世界遺産登録でさらに注目を集めたい「観光立国1丁目1番地“上野”」の戦略

世界遺産登録でさらに注目を集めたい「観光立国1丁目1番地“上野”」の戦略

2016.05.26

あまり知られていない都内の世界遺産候補「国立西洋美術館」。フランスの推薦枠で今年世界遺産に登録されようとしている。今までに世界遺産に登録された場所は、その後瞬く間に観光名所になっているが、果たして国立西洋美術館はどうなるか。台東区、そして文化庁の腹案は。

ル・コルビュジエの建築作品についてイコモスが「記載」勧告

ユネスコの諮問機関イコモスは、日本を含む7カ国で世界文化遺産に共同推薦(フランス枠で推薦)している「ル・コルビュジエの建築作品ー近代建築運動への顕著な貢献」について、「記載」が適当との勧告を出した。ル・コルビュジエとは20世紀の世界中の建築物や都市計画に大きな影響を与えた建築家で、「近代建築の巨匠」といわれている。

「サヴォア邸」(提供:文化庁)

1階部分を柱のみ残す形式の「ピロティ」、ガラスの面積を大きくとることができるようにした「横長の窓」、などと現在目にする多くの建築物の「当たり前となっている様式」を創った功績がある。「当たり前すぎて、すごさが分かりにくいですよね。当たり前を作ったのが、ル・コルビュジエのすごいところなのだと思って見てほしい」と台東区の担当者。遺産はフランス、日本、ドイツ、アルゼンチン、ベルギー、インド、スイス、の7カ国にまたがっていて、登録が実現すれば、大陸を横断した初めての世界遺産になる。推薦は7カ国を代表して、最も多い10資産を持つフランスから出されている。日本からは、ル・コルビュジエが国内で唯一設計した国立西洋美術館が資産として入っている。

「国立西洋美術館本館」(提供:国立西洋美術館)

この建物には、「無限成長美術館」の構想が採り入れられている。「無限成長美術館」とは、ピロティから建物の中心に入り、外側に向かって螺旋状に順路をとる。そのため、作品の増加にあわせて展示スペースを延長できるという構想だという。

7月にトルコ・イスタンブールで開催される世界遺産委員会で登録の可否が決まるが、イコモスから「記載」勧告を受けた案件で、登録されなかった例は基本的にはない。登録されれば、日本国内では16件目の世界文化遺産の誕生となる。

「記載」勧告後の国立西洋美術館は

5月21日、東京上野。上野駅公園口付近には、観光バスが何台も連なり、地方からの団体客が続々とバスから降りてくる。駅の改札に目を向けてみると休日とあって家族連れや、ここのところ増加している外国人観光客の姿が見られた。休日の上野は人が多い。それは毎度のことだが、この休日は特に人が多いように思えた。あまり目立たないが、園内には以前から「国立西洋美術館を世界遺産に」というのぼりが置かれている。この日行ってみると、のぼりは「国立西洋美術館 世界遺産『登録』勧告」に変わっていた。

5月21日東京・上野公園

国立西洋美術館は、公園口から入ってすぐのところにある。勧告翌日にも訪れたが、入り口前に来ると、門の外から建物の写真を撮っている人が何人もいて、中に入る人の列もできていた。

5月18日国立西洋美術館を写真に撮る人の姿が。

「ハコモノ」をどうみせるかという課題。その答えは

世界遺産の効果はあるか。美術館の担当者に話を聞くと「カラバッジョ展が好評なのです。勧告前から来場者の数が増えていっています。列ができているのは、チケット売り場が3列しかないからですね。それと、都立美術館で開催されている若冲展が何時間待ちという状態なので、代わりにカラバッジョ展に行こうかと来られる方もいるみたいです」とのことだった。現在のところ、館内の常設展入り口前に「建築探検マップ」と書かれた国立西洋美術館のパンフレットが置かれているほか、常設展の一部でパネル展示をしているのみだという。「ここは博物館なので、展示物がメインですから」と担当者。「上野に来る目的が1つ増えれば」と周りの施設との連携を考えているという。「ハコモノをどう見せるかが課題」(美術館担当者)。元々観光地であること、“展示物が主役”の美術館ならではといえる。ある意味、静かな世界遺産になりそうだ。だか、それだけでは終わらないのが上野だ。

ちなみに、登録の可否が決まる前の7月9日から(9月19日まで)「ル・コルビュジエと無限成長美術館―その理念を知ろう」と題した展示が行われる。「無限成長美術館」といわれても、正直よくわからないだろう。その理念や、国立西洋美術館でどのように表現されているかといったことを、CGや写真などを使って説明するという。

上野公園には「西郷さん」だけでなく、「ミニ清水寺」「大仏」もある

上野公園の歴史は意外と知られていない。江戸時代にはこの地は徳川家の菩提寺の1つである寛永寺だった。現在の寛永寺は東京藝術大学の北にあるが、最盛期には上野公園を中心におよそ30万5000坪に及ぶ広さがあったのだ。大仏あり、京都の清水寺を模した清水観音堂あり、五重塔あり、東照宮ありとそんな場所だった。

(左)「西郷さん」で親しまれる上野公園の西郷隆盛像。(右)京都・清水寺を模した「清水観音堂」

幕末には新政府軍と幕府側との戦争によって焼け野原になったが、明治になると近代化による産業革命の波が一気に押し寄せ、上野公園では産業育成のために1877年「第1回内国勧業博覧会」が開催された。

その後東京国立博物館の前身となる「博物館」が内幸町から移転、岡倉天心によって東京藝術大学の前身となる「東京美術学校」が設置されるなど、上野公園には近代国家を支える文化施設が集約された。この頃に「上野動物園」や「西郷隆盛像」といった上野公園のシンボルができる。

関東大震災時には、仮設住宅1万棟が建設され、配給所や託児所、病院なども設置された上野公園だが、その後 「東京府美術館(現・東京都美術館)」、「東京科学博物館(現・国立科学博物館)」が開館。

第二次世界大戦では、動物園の動物が処分されたり、不忍池が水田として利用されたが、終戦後には上野観光協会の前身組織である上野鐘声会が、荒れ果てた上野の山を回復させるため、1250本の桜の木を植林して景観を蘇らせ、水田として利用されていた不忍池を、元通りの姿へと戻した。さらに、国立西洋美術館や東京文化会館などができ、上野は現在、文化の集積地として日本で一番の場所になっている。

「日本の文化の中心」から「世界の文化の中心」を目指す

政府は、東京五輪が行われる2020年に向けて、様々な文化プログラムの展開を図ることで、日本を世界の文化交流の拠点として躍進させたいとしている。それにふさわしい場所として、白羽の矢が立ったのが上野公園。成田空港からのアクセスもよく、外国人観光客にとっても足の運びやすいといった潜在能力の高い立地に、先に述べたとおり、江戸時代からの歴史的資源や、自然環境、そしてなにより東京藝術大学、博物館美術館、音楽ホールなど文化的な機関が集結している場所だからということはいうまでもない。ロンドン、パリ、ワシントンD.C.と比較しても遜色がなく、世界文化遺産に登録されているベルリンの博物館島に匹敵するポテンシャルを持っていると政府は期待を寄せている。

「点」から「面」へは実現できるか

「上野公園周辺の各機関・団体が相互に連携・協力することによって、それぞれが保有する文化芸術資源の潜在価値をより顕在化させ、その資源を有効活用するとともに相乗効果を増大させるべく、上野公園を中心とした区域を国際的な文化の中心・シンボルとしていく」といった内容が「上野『文化の杜』新構想」の最終版には書かれている。要するに「点」から「面」へ。それまで個々で取り組んできたイベントやサービスを連携して行い、相乗効果を高め、国際的な文化の中心にしましょう、ということだ。具体的な構想については、上野公園周辺の文化機関や、行政、JRなどが名を連ねる民間団体「上野『文化の杜』新構想実行委員会」が実現に向けて動き始めている。

バスにも世界遺産登録の文字が。

実行委員会は昨年9月に立ち上がった。構想実現に向けた取り組みは始まったばかりだが、「手がつけられそうなところから始めています」と関係者は口をそろえる。そして実行委員会立ち上げからおよそ半年後、今年3月には、各施設が連携して「上野『文化の杜』アーツフェスタ・2016春」を初めて開催。フタを開けてみると各文化施設、地域の学校などとの連携については「横断の企画などはまだまだ時間がなかった」(実行委員会関係者)と課題が見えたそうだが、解決策も見えてきたという。秋に第二弾を行うが、連携強化に向けて改善を図るという。

そのほかには2000円の「共通入場券」を発行。これまでに5000人が購入しているが、国立西洋美術館が世界遺産に登録されたあかつきには、この券の表紙やスタンプラリーのグッズを国立西洋美術館仕様にして、盛り上げていきたいという。また、5月18日には「東京国立博物館」「国立科学博物館」「国立西洋美術館」「東京都美術館」「台東区立下町風俗資料館」の各施設で、常設展などを無料開放した。夏に向けては、今まで金曜日のみ午後8時くらいまで延長して展示を開催していたのを、曜日をさらに増やすことを検討しているという。

将来的に実現できたら利便性が高まる検討課題

博物館・美術館については、休館日を原則月曜日としているが、休館日をローテーションにすることや、展覧会の開催時間の夜間延長のさらなる拡充を検討している。さらに、広い園内の移動については、無料貸出自転車、カート、人力車サービスの利用といったことが検討課題として挙げられている。これらはまだまだ先の話になりそうだが、ますます利用しやすく魅力的な公園になりそうだ。

国際的な認知度アップへの寄与が期待される世界遺産登録

こういった様々な課題の中で国立西洋美術館の世界遺産登録については、登録によって上野の国際的認知度が高まり、さらなる集客効果が期待されている。そのために地元の協議会ともども登録に向けて協力体制ができており、イコモスの勧告においてもその点は高評価されている。

目標は2020年末に来訪者数3000万人

2014年度台東区観光統計・マーケティング調査によると、2014年の上野公園の平常時の観光客数は1253万人であり、イベントでの来訪者数を足すと1503万人になる。さらに、アメ横、谷中地区の観光客を含めれば2000万人を超えることが推測されている。その上で、周辺との連携や外国人観光客によって年間来訪者数3000万人という数字は実現できると政府はみている。走り始めたばかりのこの構想だが、マネジメント体制の構築などが急がれる。

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

2019.01.24

スマホ普及の一方で、バッテリー発火事故件数は年々増加

安全なモバイルバッテリーを実現する全固体電池に注目

ソフトバンクと吉田カバンがコラボした全個体電池バッグとは?

今や仕事でもプライベートでも欠かせないモバイルバッテリー。

安全面に何の疑いもなく使っている人は多いと思いますが、モバイルバッテリーの事故件数は年々増加しています。独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の発表によると、ノートパソコン、モバイルバッテリー、スマートフォンに搭載されたリチウムイオンバッテリーに関する事故は、平成24~28年度の5年間で274件(ノートパソコン110件、モバイルバッテリー108件、スマートフォン56件)あり、そのうちの約7割が火災などの拡大被害(製品および周囲が焼損などしたもの)に該当するそうです。

こういった状況を受け、2018年2月1日に経済産業省が「電気用品の範囲等の解釈について(通達)」を改正し、ポータブルリチウムイオン蓄電池(いわゆるモバイルバッテリー)を電気用品安全法の規制対象(PSE法)に含めると発表しました。これにより、2019年2月1日よりPSEマークがついていないモバイルバッテリーの製造・輸入および一切の販売ができなくなります

このような流れから、今後は今まで以上にモバイルバッテリーの安全面に注目が集まると予想されます。そこで、リチウムイオンバッテリーより安全性が高く「釘を刺しても、オーブンにいれても、火の中にいれても爆発しない」という次世代バッテリー「Power Leaf (パワーリーフ)」を開発しているソフトバンク コマース&サービスに話を聞きました。

全固体電池だから発火も爆発もしない

話を伺ったソフトバンク コマース&サービス コンシューマー事業本部事業本部の工藤英樹さん(写真左)と鈴木礼子さん(写真右)

―― Power Leafは次世代モバイルバッテリーと謳っています。どういったところが次世代なのでしょうか?

鈴木:Power Leafは、セラミックバッテリーを採用しています。セラミックバッテリーは、従来のリチウムイオンバッテリーに比べて、曲げや衝撃に強く、切断しても発火や液漏れが発生しない特性を持っており、その点で次世代バッテリーと呼んでいます。

―― なぜ発火や液漏れが発生しにくいのでしょうか?

鈴木:セラミックバッテリーが全固体電池だからです。そもそも、リチウムイオンバッテリーがなぜ発火をするのかというと、リチウムイオンバッテリーは、正極(プラス)と負極(マイナス)を電子が行き来することで電流を生み出します。正極と負極のあいだは液体の電解質で満たされているのですが、この電解質に可燃性があります。故障、経年劣化、強い衝撃などが原因で過充電やショートが起こり、異常発熱をして発火にいたります。

それに対してセラミックバッテリーは、電解液をセラミックで固めているため発火もしませんし爆発もしません。

工藤:こちらが、Power Leafです。名刺サイズの大きさで100mAhあります。これを、折り曲げたり、はさみで切ったり、釘を打ち込んだり、オーブンで加熱したり、火の中にいれたりしても、発火・爆発はしません。正確にいうと一瞬だけショートはするのですが、そこから発火につながることはないので、非常に安全性が高いバッテリーになっています。

―― なるほど。それにしても薄いし、触ってみるとやわらかいですね。

工藤:やわらかいですよね。湾曲した状態でも使用できるので、パイプのような円柱形のものにも組み込めます。

―― Power Leafはどれくらい前から開発に取り組まれているのでしょうか?

鈴木:4年ほど前ですね。Power Leafは、はじめて全個体電池の製品化に成功した、台湾のプロロジウム テクノロジー社と開発を続けてきた製品です。2017年7月にネームタグ型バッテリー「Tag」を発表し、同年11月にiPhone X用の手帳型バッテリーを発売しました。

吉田カバンとコラボした肩掛けタイプの「PORTER SLING SHOULDER BAG × Power Leaf」

そして、第3弾製品として、吉田カバンとコラボしたPower Leaf搭載バッグを開発しました。

苦節2年。吉田カバンとイチからつくったバッグ

―― では、吉田カバンとコラボした背景を教えてください。

鈴木:Power Leafは「常に持ち歩ける」をテーマに商品開発をおこなっています。まずはバッグにつけられるタグをつくって、次に皆さんが必ず持ち歩かれるスマートフォンのケースをつくりました。次はなにをつくろうか考えたときに、「バッテリーを常に持ち歩けるようにバッグをつくろう」と決まりました。そこで、吉田カバンさんに声をかけさせていただいたのです。

―― 吉田カバンとは付き合いが深かったのですか?

鈴木:いえ。深かったわけではないんですけど、別の部門でたまたまお付き合いがあり、そこから「一緒に面白い商品をつくりませんか?」と提案しました。吉田カバンさんは、こういったテクノロジーとのコラボをほとんどしたことがなく新鮮に感じてくれたようで、共同開発がはじまりました。

そこから約2年かけてやっと商品化にこぎつけた形になります。

―― 2年……。ということは既存製品をベースにしたとかではなくイチから?

工藤:はい。イチからつくっています。

―― イチから手がけられたなかで、どんな点に苦労しましたか?

工藤:そもそも僕らはアパレル系のアイテムをつくったことがなかったので、イチからつくることでさまざまな苦労がありました。ショルダーに設置したコントローラー部分。そもそもどの場所につけたほうが良いとか、どういう風につければバッテリーとコントローラーを繋ぐケーブルが邪魔にならないかなど、吉田カバンさんとともに試行錯誤を繰り返しました。

ショルダーバッグに関しては、肩当てのパット部分を普通のバッグより長くしています。パッドが通常の長さだとコントローラーが肩のあたりにきてしまい操作しにくいので、細かく調整してもらいました。

鈴木:リュックに関しては、右利き左利きどちらも操作しやすいように、左右どちらにもコントローラーがつけれるようになっています。これは吉田カバンさんのこだわりです。

―― Power Leafもバッグにあわせて調整をしているのでしょうか?

鈴木:ショルダーバッグもリュックも、3,550mAhの容量を搭載しているのですが、大容量にするにあたって、いかに薄くするかに焦点を絞って調整しました。その結果、世界でも最薄レベルを実現できたと自負しています。

薄く広くしているのと、面積比で考えると軽いこともあり、バッグを背負ってもバッテリーの存在感もそんなに感じないと思います。

Power Leafから話はそれますが、こだわりの部分でいうと、弊社が発売しているスマートトラッカー「tile」専用のポケットも作ってもらいました。キーホルダーみたいにつけるわけでもなく、tileを入れてることすら忘れてしまうような状態にしていただいて、例えば、酔ってバッグをどこかに忘れてしまった、というような事態でもすぐに見つけられるようにしています。

―― 今回は吉田カバンとコラボしてバッグを発売されていますが、この先も他業種とのコラボをしていくのでしょうか?

工藤:そうですね。まだ具体的にはなっていないんですけど、身につけるものだけではなく、例えばソーラーであったりEVであったり、そういった方面への進出もしていきたいと思います。

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

2019.01.24

フリマアプリを運営するメルカリが新聞折り込みチラシを配布

なぜリアル店舗のようなチラシ広告を出したのか

理由を聞いていくなかで同社のマーケティング戦略が見えてきた

問:次のアイテムのなかから、フリマアプリ「メルカリ」で販売されたことのあるものを選びなさい。

・ダウンジャケット
・ヒト型ロボット
・トイレットペーパーの芯
・クルマ
・イヤホンの左側

おわかりいただけただろうか。答えは「すべて」である。現時点では売り切れかもしれないが、上記はすべてメルカリで販売された実績のあるアイテムだ。

さまざまな商品が売買されているメルカリとはいえ、まさか「トイレットペーパーの芯」が売られているとは、よほどのヘビーユーザーでなければ知らないのではないだろうか。

もちろん筆者も知らなかったが、2018年12月12日に配布された1枚の新聞折り込みチラシが、その事実を教えてくれた。それは、メルカリが北海道と愛知県で計192万部配布した広告チラシだ。

紙面上では、トイレットペーパーの芯やクルマがメルカリで売られていたことを紹介していたのだが、東京在住の筆者は配られたチラシを直接見たわけではない。「メルカリが新聞折り込みチラシを配布している」という意外性がSNSで話題を呼び、仕事中Twitterをいじくりまわして遊んでいた筆者の元にも情報が届いたのである。

はたして、アプリ上でサービスを展開するメルカリが、なぜリアル店舗のような折り込みチラシを配布したのだろうか。

メルカリが配布した新聞折り込みチラシの例。まるでアパレル広告のようだ
裏面には、初心者でも使えるようにアプリのマニュアルが紹介されている

「スタンダードからいかに離れるか」が、おもしろさを生む

「端的に言えば“お茶の間の会話”を増やしたいと考えたためですね」

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏は、新聞折り込みチラシを配布した理由について、そう話す。

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏

2013年7月にサービスを開始したメルカリのアプリダウンロード数は、世界合計で1億超。また、累計流通額は1兆円を超えており、全国レベルでその名を轟かせている。

「ただ、月間のユニークユーザー数は1100万程度。ダウンロード数を考えるとまだまだ伸びしろがあるはずなのです。そのため、まだ取り切れていない、シニアを中心とするユーザーを取り込むためのアプローチを実施することに決めました」

アプリの存在は知っているが、普段からメルカリを使っているわけではない。そんな、シニアをはじめとする“お茶の間ユーザー”を取り込むべく企画されたのが「新聞折り込みチラシ」だった。さまざまなマーケティングを行っている同社ではあるが、新聞折り込みチラシの配布は今回が初めて。そのため、まずはテストマーケティングとして、限られたエリアでの配布が行われた。

だが、シニアへのアプローチは何も折り込みチラシに限らない。テレビCMはもちろん、街頭配布やポスティングなど、ほかにも宣伝手法はあったはずだ。なぜ折り込みチラシにこだわったのだろうか。

「1つのコンテンツとして完結しているところがポイントでした。新聞は、自ら購読して情報を取得する非常にポジティブな媒体。毎日目にするそのコンテンツにメルカリの折り込みチラシを入れることで、“違和感”を生み出したかったのです」

また村田氏は、チラシだからこそ違和感を生み出せたのだと話す。

「今の時代、いかにSNSで話題にしてもらえるかが大事です。そのためには普通とは違うことをやらなければなりません。違和感は、多くの人が認識する“スタンダード”がなければ作れないと考えています。いかに基準から大きな振れ幅があるか。それが驚きやおもしろさにつながるのではないでしょうか。そういう意味で、折り込みチラシには基準があります。『医薬品系だったらこんなチラシ』『スーパーのチラシはこんなもの』というイメージが、多くの人のなかで醸成されているからこそ、イメージからかけ離れたクリエイティブは一層際立つはずだと、新聞の折り込みチラシを実施したのです」

例えば街頭配布であれば、コスプレをしたり、奇抜な宣伝車で商品サンプルを配ったり、アメニティを同封したりと、工夫されているものが多く、普遍的な基準のようなものが思い浮かびにくい。あえて一般的な街頭配布の例を挙げるとすれば、ポケットティッシュと答える人が多いだろうか。だが、ポケットティッシュ以外のものを配っていたら、それだけで大きな話題を呼ぶかと言えば、おそらく難しいはずだ。

つまり、スタンダードがあるからこそ、違和感を与えて記憶に残るような手法を実施できると、数あるアプローチのなかから村田氏は折り込みチラシを選んだというわけだ。

そもそも、実店舗を持たないメルカリが折り込みチラシを配布するというだけで、1つの違和感を与えられるだろう。そして「徒歩0分! スマホの中でオープン!」といった目を引く謳い文句が、違和感をますます際立たせる。

「違和感を与えるために、コピーや商品ラインアップは工夫しましたね。今回、3タイプのチラシを作成したのですが、“メルカリだからこそできるラインアップ”をあえて出すようにしました。例えば、意外性のあるものでは、トイレットペーパーの芯やクルマ。実際にメルカリで売られていたことがあるんです」

今回作成されたチラシは「ファッション」「家電」「スーパー」の3タイプ。意外性のある商品ラインアップに加えて、北海道では日本ハムファイターズのユニフォーム、愛知県では中日ドラゴンズのユニフォームなど、地域に根付いた商品も掲載しており、そのような遊び心も、SNSで話題になるために必要なのかもしれない。

家電パターンのチラシ。「徒歩0分! ~」のコピーが目立つ
「トイレットペーパーの芯」を掲載したパターンのチラシ。2つのチラシをよく見比べると、ユニフォームで使われている写真が違う。なお、北海道と愛知県を選んだ理由は、「地場新聞の影響力が強いエリア」だからだという

結果として、違和感を覚えた消費者は、Twitterにチラシの画像を投稿。狙い通り、SNSでバズらせることに成功した。

しかし、SNSで話題になっても、ターゲットにしているシニア層にはあまり関係がないのではないだろうか。

「シニアや中高年の方々でSNSをやっている人は意外と多いんですよ。積極的に発信をしている人はあまり多くないですが、情報収集として活用している人は少なくないですね」

ちなみに、肝心の折り込みチラシの効果は、「すべての数字の集計が終わっているわけではありませんが、チラシを投下したエリアでは、いい成果が出ています」とのこと。データとしても、チラシの影響を確認できたという様子だった。

攻める姿勢が生み出したもう1つの広告

今回のようなアプローチは、SNSが普及した今だからこそ可能な新しいマーケティングだ。そして、メルカリではSNSでのバズを狙った取り組みがもう1つ。2019年1月1日からスタートした『#はじメル』だ。

はじメルは、「三日坊主でもいいから、とにかく新しいことをはじめる人を応援する」というコンセプトで展開しているキャンペーン。特設サイトを開設し、1月3日には新聞の一面広告を、1月5日からはテレビCMを放送開始した。

そのなかで、一体なにがSNSで話題になったのかというと、これまたアナログな「新聞広告」である。

「一般的に1つのクリエイティブで進める新聞広告を、あえて3タイプ制作し、首都圏・東日本・西日本で分けて配布しました。3枚の新聞広告をつなげるとメルカリの『m』が浮かび上がるというデザインなのですが、1枚だけ見ても、“つなげたら何か起きそう”なデザインにすることで、それを発見した人がTwitterに思わず投稿したくなるような仕組みを作っています」

新聞広告を3枚並べると「m」の文字が浮かび上がる

思わせぶりなデザインにするという“ヒント”を提供しておき、あとは何も言わずにユーザーの反応を待つ。離れたエリアの新聞を手に入れるのは難しいので、ほかのデザインが気になった場合は、自然とオンライン上での情報収集が開始されるだろう。そうして、SNSで活発なやり取りが発生するというわけだ。

「最初はもっと控えめのデザインだったのですが、それじゃダメだと言いましたね」

穏やかな口調ではあったが、村田氏の言葉からはクリエイティブに対してのこだわりを強く感じた。

「折り込みチラシのときもそうですが、守りに入ったら企業は終わると考えているので、常に攻め続けたいと考えています」

クリエイティブに対して攻めの姿勢を崩さない村田氏。それを象徴するエピソードとして、折り込みチラシのプロジェクトのキックオフ時には、「私をクビにする覚悟で仕事をしてほしい」とメンバーに伝えたのだという。

「もちろん、ほんとうにヤバいときは止めますよ。ただ、メンバーがリスクを考えてしまうと、どうしても“置きにいく”ようなアイデアになりがちです。責任なら私が取るので、どんどん攻めてほしいというメッセージですね」

置きにいくクリエイティブでは、SNSでバズらない。メンバーが自由にアイデアを出せる環境整備こそ、尖ったクリエイティブを生み出すのに必要なことなのだろう。

2019年はメルカリの内面を伝える年に

今回、折り込みチラシと新聞一面広告で、SNSでバズらせるマーケティングを実施したメルカリ。折り込みチラシに関していえば、まだテストマーケティングが終わった段階である。今後は全国的に折り込みチラシの配布を行うのだろうか。

「明確な方針はまだ決まっていませんが、折り込みチラシについては、読み物としてお客さまから期待されるコンテンツにしていきたいと考えています」

ただし、「今日は○○が特売」「○○が新発売」といったように、新聞チラシは日々情報が更新されるから読み物として成立する。タイムリーな情報をチラシで打ち出せないメルカリは、どのようなコンテンツにしていくのだろうか。

「今回折り込みチラシで意識したことの1つに、商品をたくさん入れるという点がありました。実際にメルカリで何が売られているかまでは知らない人が意外と多いんですね。そのような人からすると、トイレットペーパーの芯が売れることは1つの発見になるでしょうし、自分の家にある家電がいくらで売れるかということも新しい発見です。そのように、ほかにも、まだまだ知られていない情報があるので、継続的にチラシをやると決まったら、もっとメルカリの内側を知ってもらう情報を提供していきたいですね」

メルカリの内側を知ってほしいと話す村田氏。実は、はじメルにも同様の意図があったという。

「メルカリを使えば『新しい趣味を始める』ことへのハードルを下げられると伝えたかったのです。例えば、ゴルフを始めようと考えたら、ゴルフクラブのセットを購入する必要がありますよね。それが仮に10万円であれば、『ちょっとやってみようかな』程度に思っている人からすると、やはりハードルは高い。しかし、メルカリを使うことで、まずゴルフクラブを5万円で買える可能性があるのです。そのうえ、5万円で売られているのであれば、それに近い金額で売却できることも意味します」

5万円でゴルフクラブを買ってみたはいいものの「あまりおもしろくないな」と感じた場合、4万5000円で売却できれば、5000円の出費でゴルフを体験できるわけだ。

「また、メルカリにはバーコード出品と呼ばれる機能があって、バーコードを読み取るだけで商品情報を自動入力してくれるんです。値段も提案してくれるので出品が楽なのですが、最近では本を買うときにまずはバーコード出品を行う人が多いようですね。ちょうど読み終わったくらいに売却できて便利なんです。期限を決めることで、読まないといけないというプレッシャーにもなりますし、2000円の本を1500円で売却できれば、500円で本が読めるわけです」

何か買うときに、メルカリでまずいくらで売れるかをチェックする。そして、使わなかったり、一度使って満足したりすると、メルカリで売却するという消費行動が増えているのだ。その結果、購入のハードルが下がるので、二次流通が一時消費を活性化させる可能性もあるだろう。

「このような使い方の訴求は、継続してやっていきたいなと。そしてゆくゆくは、メルカリをライフインフラのようにしたいですね」

村田氏は展望を語る。

「認知はすでに獲得しました。次はメルカリの内面をもっと外に出していくフェーズです」

2018年には株式を上場し、気流に乗るメルカリ。決して“置きにいかない”同社のマーケティング戦略から、次はどんなアイデアが飛び出すのだろうか。2019年も同社の尖った広告が、SNSを騒がせるかもしれない。