MVNOへの宣戦布告? auの新料金プランの狙いはどこか

MVNOへの宣戦布告? auの新料金プランの狙いはどこか

2017.07.12

KDDIと沖縄セルラーはスマートフォン向けの新しい料金プラン「auピタットプラン」「auフラットプラン」を発表した。割引の組み合わせ次第では月額1,980円から、というMVNO並みの格安プランだが、子会社とのシェアの食い合いも辞さないという強気の狙いはどこにあるのだろうか。

段階式従量制で、たくさん使わない人にお得感

新しい料金プランは2種類ある。このうち「auピタットプラン」は、一言で言えば「使ったデータ量に応じて段階的に料金が上がる段階式従量制プラン」だ。

従来のデータプランでは、1GB、2GB、3GB……と月内に利用する容量を決めておく。超過した場合は通信速度が低下し、使い切らなかった場合は一部を翌月に持ち越せる場合もあるが、基本的には未使用分が無駄になる、というシステムだ。

これに対し「auピタットプラン」は、実際に使ったパケット量に対して、段階を経て料金が上がっていく。これならば使わない月は安く抑えられ、無駄なパケット余りを気にする必要も少なくなるし、20GBを超えない限り通信速度の低下は発生しない仕組みだ。

昔懐かしいプロバイダーのキャップ制料金を思い出す段階式従量制プラン

もう1つの「auフラットプラン」は20GB、30GBという大容量向けのプランで、20GB同士で比べれば従来プランや「auピタットプラン」と比べて大幅に安くなる。

「ピタットプラン」は現行プランと比較すると月額1,500円安くなる

どちらのプランも、従来は音声通話プランを従量制の「シンプル」、音声通話かけ放題の「スーパーカケホ」「カケホ」の3種類から選んでデータプランに組み合わせる形だったが、「auピタットプラン」では音声プランを選ぶところまでは同じながら、料金は音声+データの組み合わせによって決まっている。iPhone用の「スーパーカケホ」+「データ定額20GB」では月額8,000円になるので、1,500円ほど安くなる計算だ。

端末については従来のように24回の割賦販売が行われるが、新料金プランの提供開始に合わせてスタートした「ビッグニュースキャンペーン」では、新規契約または機種変更時に新料金プランを選ぶことで、翌月から12カ月間、利用料金が1,000円引きになる。

さらに、固定回線もKDDI網にすることで割引が得られる「auスマートバリュー」も適用できるため、「auピタットプラン」ではパケット利用量が1GBまでの場合で月額1,980円が実現できる(シンプル、スーパーカケホの場合、1年間のみ)。「auフラットプラン」でも20GBで月額4,500円と、MVNO並みの低価格だ(たとえばIIJmioの「データオプション20GB」と音声通話機能付きSIM(みおふぉん)の場合、月額4,700円)。

こちらが「auピタットプラン」の場合の料金表。左から「シンプル」「スーパーカケホ」「カケホ」だ
こちらが「auフラットプラン」の場合。1回の通話が5分以内という制限があるのが「スーパーカケホ」で、制限なしで高い方が「カケホ」なのは名前ではわかりにくい。どうにかならないものか

なりふり構わない低価格と4年縛り

前述のように、最も安いプランでの1,980円という利用料金は、NTTドコモが6月に導入した、特定の2機種に限定して月額1,500円引きになる「ドコモウィズ」よりも安く、KDDI傘下のUQコミュニケーションズのMVNOサービス「UQモバイル」の「プランS」と同等になる(UQのほうがパケット量が2GBと多い)。

事実上、子会社との食い合いも辞さないという、かなり強硬な価格設定だ。UQモバイルが企画的順調にシェアを伸ばしつつあるなか、なぜ彼らにも影響の出るような施策をとったのだろうか。

今回の発表に際し、実はもう一つのプログラムが発表されている。それが「アップグレードプログラムEX」だ。これはAndroid端末の購入時に、月額390円のプログラム料金を24回払い続けることで、端末の割賦回数を従来の24回から48回に拡張して1カ月あたりの支払い料金を下げるとともに、25カ月以降は未払分が残っていてもその残額を支払うことなく機種変更可能にする、というもの。既存の「アップグレードプログラム」が月額300円で24回割賦中12回の支払いで残額の最大7カ月ぶんが無償になるのと比べると、支払額が3割アップする代わりに値引率は約40%向上と、割のいいサービスに見える。

48回払いというのはスマートフォンの製品寿命を考えるとかなり異常な長さ。機種変すれば実質半分になるので、あくまで機種変を前提とした割引サービスと考えればいいだろう

総務省のワーキンググループが発表したガイドラインにより、キャリアは多額の端末の購入補助をつけることができなくなり、いわゆる0円端末が販売できなくなった。これにより高額なハイエンド端末が売れなくなり、さらに格安スマホブームでMVNO+低価格なSIMフリー端末へと流れるユーザーも増えている。しかしキャリアとしては、最新設備の性能をフルに使え、電波の利用効率の高い最新の高性能端末を普及させたいはずだ。

たとえば各社今も3G接続の端末が残っているが、これを全廃してLTEに切り替えられれば、さらに20~40MHzの帯域を確保できるし、MU-MIMOなど最新の技術に対応した端末なら、より電波利用効率は高くなる。数年後に控えた5Gを見据えても、高額端末への障壁はなるべく下げておきたいはず。そこで月々の支払い額は支払回数を増やすことで見かけ上の負担を減らし、月々の支払い+機種変更時の端末回収という条件付きではあるものの、高額な端末を実質半額で販売するプログラムを用意したのだろう。

一見お得そうな「アップグレードプログラムEX」ではあるが、前述したように割賦回数は48回、つまり4年縛りという前代未聞のプランでもある。プラン限定とはいえ、利用料金を減らし、端末料金の約半額を補助してでも、従来の2倍の期間を自社に囲えるほうが有意義だと判断したのだろう。

実は今回の新料金プラン2種類では、従来の「マンスリーポイント」が「au STARロイヤル」に統合されている。au STARロイヤルでは、4年目まで毎月1,000円ごとに10ポイント、5~7年目で20ポイント、8~10年目で30ポイント……と、長期利用者になるほどWALLETポイントの付与率が向上する。しょっちゅうMNPするようなユーザーはこうしたポイントの向上前に乗り換えてしまうが、「アップグレードプログラムEX」に加入していれば、最初の4年を超えて2倍のポイント付与率になるところまでユーザーの多くをつなぎとめておける。

ちなみに最初の4年間で貯められるWALLETポイントは、「auピタットプラン」の最安時の場合でも(20×12)+(30×36)=1320ポイント、「auフラットプラン20(シンプル)」の場合で(40×12)+(50×36)=2280ポイントだ。これが次の年から2倍になると思えば、もう少し居残ろうか、と思うユーザーも増えるだろう。つまり、WALLETポイントも含めて長期にユーザーを囲い込むための方策が、今回の2つの料金プランの狙いだというのが、筆者の見方だ。

UQを食い荒らしても影響は小さい?

発表会で、KDDIの田中孝司社長は、UQコミュニケーションとは相談なしに今回のプランを決めたと発言した。グループ企業ではあるが、そこは独立独歩、切磋琢磨しよう、というの説明だった。しかし実態としては、MVNOが市場シェアの約15%を取る中、順調にシェア拡大中とはいえ、MVNO内でまだ10%に満たない(=市場シェアは1%未満)UQモバイルが影響を受けたとしても、auに顧客を固定できれば大きな影響はない、という計算が働いているのではないだろうか。

発表会の冒頭でMVNOの隆盛とMNOの勢力減を表すために示されたグラフ

折しも先日、総務省からはUQコミュニケーションズの持つWiMAX 2+網、およびソフトバンク傘下のワイヤレス・シティ・プランニングの持つAXGPについてもMVNOへの回線設備提供を義務付ける方針が発表されている。UQとKDDIの間では互いにLTE網とWiMAX 2+網(=実質TDD-LTE網)をレンタルし合っているが、今後はMVNOへの設備提供元としても競合することになるわけだ。ならば下手に遠慮するより、自社の利益を最優先するという判断が働いても不思議ではない(乱暴ではあるが)。

いずれにしても、期間限定とはいえ、各社に大きなインパクトを与える料金設定を打ち出してきたことには違いない。経営に対する悪影響も予想されるが、この低価格を武器に、他者からユーザーを奪い取れれば4年縛りとともに、元手は取れるという考え方もある。残るMNO2社がどう追随してくるのか、MVNO各社はどのような対策を打ち出してくるのかが興味深い。

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

2018.11.12

オリパラの裏側には、さまざまな最新技術が隠れている

パラアスリートを支える、ブリヂストンの「タイヤ技術」って?

義足用ソールの開発に挑む研究者らに話を聞いた

東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催まで2年を切った。自国開催ということもあり、現地で観戦しようと考えている人も多いだろう。そこで1つ提案したいのが、オリンピック・パラリンピックを「技術」の視点で見ることだ。

2018年の平昌オリンピック・パラリンピックでは世界初の5Gの実証実験サービスが行われ、開会式ではインテルがドローンによる光のパフォーマンスが行われた。このような派手なものに限らず、大会の裏にはいくつもの技術が隠れている。パラアスリートが用いる器具などがその典型的な例と言える。

そこで本稿では、「ワールドワイドパラリンピックパートナー」であるブリヂストンによる、自社技術の活用によってパラアスリートを支援する取り組み「パラアスリート技術支援プロジェクト」に注目。東京2020を支える技術の裏側に迫る。

タイヤ技術でパラアスリートを支えよ! 

パラアスリート技術支援プロジェクトは、同社のオリンピック・パラリンピックのパートナー契約締結を機に『タイヤやゴムの技術をアスリートのために活かせないか』という想いから発足したという。ではその技術で何を作っているのかというと、1つの例が義足用の「ソール」(地面に接する部分、靴底)だ。

今回話を聞いた、ブリヂストン 先端企画本部 先端技術推進部 先端技術企画推進第1ユニット 主任部員の小平美帆さん(左)とオリンピック・パラリンピックマーケティング推進部 アクティベーション推進ユニット 課長 鳥山聡子さん(右)

「当社では、パラトライアスロン選手の秦由加子さんの義足用ソールを開発しました。現在も定期的に本人と話し合いの場を設けながら、当社の技術でサポートできる部分はないか、ということを模索しています」(鳥山さん※以下、鳥山)

秦由加子 選手。1981年生まれ。千葉県出身。3歳から10歳まで水泳を習う。13歳で骨肉腫を発症し、右足の大腿部切断を余儀なくされたが、2007年に障がい者水泳チームで水泳を再開。2013年にパラトライアスロンに転向した。大腿部切断でパラトライアスロンを行っている唯一の日本人選手だ

なぜ同社がソール部分に注目するようになったかというと、「タイヤ技術との親和性の高さ」が理由だと小平さんは語る。

「もともと当社では、タイヤはもちろん、ゴルフシューズや農業機械用のゴムクローラなど、『地面と接する部分』の製品開発に強みを持っております。ソールも同じく、地面と接するモノ。そこで当社の持つ技術との親和性が高いと感じ、注目するようになりました」(小平さん※以下、小平)

さらに、ソールの素材はゴムと高分子の複合体であり、これは同社の製品でもよく使われる素材であった。タイヤ製品で培った技術を活用することで、選手をサポートできるのではないか? と考え、新ソールの開発を始めたというわけだ。

義足イメージ。ランニングシューズの底のように、特有なパターン(模様)の入っている部分が、ブリヂストンの開発したソール

「ランニングシューズを切って、義足に貼る」が当たり前?

そもそも、義足用のソール開発に力を入れている企業というのはグローバルで見ても少ない。義足を必要とする人は多くいる一方で、切断箇所や筋肉量の違いなど、個人個人によってのニーズが異なるために、高ロットでの生産ができず、なかなかビジネスとして成り立たないことが原因だという。では、秦選手の使用していたソールには具体的にどのような課題があったのか。

「これは秦さんに限らず、ほとんどのパラアスリートに当てはまることなのですが、それぞれが個人に最適化されたツールを使えていないという課題がありました。もともと、多くの種類が市場に出回っているわけではないので、パラアスリート向けの『高品質な製品』自体が少なく、モノによっては、開発されて数十年経っている”最新モデル”もあります」(鳥山)

驚くべきことに、世界大会で活躍する秦選手のような人であっても、ランニングシューズを買って、ソール部分を切り取り、義足に貼り付けて使っていたのだとか。そのように「売られているものを転用して使う」というパラアスリートは少なくないそうだ。

「当たり前ですが、ランニングシューズのソールは、義足を必要とする人向けに開発されたものではありません。地面と接触した際にかかる力は違うし、耐摩耗性が求められる箇所も異なります。秦さんは以前、雨の中でのレースで、『滑るのが怖くて、思い切って走ることができなかった』という経験をしたそうです。そうした意見を聞き、どんな状況であっても安心して走れるようなソールを開発したい、と考えるようになりました」(小平)

タイヤ開発のノウハウを詰め込んだソール開発

しかし、いくら「地面と接するモノ」だからといって、タイヤとソールで求められる技術が一緒だとは思えない。どのようにブリヂストンの持つノウハウをソール開発に適応させたのか。

「はじめはゼロからの挑戦でした。そもそも、『義足のソールに求められることって何? 』という疑問からのスタートなんです。勉強の日々でしたね。どうにか当社の技術を活用できないか、と考え、まずは走る際にかかる力を測るために、タイヤ開発に使用する測定器を使って圧力測定を行いました」(小平)

圧力測定時の様子。ランニング時、ソールへの力のかかり方がどう変化するかを調査した

ほかにも、使用した後の摩耗部分の分析などを行い、グリップ力を上げつつ摩耗を抑えられるソールはどのようなゴム材料・溝形状にすればよいかをひたすら考えたそう。

さまざまなデータから見えた課題に対して「どうブリヂストンの技術を適応させれば良いか」と考え、試行錯誤を重ねた後に、ようやくソールを開発。2017年4月、初めて秦選手に新ソールをつけた義足で走ってもらうことになった。

「私たちのソールで走ってみた秦さんには『全然違う! 』と、すぐに気に入っていただきました。その1カ月後には早速、新ソールで大会にも出場していただきました。その大会もあいにくの雨だったのですが、確実に滑りにくくなっているとのフィードバックをいただき、手応えを感じました」(小平)

小平さんや鳥山さんは、秦選手と密にコミュニケーションを取りながら、フィードバックを元にソールの改良を続けた

さまざまな領域での技術活用も視野

そのレース以来、秦選手は変わらずブリヂストンが開発したソールを使い続けている。現在のソールは2代目で、2017年に開発したモデルから、パターンと材質を変更しているそう。

しかし、いくら製品の改良を実現したと言っても、事業化につなげられなければ、同社の「パラアスリート支援」は一過性のものになってしまう。同社は今後、この取り組みをどのように続けていく予定なのか。

「秦さんとの協力によって生まれた技術が将来、当社製品のブレイクスルーにつながる可能性はあると考えています。将来的には、さまざまな領域での技術の活用も視野に入れております。ですが、何よりこの取り組みは、当社がグローバルメッセージとして掲げる『CHASE YOUR DREAM』を体現するもの。

CHASE YOUR DREAMとは、ブリヂストンが、さまざまな困難を乗り越えながら「夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えていく」という想いを表現したメッセージ

そのため、必ずしも『将来的なリターン』を求めてこの活動をやっている訳ではありません。私たちの取り組みが社内外に広がり、当社の『夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えたい』という想いに触れていただき、一緒にオリンピック・パラリンピックを応援してくれる仲間を広げていくことを目指しています」(鳥山)

「2020東京」まで1歩ずつ、2人3脚で

現在、すでに秦選手用の最新ソールは完成しているそうだが、まだまだブリヂストンの挑戦は続く。

「最新モデルは、秦さんの要望を満たし、かつさまざまなデータから考えられる問題点を解決した自信作。しかし、パラリンピックまではまだ時間があります。今後も本人のフィードバックをもとに、より改良を続けていきたいです」(小平)

パラアスリートと一緒に夢を追い続けるブリヂストン。今回紹介したのは、同社の秦選手との取り組みだけだが、それに限らず、ほかにも多くのアスリートを支援しているそうだ。

オリンピック・パラリンピックでもっとも日の目を浴びるのは選手。しかし、その周りには、選手たちを支えている多くの人たちがいる。来る2020年、パラリンピックでは、選手の義足や車椅子などにも注目し、そこに隠れた技術の背景を想像してみるのも楽しみ方の1つだ。

ブリヂストンと秦選手の挑戦をこれからも応援したい