単独インタビュー、東芝グループを離れて1年。東芝ライフスタイルの石渡社長が語る(前編)

単独インタビュー、東芝グループを離れて1年。東芝ライフスタイルの石渡社長が語る(前編)

2017.07.24

新生東芝ライフスタイルがスタートして、ちょうど1年経過した。2016年6月30日付けで、東芝の白物家電事業を担当していた東芝ライフスタイルの株式を、中国マイディアグループ(美的集団)が80.1%取得。40年間に渡り、TOSHIBAブランドを継続しながら、日本をはじめ、グローバルで白物家電事業を展開する。

東芝本体が迷走するなか、東芝ライフスタイルは、2016年度下期(2016年7~12月)は黒字化。だが、東芝ライフスタイルの石渡敏郎社長の自己採点は50点と自らに手厳しい。そして、さらなる国内シェアの回復、グローバル展開の加速など、今後の事業成長にも意欲をみせる。また、今年度は、2018年度からスタートする中期経営計画を策定する重要な1年にもなる。東芝ライフスタイルの石渡敏郎社長に話を聞いた。

東芝ライフスタイルの石渡敏郎社長

原発事業発の東芝危機再び…

――東芝が大きく揺れています。東芝の白物家電事業は、2016年6月30日から、中国マイディアグループ傘下となっていますが、TOSHIBAブランドで事業を推進する上で影響は出ていませんか。

石渡: ご指摘のように、東芝という会社そのものが大きく揺れ動いています。

ただ、これは、周知のように、東芝の白物家電の話が問題ではなくて、原子力発電事業などを中心としたものです。東芝ライフスタイルの白物家電事業の方針や姿勢に影響するものではありません。東芝ライフスタイルは、日本のお客様に安心して、TOSHIBAブランドの白物家電を使っていただくことに、これからも力を注いでいきます。日本には、東芝の家電商品を使っていただいている方がたくさんいます。子供の頃に家で使っていた家電が東芝だったという人も多いですし、いま使っている家電が東芝であるという人も多くいます。ただ、そうした方々でさえも、もう一度、東芝の家電に買い換えてもいいのかと悩みはじめていることも確かに感じます。

たとえば、2016年6月30日付けで、白物家電事業を担う東芝ライフスタイルが、マイディアグループ傘下で事業を行うことを発表した際に、東芝の白物家電は、中国企業の傘下に入ってしまうのか、これまで東芝が白物家電事業でやってきた品質や性能、使い勝手が損なわれるのではないか、といった懸念があったと思います。しかし、2016年8月の会見で、東芝の白物家電事業がマイディアグループに入る理由や、それによってもたらされるメリット、今後の事業戦略を説明し、それが各メディアを通じて発信されたことに続き、2016年12月には満島ひかりさんを起用したテレビCMを行ったことで、東芝の白物家電の継続性に対する安心感を持っていただけたと思います。中国企業による買収によって発生するリスクという不安については払拭できたと考えています。

しかし、2016年12月に、東芝がウェスチングハウスを巡って、巨額の赤字が発生することがわかり、さらに、決算が正式に発表できないという事態がいまでも続いています。この動きを捉えて、「東芝の白物家電製品を購入しても大丈夫なのか」という声が出始めているのは確かです。今度は、TOSHIBAブランドの商品に対して、別のところからのリスクが発生しているわけです。

昨年末、東芝の原発事業において巨額赤字が発生するとの発表が…。2016年12月、会見に臨む東芝の綱川社長

東芝の白物家電に買い換えても安心であることを訴えるためには、白物家電事業は、これまでと同じ品質や性能、使い勝手を提供し、それが、ずっと続いていくことを、改めて示す必要があると考えています。

東芝の白物家電事業は、東芝ライフスタイルが引き継いでいます。その点は、量販店や、東芝ストアをはじめとする販売店の間では理解されています。そして、量販店や販売店からは、「大いに期待している」という声をいただいています。とくに、東芝傘下のときには、開発投資に余力がなく、商品開発ができなかったのに対して、マイディアグループに入ったことで投資ができるようになり、商品群が充実する点に期待をいただいています。

東芝ブランドの信頼

石渡: マイディアグループは、白物家電専業の会社ですから、白物家電に対して、成長投資を行うことが当たり前です。新製品を開発したり、新たな技術を開発したり、ブランドに対するマーケティング投資も当然のように行います。

しかし、東芝グループでは、投資のプライオリティは、原子力であり、メモリであり、それに対して、白物家電事業は優先順位の一番後ろに位置づけられていたといえます。つまり、白物家電事業への成長投資ができなかったわけです。そこに大きな違いがあります。

正直なところ、TOSHIBAブランドがどこまで毀損しているのかがわからないという不安があります。

確かに、白物家電のシェアはピーク時に比べて落ちていますが、それでも多くの人がTOSHIBAブランドの商品を購入し、サポートしていただいています。長年にわたって積み重ねてきたTOSHIBAブランドに対する信頼をいまだに持っていただいています。

私は、それを裏切ることはできません。

いま、東芝の商品を購入していただいても安心であり、引き続き、商品を投入していく体制が整っていることをわかっていただき、商品の品質や性能にも満足していただきたいと考えています。

――毀損し始めているTOSHIBAブランドを、いま守っているのは、白物家電事業であるという自負はありますか。

石渡: それはあります。もちろん、BtoB事業は、TOSHIBAブランドを形成する重要な役割を果たしてきました。しかし、TOSHIBAというブランドを形づくってきたのは、BtoCをやってきた白物家電であり、テレビのような映像商品であり、そこを個人ユーザーの方々に評価していただき、ブランドの価値が形成されてきた歴史があります。サザエさんや日曜劇場で、BtoC関連製品の広告が少なくなったことが寂しいという声を聞くように、日本のコンシューママーケットに深く浸透しているブランドであることを改めて感じています。

――サザエさんの提供枠を、東芝ライフスタイルに移行するということはできませんか(笑)

石渡: その契約は、東芝枠として行っているものですから、東芝ライフスタイルが契約するわけにはいきません。それは実現できないでしょうね。

新生東芝ライフスタイル、1年での「変化」

――新生東芝ライフスタイルがスタートして、ちょうど1年を経過しました。なにが変わりましたか。

石渡: マイディアグループから、常に言われていることは、「変化」です。すべてのやり方を変えることを求められています。

マイディアグループの方洪波(Paul Fang)CEOは、常に危機感を持っています。マイディアグループは、2016年度実績で、2兆6000億円規模の売上高を誇り、ROSが10%以上の企業です。それにも関わらず、危機感を持っている。

マイディアグループの方洪波(Paul Fang)CEO

マイディアグループに入って1年

石渡: 彼(方洪波CEO)の持論は、「企業は必ず衰退する。むしろ、いまがピークにいると考えた方がいい。だから、常に手を打たなくてはならない。自分自身を変えられなかった企業は衰退していくことになると考えた方がいい」というものです。そして、その最たる例が東芝だと指摘します。東芝はあれだけすばらしい技術を持ち、ブランドが強いのに衰退した。それはやり方を変えていないからだというわけです。我々もいろいろな面で変えなくてはならない。

たとえば、そのひとつが事業部制を強くするという点です。権限と責任をより明確にするための一手です。東芝時代には、開発本部や品質統括本部、営業本部などの横串の本部制を持ち、ここに縦串として、事業部を置く体制としていたのですが、洗濯機事業部、冷蔵庫事業部、クリーナー事業部といったように事業部ごとに、製造、販売、技術の3つのファンクションを持たせ、製品軸をより強くすることで、責任を明確にすることにしたわけです。当然、販売は事業部ごとに仕組みを持っていると無駄ですから、ここは、プラットフォームという言い方をして、横串を刺します。ただ、工場管理や開発、品質管理は、事業部ごとに責任を持って進める体制へとシフトしました。

――中国企業ならではのスピード感についてはどうですか。

石渡: ディシジョンメイキングのスピードの差は、東芝時代とはまったく異なります。日本の企業は、様々なことを、あらゆる角度から検討し、そして、決めたあとは一丸になってやるという手法です。決めたあとは速いという特徴がありますが、前段階の検討が長いという課題があります。

マイディアの場合は、それとは異なり、まずは方向性を決め、細かい部分は走りながら決めていくというやり方です。もし、そのなかで不具合があれば、修正すればいいというわけです。その考え方を、少しずつ、東芝ライフスタイルの経営やモノづくりのなかに持ち込んでいます。これから登場する商品のなかで、こうしたマイディア流のやり方を採用したものが出てくることになります。

――部品調達におけるスケールメリットは表れていますか。

石渡: これは、今後、部品ベンダーを統一していくことで生まれると期待しています。マイディアの事業規模は、東芝の白物家電事業の10倍の事業ですから、これまで1個しか買えなかったものが、一緒に買うことで、11個買うのと同じ規模で調達できるようになります。ただ、これまでの東芝の商品開発は、マイディアと一緒になることを前提に開発してきたわけではありませんから(笑)、部品がまったく違います。

今後、商品開発の段階で、調達までを含めた開発、設計をしていくことで、調達面でのメリットが生まれることになります。つまり、これからは、11個で買うことを前提として設計するというわけです。たとえば、コンプレッサーを同じものにしていくということがその一例です。

買収されても変わらないこと――「TOSHIBA」品質

石渡: ただし、部品の品質認定においては東芝の基準があって、それは変えるつもりはありません。これは商品開発のスピードにも影響してくる問題であり、部品調達にも影響してくる重要な問題です。たとえば、ある部品の検査においては、東芝では3000時間の検査を行っていました。マイディアグループからすれば、「長すぎる」、「スピード感がない」という意見が出ていますし、「それは1000時間ではいけないのか」という指摘があるのも事実です。

しかし、我々は、長い間の経験と積み重ねで、3000時間の耐久性を検査しないと、この部品は認定できないということがわかっています。安全基準でも、この部分は難燃材を使わなくてはならないというところは、過去において、火が出たりといった経験があり、万が一、火が出ても燃えないように難燃材で囲うことにこだわるわけです。白物家電はなんだかんだといってもアナログ商品ですから、経験値の積み重ねが大きい。譲れるところと、譲れないところがあり、東芝の品質を維持するためには、譲れないところは徹底して、それを維持します。

実は、昨年、マイディアグループの傘下に入って以降、東芝の品質基準は、まったく変わっていません。むしろ、ひとつも変えた部分はないと断言できます。

石渡: 東芝の商品を購入して、3年で壊れたというわけにはいきません。極端な言い方になりますが、東芝の商品であれば、20年間は使えたといわれるような信頼性が必要です。そこは、これからも変えません。マイディアグループも、それを理解しはじめてくれています。

しかし、だからといってスピード感がないままではいけません。商品化するのに、3年かかるなんてことは許されません。では、これを1年でやるにはどうするか。それならば、検査の機械を2台に増やしたらどうか、あるいは、3人しかいなかったら、10人でやればいいという発想ができる。これが、これまでにはできなかったことです。変えてはいけない部分は、安全基準であり、性能、信頼性です。一方で、変えられる部分は、プロセスです。そこに投資をすることで、スピードアップにつながるというわけです。

シナジープロジェクトの効果

――両社の強みを生かすシナジープロジェクトを進めているとのことですが。

石渡: シナジープロジェクトの成果はすでに出始めています。今後、東芝が持っていなかった小型の冷蔵庫や、電子レンジなどを、マイディアの商品をベースにして、TOSHIBAブランドで発売することになります。これは、仕上げの部分はすべて東芝の基準で行います。東芝のエンジニアが、一から商品を作るとそれなりの時間がかかり、数億円もする金型投資などを含めてコストもかかりますが、マイディアの商品をベースにすれば、これまで東芝では出せなかったような商品が、短期間に市場投入できます。同じように、逆もあります。マイディアが持っていなかった東芝の商品を、中国市場で販売するといったことも可能になります。すでに、冷蔵庫やクリーナーでは、東芝の工場で生産したものを、マイディアのブランドで販売しています。海外ではサイド・バイ・サイドの冷蔵庫が売れていますが、東芝はこれを持っていません。これをTOSHIBAブランドで海外展開する上で、活用することができます。シナジープロジェクトの効果として、これから、より幅広い商品をラインアップできるようになります。

海外市場で展開している「Midea」ブランドのサイド・バイ・サイドの冷蔵庫(イメージ)

作っている工場に関係なく「TOSHIBA」品質

石渡: 実は、よく、「これはマイディア製ですか、それとも東芝製ですか」という質問を受けます。それは生産している工場のことを指した質問だと理解しています。私にとっては、そこはあまり関係ありません。

では、TOSHIBAブランドとはなにかというと、TOSHIBAブランドを維持するための品質、品位を持った商品であり、そのための基準をクリアしたものを指します。マイディアの工場で作ったマイディアの商品を東芝が売っているというのとは違うのです。ベースとなる商品もマイディアが設計した縦型全自動洗濯機です。しかし、これをベースに東芝の技術を注入して、東芝の安全規格やスペックなどを用いて、商品を企画し、仕上げたものがTOSHIBAブランドの商品なのです。

マイディアの工場で生産しても、東芝の工場で生産しても、TOSHIBAブランドをつけた商品は、すべて東芝の商品です。その点を理解していただきたいと思います。

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

瀧澤信秋のいろはにホテル 第1回

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

2018.11.16

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏による新連載!

第1回は、「多様化するビジネスホテルの今」について

料金変動「するホテル」と「しないホテル」 それぞれの狙いは?

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏が、意外と知らないホテルビジネスを語る新連載。第1回は、瀧澤氏が“注目度の高いカテゴリー”と説明する「ビジネスホテル」について。ここ数年で急速に「多様化」が進んでいるビジネスホテルのこと、どれだけ知っていますか?

ビジネスホテルが大人気

ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、カプセルホテルにラブホテルと横断的な評論が筆者の生業であるが、ことビジネスホテルは昨今勢いのある注目度の高いカテゴリーだ。

旅行や出張で、ビジネスホテルを利用した経験のある人は多いだろう

筆者は、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」へ過去3回出演の機会を得たが、第2回で紹介した「ビジネスホテルの世界」は特に反響が大きく、TBS瞬間最高視聴率ランキングで1位をいただいた。視聴者の方々にとってビジネスホテルは身近な存在なのだと改めて認識した。

ということで、連載の第1回となる本稿では、「多様化が進むビジネスホテルの今」をお伝えしよう。

「ビジネスホテル」と「ホテル」の違い

そもそもビジネスホテルとは何なのか。業界ではビジネスホテルは“宿泊特化型ホテル”ともいわれるが、その名の通り宿泊に特化したホテルと定義づけられる。

ホテルとはフルサービスであることが特徴で、宿泊の他に料理・飲食、バンケット(宴会、または婚礼や大規模な会議)など多彩なサービスを提供する。一方のビジネスホテルは、朝食スペースなどが設けられてはいるものの(法令上の要請)、フロントサービスを中心に宿泊機能を提供するというリミテッドサービスであることが特徴だ。“イン”とも称される。

前述の番組で、豪華なスイートルームまであるホテルとして“これ以上のビジネスホテルは見たことがない”と「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)を紹介したところ、「スイートルームなんてあるのにビジネスホテルといえるの?」と疑問の声をいただいた。

「ホテル ココ・グラン高崎」プレミアムココスイート

スイートルームがあろうが、基本的に宿泊に特化していればそれはビジネスホテルといえる。ただし、宿泊特化型のコンセプトは多様化しており、単にビジネスホテルとカテゴライズされることを良しとしないホテルもある。

話は逸れたが、ビジネスホテルといえば、伝統的には出張族御用達として人気を博してきた。今では旅のスタイルが多様化したことで、観光にも重宝されており、リーズナブルな旅を求める訪日外国人旅行者にも人気が高い。

「料金変動させるホテル」と「あえてさせないホテル」

しかし、「ビジネスホテル=リーズナブル」というイメージは徐々に崩れつつある。確かに高級ホテルよりは安いといえそうだが、繁忙日と閑散日の料金変動幅がかなり大きなホテルもみられる。

筆者は職業柄日々のホテル料金レートをチェックしている。「ビジネスホテルは高級ホテルより安いといえそう」と書いたが、とある繁忙日の新宿エリアを見たところ、ハイアットよりもアパホテルが高かったことがあり驚いた。料金を客室面積の㎡単位で換算したところ、ハイアットが約1,200円、アパホテルが約2,800円だった。

料金変動の大きさもクローズアップされたアパホテル

極端な例を挙げたが、ビジネスホテルに限らずホテルの料金は変動するのが一般的だ。これは業界では「レベニューマネジメント」などといわれる。ホテルの客室に限らず在庫の繰り越しができない商品を、売れ残りを少なくするためさまざまな価格設定をして販売を管理することは、需要予測のもとに収益を最大化する手法といえる。

需要が高くなると料金が上がるのはホテルに限ったことではないが、とはいえホテル料金変動幅のあまりの大きさに面食らった経験のある人もいるのではないだろうか。季節変動(季節や時期によって需要に増減が起きる変化)の大きなリゾートホテルなどではその傾向はさらに強いし、料金が高額なラグジュアリーホテルでも変動はする。しかし、より日常感のあるリーズナブルなイメージのビジネスホテルほど、ゲストは料金変動にシビアだといえそうだ。

他方、基本的に料金変動させないことをポリシーとするホテルもある。たとえば「東横イン」だ。全国最大規模のビジネスホテルチェーンであるが、宿泊需要の急増する時期でも大きく料金を変動させないことを公式サイトでうたっている

プライスポリシーとして「市場動向にいわば便乗するかのような料金設定は(中略)ビジネスパーソンをはじめとするお客様の信頼を裏切ることになる」と明記。料金の変動が少ないことはゲストの安心感につながるというのが同社の考えだ。

「東横イン」客室イメージ

前述のホテル ココ・グラン高崎も、基本的に料金変動させないことをポリシーにしているが、かようなポリシーのホテルを時々見かけることがある。このように、「料金変動をさせるホテル」と「あえてさせないホテル」があるのだ。

「本当はいくら? 」で部屋の価値を聞いてみた

料金変動でよく見られるのは、最初は高い設定なのに日が迫ると安くなり、当日の夜などに投げ売りされるパターン。レベニューマネジメントで適切な在庫管理ができれば緩和される側面はあるのかもしれないが、早く予約してキチンと泊まってくれる「ホテルにとって有り難いゲスト」が割を食うケースともいえる。そもそも定価で料金変動させないのであれば起こらない問題かもしれない。

ところで筆者は、ホテルの支配人や経営者への取材に際し「こちらの客室はいくらですか?」と質問することがある。「え~と今日は6,000円ですが明日は1万円で……」といった回答を得ることは多い。そこで「いえ、本当はいくらなんですか? 」と聞き返す。すると回答に窮する様子のケースが多く見られる。

ところが、過去の取材(4年ほど前の取材と記憶している)で「うちは5千円です」と即答したホテル経営者がいた。中国地方や福岡で大人気ビジネスホテルチェーン「ホテルアクティブ! 」を運営する、株式会社石田屋ホテルズ代表取締役社長の石田光一郎氏である。

「ホテルアクティブ!広島」外観

石田氏は「確かに今日は7,000円ですし明日は9,000円ですが、この部屋本当は5,000円なんです」と断言した。商売なので繁忙日は料金を上げることもするが、多くいただいた分は新しいホテル建設や事業拡大などには回さず、あくまでもそのホテル・客室の快適性向上に投資するという。確かに、前に一度宿泊した際に「もう充分快適」と記憶していたが、その後何度か再訪した際にも、さらに工夫が施されたリニューアルがなされていた経験があり、納得した。

***

今回は、ビジネスホテルについて「料金変動」の面からみてきた。料金変動の有無については、ホテルの特性やさまざまな条件などを鑑みれば決して一面からでは結論づけられない問題であるといえよう。昨今、インバウンド需要も後押しとなり、ビジネスホテルが多く誕生し、さまざまな経営・運営会社の手により多彩な施設が林立。同時にその「スタンス」も多様化している。

客室の快適性や利便性などと共に、そうしたホテルのスタンスを知ることも、賢い消費者として気に留めておくべき「ホテル利用術」のひとつだといえそうだ。

次回も引き続き「多様化が進むビジネスホテル」について取り上げます。ビジネスホテル市場に押し寄せる“差別化”と“コモディティ化”の流れ、そこから見えてくるものとは?

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

藤田朋宏の必殺仕分け人 第1回

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

2018.11.15

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による新連載

巷を賑わす”ヘンな出来事”の問題点を、独自の解釈で洗い出す!

第1回は、「日本の科学技術投資」について

バイオベンチャー企業群「ちとせグループ」のCEOを務める藤田朋宏氏による新連載。“手段と目的の違い”によって生じた「ヘンな出来事」の問題点を、独自の視点で語ります。第1回は、「日本の科学技術投資」について。日本の科学技術への投資の問題点とはいったい何なのでしょう?

才能と“伸びしろ”に投資する、日本サッカー協会

先日、クアラルンプールに出張したときのこと。宿泊先のホテルが偶然にもサッカーの日本代表と同じだった。「日本代表」と言っても、同じホテルに泊まっていたのは本田や長友ではなく、U-16アジア選手権に参加している若い選手たち。

そこで彼らを見ていて、ふと考えた。日本サッカー協会の「選手への投資」は、実は凄く効率がいいのではないか。どうしてそう思ったのか、順を追って説明したい。

ホテルに置いてあったU-16アジア選手権のバナー

チェックインを済ませ、「部屋の準備があるから、ちょっとだけそこで待っていて」と指示するホテルマンに従い、ひとりロビーに放置されている間、何となしに選手の情報を調べてみた。それから一時間半。23名の選手一人ひとりの顔だけでなく、利き足まで覚えるくらいの時間が経っても、僕はまだロビーで放っておかれたままだった。まぁ、東南アジアではよくあることなので、腹は立たなかった。

ところで、「過去のU-16日本代表がその後、何度も日本代表に選ばれる割合はどれほどだろうか」と疑問に感じ、調べてみたところ、各年20数名の代表選手のうち、現役で活躍している選手は約1人であることが分かった。確かに16歳の段階では身体の発達に差があるし、試合で活躍できるかは運の要素も絡む。コーチとの相性やケガの問題もあるだろう。

そうは言っても、16歳の時点で日本代表に選ばれるだけのポテンシャルを持つ選手のうち、その数%しか将来も活躍できる選手がいない、という事実には驚いた。実際、長谷部、本田、岡崎、長友……など、この10年で活躍している選手たちの多くは、16歳時点ではそこまで期待されていなかった選手ばかりだ。

ではなぜ、そういった選手が後に日の目を浴びられたかというと、それは彼らにも「チャンス」を与えられていたからだろう。日本サッカー協会は、16歳時点で選抜したトップ選手だけに集中投資するだけではなく、同年代の他の有望選手にもしっかりとチャンスを与え続けられるような仕組みをつくれたのだと思う。

際立って目立つ選手だけではなく、将来の伸びしろがありえる選手にも、最低限のチャンスは回ってくることで、未来のトップ選手の育成が図れる。そうやって日本サッカー協会はこれまで、世界に通用するような選手を輩出してきた。

「科学技術に投資せよ」ではなく、予算配分の再考を

前置きが長くなってしまったが、ここから本題に入りたい。

先日、京都大学特別教授の本庶佑先生がノーベル賞を受賞したというニュースが流れた。「自分がバイオテクノロジー業界で働く人間だから」というのは関係なく、本庶先生と周りのチームの方々の長年にわたる科学に対する貢献が認められたこと、その事実に接した関係者の気持ちを想像すると、とても嬉しい気持ちになった。

ノーベル賞メダル(レプリカ)

 

近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。彼らのような日本の科学業界の仕組みをよくわかった方々は、これまで数多くのご苦労をされてきたことだろう。しかし、1つ残念なこともある。能力はもちろん、人格的にも優れたそういった先生方が、ノーベル賞受賞のタイミングでマスコミに発表する一世一代のコメントが「日本国の科学技術投資、科学技術教育のあり方についての憂い」であることだ。

僭越ながら、先生たちのコメントを解釈すると、よくニュースで取り上げられるような「科学技術にもっとお金を使え」ということではなく、その先にある「国家予算の配分」についての指摘をしていると認識している。

誰がなんと言おうと、日本の科学技術投資の選択と集中は年々進んでしまっているのが現状だ。しかし、先生方のいうような「選択と集中が進みすぎている」という指摘に対して、「日本にはもうお金がないのだから科学技術にばかり投資できない」と答えがずれてしまっている。

これこそが、日本の科学技術投資における問題ではないだろうか。

日本にはびこる「選択と集中こそが正解だよ病」

随分前からずっと不思議なのだが、そもそも「選択と集中こそが正解である」なんて、誰がいい出したのだろう。「選択と集中」の戦略で物事をうまく切り抜けられるようなことは、本当に生きるか死ぬか、背水の陣を敷いている時くらいだと思うのだ。

今の日本の「選択と集中こそが正解だよ病」はなかなか根深く、そもそもの目的を実現することよりも「選択と集中」を行うことそのものが目的になっているんじゃないかと感じることが多い。

今の日本で行われている多くの意思決定の場面で、サッカーの例で例えると、U-16日本代表を選んだ人のメンツを潰さないということが、強い日本代表をつくることよりも優先されてしまっているように思う。

そのため、16歳の時点で選んだ選手だけに集中投資し、16歳の段階で選ばれなかった他の選手のポテンシャルに賭けることもしないというような「選択と集中が正解である」という間違えた進め方で意思決定が行われているようなことが多いように感じる。

サッカー選手の育成でも、科学技術の投資でも初期の段階で選抜してそこだけに集中投資するという戦略を繰り返せば繰り返すほど、全体としての力は落ちる一方になるのではないか。歴代のノーベル賞受賞者の先生方も、そういうことを言いたかったのではないかと思う。

手段であるはずの「選択と集中」が、目的となっている?

私は、「16歳の段階で、将来素晴らしいサッカー選手になる人物を見分けられる」なんて言葉は、伸びしろのある選手に対しておこがましいと感じる。これは科学技術の研究にも同じことが言える。「その研究が将来素晴らしい成果を残すかどうか見分けられる」なんて言葉は、科学者に対しておこがましい。

もっと言ってしまえば、どの研究が将来化けるかの判断は、16歳のサッカー選手の成長を言い当てることより遥かに難しいだろう。なぜならば、サッカーという競技のルール自体は変わらないが、科学と言う競技はルール自体を決めているので、科学研究の将来性をあらかじめ予測するのは16歳のサッカー選手の将来性を予測するより難しいためだ。

そんな中、日本サッカー協会が幅広い底上げに力を入れ、紆余曲折も有りながらも右肩上がりの成長を維持できているにも関わらず、日本の科学技術投資は過剰な「選択と集中」を強めるが故に、科学技術力の相対的な低下を招いているように感じる。

その差はいったい何か? これは1つの仮説でしかないが、日本サッカー協会の強さの秘訣は、会長の独断で物事を決められる側面が強い組織であるために「目的」がハッキリしている点にあるのではないだろうか。

その一方で、日本の科学技術投資のような“数多くの人の善意の組み合わせの上になり立っている意思決定機構”では「選択と集中を進めることが正解である」という、本来手段の一つである価値観が「目的」となってしまっているように感じる。

本来考えるべきは、「日本の科学技術をどうするべきか」ということであるにも関わらず、その手段と目的が逆転しまっているのではないだろうか、と思うのだ。