「エクストレイル」に乗って考えた日産“らしさ”の行方

「エクストレイル」に乗って考えた日産“らしさ”の行方

2017.07.14

日産自動車が主力SUV「エクストレイル」をマイナーチェンジして発売した。変更点はいくつかあるが、最も目を引いたのは運転支援システム「プロパイロット」の搭載だ。今回はエクストレイルに乗って新機能を試しつつ、日産が「自動化」と「電動化」を2本柱に進める技術開発の方向性について考えてみた。

試乗した「エクストレイル」はハイブリッドタイプだった

SUVに運転支援機能を展開

日産のSUV「エクストレイル」に、メーカーオプションとして運転支援機能「プロパイロット」が設定された。これは、先にミニバンの「セレナ」に設定された機能で、スイッチを入れると、同一車線内で加減速と操舵を自動的に支援し、より快適な運転ができるようにする。現段階では自動運転と言えず、運転者が操作の責任を負う運転支援だが、適切な条件下であれば、あたかも自動運転のような走りを体験することができる。

ハンドルの右側スポークにあるプロパイロットスイッチを入れ、次に、追従型クルーズコントロールのスイッチを入れると、前を走るクルマとの車間距離を保ちながら、設定速度内で現在走行中の車線内を維持するように、クルマが自ら制御する。前走車がいなければ、設定速度を維持して走行を続ける。

青いマークが見えているのがプロパイロットのスイッチだ

国産車では、スバル「アイサイト」に追加されたツーリングアシストが登場するまで、ハンドル操作をクルマが主導し、車線内を維持する機能は日産セレナのみであった。エクストレイルがマイナーチェンジを受ける時期を捉え、プロパイロットを設定したのである。セレナ発売から約10カ月を経て、今回試乗したエクストレイルのプロパイロットは、着実な進化を体感させた。

進化とは何かといえば、より自然な操作になり、あたかも自分で運転しているかのような、違和感のない作動となったのである。

実は、昨年セレナに搭載されたプロパイロットも、一部の自動車ジャーナリストが評論したほど不出来ではなかった。技術面では改善すべき点があったかもしれないが、機能としては利点を実感できるものであった。

ハンドル操作の過剰は車酔いにつながる

自動車ジャーナリストは全般に一般の消費者に比べ運転に長け、また様々なクルマに乗る機会が多いので、試乗の評価は辛口になりがちだ。それは、技術評論として間違いではない。だが、消費者にとっての利点はどうかという視点では、セレナのプロパイロットも大いに評価されるべき性能であったのだ。

ミニバンの「セレナ」(画像)で「プロパイロット」を始めて導入し、SUVへと同技術を展開した日産

私の見るところ、一般的に多くの運転者は、運転中の視線が近く、たいてい目の前を走るクルマの様子を見ている。だが、本来は目の前のクルマを視界に入れながらも、2~3台前のクルマの様子や、その先の道の行方を見ているべきである。

それができず、目の前のクルマに注目しすぎるあまり、カーブではハンドルの切り遅れが生じ、切り遅れるので急ハンドルになり、急ハンドルになるので切り込みすぎてしまうことが多く、それを修正するためハンドルを切り戻す操作が入る。クルマが惰行すると言うほど大げさではないが、小さく惰行した状態が続くので、運転者はともかくも、同乗者は車酔いを起こしやすくなる。

プロパイロットのハンドル操作で同乗者も安心?

プロパイロットを利用すると、フロントウィンドウの上端に設定されたカメラで前方を見ながら、車線の真ん中を維持するようハンドルが自動調整されるので、曲がっていく車線の通りにハンドルが切り込まれる。つまり、ハンドルの切り遅れも、切り込みすぎも、切り戻しもない。小刻みな惰行をしなくなるので、同乗者は快適かつ安心して座席に身を任せることができ、車酔いもしにくくなる。

エクストレイルとプロパイロットの相性は

とくに、3列シートのミニバンでは、3列目の座席が後輪の後ろ側に位置するため、例えばバスの一番後ろの席に座ったように、体が余計に揺すられて車酔いしやすくなる。そのうえ、運転する人のハンドル操作の、切り遅れ、切り込みすぎ、切り戻しによる小刻みな惰行が加われば、車酔いするのは当たり前だ。プロパイロットなら、それがなくなるというわけだ。

日産が、車酔いしやすい座席のあるミニバンで最初にプロパイロットを設定したことの見識の深さに感銘したものである。結果、セレナ販売台数の7割近くの顧客がプロパイロットを注文しているという。消費者も、よくわかっている。

エクストレイルでは、それでもセレナで気になった点が改善されていると感じた。たとえば、車線の真ん中を維持しながら走行を続けるためハンドルを自動操作する際、ハンドルを小刻みに左右へ修正する様がセレナでは違和感を覚えさせた。その小刻みな動きがエクストレイルではなくなっている。

また、車線の真ん中を維持するとはいえ、セレナの場合はやや左に寄っているように運転席からは見え、路肩に寄りすぎてしまわないか気掛かりであった。これも、エクストレイルでは、運転席から見てまさに車線の真ん中を走り続けるような認識ができるようになった。

進化の理由は車種の違いだけ?

そのほか、速度を設定し、一定の速度で走行中、高速道路入口の合流や、追い越し車線からクルマが前に入ってきたとき、車間距離を保つため速度調節をすることになるが、その際の減速の仕方、あるいは前が開きすぎた際に速度を上げるときの加速の仕方が、唐突ではなく、それでいて遅れることもなく、的確に加減速するようになった。クルマがカメラで前の様子を見て、状況を確認し、判断し、そして操作につなげる様子が、人の運転に近くなったのである。

この改善点について、日産の関係者は一様に、車種の違いによるところが大きいと話す。たしかにセレナはミニバンであるため、車高が高く、走行中にふらつきやすい車種である。それを真っ直ぐ走らせたり、カーブを滑らかに走らせたりするためには、ハンドルの修正をこまめに行う必要があるかもしれない。

プロパイロットが進化したと感じるのは、車種の違いによるところが大きいと日産は説明する

また、今回はエクストレイルのハイブリッド車(HV)で試乗したのだが、セレナのマイルドハイブリッドに比べ、モーターをより積極的に使えるので、回生(モーターを発電機として使いながら、その抵抗で減速させる)による減速や、モーターによる加速により、加減速はより滑らかに、かつ力強く進化していた。その差は、ハイブリッドシステムの違いによる。

とはいえ、セレナ発売から約10カ月の間に開発者たちが尽力した成果が、車種の違いと合わせて、プロパイロットをより使いたくなる性能にしたのは間違いないだろう。

自動制御に適するモーター駆動

今回の試乗では、はからずもモーターの効用が明らかになった。実は、日産のプロパイロットや自動運転技術は、電気自動車(EV)で進められている。そして間もなく、新型「リーフ」にプロパイロットが搭載されることになる。

日産が技術開発の2本柱に据えるクルマの「自動化」と「電動化」の道が、次期「リーフ」でついに交わる(画像は現行リーフ)

プロパイロットや将来の自動運転に、なぜモーター駆動が効果的であるのか。理由は、エンジンとモーターの出力特性の違いによる。

エンジンは、回転数が高まるに従って力を次第に大きくしていく特性がある。それに対しモーターは、回転しはじめるときから最大の力を発揮することができる特徴を持つ。したがって、交通の流れの中で、頻繁に加減速が必要な状況では、起きた事態に対し素早く応答できるのがモーターなのである。

エンジンは、コンピューターが加減速を指示しても、それを実現するため、燃料噴射量を変更し、その燃料を使って燃焼が起こり、そこではじめて力を出す。力を出すまでのステップが多いのがエンジンである。対するモーターは、電流を調節すれば即座に出力を変えられる。この応答の良さが、滑らかな加減速につながる。

エクストレイルのプロパイロットでの加減速がより的確だと感じた理由は、ハイブリッドシステムの違いにあり、エクストレイルの方がセレナよりモーター依存度が高いため、加減速の制御をより緻密に行うことができたのだと想像できる。

間もなく、新型リーフにプロパイロットが搭載される予定だ。EVで、どんな作動感覚を味わわせるのか楽しみである。

音づくりから感じた日産の配慮

もう1つ、エクストレイルで気づかされたのは、運転者のハンドル操作がおろそかになったとクルマが判断した際の警告の出し方である。

まず、メーター内のインジケータに警告が示される。それに気づかないでいると警告音が鳴る。これが電話の呼び出し音のような音色で、しかも音量はそれほど大きくはない。音量が小さいと聞き逃す恐れがあるが、その音を、電話の呼び出し音のようにすることで、人はその音に気付きやすくなるのではないか。

現代人は、日常生活の中で電話への応答には敏感になっている。「ピピピッ」とか「ビー」というような別の警告音であれば、鬱陶しく思ったり、同乗者も不安になったり、音量が大きくないと聞き逃したりしそうだ。しかし、電話の呼び出し音に似た音色であれば、誰もが気付きやすく、なおかつ強い警告音より嫌悪感は少ないのではないだろうか。

今後、自動運転へ向かって開発が進むにつれて、万が一の状況に対し、クルマが運転者や同乗者へ警告を発する場面が増えてくるかもしれない。その際に、確実に認識され、なおかつ鬱陶しく感じたり強く不安を与えすぎたりしない表現方法が必要になってくるだろう。一般的に、ヒューマン・マシン・インターフェイス(HMI)といわれる分野だ。

HMIにメーカーごとの個性が出るとすれば、それは将来のクルマ選びに影響を及ぼす要素になる

自動化・電動化の時代に重要となる差別化ポイントとは

EVやHVが低速走行する際、エンジン音がしないので危険だとの指摘を受け、国土交通省は低速走行中の音出しを指導した。それに対し日産は、様々な音を研究し、人工的に音を合成し、耳に心地よく、かつEVらしく、それでいて確実にクルマが走っていることを知らせる音作りをしてきた。それを搭載したリーフの擬音は、他社に比べいい音色だと思う。

次世代のクルマには、そうした人とクルマとの関係を取り持つ新たな表現方法がますます必要になってくると思われる。

EVや自動運転はクルマをコモディティ化するので、メーカー側は商品性を示せなくなったり、クルマがつまらなくなったりするのではないかと懸念する声を耳にする。だが、プロパイロットの仕上がり具合や、リーフの疑似走行音など、メーカーごとの違いを明らかにする手法は、その企業の商品性の与え方や、目指すべき商品の姿が明確であるかに関わってくる。

コモディティ化どころか、差別化がますます不可欠であり、そこが存亡を分けることになるのではないだろうか。

「コミケ有料化」の経緯と“DB”の哲学

カレー沢薫の時流漂流 第20回

「コミケ有料化」の経緯と“DB”の哲学

2018.12.17

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第20回は、盆暮れにやってくるオタクの祭典「コミケ」の有料化について

来年の話になるが、2019年からコミケことコミックマーケットが有料化するそうだ。

このニュース、「ガタッ」と席を立った人と興味ゼロな人、真っ二つだと思う。私だって「渋谷ハロウィン有料化」と言われたら、「別にいいんじゃないすか、知らんけど」と答えるだろう。

コミケの「入場料」、参加者の反応は

まずコミケとは同人誌即売会の事である。よく知らない人からすれば、アニメや漫画のキャラクターを使った破廉恥極まる漫画、すなわちDB(ドスケベブック)が並んでいる場所というイメージがあるかもしれないが、その印象はまったく間違っていない。

しかしDJB(ドスケベじゃないブック)もあるし、手作りのグッズやアクセサリーを売っている人もいる。また企業の参加も多く、もはや、どんたくやねぶたに並ぶ大きな「祭」と言っていいだろう。

そのコミケだが、東京オリンピックの影響を受けて、長らく会場として使っていた東京ビッグサイトが使えなくなり、中止になるのではという噂があった。結局、中止されることはなかったが、東京ビッグサイトと青海展示場の2か所を会場とし、期間を4日にして開催される予定のようだ(従来は3日)。

しかし、従来のコミケより規模を縮小することには変わりなく、収益は例年より減るのに、警備費などの費用がいつもよりかかると予想されており、DBなどを売る側である「サークル」から徴収する「サークル参加料」だけでは採算がとれないので、買う側である一般入場者側からも金をとることにしたようだ。

これに関しては概ね「仕方ない」という反応が多いそうだ。虎穴に入らずんば虎児を得ずと同じように、入場料を払わなければDBを得られないと言われれば払うしかない。また、そうしないとコミケ自体が成り立たないと言うなら、参加者として協力せざるを得ないだろう。

だが、オタクが金を惜しまないのはあくまでDBもしくはDJB本体に対してだけだ。DBを買う時に「値札を見る」というのは「集中力に欠ける」としか言いようがない。表紙の破廉恥極まる推しの姿以外が視界に入るようではまだ青い。

また、同人誌即売会で売られる本というのは「数に限りがある」。よって目当ての本というのは「買えるか買えないか」でしかなく、「いくらか」は関係ない。

たとえページ数に対し割高な値段であろうとも、どうせ明日には転売野郎が同じ商品を法外な値段でオークションに出すのだ。それだったら相場の何倍だろうが、「目が眩むほど推しを破廉恥に描いてくださったご本人」の懐に入ってくれた方がありがたい。むしろその金を元手にもっと描いて欲しい。

別の例で言えば、ライブのチケットでも、まずチケットが取れたことが嬉しく、チケット代がいつもより安いとか高いとかはあまり考えないだろう。しかしイープラスなどに払う「手数料」までどうでも良いかというと、「てめえはダメだ」という人も多いのではないか。

コミケも、その入場料でDBが1、2冊多く買えたと思えば、惜しいと感じなくもない。そのため、コミケ有料化自体は容認しても、それを引き起こした東京五輪に対して怨嗟の声をあげている者はいるようだ。

門外漢からすれば「どう考えても東京五輪の方が重要じゃないか」と思うかもしれないが、これは「野球中継でDB(ドラゴンボール)が見られない」のと同じことなのだ。野球という名の東京五輪に興味がない者にとっては、そのせいでDB(ドラゴンボール)という名のDB(ドスケベブック)が買えないとなると、東京五輪を苦々しく思わずにはいられない。

DBとDJBの境界線

だが有料化によるメリットもあるようで、特に「年齢確認が楽になる」といわれている。

当然だが、DBは18歳未満には売ってはいけない。よって、販売時には身分証明書を提示するというのが一応の決まりになっているが、混雑時に一人ひとり確認するのは手間だし、だからと言って確認せず18歳未満に売ってしまったら、売った方が怒られる。

2019年開催のコミケでは、入場料を払った時点で入場者にはリストバンドが渡され、それが2会場の入場券の代わりになる。入場料支払い時点で年齢確認を行い、リストバンドの色などで18歳以上か未満かわかるようにすれば、いちいち売り場で確認しなくても済む。

この18歳以上を示すリストバンドは、私もコミケじゃない同人誌即売会で利用したことがある。入場料を払う時ではなく、入場待機しているところに係の人が回ってきて、「18禁本を買う予定の18歳以上の方は挙手してください」というシステムだった。

「我々はスポーツマンシップに則りエロ本を買います」と選手宣誓をしろということになるが、同人誌即売会に来ておいてDBを買うことを隠したいというのは、ヌーディストビーチに来ておいて「脱がなきゃダメ? 」と言っているようなものだ。

続々と手があがり、その場で免許証などによる年齢確認が行われ、確認が済んだ者には「エロ本買えますリストバンド」が渡された。これは売り場での年齢確認制より格段にスムーズであり、1分1秒を争う会場内では実に便利であった。

コミケでなくても、「ゾーニング」は大きな問題となっている。有料化と2会場化を機に、DBとDJBの線引きがさらに厳格化していくのかもしれない。

なぜTBSラジオは「スペシャルウィーク」をやめるのか

なぜTBSラジオは「スペシャルウィーク」をやめるのか

2018.12.17

聴取率争いに自ら終止符? TBSラジオの決断

ラジコの普及で重要性を増すリアルタイムの聴取者数

「ノンリスナーのリスナー化」がラジオ業界の至上命題

TBSラジオが「スペシャルウィーク」をやめる――。11月29日(木)深夜の「木曜JUNK おぎやはぎのメガネびいき」(毎週木曜深夜25時からTBSラジオで生放送)でこの件が話題になった時は、初耳だったので驚いた。なぜ、こういう決断に至ったのか。TBSラジオのスペシャルウィークは今後、どうなるのか。TBSラジオの三村孝成社長に聞いた話も交えてお伝えしたい。

TBSラジオは12月8日(土)、AM波を送信している戸田送信所(埼玉県戸田市)の使用電力を再生可能エネルギーに切り替え、「ナイツのちゃきちゃき大放送」(毎週土曜日、朝9時から午後1時までの生ワイド番組)内でセレモニーを実施。この機会を捉え、TBSラジオの三村社長(左端)に話を聞いた

ラジオの「スペシャルウィーク」とは何か

本題に入る前に、まず、ラジオのスペシャルウィークとは何かをおさらいしておきたい。

スペシャルウィークと密接に関係するのがラジオの「聴取率」だ。これはビデオリサーチという会社が調べているもので、調査は首都圏、関西圏、中京圏の3カ所でアンケートを実施して行う。

そのうち、首都圏の調査を取り上げて中身を詳しく見ていきたい。まず、調査の対象エリアは東京駅を中心とする半径35キロ圏内となっている。対象者は12歳~69歳の男女個人、標本数はおよそ3,000人。調査回数は1年に6回(偶数月)で、その調査月のうち1週間を「聴取率調査週間」に設定し、「その期間中にラジオを聴いたか」「どんな番組を聴いたか」といったことをアンケートで調べて聴取率を算出する。

つまり、ラジオの聴取率というのは、首都圏でいえば、年に6回の「聴取率調査週間」の間に、アンケート調査を受けた人が、ラジオを聴いていたかどうかによって決まる。1分ごとの数字をはじき出すテレビの「視聴率」とは、かなり性格の違う指標だということが分かる。

こういう調査方法であることから、ラジオ局は聴取率調査週間に合わせて、通常放送とは違う企画、通常放送とは違うパーソナリティーの起用、リスナーへのプレゼント企画、豪華ゲストの起用といった特別な施策を実施する。これがスペシャルウィークだ。

約150mのアンテナがそびえ立つTBSラジオ戸田送信所。1,900万戸にAM波を届けるTBSラジオの基幹送信所で、使用電力は月間11万キロワットだ。再生可能エネルギーは「みんな電力株式会社」が供給する。電力は新潟県上越市の小規模水力発電施設などから調達する

ラジオ局によって呼称は異なるかもしれないが、聴取率調査週間をスペシャルウィークと位置づけ、特別なキャンペーンを展開したり、番組の内容を変えたりする手法は業界では一般的だ。

そんな中、TBSラジオは、この調査期間をスペシャルウィークと呼称することをやめると宣言した。その期間中に、局を挙げて特別なキャンペーンを打つことも、今後はしないという。つまり、聴取率を上げるために調査週間を狙って特別企画を展開するのはやめて、今後は時期を自ら考えて特別な取り組みを行うという態度を鮮明にしたのだ。

なぜ、こういう決断をしたのか。TBSラジオは17年4カ月の間、聴取率で業界トップを走り続けているにも関わらずだ。

聴取率トップでも放送収入が上がらない現状

決断の背景として、まず注目したいのは、聴取率で業界トップのTBSラジオでさえ放送収入が上がっていないというラジオ業界の現状だ。業界全体で見ても、広告収入は25年間、ずっと下がり続けている。

それに、ラジオの聴取率も過去に比べれば低迷している。前述したビデオリサーチの調査によれば、2018年10月の首都圏の「全局個人聴取率」(12~69歳、男女、週平均)は5.2%。この数字、1990年代には9%くらいあったそうだ。

スペシャルウィークに注力した結果、聴取率で業界トップに輝いたとしても、収入は上がらないし、ラジオを聞く人も増えない。それならば、慣習に固執する必要もない。これがTBSラジオの判断なのだろう。

確かに、普段はラジオを聴かない人(ノンリスナー)が、スペシャルウィークをきっかけに聴くように(リスナーに)なるかどうかは疑問だ。

もとからのラジオリスナーであれば、何らかの特別企画やキャンペーンに興味を持った時、ラジオをつけるなり「ラジコ」(radiko、スマホアプリやPCでラジオが聴ける)を使うなりして、番組を聴くかもしれない。しかし、ノンリスナーであり、ラジオの受信デバイスすら持っていないような人たちが、これを機にラジオをわざわざ買うかどうかは微妙だ。ラジコならハードルは低そうだが、三村社長は「今の時代って、アプリをダウンロードしてもらうのもすごく大変じゃないですか」と話す。

キャンペーンは時期が大事! 今後のTBSラジオは独自展開

スペシャルウィークに他局と足並みをそろえ、聴取率争いのために力を使うのではなく、ノンリスナーをリスナー化するために知恵を絞りたい。それがTBSラジオの考えらしい。

ラジオ業界の至上命題は「ノンリスナーのリスナー化」と語ったTBSラジオの三村社長

特別なキャンペーンを展開するにしても、聴取率調査週間より効果的なタイミングは確かにあるかもしれない。三村社長の考えはこうだ。

「ラジオを聴かなくなる理由には、例えば引越しや転勤などがあります。住む場所が変わって好きな番組が聴けなくなったり、ライフスタイルが変わってしまったりして、聴かなくなるパターンです。例えば、大学生で時間に余裕のあった人が、社会人になるとか。引越しとかライフスタイルの変化が多い時期というのは、ある程度は決まっていますから、そういう時にこそ、キャンペーンを張るという方法はあるのかなと思っています」

つまり、聴取率調査週間を気にしなければ、キャンペーンや特別企画が流動的に実施できるということだ。例えば、3月は奇数月で聴取率調査はないが、ノンリスナーに訴求するには適した時期かもしれない。

また、特別企画や豪華ゲスト起用のタイミングは個別の番組で決めてもいい。「私も、企画をやっちゃいけないといっているわけではないんですよ(笑)。効果が出そうな時に、どんどん企画をやってもらいたい。それが、たまたま聴取率調査週間なのであれば、その時にやってもいいわけだし」というのが三村社長の考えだ。

TBSラジオは機を見て特別企画を仕掛ける流動性を手に入れた

TBSラジオはスペシャルウィークだけを特別視するのではなく、「毎日がスペシャル」の気持ちで通常放送に取り組みつつ、ノンリスナーをリスナー化するための施策を打ち出していく。そういう方針を明確にしたわけだ。

重視するのは「ラジコ」のリアルタイム情報

とはいえ、聴取率はラジオ局にとって、ほぼ唯一の指標だったはずだ。これからTBSラジオは、何を参考にして番組づくりに取り組むのか。三村社長はラジコのデータを重要視する。

「聴取率を調査する目的は2つあって、1つは番組編成を考えるのに使うマーケティングデータを得るためです。番組の編成が、ちゃんと効果を出しているかどうか、リスナーに受け入れられているかどうか、それぞれの番組の企画や演出が、リスナーに評価されているかどうか。それらを測る指標が聴取率でした」

「ただ、その点に関しては、マーケティングデータといいながら、52週(1年間)のうち6週間しか調査していない数字ですし、調査週から約1カ月遅れて結果が分かるというのが実情でした。一方、ラジコのデータは毎日、リアルタイムで確認することができます」

おそらく、世の中でラジオを聴いている人の割合でいえば、ラジコよりもラジオ受信機を使っている人の方がまだまだ多い。しかし、ラジコであればラジオ局側は、リアルタイムでリスナーの実数が把握できる。このデータの方が、マーケティングデータとしては有用だと判断したようだ。

「もう、ラジコも始まって9年目です。ラジコの数字が動けば、聴取率も動くというのは体感しています。ラジコの聴取人数が増えれば、基本的には聴取率も上がるんです」

ラジコで毎日、リアルタイムで聴取人数が把握できて、そのデータを重視するというのであれば、スペシャルウィークに的を絞った番組づくりをしていていいはずがない。通常放送がいかに面白く、リスナーをひきつけているかの方がはるかに重要になる。実際のところ、TBSラジオの番組製作陣も、すでにラジコの数字を参考にしているらしい。

ラジコの聴取人数と聴取率はほぼ連動しているというのがTBSラジオの読みだ

聴取率を測るもう1つの目的は、営業データとして利用するためだという。

「分かりやすくいうと、広告主が宣伝費を出しますよね、その費用対効果を測るために聴取率を使うんです。これはテレビの視聴率と似ています。この点については今後、今のままでいいのかどうか、業界で議論していこうと思ってます」

リスナーの奪い合いはもはや無意味?

スペシャルウィークをやめるというTBSラジオの決断には、賛否両論があるかもしれない。しかし、スペシャルウィークで各局がゲストの豪華さや企画の面白さを競い合い、ライバル局のリスナーを奪い合うという従来の構図だと、既存のラジオリスナーが各局の間を移動するだけで、新規リスナーの数は増えないのだとすれば、納得できる部分は大いにある。

また、ラジオ局同士が聴取率争いをする必然性は、ラジコで「タイムフリー」というサービスが始まった今、かなり薄れているような気もする。この機能を使うと、全てのラジオ番組を、放送後1週間以内であれば、後からさかのぼって聴くことができるからだ。

例えば、放送時間が重なっているTBSラジオの「JUNK」とニッポン放送の「オールナイトニッポン」を両方とも聴くことは、今となってはとても簡単なことだ。録音機材を用意する必要すらない。どちらかをリアルタイムで聴いて、もう一方を後からタイムフリーで聴いてもいいし、どちらもタイムフリーで後から聴いたって問題ないわけだ。この点を踏まえると、もはやラジオ業界には、「裏番組」という概念すらなくなっているようにも思えてくる。

なぜ業界トップのTBSラジオが率先して変わるのか

TBSラジオは長年の間、聴取率で業界トップを走ってきたリーディングカンパニーだ。そのTBSラジオが、「スペシャルウィークをやめる」「ナイター中継をやめ、同時間帯を通常の番組(新番組を含む)に充てる」「ポッドキャスト配信TBSラジオクラウドでの配信に切り替える」など、率先して新しいことに挑戦するのはなぜなのか。賛否両論があるのは分かりきっているにも関わらず、こういった決断をできる理由が知りたかったので、三村社長に聞いてみた。

「前任の入江(TBSラジオの前の社長で、現在は会長の入江清彦さん)の時から、数々の改革をスタートさせていました。改革といっても、単に変えればいいという話ではなくて、一番の目的は新規リスナーを獲得することであり、パイ(ラジオリスナー自体の数)を大きくすることです。そのためには、リーディングカンパニーが率先して変わらなければ、業界も変わらないと思うんです」

「(パイが大きくなった時に)TBSラジオだけを聞く人が増えるということはありません。ラジオ受信機もラジコも、コミュニティFMをのぞけば、NHKを含め全ての局が聴けるわけですから。ラジオメディアそのものとして、ノンリスナーをリスナー化するのが最も大事なことですし、メディアビジネスとしては、自分達だけ得をしようというのはありえません。ただ、パイが大きくなれば、シェアが変わらなかったとしても、結果としてTBSラジオリスナーは増えますよね」

ノンリスナーのリスナー化は難題だが、これを成し遂げられなければラジオ業界に明るい未来はない。これを成し遂げるため、TBSラジオは挑戦するし、変わってもいくということなのだろう。

賛否両論が予想される決断を率先して下すのは、TBSラジオにリーティングカンパニーとしての自負があるからだ

最後に、リスナーとして気になるのは、TBSラジオのスペシャルウィークで楽しみにしていた各番組の特別企画が、今後、聴けなくなる(あるいは、頻度が少なくなる)のではないか、という点だ。この懸念をぶつけてみると、TBSラジオ編成局の野上知弘さんからは「これまでもそうだったんですけど、いいゲストはいつでも入れればいいということなんです」との答えが返ってきた。年に6回かどうかは別にしても、特別な企画やゲストの起用は今後も続くとみて間違いなさそうだ。

ちなみに、2018年12月10日~16日までの聴取率調査週間で、他局がスペシャルウィークを展開する中、TBSラジオの各番組はどんな放送を行っていたのだろうか。自分が聴いた番組のごく一部を振り返ってみると、例えば「火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ」(毎週火曜日、深夜25時~27時)には漫才コンビのミキが、「水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論」(毎週水曜日、深夜25時~27時)には相方のしずちゃんがそれぞれ出演していた。これらの番組は、「スペシャルウィーク」という言葉こそ使っていなかったものの、普段とは一味違う内容になっていた。

「月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力」(毎週月曜日、深夜25時~27時)は従来(少なくともここ10年くらいは)、スペシャルウィークでも通常放送(フリートークとレギュラーコーナー)を行うスタンスを貫いてきたが、今回の発表を受け、12月10日の放送では冒頭にラジオコントを放送。その後は2018年のフリートークを振り返る「特別企画」を実施した。なんとも伊集院さんらしい対応だ。番組の最後に伊集院さんは、スペシャルウィークをやめるというTBSラジオの決定について「基本的には賛成」との考えを示していた。

「メガネびいき」では従来、12月のスペシャルウィークに実施していた毎年恒例の企画「ダイナマイトエクスタシー」を12月20日(木)に放送すると発表している。こちらは、聴取率調査週間とは時期をずらして特別な企画を打つという点で、新しい取り組みだといえるだろう。

もちろん、これらのTBSラジオの番組は、放送後1週間以内であればラジコのタイムフリーで後からさかのぼって聴ける。世界の主要メディアも注目しているとか、していないとかいう噂のダイナマイトエクスタシーは、今週木曜日の深夜に開催の運びとなる。