し出す「食事と合う」チューハイ。見ているだけで仕事を放棄したくなってくる